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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第三部 旅の始まり
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3-5 二人の男

     ◆



 二人の男が落ちたあたりは大した水深ではないけど、やっぱり慌てているんだろう、バシャバシャと水を掻いて、暴れている。

 人は膝くらいの水深でも溺れるらしい、と思いつつ、放っておいた。

 死ぬわけもないだろうし。

 結果的には、まず小柄な方が起き上がり、もう一人に手を貸して立ち上がると、今度は足で水を掻き分けて、こちらへ上がってきた。広すぎるほどの距離を取っている。

「お、お前、は、何者だ?」

「何を知ってここへ来たのですか?」

 質問に質問で返すのはあまり好きじゃないけど、少しでも威圧したかった。

 小柄な方が、ぐっとこちらを睨めつけてくる。もし彼がびしょ濡れで着物を体に張り付かせていなければ、ちょっとは驚いたかもしれないけど、今は滑稽なだけだ。

「ここに、珍しいものがあると……」

 背の高い方がおどおどとそう言う。こちらは完全に気がくじけたようだ。その男を相方が、ぐっと背中を叩いている。気を確かに持て、ってところかな。

(誰から何を聞いたか知らないが、ここには何もない)

 師匠がそう言うと、ビクッと二人の男が揃って背筋を震わせる。同時に何か喚きながら、足を後ろへ送ろうとしたが、できない。倒れこんだ二人は、腰が抜けたらしい。

 僕の横では師匠の幻が嘆かわし気な様子だが、僕が見ている前で、その師匠の輪郭が解けるように薄くなっていく。

(おっと、少し時間が必要だな。龍青、そこの小僧たちをどこかに縛り付けておきな)

 そう言うや否や、師匠の姿は消えてしまった。

 来ないで、とか、やめろ、とか、呪うな、とか、何もしないから、とか、ひたすら喚いていた男たちも師匠の気配が消えて、静かになった。

 やっと夜の静けさが戻ってきて、それが変に新鮮に感じた。

 男たち二人はようやっと立ち上がり、こちらに身構えている。短剣は湖に消えたようだが、それもそうか、僕は武器を持っていない。男たちも素手だが、二対一という強みはある。

「えっと、何を知ってここへ来たわけですか?」

「理力だ!」

 背の高い方が叫んだ。背が低い方はまだ腰が引けている。制圧するのは容易い。

 こういう時、先に制圧して、尋問のようなことをするのが妥当なんだろうか?

「理力は金になりませんよ」

「不思議な道具を持っているという噂を聞いた」

 どこの誰がそんな噂を。もっとも、噂というのは尾ひれがつくものだし、人の間を渡っていく間に原型を失うものかもしれない。

「ここに不思議な道具はありません。質素な生活をしているのです」

「それでどうやって生活する? どこかから銭が入るわけだろう?」

 銭を必要としない、それは確かに不自然ではあるだろう。

「銭はほとんど必要ありません。自給自足、と呼べる生活ですから。買うものといえば、焼き物と着物、ちょっとした贅沢品だけです」

 そういえば、僕がここに持ってきた蜂蜜はどうなったんだろう? 小屋と一緒に消し飛んだとなれば、惜しいことだなぁ。

 男たちは何かを探るように、視線を交わし、今度は小柄な方が声を発した。

「あんたが、理力使いか?」

「僕は弟子ですよ。さっきの幻が、師匠です」

「幻が師匠? 幽霊か? 幽霊が畑を耕すってことか?」

 説明が難しいけど、正直に伝えるしかない。

「さっきまではちゃんと体があったのですが、負傷して、今は別のところにあります」

「別の場所? どこだ?」

「湖の底です」

 男たちはまた視線で何かやり取りし、また背丈のある方へ会話の主導権が切り替わった。

「あんたが殺して、湖に隠した?」

「まさか。僕の師匠ですよ、殺す理由がない。何者かに襲われたのです」

「さっき」低い方が疑り深そうに言った。「落雷がすぐそばであった。あれと関係あるのか?」

 おそらく、と頷く僕に、二人は途方に暮れたようだった。

「諦めたよ」

 長身の方がそう言って、軽く手を挙げた。

「俺は何か変な幻を見たらしい。急に雲が湧いて落雷があり、すぐ雲が消えた。そして、湖の上を歩いてくる男がいる。幻だ。こんな奇跡の大安売りがあるものか」

 いや、あるんだけど……。

「俺たちはどこかへ消えるよ、ここのことは誰にも話さない。じゃあな」

「あ、待ってください」

 手を伸ばすけど、男たちはもう身を翻している。

 師匠は二人を拘束するように言っていた。別に傷を負わせるわけじゃないし、ちょっと確保させてもらおう。

 手が届く距離ではないので、理力を飛ばす。不可視の力が、二人の男を拘束する。足をばたつかせても、その足は既に宙に浮いている。

「や、やめろ!」男たちがそれぞれに喚き、叫ぶ。「殺さないでくれ! 俺たちは何もしていない! 無実の人間を殺すのか!」

 さっき短剣を向けたじゃないか。

 空中で自由を奪われた二人を引き連れて、僕は小屋に戻った。

 既に半分が倒壊し、火は消えつつあった。かまどがある土間の辺りが残っているので、二人を縛り付けるのに最適だろう柱を選び出し、柱へ押し付けておく。土間の傍にあった縄で二人を縛り付ける間、危うく蹴り飛ばされそうになったし、大声で叫ばれるので、仕方なく全身を理力で押し包んだし、口にも見えない轡を噛ませた。

 どうにかこうにか柱に縛り付けて、理力を解く。二人は喘ぐように呼吸して暴れるが、柱は耐えられそうだ。

「お、俺たちをどうするつもりだ!」

 まだ威勢があるのは背の高い方だ。引く方はじっとしている。

「師匠から何か話があるはずです。僕は龍青と言います。お二人は?」

 二人がぐっと口を閉じた。

「名前がないわけじゃないんでしょ? 話をするのに、名前を知らないと困る。甲と乙、というわけにもいかないし」

 先に答えたのは小柄な方だ。

「伏陸だ」

「よろしく、伏陸さん。あなたは?」

 相方の方に視線を向けると、ぶっきらぼうな口調で返事があった。

「定輪」

「よろしく、定輪さん」

 握手でもするべきだったかもしれないけど、彼らの両腕は拘束されている。

 僕は二人をそのままに小屋の状態を仔細に確認した。師匠の部屋、そして僕の部屋があった辺りは落雷で吹っ飛んだ上で、燃えてしまって、ほとんどなくなっている。小屋だった残骸がそこここに飛び散っていた。

 もう建て直さないとここでは生活できないけど、やっぱり誰ももう生活しないだろうから、自然と朽ちていくのかな。ただ、そうなるとどこかに貴重品くらいは保管しないといけない。師匠も肉体が回復した時、生活に困るだろう。

 畑もそうだ。僕がいなくなってしまえば、誰も手入れしなくなる。師匠の回復が終わる頃には、荒れ果てているはずだ。そうなれば師匠が食べるものがなく、生活が成立しない。

 そうなるとやっぱり、僕がここに残るしかないのかな。

 周囲が少しずつ明るくなってきて、視線を向けると稜線から朝日が昇ってきた。

 長い夜だった。



(続く)


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