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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第二部 雷士
12/118

2-5 乱戦

     ◆


 とにかく、広い場所に出たかった。

 二人ほどを切って捨ててから、廊下を引き返し、中庭へ飛び降りた。

 男たちが半円に俺を囲む。誰も長い得物は持っていない。それもそうだ。屋内戦を想定すれば、短剣の方が有利なのは当然の発想だから。

 中庭と言っても、狭い。すぐそばに土塀があり、よく分からない岩もいくつか設置されている。この手の芸術的感性は俺には少しもないので、岩はただの岩だ。

 男たちがずずっと前進しようとするので、俺は大剣を振って見せる。彼らが一斉に距離をとる。しかし無理に攻めてはこない。

 なんでだ? 俺を殺すのが目的じゃないのか?

 違う。こいつらは間違いなく乱空の一味で、それなら役人とも接している。

 ここに役人が現れれば、目の前の男たち共々、俺も確保されるだろう。

 それは避けなければ。

 逃げるべきだが、しかし目の前の襲撃者がおいそれと逃してくれるわけがない。

 俺は一歩、前に踏み出した。男たちが下がる。俺は更に前進。

 一人に切りつけるが、わずかに届かない。そこへ三人が突っ込んでくる。

 織り込み済みだったので、腰を捻り、上体を捻り、弧を描く暴力が男の一人を捉える。

 腹を半ばまで輪切りにされて、絶叫し、倒れる。

 勢いのままに体を回転させ、もう一人、肩から胸にかけて断ち割る。

 一方、無傷の男の短剣が、俺の肩を掠めていた。

 距離を取り、再び膠着。生臭い血の匂いが酷い。

 男たちの背後に、弓矢を構えた男が二人、現れた。役人の手入れではないのにホッとした。

 おそらく役人は俺が死ぬか、あるいはある程度まで疲弊してから出てくるのだろう、と不意に思いついた。自分の部下を危険にさらしたくないんじゃないか。

 今は俺がピンピンしている。

 さて、男たちは全部で残りは何人かな。

 八、いや、九、か。

 乱戦に持ち込めば、どうとでもなるが、奴らはそれを許さない。

 と、どこかで指笛のような音がなった。

 突然だった。

 男たちが全員、こちらに突っ込んでくる。飛び込んでくるのは、六人だ。三人が弓を構え、番えた矢をこちらへ向けている。

 死にたいのか?

 俺の剣が意識することもなく、激しく踊り始める。

 一人を一撃で葬る。首を刎ね、胴を二つにする。間に合わなくなり、両腕を切り飛ばし、脚を落としてやる。

 それでも二人が俺に組みついた。どちらも得物の短剣を俺が弾き飛ばしたので、素手なのだが、掴みかかってきた。

 揉み合う俺は、無理やりにその二人を跳ね飛ばすが、そこで何かが風を切る音がした。

 反射的な行動だった。

 俺にまとわりつく男の人を振り回した場所に、矢が三本、まとめて刺さった。男の体を貫いて、鏃が俺の目の前で静止する。まったく、ぞっとする。

 しかしこれで襲撃者は残り四人だ。

 春和尚のことが不安だが、逃げることはできる。

 矢が二本、三本と飛んでくるのを無視して、俺は例の岩に飛び乗った。

 正確な狙いの矢を剣で弾き飛ばしつつ、跳躍。

 少し足りない距離を剣を振るって、切っ先が土塀に食い込ませる。

 そのまま力を込め、軽業師そのものの動きで俺の体が、ぐっと宙に飛び出す。

 体が土塀を超えて、その向こう側へ。

 着地しようにも、真っ暗だ。不運な事態が起きないことを念じつつ、受身を取って転がる。よかった、無事だ。

 立ち上がろうとした時、人の気配に気づいた。

 おいおい、まだ逃がしてくれないのか。

 ただ、状況は極端に悪くなったと、すぐ気づいた。

 待ち構えているのは軽武装した男たちで、明らかに役人の配下、武装警察だった。

 いきなり土塀を飛び越えてきた俺に驚いているようだが、闇を透かして見ると、すぐそばに四人いる。この四人は俺に気付いている。他にも大勢、いることだろう。

 四人のうちの一人が、指笛を吹こうとした。

 反射的に俺の手が地面を探り、手の中に収まる石を掴み、投擲。

 寸でのところで、指笛を吹く寸前の男が頭に礫を食らって昏倒した。

 だが他の三人はどうしようもない。奴らが喚くのを止める術がない。

 さらなる予定外が起こったのは、この時だった。

 火縄のようなものが頭上から降ってきた。いや、火縄ではない。何か袋についている短い紐に火がついているのだ。

 武装警察もそれに気づく。唖然とし、逃げ出す。もちろん俺もだ。

 一秒ほどだっただろうか、爆音とともに光が炸裂し、俺はよろめきながら、駆け出した。

 誰が助けてくれたか知らないが、とりあえずの包囲を突破できた。

 寺は小さな山の麓にあるので、俺は山の中へ飛び込み、がむしゃらに走った。

 ああ、くそ、手に入れた銭を全部、寺に置いてきちまった。

 そんなことを今、心配するものではないかもしれないが、それだけ動転しているのかもしれなかった。

 山はすぐに頂上に達してしまい、下り坂になった。このまま降りていくと、田園地帯のはずれに出るはずだ。

 まさか役人も山を丸ごと包囲したりはしないだろう。

 逃げられるかな、と思った時、左右に急に人の気配が湧いて、思わず冷や汗が流れる。

 全部で何人かはわからないが、まるで猿のような連中だった。動きが尋常ではない。

 しかしいつまで経っても俺を襲うようではない。不可解なことに、彼らは俺と並走している。

 いきなり林立していた樹木が途絶え、川に出た。

「来たか」

 焚き火が起こされていた、そこにいる誰かが声をかけてきたのだ。

 いや、誰かじゃない。知っている声だ。

「春和尚……?」

 歩み寄ると、春和尚だった。服装は薄汚れているが、先ほどのままだ。

「どうしてこんなところに? そもそも、どうやって?」

「お前が大暴れしている間に、逃げたのだよ」

「一人でか?」

 そう訊ねてから、いや、違う、とさすがに俺も気づいた。

「さっきの連中があんたの仲間か?」

 さっきの、というのは、あの猿のような男たちだ。異様な身のこなしを見せた、正体不明の集団。

 俺の言葉に、春和尚は「まあ、座れ」と促した。

 仕方なく、焚き火のすぐそばに腰を下ろした。

「これで私も春和尚などと言ってはいられなくなった。乱空の奴には報復しなくてはならないしな」

「報復ね。それに俺も加われと?」

「嫌かな?」

 ついさっきまで、人殺しは良くないと言っていたのに、まるで別人だ。

「人を切るのが目的じゃない、それははっきりしている」

 そう言う春和尚は嬉しそうに笑っている。

「何を企んでいる?」

「役人を買収し、役人に役人を摘発させる。それで乱空もお縄にする、という寸法だ」

「あんたはどうなる?」

 それはなぁ、と言いながら、春和尚は視線を川の方へやった。俺もそちらを見るが、何も見えない。ただ視線を逸らしただけらしい。

「それは?」

「また盗賊に逆戻りだな。この歳にして、一線には立てないだろうが、仲間もいる。どうにかなろう」

 それはまた、根性のある老人である。

「それでいつやるんだ?」

「すでに始まっている」

 手が早いことで。

 春和尚が傍に置いていた壺のようなものを手に取ったので、焚き火の灯りの中で眺めると、酒の入っている小さな甕だった。

 直接、中身を飲み、うまそうに息を吐くと、春和尚がこちらを見やる。

「飲むか?」

 俺は首を何度も横に振るしかなかった。



(続く)


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