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鳥と雷  作者: 和泉茉樹
第十四部 探求者の悲劇
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14-7 次なる場所へ

     ◆


 勝手にこの神殿、地下空洞を探索したが、それほどの規模ではない。

 正令が生活している小部屋の他は、岩から水が滲み出している小部屋があるくらいだ。

 老人は広間に寝かされていて、僕と火炎はどうすることもできず、持ち物の中から干し肉を取り出して、剣で削ったものを噛み締めて時間を潰した。

 干し肉というか、燻製の馬肉がそのまま乾燥しただけで、とても食べれたもんじゃないが、他に食べ物もない。

 一度、外に通じる穴に向かったら、外は真っ暗だった。これでは崖を登攀して上に戻るのは難しい。道案内の老人は何をしているのだろう? 帰り道にも彼が必要だった。

 中へ戻ると、老人が急に呻き、起き上がった。

 キョロキョロと周囲を見ているが、今、見ているのが現実なのか未来の像なのか、確認しているのかもしれない。

「迷惑をかけたね」

 やっとそう言って、老人は座り直した。直したが、こちらをじっと見ている。僕の手には馬肉の欠片がある。無礼に寝転がっている火炎も、片手で肉片を持っていた。

「いや、申し訳ない話だが」

 居住まいを正した老人が、頭を軽く下げる。

「肉をくれ」

 ふむ。火炎がごろりと寝転がり、こちらを見る姿勢をとって自然と老人に背を向けた。

 僕の持っている分から与えろ、ということらしい。

 仕方なく、僕は肉片を剣で削いで、老人に手渡した。くちゃくちゃと肉を噛み始め、顎を動かしながら「美味いなぁ」と呟いている。まだ正気を失っているのか?

「あの、僕の父のことを聞きたいのですが」

 一応、老人が肉片を全部飲み込むまで待って、訊ねた。正令は頷く。

「ここよりさらに北に向かった、というのは確実だが、それ以降が追うことができない。どこかに身を隠していると思う。あるいは動き続けているかもしれない。手がかりは北にしかないようだ。この程度しか言えず、悪いな」

 ここよりもさらに北か。

 雪が本格的に降り始めるのも、そう遠いことではない。

 急いだ方が良いだろう。

 正令は肉のお礼なのか、海藻の干物だ、と言って、変な黒い薄い板状のものをくれた。

 海藻?

「北天峻険府ではこれが流行っているんだ。体に良い」

 変に気安くなったな、この呪術師は。

 火炎が手元を覗き込み、「昆布か」と呟いている。

「海賊が商っている品のひとつだ。海が近ければたいして珍しくもない」

「おいしいの?」

「いや、俺は好きじゃなかったな」

 人の食物にケチをつけるな、と正令がボソッとつぶやいた。

 そんな具合で、一晩、老人も交えて三人で話をしたが、実際には全くの雑談で、ここに篭っているという体の呪術師は、いい話し相手ができて嬉しかっただろう。

「修行など、形だけよ」

 そんな発言もあった。形だけなのか。

 そのうちに朝になり、空気でそれがわかった。

「北へ行くのだな? 龍青、火炎。くれぐれも気をつけろ」

「ええ、正令殿もお元気で」

「久しぶりに若者と接して、嬉しかったよ」

 僕たちは握手をして、外へ向かった。崖の上には青空が広がっている。空気が急に冷え込んで、小さく体が震えた。

 足がかり、手がかりを確認して、崖を登り始める。

 降りてきた時は下を見る必要があったからだいぶ怖かったが、上を見ている分には恐怖も薄れる。

 崖の上に這い上がったら、そこに道案内の老人が寝転がっていた。

 おいおい、まるで凍死体だ。

 僕が歩み寄ると、その老人はむくりと身を起こし、こちらを見た。

「済んだか?」

「ええ」声は意外にしっかりしている。「一晩もお待たせして、申し訳ありません」

 老人は一度だけ、無愛想に頷いた。

 遅れて火炎が上がってくる。

「これは想像なんだが」

 火炎が繋がれている馬に歩み寄りつつ、僕に耳打ちした。

「あの正令という呪術師は犯罪者で、あそこに幽閉されているんじゃないか?」

「まさか。どんな犯罪に手を染めたと思うの?」

「知らんよ」

 僕には僕の考えがあった。

「きっと正令殿は、人と接するのが辛いんだろうと思う。未来が見えるのが事実なら、可能な限り、自分が見るものを単純にしたいと思うんじゃないかな。岩を見ていれば、岩しか見えない。でも人を見れば、その人がこれから何を言うか、何をするか、分かってしまう。それはかなりの負担だと思う」

「どうだかねぇ」

 馬に乗って三人で昨日、来た道を戻っていく。帰り道になると、行きには気づかなかった危ない場所がいくつかあり、馬が足を踏み外したらただでは済まない光景が散見される。北天峻険府はやはり山に囲まれていて、天然の要害だ。

 案内の老人は特に動揺も躊躇いもせず、先へ行ってしまう。それが僕や火炎の焦りを煽るようで、ちょっと頭にきたけど、黙っていた。わざとじゃないだろうし。

 そのまま半日の道のりで、北天峻険府に戻ることができた。

「ありがとうございました」

 ここまで連れ帰ってくれた老人に礼を言って、銭を渡そうとすると、銭はいらない、ということだった。無理やりに持たせようとしても、断られた。

「我らは銭によって動くにあらず」

 そんなことを言われたけど、もちろん、意図は皆目、わからない。

 結局、老人は火炎が近くで買ってきた酒の瓶を受け取って、去って行った。

「やはり酒は偉大だな」

 しみじみと火炎がそう言ったのが印象的だった。いや、僕たちは酒を飲んだことはないはずだけど。

 それから二人で北天峻険府より北へ行くための支度をした。食料も必要だし、防寒着はきっちりしたものを選ぶ必要がある。

 馬は今の馬のままで行くしかない。雪が積もっている場所を馬でどれほど進めるかわからないけど。

 支度が済むのに二日がかかり、大荷物を宿に運び込んだ後、ふと空を見ると厚い雲が垂れ込めている。

「これは雪が降りそうだな」

「うん」

 僕はしばらく窓の外を見ていた。

 あまりにも遠くへ来てしまったと、いつかも思ったけど、僕が知っている場所は限られている。

 不意に翼王のことが頭に浮かんだ。彼には長い旅という感覚はないんだろう。どこへでも行きたいように行ける。それはきっと、苦労も苦痛もなくて、息をするようなものだろう。

 そんな旅は、旅ではないな。

「お、降ってきたぜ、見ろよ」

 火炎が指差す。

 窓の外の冷たい空気の中を、はらりはらりと、小さな白い粒が舞い落ちてくる。

 僕はじっとそこを見据えた。

 白い粒、雪は、次から次へと降ってくる。

 真上を見上げると、無数の雪がそこを漂っていた。





(第十四部 了)


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