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ジュリエットはロミオの夢を見ない  作者: 穂兎ここあ
ロミオはジュリエットの夢を見る
12/13

第2話 虫除けロミオのその裏側

 あれだけかわいい珠莉を男子は放っておかない。

 それは当然。

 第一印象で、俺も珠莉はモテるだろうと思ったくらいなんだから。


「才上、顔がキモいんだけど」


 窓枠に頬杖をついて、グラウンドを見つめる俺の隣で、野菜ジュースを飲む志倉が呟いた。

 本当失礼なやつ。


「うるさい。お前にどう思われたって心底どうでもいい」

「あっそ。でもそんな顔するくらいなら、さっさと珠莉エットちゃんの告白受けなさいよ」


 グラウンドには珠莉がいる。

 体操着姿もため息が出るくらいかわいい。マジでそのかわいさは異常だと思うし、たぶん今グラウンドにいる男子全員同じこと考えてるだろうから本気であいつらの目を潰してやりたい。

 それにしても……体育の授業が少し長引いたのか。休み時間に入った今も片付けをしている。これじゃあ窓の外見たやつ全員が珠莉の姿を目にしてしまう。

 はぁー……本当、こういうときはどこに虫除けしていいのかも分かんないから困る。

 あ、でもああいうのは分かりやすいから、比較的助かる。ムカつくけど。

 道具を拾う珠莉に近づいて、珠莉を手伝う男が一人……いや、二人か。あいつも近寄ってくるだろうな。


「才上、今のあんたをなんて言うか知ってる?」

「さあ」

「ストーカー」

「それはお前だろ」


 俺は珠莉に好きって言ってもらってる。

 一方通行な気持ちじゃないから断じてストーカーではない。


「珠莉エットちゃんも大変よねぇ。実は両想いで、もはや感情が爆発しかけてる才上の気持ちの方が遥かに重いレベルなのに、意味不明にフラれ続けて」


 志倉は、俺が珠莉を好きだと知っている。

 なぜかと聞かれれば、志倉が笹川を好きだから。志倉に頑張ってもらわなきゃ、笹川は事あるごとに珠莉に近づいて邪魔なことこの上ない。

 止むを得ず結んだ協定関係だ。


 ただでさえ、笹川以外の虫も多いっていうのに。


「うわっ、中村のやつ桜井さんの手伝いしてんじゃん。役得〜」


 中村って……去年も珠莉と同じクラスだったよな。うわー珠莉と親しげなのがめっちゃムカつく。

 あーー、珠莉なにその笑顔。ほんとそういう顔は他のやつに見せないでほしいんだけど、っていうか中村の顔ニヤケすぎだろ。絶対珠莉のこと好きだな、あいつ。


「かわいい子にいいとこ見せよーとしてんだろ」


 かわいい。ああ、ほんとに。

 もうクラスの男子の目も潰しておいたほうが無難じゃないか?


「ば……バカ! お前ら!」


 俺と志倉がいるのは教室の後ろの方の窓。

 珠莉のことをかわいいだのなんだの騒いでる男たちがいるのは前の方の窓付近。

 俺が睨んでるのを悟ったクラスメートの一人が残り二人を黙らせた。


「こっわー。自分の好きな子がかわいいって言われてるんだから喜びなさいよ」

「生憎、俺は心が狭いから。珠莉のかわいさは俺が知ってればそれでいい」

「うわぁ……あんたのそういうとこ本当気持ち悪いわ。珠莉エットちゃんもまさか男子が自分に告白しようとしてるのをことごとく才上が邪魔してるなんて思ってもないでしょうね」


 邪魔をしてるわけではない。

 ただ、珠莉に告白しようとしている男子を見かけたら、そいつにこう言ってやるだけ。


『珠莉が好きなのは俺だけど?』ってね。


 こんだけ牽制しても、珠莉に近づこうと思う男子がいるから困るんだけど。




▽▽▽




 昼休みの昼食は中庭で珠莉と一緒に食べる約束をしている。

 約束というより、それは決まりごと。

 珠莉の家の卵焼きが好きっていうのは本当だけど、建前。珠莉の時間を少しでも独占したいという理由で俺から珠莉に持ちかけた話。

 珠莉はもちろん、すんなり受け入れてくれたけど。


「へぇ、そっちのクラスは席替えがあったんだ?」


 クラスが離れたから、こうして逐一珠莉の情報を珠莉自身からも入手してる。

 席替え、か。去年の春は珠莉の隣の席は俺で。

 初めて告白されたのもあのときで。

 四月のクラス発表時はめちゃくちゃ願掛けしてたから当然珠莉と同じクラスになると思ってたのに。まさか離れるとは思ってなくて本気で悔しかったな。

 まあこれだけいろいろ珠莉を困らせてるわけだからバチが当たっても当然なんだけど。

 というか去年、同じクラスの隣の席になった時点で俺の運はほとんど使われてしまったんだと思うしな。


「うん。右隣は高橋くんで、左隣は中村くん。どっちも去年同じクラスだから才上くんも知ってるでしょ?」


 なんで、隣の席がどっちも男子なんだよ。

 ああ、そういう設定か。俺のクラスみたいに自由な席替えじゃなくて男女男女になるように仕組まれてるあのタイプの席替えか。

 しかも中村って……。たしか高橋も去年珠莉にめちゃくちゃ話しかけてて……あーーー……。


「……ああ。どっちもうるさいよな」

「盛り上げ上手だよね。そうそう、さっきも高橋くんが……」

「珠莉」


 ごめんけど、あいつらを褒めないで。俺の前で。


「んんっ!?」


 珠莉が話してる最中に珠莉の弁当から唐揚げを盗んで口の中に押し込んだ。

 美味しいのか、顔がパアッと明るくなる珠莉のかわいさたるや。


「美味しい?」


 うんうんと頷く姿は本当に写真に収めたいくらいで。

 そんな姿を見てたら、少し俺の機嫌もよくなった。


「それで、女子は? 誰か近くになれた?」

「え? うん。あかりちゃんが後ろで、右斜め前に由紀ちゃん。分かる?」

「顔と名前は、なんとなく。よかった。珠莉が男のことしか言わないから周り男だらけなのかと思った」


 わざとそう言った。俺の前で男の話しないでって意味も込めて。

 でもやっぱり珠莉には伝わらない。


「あ、才上くん」

「ん?」

「ご飯食べたら少し早く上に戻るね」


 目を三度瞬かせた。

 珠莉はいつもギリギリまで俺のそばにいてくれるのに。

 俺より優先する用事っていったい。


「……なんで?」

「林くんに教科書貸してるの。午後私が使うから返してもらわないと」


 まさかまた男の話になるとは思ってなかった。

 ああ……これは、まずいな。たぶんいろいろ抑えようとしたら声が低くなる。

 

「林って……3組の?」

「うん」

「教科書貸し借りするほど仲よかった?」

「え? 去年同じクラスだったし、普通に……あ、音楽の趣味があって去年はよくCD貸してもらってたよ」


 初耳なんだけど。

 俺の目をかいくぐって、珠莉とそんなやりとりをしてたやつがいたのかよ。

 林ってたしか目立つタイプってわけでもなければ地味なタイプってわけでもない。本当平凡って感じの奴だよな。


「いまだに仲良くしてくれるの」


 俺が見てない隙に? そんなこと可能なのか?

 林って……全然平凡じゃなかったんだな。むしろ要注意人物でしかない。


「そう」


 冷静さを装うためには、その一言しか口にできなかった。




▽▽▽




 急いで俺と別れた珠莉を、当然俺は放っておかない。

 林がいったい珠莉とどんな話をするのか、確認しないわけにはいかない。

 だから、珠莉と別れてしばらくして3組に向かう珠莉の後ろをついていった。


「林くーん」

「お、桜井。サンキュー、助かっ……ゲッ!」


 珠莉を見た瞬間の嬉しそうな顔はちゃんと目にした。

 で、俺を見てその顔をするってことは……ダウト。


「林くん? どうしたの?」

「いや……わざわざ才上まで連れてこなくても」

「え? 才上くんとはさっきそこで……え?」


 振り返った珠莉がはてなマークを頭に浮かべながら俺を見上げる。

 そんなかわいい顔は、俺だけに向けて。


「久しぶり、林。教科書忘れたなら俺に借りればいいのに」

「……俺別にお前と仲良くねーし」

「珠莉より借りやすいだろ? 男なんだから」


 努めてにこやかに。

 別に林に教科書なんて貸してやりたくないけど。珠莉のを貸すくらいなら売ってやってもいいくらいだ。


「……まあいーや。桜井、ありがとう。本当に助かった」


 俺の圧を感じ取ってくれたみたいで、林はそう切り上げる。

 よし、これで虫除け完了……のはずだったんだけど。


「全然いいよ。あ……その代わり、今度またCD借りてもいい?」


 本当さ……珠莉は俺を殺人鬼にしたいのかなって不安になるんだけど。




▽▽▽




 さすがに今日の虫除けは終了、と思ってたんだけど。


「なあ、桜井」


 部活が早めに終わって、珠莉を教室に迎えに来たら高橋の声がした。


「なーに?」

「才上なんてやめとけよ。そしたらすぐ彼氏できるよ」


 高橋の言葉は間違いない。でもそういうことを珠莉に吹き込まれるのは迷惑で。


「桜井、たとえば俺が告ったら……お前どうする?」


 珠莉はよく、俺のことモテるっていうけど。

 本当自分がモテることを自覚したほうがいい。まあ誰にも珠莉に告白なんてさせるつもりはないけどさ。

 高橋がこんなことを言い出したから、俺もその場に突っ立って盗み聞きしてるわけにもいかない。

 放っておけば、高橋は珠莉にやんわりと告白するだろうから。きっと珠莉が告白と認識しないような言い回しで。


「お待たせ、珠莉」


 わざと大きな音を立てて乗り込んだ。

 

「才上くん! おつかれさまー」


 俺の声を聞いたら、珠莉は高橋との会話なんて放って俺に意識を向けてくれる。

 それが心の底から嬉しい。


「帰れる?」

「うん。今片付けるからちょっと待ってね」

「手伝うよ」


 そう言って、俺は珠莉の席まで歩いた。

 どうしても、珠莉と高橋の空間に割り込みたくて。

 でもそんな俺の意図には気づかない珠莉は慌てて広げていた教科書やノートを閉じていくから。

 そんな姿をかわいいなって思う反面、高橋に見せないでって思ってしまって。


「ははっ、そんなに急がなくていいのに」


 うまく笑えない自分に苛立ちながら、俺は珠莉の机の前に立った。


「宿題捗った?」

「うーん。……少し?」

「あんまり進まなかったんだな」


 珠莉が誤魔化すときは、だいたいそういうこと。

 捗ったなら、たぶん満面の笑顔で自慢してくるだろうから。

 今日に限っては、高橋もいるここで、その笑顔が咲かなかったことに安堵するけど。

 そう思いながら筆箱を手に取って、俺が珠莉にあげたシャーペンがないことに気がついて。

 隣に座る高橋に視線を流せば、その机に転がってるのがそうで。


「……なんだよ」


 言ってやりたいことなんて、たくさんあるよ。

 全部俺の醜い嫉妬でしかないけど。

 でもやっぱり譲れない。珠莉は……。


「俺のだよ」


 そう口にして、次の瞬間にはにっこり笑った。

 何が、と誰かに問われる前に、俺は高橋の机の上からピンク色のシャーペンを取った。


「違うよ、私のだよ」


 珠莉が無邪気でよかったって、素直にそう思う。


「俺が珠莉にあげたんだから元は俺のだよ」

「だって才上くんが私のシャーペン気に入ったから交換ってくれたんでしょ?」

「そうだっけ?」

「そうだよ。あ、高橋くん今日筆箱忘れてるから、シャーペン取っちゃったら宿題できない」

「へぇ……つまり1日貸してたんだ? ……というかもう下校時刻。高橋も帰るんだから関係ないよ」


 やばいな、これは。たぶん俺、今すごいイラついてる。

 その証拠に俺は、今すぐにこの場を去りたくて……さっさと珠莉の机の上にあったものを全部綺麗に鞄にしまって、まるで自分の荷物であるかのようにその手に持った。


「帰ろうか。じゃあね、高橋」

「高橋くん、バイバイ。また明日ね」


 そうやってかわいく手を振るのも、本当は俺だけにしてほしいんだけど。

 さすがにこれは我慢しなきゃいけないってことくらい分かってる。




▽▽▽




「高橋と勉強してたの?」


 二人きりになって、俺が一番最初に発したセリフがそうだった。まだ少し苛立ちが収まってなくて、声が低くなるのは仕方ない。


「私が残って宿題するって言ったら、忘れそうだから俺もーって」


 十中八九、珠莉と話すチャンスと思ったからだろうけど。

 珠莉がそう思ってないなら、わざわざ意識させるようなことを言う必要はない。でも……。


「高橋がずっといたなら、今日は待ち時間も退屈しなかったな」

「いつも退屈してないよ」

「このあいだは寝てたけど?」


 思ってもないことを口にしたのは、たぶん八つ当たり。

 寝てる姿もかわいかったから、できればもう一度見たいくらいなのに、感情の行き場がわからなくて、そんな嘘を言ってしまう。

 こんなどうしようもない俺の苛立ちを、珠莉にぶつけてしまうことが本当に情けないけど。


「あれも才上くんのこと考えてたらいつのまにか眠ってたんだよ。……夢の中では才上くんに会えなかったけど」


 俺の名前、呼んでたけど。会えないから……呼んでたの?

 だったらそれって、かわいすぎるだろ。


「才上くんがいつ迎えにくるかなーとか、第一声はなんだろうとか、そんなこと考えるだけで楽しいの」


 本当に、珠莉は天才だよ。

 こんなたった一言で、俺の機嫌を簡単に直してしまうから。

 苛立ってた俺の心を、一瞬でこんなにも幸せにしてくれるから。

 珠莉も、俺にこんな気持ちを抱いてくれる?


「そんなんで幸せになれんの?」

「うん。とっても」


 珠莉の即答が嬉しくて、やっぱり言葉数が多くなればボロが出るから「そう」とクスクス笑うことしかできなくて。


 でもそんな俺の反応に思うところがあったのか、珠莉の足が止まった。それに気づいて、俺も静かに足を止める。


「珠莉?」

「才上くん」

「ん?」

「私はね、自分の頭を割って見せてあげたいくらい頭の中才上くんでいっぱいなんだよ。そりゃあもう才上くんの想像なんて簡単に超えちゃうくらい」


 あまりに真剣な顔で珠莉が言うから。

 その顔もかわいくて、思わず笑みがこぼれた。

 でも真剣な珠莉に答えるなら、やっぱり俺も真剣じゃないといけないから。


「俺の想像は超えないよ」


 そのときだけは笑顔を消して真剣な顔で言った。

 すぐに柔らかい笑みを携えたけど。

 でも珠莉は俺の答えが不服だったみたいで、ムッと頰を膨らませた。そんな顔もかわいいだけなんだけど。


「超えるもん」

「超えない。あのさ、珠莉」


 珠莉の腕を引いて、珠莉を腕の中に閉じ込めて。


「俺は、珠莉が俺のことしか考えられないってちゃんと自覚してるから」


 耳元でそう告げた。

 そうなるように、俺が仕向けてるんだけど。

 でもそれが俺の誇りで、自慢だから。

 それだけは自信もって言わせてほしくて。


「……自覚してて放置するのはずるいよ」


 耳まで真っ赤に染める珠莉があまりにもいじらしくて。

 あー……これは本当に失敗。


「放置はしてないだろ? でも、そうだな」


 不可抗力って。

 自分に言い訳をして。

 珠莉の額にキスをした。


「これで許して」


 ううん、これも、許して。

 最低な俺も。俺のワガママも。

 全部許してほしい。


「才上くん、もう一回」


 ほらまたそんなかわいいことを言う。

 俺もずるいけど、珠莉もずるいよ。

 本当は何回だってしたいんだ。

 何度だって、本当はその唇に。でもそれは……。


「だめ」


 まだダメ。あと7回。あともう少しだけ。


「うぅー……。もう、好きすぎて変になっちゃうから、私のことをもらってください」


 責任は絶対とるつもりだから。珠莉が嫌だって言っても絶対。

 ていうか、さ……。


「ははっ、もうすでに変だろ」


 俺はもうすでに好きすぎて変になってるから、珠莉も俺と同じだけ変になってくれなきゃ不公平なんだよ。

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