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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第十六部 再会と決着
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16-1 再びの地

     ◆


 西深開府の郊外にある馬商人に話をして、馬を預かってもらった。

 さすがに西深開府の中に騎乗で入るのは目立ちすぎる。馬商人は、二ヶ月だけですよ、と言っていた。銭を払ったが、足りなかったのかもしれない。

「まぁ、それほど長くもなるまい」

 徒歩で城壁へ向かいつつ、火炎がそう言って慰めてくれた。どうも僕は馬に愛着がわいてしまって、名前こそをつけていないが、またあの馬に乗りたいし、できるだけ長く行動を共にしたいと思ってしまう。

 開かれている門から中に入る。雪がちらほら舞ってはいるが、少しも積もっていない。ただ空気は寒い。自然とえりまきに顔を沈めるようにしていた。これで少しは手配書と僕の顔の関連性を紛らわせられるといいけど。

 適当な宿で部屋を取り、そこでこれからの展開を考えることにした。

「呪術師を当たる、っていうことをまたやるのか? 龍青」

「あまり意味はないと思う。でも、気配は感じるんだ」

「親父さんのか?」

「違う、呪術的な気配だよ。感じない?」

 うーん、と火炎が首を捻る。

 宿のものが来て、お茶を置いていった。暖かいそれを啜りつつ、僕は考えた。

 父がどこにいるにせよ、隠れているはずだ。だけど一方で、翼王を狙ってもいる。翼王と呼ばれる存在が単純じゃないことをすでに僕は知っているけど、翼王を追うことが父を追うことにもなる。

 やはり呪術師を当たるしかないのかな。あまりにも僕には知識がなさすぎる。

 その時、戸が控えめに叩かれ、「お客様でございます」という声がした。さっきお茶を運んできた宿のものの声だ。

 無意識にだろう、火炎がそっと自分の剣の一振りを手元に引き寄せた。

 そのお陰で、僕は安心して対応できる。

 声を返すとすっと戸が開き、宿のものが身振りで一人の男性を部屋に入れた。

 見たところ、不審なところはないし、武器も身につけていない。そもそも、武術のたしなみのあるものの動きではない。

「あなたは?」

「円凌と言います。西深開府の役所で働いております。守備隊との折衝役です」

 あまりどういう立場なのかわからない。

 その円凌がこちらに膝を進め、僕の顔を覗き込んだ。

「龍青殿ですね?」

 宿には偽名を使っていた。

 わずかに火炎が身構えた途端、円凌がびくりと体を震わせ、まくし立てた。

「手配書を見ていた手のものが、龍青殿にそっくりの人物が西深開府に入ったと報告をしてきたのです。我々は、東方臨海府での出来事を知っています。あの戦いが正当な決闘であったと解釈していて、そのおおよそのことも、把握しております。どうか、剣を置いてください」

 僕も火炎も、寝耳に水だった。つまり、僕は指名手配を解かれたのか?

 まだ火炎は剣に手を置いている。どうする? と視線で問いかけてくるので、かすかに頷くと、火炎はそっと手を離したが、形だけだ。あれはいつでも抜ける姿勢である。

 そんなことも知らずに、円凌が溜息を吐き、肩の力を抜いた。

「龍青殿をずっと探していました。それは、我々が保護している人物に縁があるからです」

「どなたです?」

 円凌はわずかに間をおき、厳かと言ってもいい調子で答えた。

「龍灯殿です」

 僕は何を言われたかわからなかった。まじまじと円凌を見るが、彼は真面目な顔をしている。

 龍灯、といったのか?

 つまり、僕の父は確かにこの街にいるのか?

「お前たちに何ができる?」

 そう言ったのは火炎だった。すでに手は剣を掴んでおり、顔は緊張している。

 そのことに円凌が気づき、短い悲鳴をあげ、這いずるように壁際に移動する。僕は素早く二人の間に割り込んだ。

「龍青、こいつはどうもきな臭い」

「話は僕が聞く。僕が決める。それでいいよね?」

「龍青……、お前……」

「僕の話だ。円凌殿、続けてください」

 は、はい、と喘ぐように役人は言った。

「龍灯殿と守備隊の一部隊は一時期、非常に近い位置にいました。同じ呪術師を狙っていたのです。半年以上前になりますが、姿を消していた龍灯殿が現れ、保護を求めてきたのです。我々は守備隊と協議した結果、龍灯殿を秘密裏に保護し、呪術師から隠し、守ると決めました」

「どうやって守っているのですか?」

 その質問に、円凌は答えづらそうにしたが、答えを口にした。

「牢に入れているのです。守備隊本部の地下にあります」

「牢……?」

「そこに龍灯殿がいることは、限られたものしか知りません。見張りもおらず、すでにあの方の存在は忘れ去られています。誰も面会できないように、何者も接触できないように、そこにいるのです」

 そんな話があるだろうか。

 しかし、筋は通っているように思える。

「父を狙っている存在をご存知ですか?」

「ええ、はい」円凌が懐から手ぬぐいを出し、額の汗を拭う。「翼王、と名乗る呪術師だとか。龍灯殿の話では、奥方の仇であると聞いています。正しいでしょうか?」

 僕は軽く顎を引いた。

 では、父親はまだ生きていて、安全な場所に保護されているわけだ。

 それなら僕はここにいる意味はほとんどない。むしろ翼王を真剣に追うべきではないのか。

 考えようとしても、なかなかまとまらないのは僕も混乱しているからだ。

 いきなり多くの情報を知りすぎて、整理が追いつかない。

「龍青殿は、龍灯殿に会いに来られたのではないのですか?」

 様子を伺うように、円凌がこちらの顔を覗き込んでくる。それに僕は少し当惑した。

 何かがおかしい。一方で、何がおかしいのかが、わからない。

「父を、追っていました」

 どうにかそれだけ言うと、円凌はホッとしたようだった。

「では、近いうちにお会いできるように、取り計います」

「え? 急な話ですが、許されるのですか?」

 嬉しそうに円凌は微笑んでいる。

「龍灯殿は、もう長いこと、孤独の中にいます。実の息子が会いに来ているのです、会わせない方がどうかしていると私は思っています。まだ決心がつきませんか?」

 正直なところ、決心は全くなかった。

 全てが予想外だからだ。

 少しの間、円凌は僕を見ていたが、坐り直すと軽く頭を下げた。

「突然の話で、申し訳ありません。この部屋に三日後、同じ時間に参りますので、それまでにじっくりと考えてください。私個人の意見はありません。龍青殿がお決めになってください。会うも、会わないも」

 ええ、と呻くように返事をすることしかできなかった。

 すっくと立ち上がると、円凌は綺麗にお辞儀をして、部屋を出て行った。

「どう思った? 火炎」

 他に訊ねる相手もいない。訊かれた火炎は顔をしかめている。

「どう思うも何も、いきなりだったな。それでも、決めるのはお前だよ」

「それはそうだけど……」

「これはお前の旅だ。俺はそれにくっついているだけ。お前に従うよ」

 そう言われても。

 冷めてしまったお茶に手を伸ばし、陶器の器を揺すってお茶の水面が揺れるのを眺めた。

 何かがおかしい。僕の錯覚か?

「火炎は何も感じなかった?」

 そう問いかけると、火炎が首を傾げた。

「最初はおかしいと感じたが、話自体は理解出来る、気がする。しかし、そういう話でもないんだろ? 俺に、何を感じろっていうんだ?」

「いや……、それは、その……」

「終わってみれば、俺は何も感じなかったな、おかしなものは。お前自身は何か感じたか?」

 うまく言葉にできれば、答えられた。でも、うまく言葉にならない。

「……勘違いだと思う」

 そうか、と火炎が頷き、あくびをする。

 三日か。

 長いようで、きっと短い時間になるだろう。 

 僕はもう一度、窓の外を見た。

 冬の空には黒い雲がどこか重く、浮かんでいた。




(続く)


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