第1話 玉砕のち餌付けのその裏側
ロミオはジュリエットの夢を見るシリーズは才上奏斗視点でお送りします。
「珠莉が、好きだよ」
たった一言、この言葉だけがずっと言いたくて言えなかった。
世間の人はたぶん普通に言えよって思ってるんだろうけど。
珠莉に接すれば接するほど、珠莉は本当にポイっと次の日には俺のこと好きじゃないってなりそうな。
天然っていうか危ういっていうか、本当に掴めないとこばかりで。
告白されてるのは俺だけど、正直俺の方が翻弄されてた自信はめちゃくちゃあるし。
だからってそれで身勝手を許してって言えるわけでもないけど。
俺だって99回我慢するのは簡単な話じゃなくて。
無駄な努力と言われればそれまでだけど。
珠莉に好きと言わせるために99回の、いやたぶんそれ以上の回数行動を起こして、そして99回我慢した。
すべてはこの日のために。
おかげでさ、俺は本気で珠莉が好きで、珠莉も俺のことを本当に好きなんだなって。
自惚れでもなんでもなく、自信持ってそう答えられるくらいに、想いは固まったよ。
まあ、本当にバカらしく思えるくらい回りくどいやり方をした自覚はあるけどさ。
でも、珠莉から与えられた告白を俺は全部覚えてるし。
そのどれもが俺にとって大切な思い出。
珠莉の泣いた顔も笑った顔も全部、俺だけのもの。
本当、告白した勢いでキスしたのは我慢の限界だったんだなって思う。
まあ……一回、本気で寝込み襲いそうになったことはあったけど。
それは、少し前の話。
▽▽▽
「珠莉」
放課後、部活を終えて珠莉を美術室まで迎えに行ったら珠莉が眠ってた。
「珍しい。……疲れた?」
寝てる珠莉がコク、コクと揺れる姿が俺の問いに頷いてるようにも思えた。
あー……寝顔までかわいいって、普通にすごいだろ。
たぶんこれは俺が珠莉を好きだからとか関係なく、他のやつも思うよな。つーか、珠莉のこと好きな男なんてそこらへん歩けばすぐ見つかるか。
いや、待て。
……美術室、俺が来る前に誰も来てないよな? 来てたらたぶん襲うよな。あ、寝てるーって通り過ぎるわけないな。その場合、まだここにいるはずだし、きっと珠莉に男の痕跡が残ってるはず……。
ってことは、うん、大丈夫。俺しか見てない。
「……かわいい」
かわいらしい寝顔を眺めていることはまったく苦痛じゃなくて、むしろずっと見てたいくらい。
「才、上……くん」
俺の発言で起きたのかと思って、一瞬焦った。
でもすぐにかわいい寝息が聞こえてきた。
舌ったらずの声で夢の中にいる俺の名を呼んでるらしい。
まさか……夢の中の自分に嫉妬する日が来るなんて思ってなかったけど。
まず間違いなく、現実でこんな寝起きの声で名前呼ばれたら理性がガラガラに崩れることは間違いない。
よかった、というかなんというか。
でも俺の名を呼んだ珠莉は泣きそうな顔をしてて。
夢の中でも俺は珠莉のことをフッてるのかもしれない。
夢の中でくらい俺も素直になればいいのにって、少しだけ夢の中の俺を哀れんだ。
「珠莉」
あまりにも悲しそうな顔をするから、頭を撫でてやったらすごく気持ち良さそうな顔をしていて。
ふにゃりと笑った顔が、薄く口を開いてこう紡いだ。
「……すき、だよ」
あーー……。
さっさと起こすべきだった。
こんなの試されてる以外のなにものでもないのに。
俺はまんまと引っかかって。
俺も、なんて。まだ言えないくせに心の中で呟いて。
吸い込まれるように珠莉の唇に自分の唇を近づけてた。
あともう少しで、触れ合う距離にきて。
「……才、上……くん?」
珠莉の目が開いて。
正直、心臓を掴まれた気がして、全身から冷や汗が流れた。
目と鼻の先、すぐそこに珠莉の顔がある。
動揺を悟られるわけにはいかない。
落ち着け、俺。大丈夫、うまい言い訳を見つけろ。
冷静さを全力でかき集めて取り繕って。
「……起きた?」
少し声が震えたのは、痛恨のミス。
でも珠莉はそんなことには気づかない。
「え、えぇ、才上くん? も、もう部活終わったの?」
都合のいいことに、寝起きの珠莉の方が動揺していた。
そのあいだに俺はうるさい心臓を落ち着かせようと小さく深呼吸を繰り返す。
でも俺の心中を知らない珠莉は大慌て。
焦った顔でなぜか髪の毛を整え始めるから、そんな姿が愛らしくて思わず笑ってしまった。
「ああ。待たせてごめん。気持ちよさそうに寝てたな」
「う、うそ! そんなに寝てないよ!」
「唸ってた」
嘘。かわいい寝言を言ってくれてた。
でもそんなこと言ったらボロが出る気しかしないから。
無難に俺は逃げておく。
「本当お前は髪に何かくっつけるの好きだな。また、絵の具の粉みたいなのついてた」
キスしようとしていたことの言い訳は、なんとも見苦しい。
これで学年トップかよって、自分で自分をバカにした。
それでも、珠莉はきっと騙されてくれるって信じてたのに。
「チュー……した?」
まさか、そう聞かれるとは思わなくて。
またヒュッと喉が鳴った。
え……バレた? いや、でもそれなら……もっと先に珠莉は騒ぐはずで。
冷静に、冷静に。懸命に頭を回して。
珠莉の顔を見れば、「そんなわけないよね」って書いていた。まったく、焦らせる。
「バカ。何もしてないよ」
しようとしたけど。なんて言えるわけもなくて。
バカは俺の方。本当カッコ悪すぎて笑えるんだけどさ。
「そっかぁ」
でも珠莉はそんな俺の嘘を鵜呑みにしてくれる。
騙してる気がして申し訳な……。
「してくれてもよかったのに」
あっはっはーーーー申し訳なさは吹っ飛んだ。
これはもう絶対おあいこだ。
そんなこと言われたら、普通にキスしたいんだけどな!
あーーーやばい、珠莉の口にしか目がいかない。
くっそ、ただの変態かよ。あーーーー!
ダメだ、冷静に冷静に。
「ははっ、まだ寝ぼけてんの。帰るよ」
懸命にカッコつけた俺を、心の中の俺の一部が嘲笑ってる気がした。
気を紛らわせようと、珠莉の荷物を持って。
まだ座ったままの珠莉にほら、と手を差し伸べる。
でも珠莉の反応がなくて。
「珠莉?」
「才上くん」
珠莉の綺麗な瞳に俺だけが映ってる。
本当にさ……こんなに好きで大丈夫かってくらい俺は珠莉のことが好きなんだけど。
気持ち悪いくらい珠莉のことが好きで好きでたまんなくて、結果意味不明な行動を起こしてる俺をどうして珠莉は……。
「好きだよ、やっぱり」
まったく同じことを考えていたことに驚いた。
ていうか、これ今日二回目の告白? え、じゃあこれ92回目? あーーー、一日で2回稼いだ!
あと8回。あと8回で珠莉と付き合える。
珠莉が俺をちゃんと好きだって証明できる。
まあ正直まだ、こんなに重たい俺の気持ちを知られた後も珠莉が俺を好きでいてくれるって自信はないけど。
「うん」
でもあともう少し。
「……彼氏になってはくれませんか?」
「うん」
まだ……。
「……ダメ」
そう口にするのは辛いけど。
珠莉の困った顔をかわいいと思うことに申し訳なさはあるけど。
でもあと8回だって、その事実が嬉しくて。
もっと俺を好きになって、ってそう願いながら珠莉の手を握った。