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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第三部 旅の始まり
21/118

3-7 旅立ち

     ◆


 食事が終わり、三人で協力して小屋の残骸を片付けた。

 幸い、天気が崩れそうではないし、季節的にも寒さが厳しいわけじゃなかった。壁が半ば崩壊していて、屋根が崩れていても、数日なら問題ない。

 火炎が夕日が差す頃に起き出して、腹が減ったな、と言い出したので、今度は四人で夕飯になった。

(いいかな、全員、聞いてくれ)

 もう何の違和感もなく輪に混ざっている幻像の師匠が切り出した。

(定輪、伏陸の二人は、小屋を作り直し、畑の手入れをするんだ。龍青が帰ってくるまでになる。その間はこの小屋にあるものは自由にしていい)

「こんな廃屋みたいな建物に何があるんだよ」

 ぶつぶつと定輪がつぶやくが、師匠は一顧だにしなかった。

(龍青、お前はすぐにでも短剣を追いなさい。東を目指して、まずは西深開府だ)

 西深開府は、この永という国の大都市の中では、最西端に当たる。そこよりもさらに西に、ここ、古龍峡や、高く険しい山脈がある。

「師匠を置いていくのが心配なんですが」

(二人の若造がいるのだ、問題あるまい)

 思わず定輪と伏陸を見るけど、二人ともどこか不安げだった。

(火炎は自由だ)

「俺にも何か役目をくれよ、と言いたいところだが、俺は決めたぜ」

 全員の視線の先で、火炎がぐっと胸を反らす。

「俺は龍青についていく。腕の立つ奴が一人でも必要だろうしな」

「そもそもお前、なんでここに来たんだ?」

 伏陸が訊ねると、火炎は少し黙った後に、

「最終的には龍青を切るためだな。俺の実力を証明するために」

「自分が切りたい相手を助けるのかよ……?」

「他の奴に切らせるわけにはいかん。それに龍青にくっついていれば、理力のなんたるかもわかるだろうしな。一石二鳥だ」

 その言葉を受けて、今度は全員が僕を見た。

 僕も決断しないといけないんだろう。

「行きます、短剣を追います」

 火炎がニヤリと笑い、二人の悪党は胡乱げだ。

(さっきの箱を持って来な)

 促されて、師匠の部屋から回収した箱が、全員の前に置かれた。僕が代表するように、蓋を開ける。

 中に入っていたのは、剣だった。

 つい先日、僕を買い出しに行かせた時、手渡してくれた剣と長さはそれほど変わらない。

 綺麗な鞘に収まっているそれを、すっと手に取る。重さも今までの剣と同じくらいだ。

「気配があるが、なんだろうな」

 こちらを覗き込みつつ、火炎がそんなことを言う。

 僕はそっと鞘から抜いてもみた。

 上等なものがあるじゃないか、と伏陸が呟く。確かに金にはなりそうだ。

 でも金に変えるのが惜しいほど、美しい剣だった。

(その剣には理力とは違う古い術が施されている。呪術を遠ざけ、破ることができると聞いている。実践したことはない。眉唾でな)

 ……眉唾のインチキ商品みたいなのを僕に渡すのか。

「眉唾でもないと思うけどな」

 じっくりと片刃のそれを眺めつつ、火炎が呟く。

(どちらにせよ、上等な剣だ。よく切れるのは私も試した)

「見るからに切れるのはわかります」

(持っていくといい。出発は明日の朝でよかろう。龍青、二人の若造にどういう生活をすればいいか、教えてやりな)

 そんな具合で、食事の間から話が始まり、お茶を飲みつつ、深夜まで僕は定輪と伏陸にここでの生活について話をした。

「しかし」お茶を飲んでいた火炎が口を挟んだ。「お前たち、どうやってここにたどり着いたんだ。よく迷わなかったな」

 ああ、と伏陸が応じる。

「龍青の後をつけたんだが、途中で見失って、危うく遭難しかけたんだ」

「結局、崖を死ぬ気で這い降りて、ここに辿りついた」

 それはまた、すごい根性だな。

 危険を乗り越えてここまで来て、いきなり自分たちだけで生活しなくてはいけなくなるとは、不憫だ……。

「って」不意に気づいた。「どうして僕を追ったのですか?」

「街で話題になっていたからな。何かあると踏んだんだが」

 定輪がそう答え、肩を落とした。

 こんなはずじゃなかった、ということらしい。

 夜更けに適当な空間で四人がゴロゴロと横になり、朝まで眠った。

 翌朝になり、一番初めに起きたのは僕だった。

 昨日、受け取ったばかりの剣を手に取った。そっと外へ出て、一人で湖へと向かった。一歩、二歩と水面に乗り、ゆっくりと駆け出し、全力で走る。波紋が点々と僕の後に残されていく。

 湖の上で武術の稽古をする。

 すらりと剣を鞘から抜き、型の通りに振るった。

 初めて抜いた剣、初めて振った剣が、急に自分の手の延長のように感じ取れた。

 全身に理力が広がり、剣にさえも染み透っていく。

 高く跳ね、空中で身を捻り、片手で水面を打ってもう一度、跳ね上がる。

 着水と言っても、水中に僕の体は微塵も沈まない。

 複雑な足運びと、両腕が連動する。

 目まぐるしく宙を切っ先が焦がし、ピタリと、全身が硬直するように止まる。

 呼吸はわずかに乱れている。

 理力の乱れは微塵もない。高い集中が維持され、感覚が研ぎ澄まされる。

 だからさっきから、湖畔で火炎が座り込んでこちらを見ているのがわかる。驚いて座っているのではなく、立っているのが億劫な様子だ。耳をほじったり、鼻毛を抜いたりして、こちらを見ている。

 理力の型、理科と呼ばれるものを一つ、試す。

 それを僕は、雨の型、と呼んでいる。

 ガチリと意識が切り替わり、僕の中の理力が肉体を完全に掌握する。

 片手の先で、剣が躍動する。

 超高速の連続の振りは、十回、二十回を超えていく。

 休みなく、ひたすら続ける。

 五十を超えたところで、動きを止める。

 剣を振り抜いた姿勢で、止めていた呼吸を再開すると、ずっしりと全身が重くなった。

 喘ぐように息を吸い、危うく両足が水に没しかける。

 ゆっくりと剣を鞘に戻し、その場を離れて湖面を歩きつつ、呼吸を整え、肩の動きが収まる頃に僕は火炎の前に立っていた。

「すごいな、水の上に立つ奴なんて、いるんだな」

 あっさりとした調子なので、僕としては少し調子が狂う。もっと驚かれると思ったんだけど。

「隠者殿はお前をなんて呼んでいる?」

「渡水鳥、だね」

「なるほど、そのものズバリの、いい通り名だ」

 火炎が立ち上がり、歩き出す。僕もそれについていった。

「もしかしたら俺が迷惑をかけるかもしれないが、許してくれよ」

 大きい背中、大剣の向こうで火炎がそう言ったので、僕は思わず笑ってしまった。

「僕こそ、火炎に迷惑をかけると思う」

「お互い様だな」

 ふと気になり、僕は小走りに火炎の横に並んだ。

「火炎の目的って、何なの? 本当に僕に興味があるだけとも思えないけど」

 そうだな、と顎を撫でつつ、少しの間の後に火炎が応じた。

「俺は旅がしたいだけかもな。お前はちょうどいい口実だ。旅が充実したものになる、愉快痛快な旅になる、そういう要素が、お前には満載なだけさ」

 旅か。

 僕にはまだ旅がどういうものか、はっきりわからなかった。

 今まで、ほとんどの時間をこの秘境で過ごしてきた。

 これから何が起こるのか、まったくわからない。不安になりそうだけど、火炎が一緒にいると思うと、不安も和らぐ。

 師匠が僕に火炎をつけるように、そうと分からせずに誘導した、ということもあるかもしれない。

 その日、小屋で朝食を食べ、僕は自分が育った場所を後にした。





(第三部 了)


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