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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第十六部 再会と決着
111/118

16-4 実際

     ◆


 まさか僕が守備隊に保護されることになるとは、想像もしていなかった。

 建物の二階にある一室、医務室で僕は寝台に横になり休んでいた。医者は僕の腹部を検めたが、もう傷跡もなかった。でも僕は真っ白な顔をしているだろう。血を失いすぎた。

「まるで死人ですな」

 医者は呆れたようにそう言って、一度、部屋を出て行った。

 部屋には僕と花敏だけになる。

「事情を教えていただけますか?」

 僕が訊ねると、ええ、と花敏が居住まいを正した。

「まず龍青殿に対する指名手配は、取り下げられています。東方臨海府の守備隊、その一員が私的に龍青殿を攻撃し、それに対する正当な反撃だった、となっています。つい最近のことですが。翼王、呪術師の関わりもあったと見ています」

「そうでしたか」

 安堵する気持ちになれないのは、電鳴を切ったこと、段葉の腕を落としたことは、紛れもない事実だからだ。

 黙る僕に、花敏が続ける。

「円凌は守備隊にまず入隊して、次に役所に配置換えになったのです。十年ほどになります。それなりに剣を使いますが、口が達者だったというのが大勢の抱く感想です。その円凌が半年前、龍灯と名乗る男を連れてきました」

「それで?」

「呪術師に追われていて、保護する必要がある、というのです。呪術師は非常に強力で、どうにかして打ち破るべきだと、彼は私たちの前で熱弁を振るいました。多くの者は危機感を持たず、円凌に全てを任せました。円凌は地下牢の使用の許可をとりつけ、そこに男を入れた」

 全てが嘘だったのだろうか。

 僕は都合よく、釣り上げられただけか。

「円凌が私たちにもよくわからない動きを取り始めたのも、同じ時期です。私と私の部下は、秘密裏に上官に了承を取り付け、内部調査のようなことを始めたのです。最初こそ何も分からなかった。円凌の行動は筋が通っていたのです」

 ただ、と花敏が顔を曇らせる。

「唐突に龍青という男を探し始めた、と私たちは知りました。初めて聞く名前でしたが、調べれば、その人物はまだ少年で、しかし東方臨海府で罪を犯して追われているという。まずはその事実の確認から始めました。その過程で、あなたが被った罪の実際を知りました」

「円凌は何を調べていたのですか?」

「主にあなたの所在と、行き先です。我々は、龍灯という男と、龍青という少年の関係を洗い出し、二人が親子だというところまでは調べがついた。しかし、なぜ龍灯はそこまで息子に会いたがるか、理解しかねた。もちろん、親子ですから、会いたい気持ちはあるとは思ったのですが、この時期に会う理由はない。会いたければもっと早く会えた」

 花敏は顔をしかめている。

「だから我々は、龍灯、龍青の親子の身に起こったことさえも、調べました。記録は少なく、散逸していましたが、聞き込みで徐々に理解できた。そして、龍青殿の特筆すべき点は、その理力と呼ばれる力の使い手としての能力、もしくは血筋だろう、と見当をつけた。ただその間に、円凌が龍青殿と接触していた」

 三日前、ということだろう。

「円凌が何かをする、という確信がありました。我々は彼を密かに監視した。そうしてついに、地下室で、あなたに襲いかかった」

「僕を泳がせて、地下にいる男が何を狙っているかも、見ていた、探っていたわけですね?」

「我々の調べたところでは、あの男は龍灯殿ではない」

 思わず寝台の上体を持ち上げていた。

「あの男が、父ではない? 本当ですか?」

「そうです。西深開府の郊外にいる農民の一人で、名前もないような、どこにでもいる男なのです。それを円凌がそれらしい服を変え、風貌も整え、拾ってきた」

 よく分からなかった。そんな僕に気づいたのだろう、花敏が補足してくれる。

「円凌もですが、あの偽物の龍灯も翼王に操られていたのです。それもまるで正気を失っていないように見えるほど、精密にです。非常に高度な呪術が行使されたようですね」

「偽物……」

 急に腕に弱い衝撃を感じ、自分があの男に腕を叩かれたことを思い出しているのに気づいた。

 しかしあれは、偽物の父だ。

 何を思って腕を叩いたのか。演技か。何の心もなかったのか。

「龍青殿には申し訳ないのですが、それが真実です。ここに龍灯殿はいません」

「そう、ですか」

 寝台に体を預け、目を閉じた。

 また旅を続けるのか。姿の見えない父を追って。

 父の顔も声も、僕は結局は知らないのだ。だから父ではない男を、敵ですらある男を、父と勘違いしてしまう。

 あまりにも自分が哀れだった。

 もしかしたら、この旅は実際には何の実も結ばずに、終わるのかもしれない。

 終着点の見えない旅を長く続けるのは、僕には無理だ。

「我々も秘密裏に龍灯殿を追う作戦を進めています」

 まるで言い訳のように花敏が言った。

「それは龍灯殿というよりは、翼王という脅威に対処するためです。それはご理解ください」

「わかりました」

「龍青殿は、これからどうされるおつもりですか?」

 まるで心に刃を差し込まれたような気がした。

 どうしたらいいんだろう?

「しばらく……」

 ずっしりと、体が重くなった。雨の構えを繰り出した時とは、全く違う重さだった。

「しばらく、ゆっくりと過ごそうと思います」

 すぐそばにいる花敏の顔に、気遣うような色が浮かんだ。

「我々の不手際で、余計な心労をおかけして、申し訳なく思っています」

「大丈夫ですよ」どうにか笑えただろうか。「気にしていません。いままで、父は僕からはるかに遠いところにいた。今もそうでしょう。それが理解できただけ、前進したと思うことにします」

 申し訳ない、と花敏が頭を下げた。

 それから医者がやってきて、とりあえずの薬を僕に渡してから、何か精のつく物を食べろ、と言った。肉がいいらしい。それと水分も摂るようにと念を押された。

 一晩、泊まっていくといいと言われたので、それに従うことにした。火炎には知らせてもらうことにして、花敏も病室を厳重に警護する、と言ってくれた。

 医務室の寝台で、僕はその夜を医者と過ごしたが、医者は僕が心配なのか、僕に興味があったのか、夜が更けるまで彼は話を続けていた。念のために配置された医務室にいる兵士も気にしていないようだ。

 短い時間、眠って、朝になって目がさめると、だいぶ楽になっていた。だが全身が痛む。雨の構えの反動だろう。理力を流せば、比較的早く治癒していくはずで、普通にしながらも僕は理力を活性化させた。

「何かあったらまた来なさい」

 そう言って医者は送り出してくれた。

 医務室のあった守備隊本部の建物を出て、一人で宿へ戻った。

 考えることは多い。でも、同時には考えられない。

 宿に戻り、部屋に入ると火炎が座って火鉢に両手をかざしていた。

 僕を見て、ちょっとだけ笑みを見せた。

「無事で何よりだ、龍青」

「そうだね」

 そのまま僕も火鉢のそばに腰を下ろした。

 パチパチと、炭が燃える音を、聞くともなしに聞いた。




(続く)


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