表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第十六部 再会と決着
114/118

16-7 決着の後に

     ◆


 目を覚ました時、すぐに病室だとわかった。

「おお、死体が目を覚ましたな」

 こちらの顔を覗き込んでくるのは、守備隊本部にいた医者だった。なら、僕は守備隊に保護されたのか。

「よく生き延びたなぁ。私も半信半疑だった」

「か、火炎、は?」

 どうにか声が出た。医者は顎をしゃくって横を示す。僕は首をひねってそちらを見た。

 隣の寝台に火炎が寝ている。

「生きているよ。致命傷のように見えたが、それほどでもなかった。お前の仕業だな?」

 力が入らないながら、笑みを浮かべてみせる。

「医者なんていらないじゃないか、まったく。しかし、医者が必要な場面もある」

 いつですか? という意図を込めて視線を向けると、「左肩だ」と言われた。

「お前の左肩の傷は、重すぎる。一応の治療は施したが、普通に動かすことはもう無理だろうな。訓練や治療を続ければ、日常生活に支障はないかもしれないが、剣は振れんだろう」

 そうか。

 でもあの瞬間、自分の傷より火炎の傷を優先したことを、悔いる気持ちは少しもなかった。

 医者は僕に何かどろどろした液体を飲ませたけど、ものすごく不味かった。「吐くなよ」と言われたので、我慢して飲み干した。次に粉薬を飲まされ、その効能だろう、抗いがたい眠りがやってきて、僕は意識を失った。

 どこかで青白い光が渦巻き、その中に僕は含まれている。そんな幻を見た。

 声も輪郭もなく、無数の光が周囲で瞬き、僕に近づき、離れ、遠巻きにし、寄り添う。

 急に光が強くなった、と思うと、僕は瞼を持ち上げていて、そこは現実だった。

「具合はどうかな」

 医者がまた顔を覗き込んでくる。眠る前よりは意識がはっきりしている。

「それほど悪くはありません」

「まだ寝ていろ。まだ死体のままだからな」

 目を閉じていると、自然と眠ったけどもう青い光は見なかった。

 次に目が覚めると、医者ではなくその助手らしい若い男が顔を見せ、先生を呼んでくる、と部屋を出て行った。

 僕は少し深呼吸を繰り返し、理力を意識した。

 まだ体が万全じゃないからか、大きな流れは作れない。でも、傷の治癒を加速させる程度の効果はある。目を閉じて、じっと理力を把握して、流す。

 医者がやってきて、「具合は?」などと訊ねてくるけど、理力のおかげでだいぶ楽になっていた。医者にそのことを話すと、「インチキめ」と言われてしまった。

 結局、三日をそこで過ごし、僕は動けるようになった。

 左肩はまだ激しく痛む。持ち上げるのも億劫だ。

「左肩は訓練を続けるしかないぞ」医者が僕の左肩をそっと支えて動かしつつ言う。「時間とともにマシにはなっていくが、あまり期待しないことだ」

 ええ、と答えると医者は、頑張れよ、と笑っていた。

 火炎はまだ眠っている。しかし容体は安定していると聞いている。

 僕が回復したことで、花敏がやってきて、事情を教えてくれた。

 僕が粉砕した翼王の肉体の部品は、全てが回収され、焼却されたという。破壊されたいくつかの建物は、補償が行われているとも教えてくれた。

 花敏には、僕に父が告げたことをそのまま教えた。

 あの時、父の肉体には翼王の全てが集中し、分裂が解消された一個の翼王が復活した、と伝えると、花敏は難しそうな顔になった。

 僕がそれを倒したと言っても、花敏はまだ慎重なようだった。

「では、龍灯殿は、もういないのですね?」

「僕が、殺したのです」

 心が重くなる。僕は、事情があったとはいえ、容赦なく、実の父親を切った。

 どう言い訳もできない現実が、そこにはある。

 沈痛な面持ちで花敏が顔を俯ける。

 それから再開された話で、西深開府は僕と火炎を無罪とし、傷が癒え次第、自由にすると決まったという。

 どこへ行ってもいい、とも言われた。

「何か、支援できることがありますか?」

「あまり、思いつきません」

 何かありましたら、遠慮なくお伝えください、と言葉を残して、花敏は去って行った。

 医務室に戻り、僕は火炎の横に椅子を引っ張ってきて座った。

 傷は完全に癒えていて、あとは意識を回復するのを待つだけだ。致命傷だったはずだ、と医者は言っていたけど、そこは僕の理力が功を奏したということだろう。

 じっと火炎を眺めつつ、これからについて考えた。

 もう旅を続ける理由もなくなった。どこへでも行ける。

 いくつかの場面が脳裏に浮かぶ。また顔を合わせたい人、話したい人が、ここまでの旅で何人もできた。

 会いに行くこともできるのだ。

 もう誰も何も、阻まない。

 日が暮れて、窓を閉める時間になった。医者が僕を気遣って料理を運んできた。二人でそれを食べる。

 と、いきなり戸が叩かれた。医者がぼやきながら戸を開ける。誰もいない。

 その時には天井の一角が無音で開き、小柄な影が室内に現れていた。

 僕がクスクス笑う前で、医者がとんでもない大声を上げて驚いた。

「病人が起きるわよ」

 紅樹がそう言いながら、自分のために空いている椅子を引っ張った。

 医者が目を白黒させながら、それでも自分の席に戻った。

「お前の知り合いか? 龍青」

「ええ、まあ、ちょっと変わった人なんです」

 ガツッと紅樹の拳が僕の肩を叩く。左肩なので、すごい痛みが走って思わず息を止めてしまった。

「ああ、ごめん」紅樹が真面目な顔になる。「戦いにも加われなくて、ごめん」

「気にしないでいいよ、あれはちょっと、異常だった」

「あんたの動きが一番、異常よ」

 え? と思わず声を出していた。

「どう見えた? 僕には全てが遅く見えたけど……」

「私には、あんたが異常な速さで動いた、としか言えないんだけど、でも、動いたっていう感じでもない」

「どういうこと?」

「ほんの一瞬で、相手が解体されたの。あんただけ時間が加速したみたいだった」

 ふぅん、としか言えなかった。

 あの瞬間に体を動かした理科は、雨の構えとはまた違った。

 何か、新しいものに手が届いているらしかった。

 しばらく医者も含めて三人で話していると、急に火炎が唸った。

 三人が寝台に飛びつく。

 見ている前で、火炎が荒い呼吸をし、何かに驚いたように目を見開いた。

 体を動かさず、僕たちを順繰りに見つめ、呟く。

「俺は死んだはずだが、お前たちも死んでいるのか?」

「馬鹿め」医者が即座に言い返す。「お前も私たちも生きている。どこか痛くないか?」

 いやぁ、などと言いつつ、火炎はわずかに身じろぎした。

「どこも悪くないが、ただ疲れている。腹が減った」

 待ってろ、と言って医者が部屋を出て行った。もしかしたら、あの不味い液体を用意しに行ったのかもしれない。

 部屋に三人だけになり、お互いに視線を交わしたけど、黙っていた。

「とにかく」

 僕が口を開くと、二人がこちらを見る。

「旅は終わったみたいだね。ありがとう、二人とも」

 火炎が鼻を鳴らし、紅樹はかすかに笑みを見せた。

 静かな夜の空気が、僕たちを包んでいた。




(第十六部 了)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ