ヤマウチ王国再興記
もう、何年もこの薄闇の中にいるような気がする。
水路の音と、潜む者達の息遣いしか聞こえない。
ここはとある一室の下に隠された緊急の脱出路の中の一室だった。
松明の灯りが近付いて来る。
「国王陛下、どうぞ灯りをお点け下さい。なぁに、物資なら食糧から日用品やら、倉庫にたくさん眠っておりましたわ」
親友にして配下の将軍、ツッチーの言葉を聴き、国王ヤマウチヒロシは松明に火を灯した。
薄闇が更に開ける。
最愛なる后と王女の顔が映り、彼は安堵した。
「城の方はどうなった?」
「はっ、新生サピロニア帝国の手に落ちました」
「そうか」
突然の事だった。
サピロニア帝国の帝王グレートデメキンの軍勢がまるで地面から湧いたように現われ、城を包囲し、圧倒的な魔術と、兵力のもと、平和の続いていたヤマウチ王国を攻め立てたのだ。何百年と平和続きだったヤマウチ王国に兵はほとんどおらず、魔術師も僅かにいるばかりであった。
サピロニア帝国の前に城は落ち、国王であるヤマウチヒロシは妻と娘達と共に、ツッチー将軍、ワニヤ宰相、そして僧侶モヒトの決死の誘導によりこうして地下へと逃れることができた。
「サピロニアはさっそく圧政を敷き始めています」
初老の知恵者である僧侶モヒトが言った。
「この上はどうするべきだろうか」
ヤマウチヒロシが言うと、哄笑のように女の様な声が木霊した。
この薄暗く音も限られた地下でその声は少し心臓に悪かった。
「取り戻すのですよ、国王陛下」
松明の煌めきと共にその姿があらわになる。
本来なら赤装束を纏っているはずだが、それは松明のオレンジ色に輝いていた。そして顔には笑顔を模った道化の仮面を着けている。彼女こそがワニヤ宰相だった。
「取り戻す、何をだ?」
ヤマウチヒロシは仮面の宰相に尋ねた。
「無論、ヤマウチ王国をです」
ワニヤ宰相は応じた。
「しかし、どうすれば。もう地上のどこもサピロニア帝国の物になってしまっているだろう。どうやって以前の我が国を取り戻すのだ?」
ヤマウチヒロシが尋ねると、咳払いをして僧侶モヒトが進み出た。
「兵を募るのです。サピロニアの圧政に人々は困惑し、疲れ切り、かつてのヤマウチ王国の復興を心より望んでおります。密偵の報告だとそこかしこで反サピロニアの声が上がっているそうです。各地のレジスタンスと合流し、サピロニアの手から解放して回るのです」
「そうですとも、国王陛下」
僧侶モヒトの言葉にツッチー将軍が頷いた。
私に出来るだろうか。その問いをヤマウチヒロシは封じた。
やるのだ。サピロニアの手に民達が苦しめられ、あるいは抵抗している。民が頑張っているというのにその旗印ともなる国王たる自分が動かずにどうする。
ヤマウチヒロシは決めた。
「行こう。私はヤマウチ王国を取り戻す!」
「おお、陛下! よくぞご決断なされましたな! 御后様と王女様方の安全はそれがしとワニヤ宰相で守って見せます。陛下がお戻りになるその日まで!」
ツッチー将軍が言った。
ワニヤ宰相が忍び笑いを漏らして応じる。
「老骨ですがこの僧侶モヒトがお側に居ります。まずはこれをお持ちください」
僧侶モヒトが両腕で大事そうに抱え上げたものを見てヤマウチヒロシは驚いた。それは宝物殿に眠っているはずの剣、ヤマウチキャリバーだったからだ。
「敵よりも早く宝物殿からこれを取り戻せたのは僥倖。このヤマウチキャリバーこそ、正統なる王家の証そのものです」
ヤマウチヒロシは僧侶モヒトから受け取った片手剣を鞘から引き抜いた。
途端に眩い光りが周囲を照らし出した。
「おお、伝承は本当だった。王たる者がその柄を握る時、刃は輝く」
僧侶モヒトが感慨深そうに言った。
ヤマウチヒロシは剣を鞘に戻した。
「僧侶モヒト、よくぞこの剣を持って来てくれた。私はここにヤマウチ王国の復興を宣言する!」
こうしてヤマウチヒロシの旅は始まった。
二
「待てー!」
「逃がすなー!」
王都を脱出し、ノース地方へと向かっている最中、サピロニアの関所が設けられ、ヤマウチヒロシとお供の僧侶モヒトは関所を迂回しようとしたが、周辺を監視していた敵兵に見つかってしまった。
「陛下、お逃げ下さい!」
ヤマウチヒロシは息も絶え絶えだった。後ろを行く僧侶モヒトも呼吸を荒げている。
平和ボケせずに日ごろから鍛えておくべきだった!
後悔先に立たず。ヤマウチヒロシと僧侶モヒトは限界で森の中を無茶苦茶に走り回り、幸か不幸か街道へと躍り出た。
「国王陛下、お逃げ下さい! この私が時間を稼ぎます故!」
僧侶モヒトが言った。
互いに地面に突っ伏していた。
「残念だが、僧侶モヒト、私ももう駄目だ。ここを死に場所として雄々しく散って行こうではないか!」
ヤマウチヒロシは立ち上がり、僧侶モヒトに手を貸す。
「もう逃げられんぞ、怪しい奴らめ」
武装した敵兵がグルリと取り囲む。
言葉通り、ヤマウチヒロシは玉砕を覚悟した。家族にも家臣にも民にも申し訳ない思いでいっぱいだったが、ヤマウチ王国はここに潰えた!
「お困りのようですね」
男とも女とも取れる声が聴こえた。
街道の端にいる見物人の中から一人が進み出て来た。
旅姿のこれまた男か女か分からない美麗な顔立ちの人物だった。
「何だお前は?」
敵兵の一人がそちらへ槍先を突き付けた時、残像を置きその人物は敵への背後へ回っていた。手には刀が握られていた。
「貴様、邪魔立てする気か!?」
敵兵が次々向かって行くがその人物は影を残して素早く動き回り、剣閃と共に全ての敵を倒していた。
「安心してください、みね打ちです」
その人物が言った。
「それでは私はこれで」
「待たれよ!」
僧侶モヒトが声を上げてその人物を呼び止めた。
見物人は、サピロニアの増援が来るのを恐れて既にこの場を後にしていた。
「何ですか?」
「陛下、剣を!」
「うむ」
ヤマウチヒロシは鞘から得物を引き抜いた。ヤマウチキャリバーが銀色の光りで周囲を照らし出した。どうやら知らぬ間に夕方だったらしい。ずいぶん、体力がもったものだなと、心の中でヤマウチヒロシは苦笑いを浮かべていた。
「素晴らしい剣のようですね」
相手は言った。
「これこそが、ヤマウチ王国国王が証、ヤマウチキャリバーである」
僧侶モヒトが言った。
「王様でしたか。私はイヅキトモヤ。旅の剣士です。美味しいお酒が飲めるところを探して各地を巡っております」
「王、これなるイヅキトモヤ殿を従者となされませ」
僧侶モヒトが勧める。
確かに腕が立つ。彼が仲間になってくれれば心強いだろう。
「イヅキトモヤ殿、どうであろう、ヤマウチ王国を取り戻せれば美味しいお酒をたくさん馳走する。だから、王国復興のための従者、いや同志となってはくれまいか?」
ヤマウチヒロシが頼むと、イヅキトモヤは笑顔を浮かべて頷いた。
「美味しいお酒のためならば」
こうして旅の剣士イヅキトモヤが仲間に加わったのであった。
三
ヤマウチヒロシは僧侶モヒト、剣士イヅキトモヤと共にノース地方の各地を歩き、レジスタンスと連絡を付けることに成功した。
今、ノース地方領主、ギャルマの館の前には呼応した北のレジスタンス達、総勢五百名が集っている。
サピロニアの支配はまだまだ始まったばかりだ。隙が多かったのが救いだ。ノース地方領主ギャルマの兵力は拮抗するぐらいにしか配備されていなかった。
今、眼前を埋める敵軍を前にヤマウチヒロシはヤマウチキャリバーを掲げ持った。
「いざ、王国復興のため!」
「応!」
「ヤマウチ王国バンザーイ!」
ヤマウチヒロシが最前列で声を上げると、兵士達が鬨の声を上げた。
「行くぞ!」
「こちらも行きますよ!」
僧侶モヒトと剣士イヅキトモヤの声と共に各々率いる右翼と左翼が動き始める。
「突撃ーッ!」
総大将となったヤマウチヒロシも声を上げる。
義勇兵達が咆哮が木霊し、ヤマウチヒロシもその足で駆けた。
義勇兵と敵兵がぶつかり合う。
「押せ押せ!」
「押し返せー!」
やはり戦力が伯仲しているだけあってか、中々軍配はどちらにも傾かない。
ヤマウチヒロシもヤマウチキャリバーを振るい閃光を明滅させながら敵兵を切り裂いた。
その時だった。
「サピロニア帝国の者ども降伏しろ! 領主ギャルマは、俺達が生け捕った!」
「ニャー!」
男の声と猫の声が戦場に木霊する。
すると列が左右に割れる。
サピロニアの兵達が降伏、あるいは、逃亡する。
馬よりも大きな動物に跨った男が領主ギャルマを引っ提げて真ん中に開かれた道を歩み合流してきた。
黒装束の男だった。そして彼の跨っている動物はサーベルタイガーだった。
「ヤマウチヒロシ陛下、この通り、領主ギャルマを生け捕って参りました」
ヤマウチヒロシは敵の領主が気を失い鞍からぶら提げられているのを確認すると頷いて尋ねた。
「義勇兵か、ありがたい」
「いいえ、陛下。その者は密偵キンジソウとその相棒サーベルタイガーのペケサンです」
僧侶モヒトが合流すると言った。
「おお、そうであったか」
「密偵キンジソウよ、これよりそなたは我らと合流しその一員として働くのだ」
「僧侶モヒト殿がそうおっしゃるならば」
キンジソウは馬上、いや、猫上で一礼した。
「ニャー」
ペケサンも鳴いた。
こうしてノース地方を取り戻したヤマウチヒロシは次はサウス地方の解放を目指して歩んで行ったのだった。
四
「いくら剣が輝こうが、力の無い者に我らの命、志は預けられん!」
サウス地方最大のレジスタンスのアジトで、門番の屈強な体格の男が斧槍を構えて接触を拒んで来た。
「では、どうすれば、同志となってもらえるのだ?」
ヤマウチヒロシが尋ねると、相手は言った。
「簡単なことだ、この重戦士ぐらんろうと勝負だ! そして勝て!」
斧槍がヤマウチヒロシに向けられる。
「陛下自ら行かれることはありません。キンジソウ!」
「いや、僧侶モヒト殿。これは陛下自身が受ける戦いだと思います。我々とてヤマウチ王国再興を望んではいますが、肝心の陛下が言葉は悪いですがヘタレ野郎では、ついて行く気も起きませぬ。陛下の行動によって私とペケサンは今後の身の置き方を決めさせていただきましょう。ノース地方を落としたとはいえ、陛下にはまだまだ多くの人々を呼び寄せ感動、感心させる名声が今はまだまだ足りない」
「ニャー」
「キンジソウ、ペケサン、貴様ら、ヤマウチの臣下では無かったのか!?」
僧侶モヒトが激高したときヤマウチヒロシは間に入った。
「止めよ、僧侶モヒト。キンジソウの言う通りだ。まだまだ私には人々を安心させ、その背中を預けられる資格が無い。このサウス地方にはサピロニアの重要拠点、ザダンの要塞というものがある。そこを落とせれば我が名声は世に響くだろう。そしてそのためには」
ヤマウチヒロシはヤマウチキャリバーを重戦士ぐらんろうに向けた。
「この者を納得させ、サウス地方のレジスタンス全てに改めて呼応を呼びかける」
「良い度胸だ、だが、俺をただの戦士だと思うなよ。俺は数学が得意なのだ。いざ!」
僧侶モヒト、密偵キンジソウとサーベルタイガーのペケサン、そして剣士イヅキトモヤが見守る中、勝負は始まった。
「くらええっ! 俺の必殺グランプレッシャー!」
両手持ちの斧槍が旋風を捲き上げて振り下ろされる。
これを受けては身が持たぬ。ヤマウチヒロシは回避した。重戦士ぐらんろうの斧槍は地面を割った。
「やるな、だが俺の特技は数学だ! 行くぞ!」
ところが重戦士ぐらんろうの斧槍は地面に深々と突き刺さったまま引き抜けなかった。
「そんな馬鹿な!? 俺の特技は数学だぞ!? こんなところで!」
重戦士ぐらんろうは顔を真っ赤にしながら懸命に武器を地面から引き抜こうとしている。これは好機であった。しかし、ヤマウチヒロシは待った。
「くっ、俺の特技は数学だというのに引き抜けん」
「ぐらんろう、手を貸そう」
ヤマウチヒロシは歩み寄り、隣に並んで突き刺さった剣の柄を握り締めた。だが、引き抜けなかった。
「私も手をお貸ししましょう」
剣士イヅキトモヤが歩み寄る。
「ワシも」
僧侶モヒトも続く。
「仕方がねぇな」
「ニャー」
密偵キンジソウとサーベルタイガーのペケサンも柄に手を掛け、あるいは噛み締めた。
「よし、皆、私の掛け声ともに引き抜くんだ!」
ヤマウチヒロシが言うと全員が声を揃えて応じた。
「せーの、わっしょーい!」
その途端斧槍が引き抜かれ、全員が地面に転がった。
「イタタ、しかし、やったな。皆のおかげだ」
ヤマウチヒロシが言うと、ぐらんろうが跪いた。
「陛下! 陛下のお気持ちと頼もしいお供の方々のお力添えで命と数学より大事な斧槍、グランスラッシャーを引き抜くことができました」
「うむ。では、重戦士ぐらんろう、仕切り直しと参ろう」
ヤマウチヒロシが言うと重戦士ぐらんろうは首を横に振った。
「それには及びません。この重戦士ぐらんろう、あなた様の配下となりましょう」
こうして重戦士ぐらんろうが一行に加わった。サウス地方最大のレジスタンス拠点が動いたことにより、各地の隠れ潜んでいたレジスタンスが勢揃いした。
その数五百との知らせを受けた。一方、密偵キンジソウが持ち帰った情報によれば、ザダンの要塞には千以上もの軍隊が駐留しているという。
ここは近所の居酒屋。
「まともにやっては勝てませんね」
剣士イヅキトモヤが手酌で御猪口に酒を注いで飲むと言った。
「うーん、確かに。だが、俺の特技は数学だ。きっと打開する方法が見つかるはず」
牛肉のレアにかじりつきながら重戦士ぐらんろうが応じる。
しかし、作戦が思いつかなかった。
「ニャー」
ふとペケサンが生肉を食べ終えると一鳴きした。
「何だって、ペケサン!?」
キンジソウが驚いたように声を上げる。
「どうしたというのだ、キンジソウ?」
僧侶モヒトが尋ねると密偵キンジソウは口を開いた。
「ペケサンが言うには、囮部隊を出して敵を誘い出し、その間に手薄になった要塞に忍び込んで首領を倒してはどうだ? ということだが」
一同は沈黙する。
「悪い方法ではありませんね」
剣士イヅキトモヤが言う。
「俺の特技は数学だが、確かに悪くないと思います。陛下」
重戦士ぐらんろうが言うと、全員の目がヤマウチヒロシに向けられる。
「よし、それで行こう」
その時だった。
「アンタらサピロニアに攻撃を仕掛けるって?」
身軽な格好をした女性が現れた。
「む、聴かれてしまったか」
ヤマウチヒロシはもう少し会議の声を潜めれば良かったと思ったが、女の逞しい体格に目がゆき、もしやと声を掛けた。
「その方、戦士か?」
「戦士というか、武闘家だね。名前はユキ」
女が答える。
「ユキ!?」
僧侶モヒトが声を上げ、女に駆け寄った。
「もしや、あの、小説家になったるで! で、ソウゲツノコウキョウキョクを書かれていたユキさんか!?」
「ん!? 何で、アタシの名前を知ってるんだい?」
「私は僧侶モヒト。あなたの作品に感銘を受けた者です」
「モヒト!? ああ、あのファンレターを毎回送ってくれたモヒトさん? それがアンタだってのかい?」
「左様」
「そうだったのかい。こんなしけた田舎の居酒屋で顔を合わせることになるとは。アンタのファンレターのおかげでアタシは頑張れたんだ! 礼を言うよ!」
「いやいや、無事に完結出来て良かったですな。見事な出来栄えでしたぞ!」
「ありがとうよ、モヒトさん」
そしてユキはこちらを見た。
「アンタがヤマウチヒロシ陛下だってのは聴こえてた。どうだろう、アタシも力を貸したいんだがね?」
ユキはその場で拳を連発し、回し蹴りを披露して見せた。
「鋭い攻撃ですね」
「俺は数学が特技だが、確かに速かった」
剣士イヅキトモヤが言うと、重戦士ぐらんろうが応じる。
「頼もしい、是非とも力を貸してくれ」
ヤマウチヒロシは頷いた。
こうして新たな仲間も加わり、明日はザダンの要塞へ攻撃を加えることになった。
五
囮部隊が出発し、行動を起こした。現在陽動されて出て来た敵主力勢と交戦中とのことだ。
ユキが蹴りで窓ガラスを破り、一同はザダンの要塞に潜入する。
「イタタ、俺は数学が特技だが、ガラスの破片で手を切ってしまった」
最後に中に入って来た重戦士ぐらんろうが言うと、僧侶モヒトが回復魔法で傷を塞ぐ。
「さぁ、陛下、うかうかしては囮部隊が壊滅してしまいます。急ぎましょう」
僧侶モヒトの言葉にヤマウチヒロシは頷いた。
「内部の構造なら俺の頭に入ってる。ついてきな」
キンジソウが先に発って行く。
静かな要塞内に侵入者達の足音が響き渡る。
その時だった。
「侵入者だ!」
巡回していた兵隊達と鉢合わせしてしまった。
「行きますよ、ズバッと斬り!」
剣士イヅキトモヤが必殺の一撃を繰り出し、敵兵を仕留める。
「一人!」
「二人目はアタシがいただくよ! オラァッ!」
ユキのネリチャギが敵兵を絶命させる。
「二人目!」
と、残る敵兵が逃げようとした。
「ニャー!」
ペケサンが駆け出し敵兵の背中を踏ん付けて押し倒す。
「待て、ペケサン」
噛み殺そうという寸前でヤマウチヒロシは止めた。
僧侶モヒトと、重戦士ぐらんろうに護られながらヤマウチヒロシは敵兵を正面から見下ろした。
「どうだ、このまま無駄に死んでも仕方あるまい。私に手を貸さぬか?」
ヤマウチヒロシが問うと、地味な顔をした敵兵は観念したように言った。
「た、多勢に無勢ですね。これも乱世の宿命でしょうか」
「名は?」
「ランスと申します」
元敵兵は応じた。
「俺は数学が特技だが、お前の特技は何だ?」
「死んだふりです」
「そうか、それは頼もしい。よろしく頼むぞランス」
こうして新たな仲間を加えて、キンジソウを先頭に玉座を目指す。
と、一際大きな扉の前で敵が一人立っていた。
「おのれ、雑兵ランス! 敵に寝返るとは! このリグゲルがまとめて成敗してくれるわ!」
リグゲルの剣が怪しく輝く。
「いかん、あれは呪われた一撃だ! 当たってはなりませんぞ!」
僧侶モヒトが声を上げる。
「フハハハッ、呪われよ! サピロニアに背いた反逆者ども!」
リグゲルは怪しく輝いた剣を振り回してくる。
ヤマウチヒロシ達はその一撃を避けながら追い詰められてゆく。
「そらそら、ヤマウチヒロシよ、後が無いぞ!」
「むむむ」
いつの間にか孤立していたヤマウチヒロシは敵に追い詰められてしまった。
その時だった。
目にも止まらぬ速さでキンジソウがリグゲルに斬り付けた。
リグゲルの手から呪われた輝きを宿す剣が取り落とされた。
「しまっ!?」
剣士イヅキトモヤと武闘家ユキが飛び込みリグゲルの懐を切り裂き、壁に向かって突き飛ばしていた。
「とどめは数学が特技なこの俺が!」
斧槍を構えて重戦士ぐらんろうが突進する。
「必殺、グランプレッシャー!」
「ぐはぁ!? ば、馬鹿な」
リグゲルは壁に縫い付けられ、最後にそう言うと絶命した。
「皆、ご苦労だった」
ヤマウチヒロシが労った。
そして一同はおそらくは玉座へと通じる立派な扉を見詰めていた。
「よいしょっと」
どさくさに紛れて死んだふりをしていたランスが起き上がった。
「さぁ、いよいよサウス地方の領主ドゥジュルと御対面ですね」
剣士イヅキトモヤが言った。
「俺は数学が特技だが、俺の故郷サウス地方をメタメタにした奴を許すことはできん! お先に行くぞ!」
重戦士ぐらんろうが段を駆け上がり、扉を蹴り開ける。
ヤマウチヒロシ達も後に続いた。
「どわっ!?」
重戦士ぐらんろうが吹き飛ばされてきた。
それをヤマウチヒロシとキンジソウで受け止める。
「くっ、何てやつだ。俺の特技は数学だというのに、この力は」
忌々し気に言う重戦士ぐらんろうの先で大きな影があった。
「フフフッ、この合成騎士魔獣スガベラダルに勝てるものか」
城主ドゥジュルが高笑いしている。
合成騎士魔獣スガベラダルが咆哮を上げた。
耳から頭に響く超音波だった。
「ぐわっ」
全員が耐える中、ランスだけが気絶した。
「ニャー!」
ペケサンが猛然とダッシュし、合成騎士魔獣に躍りかかるが、合成騎士魔獣は手にした剣を薙ぎ払った。
「ニャー!?」
ペケサンが苦悶の表情を上げて着地する。
「ペケサン!? おのれ、よくも! くらえ、手裏剣乱舞」
密偵キンジソウが必殺の手裏剣を無数に放つが、合成騎士魔獣は全て叩き落とした。
「これは強敵のようですね。ですが、ズバッと斬り!」
剣士イヅキトモヤが言い、敵に向かって剣を振り下ろした。
疾風のような一撃が合成騎士魔獣に炸裂する。
「よし、剣士イヅキトモヤに続け! くらえ、ダイナマイト!」
僧侶モヒトが必殺のダイナマイトに火を付け敵に放り投げる。
が、敵はそれを受け止め、こちらに投げ返した。
「げえっ!?」
「いかん!」
「任せな!」
僧侶モヒトとヤマウチヒロシが声を上げた時、武闘家ユキがダイナマイトを空中で蹴り返した。
ダイナマイトは合成騎士魔獣の前で派手に爆発した。
煙の中からボロボロになった合成騎士魔獣が現れる。
「陛下、俺は数学が特技ですが、共にとどめを!」
「よしきた!」
重戦士ぐらんろうと、ヤマウチヒロシは駆け出し、得物を繰り出す。
「グランプレッシャー!」
「ヤマウチキャリバーアタック!」
二つの得物は合成騎士魔獣を深々と切り裂いた。
「ギャアアアッ!」
合成騎士魔獣が断末魔の声を上げて霧散した。
「放せ、放さんか!」
見れば逃げ出そうとしていた城主ドゥジュルの足に気絶していたランスが組み付いていた。
「放すものか! 俺はヤマウチ王国に就職するんだ!」
サピロニアの雑兵から無職になったランスが懸命になっているのを見て、ヤマウチヒロシはザダンの要塞城主のドゥジュルの前に歩み出て見下ろした。
「この上は潔く降伏いたせ。そうすれば命まで取ろうとは思わん」
「ぐっ、くぅ・・・・・・」
こうして城主ドゥジュルは降伏し、城の外で戦っていたサピロニアの軍勢も武装を解除した。サウス地方は見事にヤマウチ王国が取り戻したのであった。
六
イース地方奪還のためにヤマウチヒロシ達は動いていた。残るウェスト地方はノースとサウスのレジスタンス連合軍が攻め落としたため、ヤマウチヒロシとしてはこれが最後の仕事でもあった。
そしてその最後の仕事とはこのイース地方にあるヤマウチ城の奪還とサピロニアの帝王グレートデメキンを倒すことだった。地下で長らく過ごしている家族の安否が気遣われるが、ツッチー将軍とワニヤ宰相がついているためヤマウチヒロシは比較的安心していた。
ここはとある居酒屋兼宿屋。
「さて、イースのレジスタンスも加わり、我が方が圧倒的に有利だ」
一同の前で僧侶モヒトが言った。
剣士イヅキトモヤは酒を嗜みながら、重戦士ぐらんろうはレアの肉を食らいながら、他の者もそれぞれ思い思いの様子で僧侶モヒトを見ていた。
「サピロニアになってから店先からことごとく美味しいお酒が無くなってしまって困っています」
「肉もだ。俺の特技は数学だが、上等な肉が無い。どこへ行ってもゴムみたいなのしか出て来ない」
「ニャー!」
剣士イヅキトモヤ、重戦士ぐらんろう、そしてサーベルタイガーのペケサンが不満げな声を上げていた。
「そのためにはヤマウチ王国を再興させねばならん。皆、あと一息だ、力を貸してくれ!」
ヤマウチヒロシが言うと一同が盃を掲げ声を上げた。
ヤマウチヒロシは熱された心と身体を少し冷やそうと店の外へ出た。
「貴様がヤマウチヒロシだな?」
不意に声がし、右手に漆黒の鎧を身に纏った何者かが立っていた。
「何者だ!?」
ヤマウチヒロシは剣を引き抜いた。
ヤマウチキャリバーが輝く。
「それが王たる証、ヤマウチキャリバーか。我がダークソードとどちらが強いか、試してみようではないか!」
敵が剣を振り下ろす。ヤマウチヒロシはヤマウチキャリバーで受け止める。
「光輝け、ヤマウチキャリバーよ!」
ヤマウチヒロシが大音声で言うと剣が輝いた。
「うぬっ!?」
敵が動揺する。
しめた。
必殺の間合いに入ろうとした時だった。
振り下ろされた剣を敵は避け、ヤマウチヒロシの背後に回り込んだ。
「しまった!?」
その首に剣が振り下ろされるはずであった。
手裏剣が攻撃を阻んだ。
「王!」
宿の屋根からキンジソウが飛び降り合流しようとする。
「何の声だい!?」
宿の中から武闘家ユキを先頭に一同が飛び出してくる。
「クククッ、こいつは分が悪いな」
敵が引き下がって行く。
「待て、貴様は何者だ!?」
僧侶モヒトが鋭く詰問する。
「俺の名は暗黒騎士コモ。ヤマウチヒロシよ、サピロニアがこのまま終わるとは思わんことだ」
そう言い残すと暗黒騎士コモは背面飛びで塀を跳び越え姿を消した。
「待て!」
無職のランスが後を追おうとするが、どうにもぎこちなく塀に足を掛けようとしていた。
「もう追っても無駄だ、ランス」
密偵のキンジソウが言うと、ようやく塀の頂上へ到達したランスは向こう側に落ちていった。
「陛下、お怪我は?」
僧侶モヒトが尋ねてくる。
「いや、大事無い。だが、強敵だった」
ヤマウチヒロシはシミジミとそう言った。
「それにしても、奴のセリフが気になるね。サピロニアがこのまま終わるとは思わんことか、か」
武闘家ユキが口を開くと重苦しい空気が漂い始めた。
「美味しいお酒はまだ飲めないのでしょうか」
「俺は数学が特技だが、上等な肉がサピロニアの連中に独占されてるのが許せねぇ!」
「ニャー!」
剣士イヅキトモヤが沈痛な面持ちで、重戦士ぐらんろうとサーベルタイガーのペケサンは憤っていた。
程なくして各地から通達が届いた。
サピロニアがモンスターなどを駆使し勢力を盛り返してきたとのことだ。
ノース、サウス、ウェスト、ヤマウチ王国に染まっていた各地で再びレジスタンスとサピロニアの軍勢がぶつかっている。
安宿の食堂で再び軍議が開かれた。
「このままサピロニアの帝王グレートデメキンを狙うのが正しいか、戦火が上がっている各地を再び治めてからが良いか、決を採ろう」
ヤマウチヒロシは郎党の面々を見渡しながら重い口を開いた。
「グレートデメキンをやっちまおうぜ! と、いいたいところだが、俺は故郷が気になります。俺の特技は数学だと言うのに!」
重戦士ぐらんろうの声が上がる。
「陛下、グレートデメキンを倒すにも兵力は必要です。各地の迎撃へ分散されたレジスタンスを助け出し、再集結させた上でグレートデメキンを攻めても遅くは無いと思います」
僧侶モヒトが言うと一同はもっともだと頷いた。
ヤマウチヒロシは決断するしかなかった。
「ここで皆にはそれぞれの援軍に向かって貰いたい」
「俺達を分散させるってことかい?」
密偵キンジソウが尋ねてきたのでヤマウチヒロシは頷いて応じた。
「ここにいる皆は、無職のランスを除いて一騎当千の力を持っている。その力を持って各地を支援してほしいのだ」
「ならば陛下、俺にはサウス地方をお任せください! 俺の特技は数学です、必ずやサピロニアを排除してみせます!」
重戦士ぐらんろうが申し出る。
「あたしも故郷のあるサウス地方が良いかね」
武闘家ユキが続いた。
「うむ、サウスはそなた達に任せよう」
「ノースは剣士イヅキトモヤと、サーベルタイガーのペケサンが向かってくれ。密偵キンジソウは各地の諜報と伝令を引き受けて欲しい」
それぞれが頷いた。
「だが、陛下、そうなるとアンタの周りには僧侶モヒトと現在無職のランスだけになっちまうが、大丈夫なのか? ウェスト地方へ向かうんだろう? この間の暗黒騎士コモとかいう奴が狙っているかもしれない」
密偵キンジソウが言うと、ヤマウチヒロシは頷いた。
「その危険性はあるが、これが最善だと私は思う。それにウェストに入ればレジスタンスの面々も一緒だ。身辺警護に隙は無い」
ヤマウチヒロシが言うと一同は頷いた。
翌朝、郎党達はそれぞれの地域へと出立していった。
「さぁ、陛下、我々もウェスト地方を取り戻すために参りましょう」
僧侶モヒトが言う。
「陛下、及ばずながら陛下の盾になるためにこの通り、盾を持参してきて参りました」
無職のランスが続いて言った。
「よし、行こうか二人とも、ウェスト地方をサピロニアから取り戻す!」
ヤマウチヒロシが言うと、従者の二人は頷いたのであった。
七
ヤマウチヒロシ達はウェスト地方に入り、レジスタンスの一団と合流する予定だったが、日が暮れてしまったため、野宿することになった。
「しかし、最近は冷えるようになってきたな」
保存食を口にしながらヤマウチヒロシは、マントにくるまって言った。
「そうですな、陛下。寒さに負けてはなりませんぞ。陛下にはまだまだやることが残っておりますからな」
僧侶モヒトが対面する位置に座りそう言った。
残してきた我が家族達は冷たい地下で凍えてはいないだろうか。
ふと、ヤマウチヒロシは殺気を感じヤマウチキャリバーを振るった。
鉄と鉄がぶつかり合う音が木霊し、腕に痺れが走った。
「何奴!?」
僧侶モヒトが慌てて立ち上がり杖を向けた。
焚火の灯りが敵の黒い鎧に浮かび上がっている。
「お前は暗黒騎士コモだな!?」
「フフッ、悪運の強い奴め。我が一撃に気付いたか」
「王様、おのれ曲者め、このランスが相手だ!」
無職のランスが盾を前面に出し飛び込んで来る。
ヤマウチヒロシと暗黒騎士コモは離れた。
「雑魚が!」
暗黒騎士コモの一撃がランスの盾に振り下ろされる。
「ぐぐぐぐっ」
ランスが必死に盾を押している。だが、盾は儚い音を立てて真っ二つに割れたのであった。
「ああ!?」
「ランス!」
ヤマウチヒロシが慌てて救援に赴こうとしたとき、背後から声が上がった。
「サピロニアの刺客! この火炎騎士アンドウモリエが相手だ!」
火炎騎士の名の通り炎が宿った剣を躍らせるようにして相手が暗黒騎士コモに打ち込んで来た。
一合、二合、打ち合いながら三十合目で、暗黒騎士コモが離れた。
「邪魔が入ったな、ヤマウチヒロシ。勝負はお預けだ」
暗黒騎士コモは闇の中へと飛び込んで消えた。
「お怪我はございませんか、ヤマウチヒロシ陛下」
推参した火炎騎士が跪いて尋ねた。
「うむ、助かった。それで貴殿は?」
「はっ、ウェスト地方のレジスタンスの頭目を務めております、火炎騎士アンドウモリエでございます」
無職のランスと僧侶モヒトが顔を見合わせていた。
「密偵キンジソウ殿の伝令を受け、お迎えに参った次第でございます」
密偵キンジソウが先に手配してくれていたようだ。それが無ければ、今頃、あの暗黒騎士コモに殺されていただろう。
「近くに馬車を置いてきてあります。それでアジトへ向かいましょう。戦況は馬車の中で追々お話いたします」
「わかった、行こう」
焚火の火を消し、ヤマウチヒロシと僧侶モヒト、無職のランスは火炎騎士アンドウモリエの後に従った。
途中、ヤマウチヒロシは気配を感じ、森の中の闇に目を向けた。
暗黒騎士コモかもしれない。しかし、腕力の無い僧侶モヒトと無職のランスは別として、この自分と火炎騎士アンドウモリエを共に相手にするのは分が悪いだろう。襲撃はしてこないはずだ。
「陛下、いかがなされましたか?」
僧侶モヒトが問う。
「いや、何でも無い」
歩いて行くと馬車があった。
「おお、火炎騎士アンドウモリエ様、もしやそのお方が」
「ああ、ヤマウチヒロシ陛下と、御供の方々だ」
アンドウモリエの言葉に、御者は飛び降り、地べたに跪き深々と頭を下げた。
「これでウェスト地方を、ターティキャンから取り戻せる」
「ターティキャン?」
「はっ、ウェスト地方に湧いたサピロニアの指揮官です。陛下、馬車へ。先ほどの騎士が諦めたとも思えません。まずはここを離れましょう」
馬車に揺られながらヤマウチヒロシ達は火炎騎士アンドウモリエからウェスト地方の現状について聞くことができた。サピロニアはモンスターを戦力として投入し、兵力を俄かに増強したとのことだ。
「それでも兵力は拮抗しております。しかしヤマウチヒロシ陛下が来てくだされば味方の士気も上がり、逆転できるでしょう。ノースとサウスを一度取り戻したその御名声は既に市井の者達も知るところです」
火炎騎士アンドウモリエが言った。
そして広大に築かれ夜でも活発な陣営に着いた途端、レジスタンスの同志達が集まって来た。
「火炎騎士アンドウモリエ殿、陛下は?」
レジスタンスの同志達が急かすように言うのが聴こえた。
「私がヤマウチ王国が国王ヤマウチヒロシだ」
ヤマウチヒロシはヤマウチキャリバーを引き抜いた。
途端に闇夜を照らす銀色の光りにレジスタンスの面々は感動、感心していた。
「あれこそヤマウチキャリバー! ヤマウチ王国の正統なる王の証!」
「ヤマウチヒロシ王、万歳!」
「ヤマウチ王国に栄光あれ!」
レジスタンス達が唱和した時だった。
物見が櫓の上で叫んだ。
「敵だ! 火炎騎士アンドウモリエ殿!」
「夜襲とは珍しい」
火炎騎士アンドウモリエが言った。
「聞いた話ですが、モンスターの中には夜目が利くものもいるとのこと」
僧侶モヒトが重々しい声で言った。
「弓兵整列! 敵を迎え撃て!」
火炎騎士アンドウモリエが燃える剣を振るい声を上げる。
レジスタンスの同志達が一斉に陣地前面に並ぶ。
大地が揺れ、モンスター達の凶暴な声が木霊する。
「ひいっ」
ヤマウチヒロシの隣で無職のランスが悲鳴を漏らした。手には新しい盾が握られていた。
「陛下、ここは陛下が号令を」
火炎騎士アンドウモリエがこちらを振り返り言った。
「分かった。だが暗くてよく見えない。射程距離になったら教えてくれ」
「お任せ下さい」
地鳴りと凶暴な声が近くなってくる。
「まだ。まだ。まだ。今です!」
「矢を放て!」
火炎騎士アンドウモリエの声の後にヤマウチヒロシは号令をかけた。
「射よ! 射よ! 射よ! ありったけの矢をくれてやれ!」
ヤマウチヒロシは懸命になって声を上げる。と、無数に焚かれた篝火の尾がモンスターの群れを照らした。
「槍隊用意!」
「槍隊用意!」
ヤマウチヒロシが号令を出すと火炎騎士アンドウモリエが唱和し、指揮のため前線へ駆けて行く。
「いざ、突撃! 私も行くぞ!」
「陛下、落ち着いてください! あなたが総大将なのですよ!?」
僧侶モヒトが止めるが、ヤマウチヒロシの心は静まらなかった。
「皆、兵士では無い、同志だ! 立場は本来なら対等、私だってその一員だ! 止めてくれるな、行かせてくれ僧侶モヒト!」
ヤマウチヒロシは戦場へ駆け出した。
「陛下ああああっ!」
長槍が、剣がぶつかり合い、あるいは敵を絶命させる。
「ヤマウチキャリバーアタック!」
ヤマウチヒロシは手近にいた三つ首を持つモンスターを切り裂き、絶命させる。
そして新たな敵を求めて戦場を見渡す。
ふと背後に殺気を感じ、剣を振るった。
剣と剣同士が激突する。忘れもしないダークソードだった。
「はっはっは、ヤマウチヒロシ、今度は我らの戦いに水を差す者はおるまい! 軽率な己の振る舞いを悔いて死んでゆけ!」
暗黒騎士コモが剣を振るう。
「私が負けると決まった訳ではない! 暗黒騎士コモ、勝負せよ!」
「ほざいたな!」
剣をぶつけ合い、得物越しに睨み合う。
敵の技量は自分を上をゆくものだった。しかし、ヤマウチヒロシは屈さなかった。家族が、仲間が頑張っている。その思いが彼の心の芯を強くしている。
だが、現実は残酷だった。人々の平和を願う剣が振り払われ、その下を敵の剣が突き進む。
「もらったぁっ!」
やられる!?
その時だった。
隣で絶命した大きな怪物が暗黒騎士コモの上に倒れた。
「何だと!?」
懸命に抜け出そうとする暗黒騎士コモだが難儀していた。
「ヤマウチヒロシ陛下!」
火炎騎士アンドウモリエと僧侶モヒト、無職のランスが駆けて来る。
「おや、この敵は!?」
僧侶モヒトが驚きと警戒の声を上げる。
「ちいっ、こうなれば殺せ!」
観念したように暗黒騎士コモが言う。
ヤマウチヒロシは暗黒騎士コモを横目に覆い被さっているモンスターの亡骸を動かそうとする。
「陛下、何をなさっているのです!?」
火炎騎士アンドウモリエが驚いたように言った。
「この者を助ける。手を貸してくれ、火炎騎士アンドウモリエ、僧侶モヒト、無職のランス」
その言葉に三人は顔を見合わせ無言で手伝い始めた。
そして怪物の亡骸が取り去られると暗黒騎士コモが立ち上がる。
「何故、俺を助けた?」
「分からないが、勝敗はこれで決して良いはずではない。そう思ったのだ」
ヤマウチヒロシは悩みながら応じた。
「能天気な奴め、俺は恩を感じたりはしないぞ! 決してな!」
負傷したのか愛馬まで足を引きずるようにしてコモが去って行く。
「いずれ、首は頂戴する! はあっ!」
コモが馬を駆けさせ戦場を離脱して行く。
その背をヤマウチヒロシは見送った。
「報告! 苦戦はしましたが敵勢は退却しました!」
伝令が跪いて言った。
「陛下、追撃し、ターティキャンを討ちましょう! ウェスト地方に平和を!」
火炎騎士アンドウモリエが進言する。
「分かった。全軍、追撃に移れ!」
ヤマウチヒロシは声を上げた。
ターティキャンの砦には未明頃に辿り着いた。砦は門を固く閉ざし、見捨てられた敵兵は投降、理性を持たぬモンスター達は襲いかかって来た。
数で優っている。それに衝車が門を破ろうとする音が順調に木霊している。
「陛下、くれぐれもご無理はなされますな。先ほどのような危険な目に遭われるかもしれませんぞ」
僧侶モヒトが口酸っぱく忠告する。
「ああ、分かっている。ターティキャンを討ちに行くときはお主らと火炎騎士アンドウモリエを率いて行こう」
「砦の門が開きました!」
伝令が駆けつけてきて言った。
「よし、私と僧侶モヒト、無職のランスと火炎騎士アンドウモリエがターティキャンを討ちに行く。他の者は周囲の警戒を頼んだ」
「はっ!」
ヤマウチヒロシは三人を引き連れ、門が打ち破られた砦内に足を踏み入れる。
「姿を現せ、ターティキャン! もはやこれ以上の争いは無益、大人しく降伏を選べ!」
ヤマウチヒロシが叫ぶと、笑い声が聴こえて来た。
「フフフッ、降伏だと笑わせるな」
ターティキャンが姿を現した。手に杖を握っている。
「だが、この私がわざわざ相手にするまでも無い」
その言葉が終ると、ターティキャンの後ろから暗黒騎士コモが歩んで来た。
「行け、暗黒騎士コモ! サピロニアとグレートデメキン様のためにその剣を振るうのだ!」
暗黒騎士コモが歩んで来るが、足が治っていないらしくぎこちない動作だった。
「ヤマウチヒロシ、その首、今度こそ貰うぞ!」
暗黒騎士コモが襲い掛かって来る。
「皆は手を出すな、これは私の戦いだ!」
ヤマウチヒロシはヤマウチキャリバーを引き抜くとその輝く刀身を振るった。
「うぬっ!?」
ダークソードとヤマウチキャリバーが打ち合いを続ける。
そうしながらヤマウチヒロシは確信した。やはり暗黒騎士コモの怪我は治っていない。
ヤマウチヒロシが一方的に押す展開が続いた。そして訪れた好機にヤマウチヒロシは剣を振るわず鞘に収めた。
「何の真似だ!?」
暗黒騎士コモが問う。
「どうやらあの時の怪我が治っていない様子。僧侶モヒト」
「はっ」
「暗黒騎士コモの怪我を魔術治療を。大丈夫だ、我々が不利になる真似はせん」
「へ、陛下がそうおっしゃるのならば」
僧侶モヒトは緊張した様子で暗黒騎士コモの前に来ると、白い光り輝く魔術の宿った手でコモの身体に触れた。
「馬鹿なっ!? 何故、このようなことをする!?」
暗黒騎士コモが目を開きヤマウチヒロシに詰問した。
「傷ついた者を斬る剣は持ち合わせてはおらん」
「くっ、ヤマウチヒロシよ、こんなことで恩を感じると思ったら大間違いだぞ!」
暗黒騎士コモは俊敏な動作でこの場から去って行った。
「おのれ、名ばかりの役立たずめ。だが、奴などいなくとも十分。食らえ! 火炎魔術!」
ターティキャンの突き出した杖先から炎がうねりながら大蛇のごとく射出された。
「そのような生温い炎に負けはしない! 真の炎を見せてやる! 必殺、火炎の一撃!」
火炎騎士アンドウモリエが飛び出し剣を抜き放った瞬間、炎の塊が飛び、ターティキャンの炎を破り、敵にぶつかった。
「火炎騎士アンドウモリエに炎は通じんよ。さぁ、潔くヤマウチに降れ」
火炎騎士アンドウモリエの言葉にターティキャンは黒いくすぶった煙を上げながら膝をがっくりと落とした。
「お前達には到底勝てない。ヤマウチに降るとしよう」
ターティキャンは言った。
「よく決断してくれた。これからはお前も我が同志となって」
と、ヤマウチヒロシが進み出た瞬間だった、ターティキャンの腕が伸び、それは巨大なものに変化するとヤマウチヒロシを空高く掴み上げた。
「ターティキャン、たばかったな!?」
僧侶モヒトが怒鳴る。
「ふははは、ヤマウチに降るなどありえんことよ。このままヤマウチヒロシを地面に叩きつけてくれるわ!」
ヤマウチヒロシは死を覚悟した。滑空し、地面が高速で近づいてくる。これでヤマウチ王国の希望は潰えた。
その時だった。ヤマウチヒロシは地面に投げ出された。
「ぐわっ!? 何者だ!?」
ターティキャンが目を向ける先には黒い鎧を身に纏いダークソードを提げた暗黒騎士コモが立っていた。
「残念だったなターティキャン! ヤマウチヒロシ、お前の言葉と剣が俺の心を目覚めさせてくれた。今後はヤマウチ王国再興の同志となろう!」
「馬鹿な!? 裏切者が!」
ターティキャンが残った腕を剣に変化させ斬りかかった。
「温い! ブラックブレード!」
ターティキャンの一撃を避けた暗黒騎士コモが必殺の一撃を繰り出す。ターティキャンは胴を貫かれていた。
「ば、馬鹿な、この私が、こんなところで」
ターティキャンはかっ血すると倒れた。
それを見届けると暗黒騎士コモがヤマウチヒロシの前に跪いた。
「王よ、先ほど言った通りです。これよりはヤマウチ王国再興の剣となりましょう」
「暗黒騎士コモ、お前の心、嬉しく思うぞ。共にヤマウチ王国を再興させよう」
ヤマウチヒロシは手を差し出した。
「おお、これは」
暗黒騎士コモは驚いたような声を出しその手を握り返した。
僧侶モヒト、無職のランス、火炎騎士アンドウモリエが笑顔で拍手する。
こうしてウェスト地方は安泰となった。
「イース地方へ向かおうぞ。ノース地方とサウス地方もきっと平和になったはずだ」
そのヤマウチヒロシの言葉通り、一足先にノース地方に加勢に出ていた剣士イヅキトモヤとサーベルタイガーのペケサンが待ち受けていた。
「陛下、ノース地方に美味しいお酒を取り戻しましたよ」
「ニャー!」
剣士イヅキトモヤとサーベルタイガーのペケサンが出迎えるとそう言った。
「うむ、ご苦労だった」
「陛下、俺の特技の数学でサウス地方も治めて参りました!」
「まぁ、そんなとこだね。今、戻ったよ」
サウス地方で戦っていた重戦士ぐらんろうと、武闘家ユキがレジスタンスを引き連れ合流した。
「さてこれで残るは」
「おいおい、俺を忘れてもらっては困る」
声が上がり、側の木の上で密偵のキンジソウが佇んでこちらを見下ろしていた。
「とおっ」
密偵のキンジソウは木の上から飛び降りた。
「サピロニアの残党は旧ヤマウチ城の防備を固めているようだ」
密偵のキンジソウが告げた。
「合力したレジスタンスの数は千五百ほどでしょうか。陛下、城を包囲し持久戦に持ち込みましょうか?」
僧侶モヒトの言葉にヤマウチヒロシは、地下で凍えた生活を送っている家族と臣下のことを思った。
「いや、そのようないとまはない。今も平和を願っている人々がいるのだ。正面から攻め立てよう」
ヤマウチヒロシが言うと、火炎騎士アンドウモリエが頷いた。
「ではそのように手配を」
「待て」
暗黒騎士コモが止めた。
「陛下、一年前、サピロニアはヤマウチ城を隙間無く包囲しました。だが、こうして陛下は逃れている。それはつまり別の道があるということでは無いでしょうか?」
目から鱗だった。
「そうだ、私と僧侶モヒトが脱出したルートを辿り、地下から攻めればいい」
ヤマウチヒロシが言うと、郎党達は頷いた。
「以前にザダンでペケサンが進言した戦術で行こう。レジスタンス達に城を包囲させ、その間に私と君達同志諸君は地下から忍び込み、帝王グレートデメキンを倒す」
「上策ですな」
僧侶モヒトが頷き、一同は頷き返した。
八
レジスタンスの中でヤマウチヒロシにそっくりな者が抜擢され、身代わりとなって外での総指揮を執らせた。
大きく膨れ上がったレジスタンス軍は、もう一息でヤマウチ王国が再興されるというところまできたためか意気が高かった。
その頃、外れの森の古井戸にヤマウチヒロシ達は降りていた。
一年前のどさくさでヤマウチヒロシ自身は忘れていたが、僧侶モヒトがこの場所を覚えていた。こここそがヤマウチ城の地下へと繋がっている緊急の脱出路だった。
身軽な密偵キンジソウと、剣士イヅキトモヤが先に入り安全を確認すると、ヤマウチヒロシ達は次々井戸に入り込んだ。
程なくして密偵キンジソウと剣士イヅキトモヤが松明に火を付けた。
「全員いるか?」
異口同音知った声が返って来ると、ヤマウチヒロシはヤマウチキャリバーの柄に触れ大きく息を吐いた。
「陛下、溜息なんか吐いてどうしたの?」
武闘家ユキが尋ねてくる。
「いや、これが最後の戦いになると思うとどうにもそなたらと出会えた感慨深さと、グレートデメキンと対峙する緊張感に覚えてな」
ヤマウチヒロシが言うと、重戦士ぐらんろうが応じた。
「陛下、私の特技は数学です。ご安心を、必ずやヤマウチ王国は取り戻せます!」
「ありがとう、重戦士ぐらんろう」
井戸の下から伸びる地下道の闇を歩んで行くと、前方から忍び笑いが聴こえた。
「陛下、ようやくお越しになられたようですね」
前方で松明が点る。仮面の宰相がそこに立っていた。
「ワニヤ宰相! と、いうことはここはもう王城の下なのか?」
「ええ、そうです。さぁ、行きましょう、陛下と勇敢なる方々、私はあなた方をお迎えに来たのです」
ワニヤ宰相の後に続いて行くと、地下なのに灯りに煌々としている場所があった。
「もしや!」
ヤマウチヒロシは駆けた。
そこには家族が待っていた。
ヤマウチヒロシは家族と感動の対面を果たした。
「陛下、よくぞ御無事で!」
背後から声がし、振り返ると、親友であり将軍のツッチーが立っていた。
「ツッチー、お前も壮健そうで何よりだ!」
「ヤマウチ王国の秘密の備蓄のおかげです。そんなことより陛下、各地で頑張られたようですな。その名声はこの地下にまでも届いておりましたぞ。正面ではレジスタンス軍が展開し、血気にはやりたいところですが、このツッチーはワニヤ宰相と共に陛下のご家族を守るためにここに残ります」
「分かった、任せたぞ、ツッチー、ワニヤ宰相」
すると僧侶モヒトが促した。
「行きましょう、陛下。グレートデメキンを倒し、平和を掴み取るのです」
「分かった行こうか」
僧侶モヒトが先導する。
「御武運を!」
背後からツッチー将軍の声が聴こえた。
その声が聴こえてからどれほど闇の中を歩んだか、僧侶モヒトはその道筋を暗記しているようで意気揚々と案内したが、突如その足が止まった。
「うーむ、そろそろ着いてもおかしくは無いのだが」
「僧侶モヒト殿、道は一本では無いのですか?」
火炎騎士アンドウモリエが尋ねる。
「追っ手を逃れるため地下には植物の根のように無数の道があるのだ。お手上げだ、バトンタッチだ、キンジソウ」
「僧侶モヒト殿は危うく我らを飢え死にさせるところであったな。ついて来い、道なら俺が知っている」
密偵キンジソウが先に立って歩き始める。
そうして階段が見えて来た。
「陛下、サピロニアの兵がいるかもしれません。美味しいお酒のためにもここは私が先に出ましょう」
剣士イヅキトモヤが申し出た。
「俺の特技は数学です。なので俺も行きます」
重戦士ぐらんろうが隣に並ぶ。
「頼んだ」
剣士イヅキトモヤは階段を駆け上がった。その後ろを数歩遅れて重戦士ぐらんろうが追う。
頭上で剣戟の音がしたがすぐに止んだ。
「陛下、俺の特技は数学ですが、敵兵を排除しました」
重戦士ぐらんろうの声が聴こえ、ヤマウチヒロシは武闘家ユキに続いて階段を上がって行った。
眩しい。そして懐かしい、ヤマウチヒロシの収集した幾万もの本が書棚に詰まっている。ここはプライベートな図書室だ。
そこには二人の敵兵がのびていた。
「みね打ちです」
剣士イヅキトモヤが言った。
「ならば縛っておかねば、ランス」
「はい、僧侶モヒト殿」
無職のランスがここぞとばかりに縄を取り出し敵兵の手足を縛り、猿轡を噛ませた。
「では、陛下、参りましょうか。グレートデメキンの側近たちは既にあなたが各地で打ち破っております。そうなると恐れるのはグレートデメキンのみ」
暗黒騎士コモが言い、扉を開いて外に出る。
火炎騎士アンドウモリエが後に続く。
「安全を確保」
黒と赤の騎士達は声を揃えて言うと満足げな笑みを向けあっていた。
「よし、皆、ついて来い。王宮なら我が庭も同然」
玉座にいるであろうグレートデメキンまでもう手の届くところまで来ている。ヤマウチヒロシは勇躍し駆け出した。
「王様、はしゃぎすぎだよ!」
武闘家ユキが並走しながら言う。
「美味しいお酒のためですものね」
反対側を走る剣士イヅキトモヤが言った。
そして巡回する敵兵に遭遇することも無く玉座の扉の前へと辿り着いた。
ヤマウチヒロシは扉を押し開けた。
「サピロニア帝国の帝王グレートデメキンよ、お前にもう逃げ場はない、潔く降伏いたせ!」
大音声が玉座に響き渡る。
椅子に座った帝王が立ち上がる。
「ふっふっふ、ヤマウチヒロシよ、飛んで火に入る夏の虫とは貴様のことだ!」
突如として背後で扉が閉められた。
すると潜んでいた敵兵が現れ、周囲を囲んだ。
「さぁ、ヤマウチヒロシとその一味を地獄へ送り届けてやれ!」
帝王グレートデメキンが命じると敵兵は襲い掛かって来た。
「笑止! 俺の特技は数学だ! グランプレッシャー!」
「美味しいお酒のため、行きますよ、ズバッと斬り!」
「手裏剣乱舞!」
「ニャー!」
「アタシのネリチャギがあの世へ案内してやるよ!」
「火炎の一撃!」
「ブラックソード!」
「死んだふり!」
「ダイナマイト!」
ヤマウチヒロシの郎党達の必殺が敵兵を次々あの世へ送って行く。
「覚悟しろ、グレートデメキン!」
ヤマウチキャリバーを引き抜きヤマウチヒロシはグレートデメキン向かって駆け出した。
「な、何だと!? おのれ、こうなれば」
グレートデメキンは剣を抜きヤマウチヒロシを迎え撃った。
「降伏しろ!」
「馬鹿な、するものか!」
両者の剣がぶつかり合い、甲高い音を幾つも響かせる。
「おのれ、ヤマウチヒロシ! 我が必殺を受けよ! デメキンスラッシュ!」
重い一撃だったがそれだけだ。ヤマウチヒロシはヤマウチキャリバーを掲げた。
剣が銀色に輝く。
「陛下、今こそあの技を!」
僧侶モヒトが声高に言った。
「分かっている! ゆくぞ、グレートデメキン! ヤマウチキャリバーアタック!」
「ぐふあっ!?」
グレートデメキンが吹き飛ぶ。敵の剣は真っ二つに折れていた。
ヤマウチヒロシは歩み寄り、その切っ先をグレートデメキンに突き付けた。
「私は本来傷ついた者を殺そうとは思わない。だが、グレートデメキンよ、貴様は、多くの罪なき人々を殺戮し、圧政を敷いて苦しめた。許すわけにはいかん!」
「ひいっ!?」
ヤマウチヒロシの振り下ろした剣の切っ先はグレートデメキンの顔のすぐわきに穿たれた。
「降伏しろ」
ヤマウチヒロシの冷たい怒りの声を受けグレートデメキンは白目を剥いて意識を失った。
こうしてヤマウチヒロシは王国を取り戻した。
九
ヤマウチ王国が再興し、人々の間には安らぎと笑みが広がった。
さて、王国の体勢が盤石になった頃、ヤマウチヒロシと志を共にした仲間達はそれぞれの道を歩み始めた。
僧侶モヒトは復興大臣に任命された。ワニヤ宰相と協力し、疲弊し、荒れ果てた町や村のために尽力している。
剣士イヅキトモヤは王宮の酒を全て飲み尽くすと書置きを残して旅立った。「美味しいお酒を求めに行ってきます」そう記されていた。ヤマウチヒロシは結局剣士イヅキトモヤが男なのか、女なのか分からずじまいで旅立たれてしまった。
密偵キンジソウは隠れ里でニンジャ塾を開き、後輩の育成に取り組んでいるとのことだ。
ペケサンはキンジソウと別れ、王国のシンボルとして町中を闊歩し、人々に敬われ、上等な生肉を食らう毎日だ。
重戦士ぐらんろうは、その特技数学を活かして土木工事の責任者となった。知恵と力が必要な部門だったため正に適任で本人も活躍していた。
武闘家ユキはその筆力を買われ、僧侶モヒトの推薦のもと、宮廷書記官を務めることとなった。あのソウゲツノコウキョウキョクの番外編も出るとのことで、僧侶モヒトはいつもハイテンションだった。
無職のランスはハローワークに通っている。成果は芳しくないらしいが。
火炎騎士アンドウモリエはその声望を活かし、重要地域の太守を歴任することになった。
暗黒騎士コモは将軍に任ぜられ、将軍ツッチーと共に王国の双璧としてその身を剣にも盾にもしている。
ヤマウチ王国にはこうして勇者達の尽力のもと末永く平和な時代が築かれたのであった。
終わり。