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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第一部 渡水鳥
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1-2 理力使い

     ◆


 僕の部屋に入った老人は、座り込むと、見えない瞳でこちらを見やった。

「相当な使い手ですな」

「誰かと比べたことがないので、わかりません」

 使い手、というが、何のことかはわからなかった。理力も、剣術も、誰かと比べたことが本当にないのだ。

「失われた神秘の力、などと言いますな。ご存知かな?」

「理力ですか。確かに、珍しい力ではあるようです」

「珍しい? 私が会った理力使いは、まだ十人にも達しませんよ。この国を二十年も巡り歩いて、です」

 疑問が湧いて、まずはそれを確かめる気になった。

「どうして僕が理力を使うと、わかったのですか?」

「第一に呼吸、第二に体の動かし方、第三は気配、ですな」

「どれも、僕にはよくわからないのですが」

「理力を使う人間の特徴が最も現れるのは、やはり呼吸なのですよ。集中するために、おそらく鼓動を制御するのでしょう。理力を使う人間は自然、常に平静を維持する呼吸法を身につける。だから、相手の呼吸を聞くと、すぐわかる」

 そんなことがあるだろうか?

 それは、まぁ、僕自身、緊張したり、胸がバクバクしないように、心がけた場面は多い。それこそ身の丈以上の水深がある湖の真ん中まで歩いて行った時は、ここで理力が破綻すれば溺れるかもしれない、と想像して、やや鼓動が早くはなる。

 だけど、それは仕方がないことで、今では鼓動の激しさを無視して、湖を渡れる。

 そんな時、僕は不自然な呼吸をしているだろうか?

 僕が黙り込んだからだろう、老人が笑う。

「あまり深く考えなさるな、そこは重要ではない、普通の人は気付かんよ。注意しているとわかるという程度の話」

「体の動かし方とは?」

「脱力ですね。おそらく緊張を拒否する要素があるがために、理力使いは日常の動きでも、全く力まない。気配も同様。こちらは呼吸のためか、ひっそりとして、気配が薄い」

 まったく、この老人は何者なんだろう?

「失礼、名前をお伺いしてなかった、理力を使う方」

 あまりに老人が懐深く飛び込んできたので、僕はもちろん、老人も、お互いに名乗ってさえいなかった。

「龍青と言います」

「私は大江。人は、天行法師、などとも呼びますな」

 大江はかすかに頭を下げる。僕も頭を下げた。

 そこで宿屋のものが部屋へやってきて、布団を敷きます、と言ったが、僕は自分でやるから、と応じ、できればお茶を出してほしい、と頼んだ。宿屋の女性は、すっと頭を下げ、下がっていった。

「大江殿は、なぜ両目を?」

「もうしばらく前になりますか、呪術をこの身に受けましてね」

 へぇ、と思わず呟いてしまった。大江は気を悪くしたようでもなく、口元には穏やかな笑みがある。

「私も若かったのでしょう。力が欲しいと思い、呪術に走った。呪術には常に代償が伴うことは知っていました。しかし、私はそれを無視した。呪術はこの身に宿り、同時に、両目を奪っていった。愚かしいことです」

 僕はどう答えるべきか、迷った。

 古龍峡で、隠者、などと呼ばれる師匠もやはり、両目を失っているのだ。

 だけど、師匠は自ら両目を抉ったと聞いている。理力を極めるためだったと。今はその理力で、実際の眼よりも優れた視覚を手に入れている。

 もしかして、大江は師匠を訪う予定なのか?

 それをどうやって聞きだそうか、考えた時、無明の大江の目が、僕をじっと見ているのに気づいた。嫌な感じはないが、落ち着かない。

「剣術はどなたに?」

 不意な質問だったが、これは答えるのが難しい。

 理力を知らない人には、説明しても理解はしてもらえないのだ。

「自己流です。訓練ばかりで、実戦はほとんど経験がありません」

「そうでしたか。失礼、やや無作法でしたな」

 その言葉とほとんど同時に、お茶が運ばれてきた。布団は自分で敷きますから、ともう一度、断ると笑われてしまった。

「大江殿は、理力でその、眼を治すつもりですか?」

「この辺りにそういう理力使いがいる、という噂を聞きましてね。ただおそらく、治らんでしょう。それにもう一つ、用事がありまして。こちらは呪術にまつわる事です」

「呪術?」

 ああ、と急に大江が声をあげたので、僕は思わず背筋を逸らしていた。

「龍青殿か……、なるほど……」

「あの、何が?」

「いえ、運命というものは、あるものだと、驚いたのです」

 運命?

 大江がそっと湯飲みを手に取り、お茶をすすった。僕はじっと彼を見ているが、もちろん、彼にはそんな僕は見えていない。

「今日はお会いできて、良かった」

 お茶を飲み干すと、すっと大江が腰を上げた。

「明日にはここを立ちます。また会いましょう」

 そう言い残して、大江は頭を下げ、部屋を出て行く。なんだか、最後は訳がわからないことになってしまった。

 仕方なく、一人で自分の湯飲みの中身を飲み干し、そういえば、夕飯を食べていない、と気づいた。

 廊下に出ても、もちろん、大江はいない。自分の部屋に戻ったのだろう。

 玄関へ向かい、その前の番台で宿の下男らしい男に、外に出る旨を伝えた。どちらへ? と聞かれたので、夕食がまだなので、と答えると、彼はニッコリと笑い、今の時間帯でもやっている店を教えてくれた。

 教えられた店は、道の端に止められた大きな荷車のようなもので、屋台と呼べばいいのだろうか。

 椅子が出されていて、二人の男が座っているが、知り合いでもないらしい。

 店主に声をかけると、「大盛りにする?」とすぐに聞かれた。何を出すのかも知らないが、もちろん、品書きなどない。二人の客の持っている器を見ると、麺のようだ。

 並盛りで、というと店主が頷いて、あっという間に丼が突き出された。金を払って、空いている椅子に座る。小麦を練ったものを細く切ったものらしかった。味付けは、よくわからない。しょっぱいのはわかる。

 食べ終わって器を返し、一人で宿へと戻った。

 翌朝、目が覚めて朝食を食べに外へ出たが、大江と会うことはなかった。近くの食堂で軽い朝食を済ませて宿に戻ると、どうやらもう大江は去ったらしいと、番頭さんの言葉でわかった。

 僕は身支度を整えて、最低限の荷物を持ち、腰に剣を下げて外へ出た。

 古龍峡の小屋を出る前の夜、はちみつとは別に、日常で必要なものをちゃんと師匠が書付にして渡してきたので、そこにあるものは買わないといけない。といっても、調味料や裁縫道具など、かさ張るものはない。一番重いのははちみつだろう。

 僕は一人でゆっくりと通りを歩き始めた。

 人の賑わいが新鮮で、心が浮き足立つのがはっきり感じ取れ、深呼吸して心を落ち着けた。




(続く)

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