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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第十七部 終わりと始まり
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17-2 別れ

     ◆



 烈火の如き、火炎の連続攻撃を僕は一振りの剣で弾き続ける。

 あまりに早い、受けられる限界領域に入っていく。

 二本と一本の差はあっても、僕は理力で感覚を一層、研ぎ澄ませた上で、身体能力を底上げしている。

 それでも火炎の速度は早過ぎる。

 決断は即座に行動に変わる

 雨の構えで、火炎の連続する振りに、同等に早く、同等の密度で剣を当てていく。

 剣同士がぶつかり合う。

 切っ先が高速で大気を切る音と、火花が一つらなりになる。

 火炎は、速い。こんなに速いのか。

 瞬間的に離れた両者が、同時に息を吐く。僕は肩で息しているが、火炎も荒い呼吸をしている。

 言葉はなかった。

 次でお互いが全力を出すことが、決まっている。

 地を蹴って、間合いが消える。

 雨の構えから生まれた、より超高速の理科を発動する。

 火炎が緩慢に動く、僕の方がわずかに早い。

 切っ先が火炎に向かう。胸を切り裂いて、終わりだ。

 致命傷を避ける余裕さえ、僕にはある。

 僕の剣が伸びていく。

 事態は唐突に起こった。

 火炎の剣が僕よりも速く動いた。

 僕の剣に火炎の剣が当たり。

 世界に速度が、時間が戻った。

 甲高い音ともに、僕と火炎がすれ違った。

 お互いに振り返る。

 僕の手の剣は、半ばから折れている。

 火炎の剣も右手の一振りが折れていた。しかし左手に握られている剣は、健在だ。

 お互いが立っているのも限界という疲労の中で、睨み合った。

 僕の方から一歩下がって、息を深く吐いた。

「僕の負けだよ、火炎」

 らしいな、と火炎がつぶやき、右手から刃の折れた剣を手放すと、座り込んだ。僕もたまらず、座った。

「お前は速過ぎるよ、龍青」

 呆れたように火炎が言う。

「相手をして、初めて知ったが、あれは人間の限界を超えている」

「そういう火炎だって、ついてきたじゃないか」

 必死だった、と喘ぎながら火炎が答える。

「なんとなく、わかったことがある」

「何が?」

「お前、俺に理力を流しただろ? 翼王に俺が刺された後だ」

 その話は火炎には病室で話していた。

「流したけど、それが何か関係ある?」

「俺の体には、お前の理力が今も流れている。それが俺の意志に反応して、体を強化したんだと思う。最後のあの瞬間、お前の剣を弾くことだけを俺は考えた。そうしたら、体が急に動いた。自分のことなのに、びっくりだ」

 理力が他人の中で作用する? 修行もしていないのに?

 よくわからなかった。けど、事実、火炎の一撃は僕の一撃を弾いた。

 理力はその現象を、説明することができる要素だった。

「師匠が詳しく知りたがるよ」

「あの婆さんの方から訪ねてくるように、言ってくれ」

 火炎が折れた剣を一瞥し、背中の鞘も一つ、外す。無事な方の剣は鞘に戻った。

「なあ、龍青、お前のさっきの超高速攻撃に、名前はあるのか?」

「名前? 雨の構え、って名前をつけていたけど、ちょっと違うかな、と思っているところ」

「面白い案がある。聞くか?」

 頷くと、火炎が笑った。

「鏡花水月の構え、だよ。どうかな」

「鏡花水月の構え……」

 じっと考えたけど、いい名前だな、と自然と思いが湧いた。

「その名前にするよ。鏡花水月の構え。良いね」

「まぁ、俺が凌げなくなるように、技を磨いてくれ」

 ぐっと足に力を入れて、火炎が立ち上がる。

「俺はここまでだ。東へ行くよ」

 突然だったけど、きっと火炎は僕と剣を合わせて、それで別れようと決めていたようだった。

 僕もどうにか足に力を入れて、立ち上がった。

「また会おう、渡水鳥」

「うん、今までありがとう、雷士」

 どちらからともなく手を握り合い、力を込めて、放す。

 火炎が荷物を取りに建物に戻ったので、僕は一人で外に立っていた。

 折れた自分の剣を見る。

 長い旅の間、いろいろな戦いを切り抜けた剣だ。

 旅が終わって、そして火炎が折る。

 象徴的じゃないか。

 火炎が外へ出てきて、建物の横手に繋がれていた馬を一頭、引っ張ってくるとすぐに飛び乗った。

「じゃあな!」

 声を上げ、器用に馬を竿立ちにさせてから、火炎は馬を駆けさせ、離れていく。

 背中が消えて、寂しさが心の底から込み上げてきた。

 家の中に戻ると、その家の夫婦が恐々と僕を見ていた。殺し合いを始めたと思っているのかもしれない。

「大丈夫です、ほんの挨拶のようなものです」

 そんな言い訳をしてから、折れた二本の剣を引き取ってもらうように頼んだ。どこかに金属として売れば、銭にはなる。

 粥をもらって、その一家に見送られて、僕は一人でさらに西へ向かった。

 山間になり、馬が苦しそうなので、自分で歩くことにする。荷物を代わりに馬に乗せたが、ほんの少ししかない。

 馬の轡を取りながら、斜面を上っているうちに周囲が闇に閉ざされた。

 野営の支度をして、馬には自由にそこらの草を喰ませておく。

 僕が火を起こして、その火で干し肉を炙っていると、人の気配が近づいてきた。馴染みの気配だとすぐわかる。

「早かったね、紅樹」

「あのデカブツはどこへ消えたわけ?」

 木の陰から黒装束の紅樹が現れた。焚き火の光の中に進み出て、僕のすぐ横に腰を下ろした。

「火炎は自分の旅を始めたよ。東へ向かったから、本当に海賊に加わるんだと思う」

「海賊の話、本気だったんだ。まぁ、あいつも肝が太いし、どうとでもなるでしょう」

 パチパチと細い枯れ枝が炎の中で音を立てる。

「紅樹はここまで来て良かったの?」

「それがね」ちょっと紅樹は言い淀んだ。「私も別れを切り出しに来たの」

 そうか、と彼女を見ると、黒目がちな瞳がわずかに潤んでいる。

「長い時間を旅できて、楽しかったわ。苦しい場面も多かったけどね」

「紅樹には感謝しているよ。走り回ってもらって、申し訳なかった」

「私にもできることがあるんだとわかって、嬉しかったのが正直な気持ち」

「そう言ってもらえると、少し安心する」

 干し肉を差し出すと、いらない、と首が振られる。僕は干し肉を自分の口元へ持って行き、ゆっくりと噛んだ。

「今までありがとう、龍青。またいつか、気が向いたら会いに来て。私からも会いに行くかも」

「また会えるといいね」

「私、本気で言っているのよ」

 じっとこちらを見てから、紅樹は立ち上がった。

 僕が見えている前で彼女は浮かび上がるように跳び上がると、木を蹴って頭上の闇に消えた。

 音もしない。本当に獣みたいな子だった。

 一人きりになり、もう一度、焚き火を見る。

 ついに一人になってしまった。

 いつの間にか僕も人の中にいることに慣れてしまった。

 ほんの二年で、僕は孤独というものを逆説的に理解できているようだ。

 帰ろう。けじめをつけるために、もう一度、始まりの地に。

 翌日も山の中を進み、そのうちに岩場に出た。

 眼下に景色が開け、そこに湖がある。

 戻ってきた。古龍峡だ。

 はやる気持ちのせいか、心臓が早鐘を打ち始め、どこかそわそわした。

「我が家、か……」

 僕は深呼吸して、先へ進んだ。



(続く)


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