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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第十五部 雪に囲まれた世界
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15-6 雪の中へ

     ◆


 夜明け前に雪は止んだようだった。

「私は今日はここにいるから、あんたたちは先に行きなよ」

 日差しも出ているので、紅樹は東計の家にいるしかない。

 東計は、僕たちを途中まで案内する、と申し出てくれた。積雪量を確認するついでだと言っていたけど、気を使ってくれているようだ。

 防寒着を着込んで外に出ると、一面が真っ白に染まり、太陽の光を強く反射している。

「気をつけたほうがいい、雪で目を痛めることもある」

 三人で馬に乗って、出発した。一晩中、降っていたせいで、馬も雪に足を取られてそれほど早くは進めない。所々に棒が立っていて、どうやらそれが目印らしい。東計が先導して、先へ進む。

 平地なので前も後ろもひたすらの雪原だ。北天峻険府のある巨大な山脈も、雪に覆われていて、遠くに見える。

 一日ほど歩き続けて、日が暮れてくる。まるで測ったように、半ば雪に埋もれた小屋があった。

「今日はそこで休め。暖が取れる」

 雪をかき分けて戸を開けると、三人では窮屈そうだが、風は凌げるし、中に火鉢のようなものや、短い枯れ枝もひと束、あった。しかし煙がこもりそうではある。

「私は引き返す。達者に旅をしろよ、二人とも」

「え」思わず声が漏れていた。「東計殿もここで休めばいい。明日帰ればいいじゃありませんか」

 馬に飛び乗り、東計が答えた。

「私には馬の世話がある。それに、あまり遠くへ行きたいとは思わない。年をとったからかもしれない。新しいものを恐れるのだな」

 どう答えていいかわからないままの僕の横に、火炎が立った。

「世話になったよ、爺さん。龍青も話を聞けてよかったと思うぜ。達者でな」

「お前くらい生意気な奴が大勢いる方が、世界は面白いというものだ」

「あんたみたいな爺さんも貴重だし、面白いぜ」

 大声で、しかし防寒具のせいで曇っている笑い声を発して、ではな、と東計が手を掲げる。

「楽しい一日だった。もし縁があれば、また会うこともあろう。さらば」

 ひらりと馬首を返して、ゆっくりと東計が離れていくのを、僕たちはじっと見送った。

「さらば、とか言うあたりが、いかにも老人だよなぁ」

 そんな言葉を口にして、火炎が小屋に入る。僕は小さな点になった老人の背中をまだ見ていた。

 日が暮れて、僕たち二人で干し肉をかじっていると、深夜になった頃、戸が揺れ、紅樹が転がり込むように入ってきた。

「寒いのって本当に嫌」

 言いながら、炭がほのかに光っている火鉢のそばに屈み込む。

「早かったね、紅樹」

「日が暮れるのと同時に外に出てね。晴れていたから、日中ならもっと暖かいんだろうけど、夜はダメ。もう懲りた」

「東計殿とはすれ違った?」

「もちろん。なんか、気障ったらしく何か言っていたけど、要するに体に気をつけろ、ってことみたいね」

 僕と火炎は思わずクスクスと笑ってしまった。

「で、どういう計画?」

 僕は東計から聞いた道筋の話を紅樹にもした。ここに至る途中で、休憩中に話したのだ。

 今、僕たちは東計の牧からひたすら西に進んでいる。このままさらに進むと、南側にある山脈との距離が徐々に広がり、同時に山脈も低くなっていく。

 そこで。標高に低いところで山脈を越えれば、それほどの苦労もなく永の領内に戻れるのだという。

 だからしばらくは西へ進むことが絶対で、東計は山脈を超えるのに適した場所の目印も教えてくれていた。山脈の中にある一つの峰が独特の形をしているらしい。

「吹雪になると目印を見失うけど、どういうわけか東計殿が言うには、一週間は雪は降らないだろう、ということだった」

「あのおじいちゃんに何がわかるわけ?」

「経験の蓄積だろ」火炎が軽い調子で言う。「記録が好きそうだったしな」

 例の積雪量の記録のことは紅樹も知っているので、そんなものかしらね、とあまり気にもしてない。

 とにかく、これから一週間で、山脈を超える必要がある。山の中でいきなり大雪に見舞われるのは、避けたかった。

「途中で野営する場所も教えてもらったよね?」

「うん、ここと同じような小屋が等間隔にあるらしい。東計殿や他の牧を運営する人で設置したって聞いている。この先にあと二ヶ所はあるらしい」

「私も一緒に使わせてもらうけど、昼と夜ですれ違いになるかもね」

「お前の助けは今のところ、それほど必要でもないしな」

 火炎が茶化すと、紅樹がかなり強く火炎の脇腹に肘を叩きつけた。

 二人が喧嘩し始めたら倒壊するような小屋の中にいるので、落ち着かせるのに苦労した。

「しかしなぁ」火炎がぼやく。「結局は西深開府かよ。ぐるぐる国中を回ったようなもんだな」

「仕方ないわよ、相手がどこにいるかわからないんだし。西深開府に到着したら、また別の場所に行くかもね。死ぬまで旅を続けるかも」

 鼻で笑う火炎が、しかしなんか感じるんだよな、と呟く。

「何かが近づいてきているっていうか、終わりが見えるような、そんな気がするぜ、俺は」

「私は何も感じないわ。龍青は?」

 うーん、どうだろうか。

「予感はするけど、不安かもしれない」

「親父さんに会うのがか?」

 火炎の言葉に、思わず笑うしかない。

「会うのがっていうか、知るのが、かな。だって、顔も知らないし、声も知らないんだよ。実際、どこかで対面してもその人が本当に自分の父親か、どうやったら分かるんだろう? どう思う?」

 訊ねても、火炎と紅樹は視線を交わして、唸るだけだ。

 二人も答えを出せないらしい。

「何か、直感的にわかるもんじゃないのか?」

 苦しげに火炎が言ったけど、そうでもないか、と自分で否定していた。

「ま、とにかく西深開府に行きましょう。そこでまた次を考えればいいわ」

「そうだな、そうするしかないぜ、龍青。何とかなるさ」

 なんか、励まされている感じだけど、ありがたく受け取っておこう。

 三人で狭い空間で膝を抱えるようにして体を休め、翌朝、日が出る前に僕と火炎は外へ出た。

 やっぱり周囲は真っ白だ。馬は小屋のそばで木に繋がれ、寒さを凌げないのはかわいそうだった。東計は、馬はちょっとやそっとの寒さは気にもしない、と言っていたけど、それでもやっぱり可哀想だ。

 その日から三日をかけて先へ進み、ついに目当ての山脈の特徴が見えた。

 南下を始め、どんどん山が大きく見えた。泊まる小屋がないので、これも東計から教わった寒さのしのぎ方を実践した。雪を掘って、その穴の中にいるというやり方だった。雪が風を防ぐという。

 期待が大きすぎたのか、想像よりもだいぶ寒かったけど、どうにか夜をやり過ごした。紅樹はいったい、どうするだろうか。彼女自身の工夫に任せるしかない。

 山岳地帯に入り、途中で馬を降りた。どうにか道を探って、、上がっていく。

 山頂に出た時、北に大平原が広がり、全てが雪に覆われている光景に目を奪われた。東計の牧は見えそうで見えない。

 西の方から真っ黒い雲が緩慢に近づいてくる。雪を連れてくる雲だろうか。

「行こうぜ、龍青」

 火炎に促されて、僕は峰を越えた。


(続く)


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