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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第十六部 再会と決着
112/118

16-5 再会と別れ

     ◆


 僕はしばらく、宿から出なかった。食事も宿に用意してもらっていた。

 火炎は一人で外に出て、何をしているのかは知らないけど、たまにちょっとした食べ物を持って帰ってくる。

「お前、すごい顔をしているぞ?」

「どういう顔?」

「生き返った死体みたいな顔だ」

 そんな顔をしているのか。鏡を見ることもないので、わからなかった。

 お腹が空く時間が多いのは事実だ。宿は二食しか提供しないのに、昼間にも料理を出してもらい、朝昼晩と三食食べても、どこか飢えている。

 それくらいの疲労だったんだろう。眠る時間も長い。

 夜、寝る前に少しだけ火炎と話を頻繁にした。

 でも本当に話したいこと、これからどうするかは、切り出せないままだった。

 紅樹もたまにやってくる。僕を心配し、西深開府の守備隊の動向を教えてくれるけど、僕にはあまり興味もなかった。彼女も火炎と同じく、これからについては、話さない。

 もしかしたら二人も僕と同じかもしれない。

 さすがに、先の見えない旅をこれ以上は、続けられないのかもしれない。

 守備隊本部の地下での一件から、一週間が過ぎた夜、その来訪者があった。

 火炎はすでに布団に入って、しかし寝てはいない。僕は火鉢のそばで、考え事をしていた。これからどうするか、という終わりのない問いだ。

 戸が叩かれ、もう顔馴染みになっている宿のものが「お客様でございます」と声をかけてくる。火炎が身を起こし、それとない位置に剣を動かす。僕の手も一度、剣に触れた。

「どうぞ」

 声をかけると戸が開いて、一人の男が入ってきた。宿のものは戸を閉めて下がっていった。

 入ってきた男性を見て、どこかで会ったことがある、と直感的にわかった。

「龍青? 大きくなったな」

 そう言って不敵に笑った男性は、ずかずかと部屋に入り、火鉢を挟んだ僕の向かいに腰を下ろした。

「十六歳、いや、十七歳か。それでもどこか、昔の面影に通じるものがある」

「あ、あの……」

 言葉にするまでもなく、僕の心は確信を持って一つの答えを導き出していた。

「と、父さん、ですか?」

 ニヤッと笑うと、男性が頷いた。

「俺が龍灯だ。あの地下牢にいた偽物とは違う」

 愕然とした。それくらいの、強烈な驚きが僕を打ち据えた。

 実際に、初めて見る父は精悍で、全身から強烈な気配を発散している。武人と言っても通りそうだったが、武装はしていない。ただ、瞳の鋭さは隠せない。

 顔の作りは端正で、かなりの美男だ。ただ、そこはかとなく憂いが漂う。

 その龍灯が、僕をまっすぐに見た。

「お前と話をすることをずっと楽しみにしていた、青」

「いえ、それは、僕も同じです」

 そう答えるのが精一杯で、助けを求めるように火炎を見てしまった。火炎は布団の上に座って、こちらを見ている。

 父も火炎の方を見た。

「火炎殿だな? 息子が世話になった」

「いや、それほどでもないが、この親にしてこの子あり、とはよく言ったものだ」

「それはどこの言葉だ?」

 気にせずに、と火炎は笑った。

「すまないが、青、あまり時間は残されていない」

 またその言葉か、と正直、思った。

「どこかへ逃げるのですか? 次はどこですか?」

 ガラリと、父は真剣な顔になった。

「翼王は俺をすでに捕捉しているし、俺はそれから逃れる術がない。ここで決着をつけるしかないのだ。そのためにお前と、火炎殿の力を借りなければならない」

 わからない話だった。

「三人で戦うのですか? それで勝てるのですか?」

「三人ではない、二人だ」

「二人?」

「青、お前と、火炎殿の二人だ」

 じゃあ、父は何をするのだ?

 疑問が顔に出たらしい僕に、父は困ったような顔になり、「見せたほうが早いな」と呟くと、やおら、立ち上がった。

 僕と火炎が見ているまで、父は着物をめくり、胸を見せた。

 その左胸から何かが突き出している。

 短剣の柄だ。刃は完全に胸に沈んでいる。

「翼王の呪術が込められた短剣は、俺をすでに仕留めつつある。だが逆に、ここが好機でもある」

 父が坐り直し、話を続けた。

「翼王の全てを俺が呪術をもってこの身に集め、再び一つにする。それをお前と火炎で倒す。そうすれば翼王は滅び、すべてに終止符が打てる」

「この身に集めるとは、どういうことですか?」

「俺が翼王になる、ということだ。この体は翼王の器となり、そしてお前たちが破壊する」

 そこまで聞けば、事情は誰にもでわかる。僕も思わず食ってかかっていた。

「そうしたら、父上は死んでしまうではありませんか。父上の肉体を破壊するなど、そんなことは、できません」

「やるしかないのだ、青。お前だけがそれを遂行できる」

「やれません!」

 思わず怒鳴った僕の方に、父が手を伸ばしてきた。

 強い力が、ぐっと肩を握る。

「お前を信じる。酷なことを要求しているのもよくよくわかっている。しかし俺はお前を信じているんだ、青。お前には先へ進む力がある。意志もある。それを見せてくれ」

 先へ進む意志。

 それは今、僕の中で最も揺らいでいるものじゃないか。

 これからの旅を思い描けない僕に、先へ進む意志などあるだろうか。

「やってくれ、青。お前を信じている」

 目元が熱くなり、思わず手で押さえた。声を押し殺して、僕は涙をこぼし、ゆっくりと呼吸した。

 頭に父の手が乗る。

「すまないな、青。もっと別の形で会えればよかったが、これが限界だった」

「いえ、そんなことは……」

 しゃくりあげそうになるのを抑えるのに必死で、そんな言葉した言えない。

 父は僕の頭を撫で、もう一度、肩を掴んだ。

「青、お前は俺の誇りだよ。よくここまで技を練り上げた。立派だ。これから先のお前を見れないのは残念だが、そこには無限の未来があることを忘れるな。そして、常に自分を見守る者がいることも」

 堪えきれずに、僕は声を漏らした。

 呼吸が整ってから、よし、と父は立ち上がり、僕と火炎に離れるように言った。

「俺の肉体に翼王を封じ込める。そこをお前たちで倒してくれ。それだけだ」

 僕と火炎は、ただ頷いた。

 もっと話をしたい。父も同じことを考えているのは、はっきりとわかる。だけど無情にも、そんな猶予は与えられなかった。

 最後の戦いに勝っても、父はもうそこにはいないだろう。

 でもこれが、僕たち親子の運命かもしれない。

「青、達者で暮らせよ」

 父が笑う。清々しい笑みだ。

「会えて良かったよ」

 その言葉を残して、父は目を閉じた。

 光が瞬き始めたかと思うと無数の紫電になり、父の全身をそれが走り抜ける。デタラメに体が震えるが、倒れはしない。

 部屋中が明滅し、その中心でついに父は動きを止め、立ち尽くしたまま、うな垂れた。

 ぐるりと顔がこちらを見る。

 禍々しい表情だ。

 覚悟を決める、などという生温いものではない。

 自分の心を殺す決意が、僕の剣を走らせた。

 一撃で、父の首が宙に飛んだ。



(続く)


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