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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第十五部 雪に囲まれた世界
105/118

15-5 蛮族

     ◆


 身支度を整え、四人ともが重装備で外へ出た。

 真っ暗で、東計が持っている明かりが頼りだ。暖炉から明かりを取り、風を防ぐ覆いの下で頼りなく火が揺らぐ。

 僕には方向感覚がまだ戻っていないし、火炎もそうだろう。先導する形で東計が歩き出した。

 風がかなり強いし、雪が視界を覆っている。

「こんな中で方向がわかるんですか?」

 東計は何か言ったが、聞こえない。聞き返すほどではないか。

 すぐそばに牧を取り囲んでいるんだろう木の柵があったのが、もう見えなくなっている。東計には感覚的に方角が分かるんだろう。

 真っ白の地上を、真っ暗な空の下、先へ進む。

 かすかに何か、低い音がした。

 あれよ、と紅樹が呟いたのが聞こえた。

 音がどんどん大きくなり、前方からそれが現れた。

 馬だ。一頭、いや五頭かと数えているうちに、十頭ほどになった。見ているうちにどんどん増えていく。全部で、三十頭はいる。

 先頭にいる男、毛皮で全身を追っている男が、馬から降りずに何か怒鳴った。永の言葉ではない。

 すると東計が何か怒鳴り返した。また男が怒鳴る。馬から飛び降り、歩み寄りながら男の手が腰の剣に伸びている。

 反射的に火炎が背中の剣に手を伸ばしたが「待て!」と声と同時に東計が押しとどめた。

 蛮族の男は警戒したようで、剣こそ抜かないものの、僕たちを鋭い目で見ている。

 また何か言ったが、今度は激しい調子ではなく、何かを訊ねているようだ。僕たちのことだろうか。東計も冷静な声で応じる。

 いきなり蛮族の男が剣を抜いた。ほとんど同時に、馬に騎乗している男たちも剣を抜く。

 大声で東計が何か言った。蛮族が怒鳴り返す。

「これはちょっと良くないんじゃないの?」

 紅樹が僕に囁く。黙っている方がいいだろうと思い、しぃっと小さく音を出しておく。

 どうやら蛮族はこちらの言葉がわからない。下手に僕たちが僕たちの言葉でやりとりしていると、何かを企んでいると思われるかもしれない。

 数の上では十倍近い。どれだけ僕たちが奮戦しても、この数を押し返すのは困難だろう。

 東計が一歩、前に出た。危険な間合いである。剣の一撃を避けるのは難しそうだ。

 それに対して蛮族は剣を構えるが、振らない。

 二人の間でやりとりが続き、東計が懐から何かを取り出した。

 劇的で、蛮族は剣を鞘に収めると、ぐっと空いた手を突き出す。

 すっと東計が自分の手をその上に乗せ、蛮族はまじまじとそこを見た。

「金の粒だわ」

 小さく紅樹が呟く。彼女の目は夜でもだいぶ利く、それに僕にはあまりに風雪が激しくてよく見えなかった。

 強い口調で蛮族が何かを訴える。東計は首を繰り返し振っているが、言葉が続き、蛮族も引き下がらない。手のひらをまた突き出す。東計はまだ首を振る。

 急に蛮族が身振りで仲間たちに何かを指示した。

 馬が素早く僕たちを取り囲んだ。

「おいおい、穏やかじゃないな」

 火炎がつぶやき、僕たち三人は自然と背中を向けあい、周囲を警戒する。

 蛮族たちは剣をこちらに向ける寸前だが、まだ殺気立ってはいない。

 東計が何か叫ぶように言った。そして蛮族の手のひらに手を伸ばし、何かを置き、戻す。

 今度は蛮族が大声を張り上げる。すると周囲の男たちが騎上で大声をあげた。剣を鞘に戻し、拳を突き上げ、何かを叫んでいる。

 東計とやりとりしていた男が馬に飛び乗り、声をあげた途端、僕たちを取り囲んでいた男たちが一斉に構えを解き、離れていく。三十頭の馬の蹄が雪があるとはいえ、一斉に地を蹴るとすごい音になるが、しばらくするとその音も消えた。

 どうやら危機は去ったらしい。

「これが私のやり方だよ」

 振り返った東計の表情は防寒具でよく見えない。

「ちょっと、手を離して」

 紅樹が抗議してくるので、僕はやっと彼女の手を放した。

 実は包囲される前から、紅樹の右手を僕は掴んでいた。礫なのか、短剣なのか、よく知らないけれどいつでも投げられる姿勢だったのだ。

 東計が危ないと感じていれば、紅樹は投げただろう。

 僕たちの身の安全というよりは、僕は東計を信じていた。彼が交渉でどうにかなると踏んでいるのだから、ここで紅樹が相手を攻撃し、戦いになるのは東計への裏切りだ。

「どうやらお嬢さんは私を心配したようだ」

 歩み寄りながら東計がそう言った。表情は見えなくても、嬉しそうだ。一方の紅樹は顔を背けている。

「今日は金二粒だったな。安いものだ」

 言いながら東計は僕たちの真ん中を抜け、元来た道を戻っていく。

「さっさと帰って、ゆっくりするとしよう」

 歩いていく東計を僕たち三人は急いで追った。

 例の建物に戻るまで、誰も何も言わなかった。僕が考えているのは、蛮族に金の粒を渡して、それで何が解決するのか、だった。

 あの様子では、蛮族は何度でも東計のところへ押しかけ、数や武器で威圧し、金の粒を巻き上げるだろう。

 それが東計にとっては得なのか? 本当なら払う必要ない物を払っているわけだから損のようで、しかしその支払いをすることで東計はここにいることができるから、実は得なのか。

 人間の間にあるものは、損得では測れない何かがあるのかも知れない。

 建物に戻り、雪まみれのまま中に入って土間で雪を払い落とした。室内はやはり暖かい。

「さっき、連中に聞いておいてやったぞ」

 暖炉の火を大きくして、その前に四人で並んだ時、東計が急に言った。

「龍灯は私のところを出てから北へ向かった。その話はしたかな」

「いえ、詳しくは。そうなのですか? 教えていただけますか?」

「北には蛮族しかいない、と龍灯にも教えたが、何か目的があるようだった。私も、春になってあいつを見送り、もうそれきりで、調べもしなかったんだがな」

 それで? と促すと、火に手をかざしつつ、東計が答える。

「さっきの蛮族に、龍灯がどこへ行ったか、訊ねた」

 異国の言葉だったせいで、全くわからなかった。

「返事は、何だったのですか?」

「他の部族に、永の男がいたことは知っている、という返事だった。しかしもういない、とも言った。詳しく聞いたら、金の粒を一つ上乗せするように言われた」

 それは、申し訳なかった。

 僕が謝罪しようとすると、さっと手で東計が遮る。

「老人の気遣いだ、気にするな。さっきの話では、その男は蛮族とともに西部の戦いに加わったが、その途中で南へ去ったらしい。行き先は、永の西の都市と言ったそうだ」

「西の都市? それはつまり……」

「西深開府ということだろう」

 思わず僕は黙ってしまった。

 二年近く前に、あそこを通り過ぎた。長い旅をして父を追っていたのに、実は父とはどこかですれ違っていたのだろうか。

「あるいはそこにまだいるかもしれない。行ってみればいい、龍青。待っているだろう、お前を、ずっと」

 穏やかな東計の言葉に、僕は少しだけ力をもらった気がした。東計は僕に、追いかけろ、と言っているのだ。

 そしてそれを龍灯、父も願っていると、東計は言葉にせずに伝えているようだ。

「爺さんにこれをやるよ」

 そう言って火炎が東計の手元に金の粒を投げた。受け取って、すぐに東計が投げ返す。

「いらんと言っているだろう、若造め。年寄りが施しで喜ぶものか」

「あって困るものじゃあるまいよ」

「お前たちの路銀にしろ」

 しばらく二人の間を金の粒が行き交ったけど、最後には東計が折れた。

 四人でまた囲炉裏を囲むと、明日には雪も少しはマシになるだろう、と東計は外に通じる戸の方を見て言った。



(続く)


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