6話 相棒
いま、私は真っ暗な世界にいる。
いわゆるこれは死後の世界なのかもしれないが、何と殺風景なものか。これでは生きていた方が何倍もましだ。人の想像力とはただその人にとっての考えで、世界の常識とは何も関係ないのだろう。
「おい!」
後ろから声をかけられる。よかった、あの世にはほかにも人が
「早く起きて儂を助けぬか! 馬鹿者!」
…あ!
すぐに起き上がり後ろへとかばうように押し倒す
「ぬあ、お主そんなことをしたらまた…!」
背中から四本突き刺さる感覚がする。こうしてもう一度串刺しにされて、本当に痛みを感じない…いや、むしろ痛みにたいしてすごく鈍くなっているのだろう。刺されたところが気持ち悪くかゆい。
しかしおびえることなくかばうことができたとしても、次につなげるためにはどうしたらいいか…、この体は痛みを感じないだけで人と同じように体に巡回するものがある。そしてその液体がまた刺されたせいで外に出てしまっている。このままでは…。
「ええい仕方あるまい! 受け取れ!」
腹部に何かが注がれている。ヘレナは何を…?
「お主が気絶している間に死体の中に余っていた魔力をかき集めて作っておいた、早く動け!」
尻を叩かれ、すぐに周りの情報を知るために集中する。すると体の中からキューっと何かが減り、周りのすべてがかすかに動くようになった。
ああなるほどそういうことか! 私の中にある魔力を代償に、自分の体感時間の長さと集中力を引き上げてるんだ。…そのなかでなぜか自分だけ普通に動けるんだ? 加速魔法か何かが付いているかもしれん。
体に貫いてある剣を全部引き抜き、襲ってきている彼らに刺し返す。そうしている間にまた体がふらつき始めた。…やらかした、魔力消費が多いのかこれ。
めまいがする前に集中を解く。が、私が予想したことに反して、彼らは刺されたままこちらに襲い掛かってきた。
「縫い付け『緊縛』!」
間一髪のところで相手が動かなくなった。よく見たら黄色い糸のようなものが彼らを縫い付けている。
「…ぐぐ! この魔法、相手の魔力と対抗して対象の自由を奪うんじゃ。耐久にはむかん、速くなんとかしろ!」
ふむ、どうやらヘレナは口ばかりではなく、それなりに強いらしい。仕方あるまい、体内にある魔力は残り少なそうだができる限り答えよう。
集中する。相手の弱点だと思われる場所が赤く表示される。…ああ、別にずっと集中する必要はないか。
すぐに解いて、懐にあるナイフを取り出し少し距離が遠い相手の前に立つ。すぐに胸を切り開き対象の赤い部分を取り除く。取り除かれそうになっている死体は、引きずられるようにのけぞり、苦しそうに震え始めた。
いかん、苦しませてはいけない。ナイフでは切り取れないためすぐさま引きちぎる。よし、次だ。と、残りも対処しようと振り向いたが
「…あー、その、すまん。耐えきれなかった。許してたもれ?」
彼女が耐えきれなかったみたいだ。残り三体に包囲されている。その姿に少し思考が止まっている間に、後ろからも足音が聞こえ始めた。
…ああもう仕方がない。魔力の残りはないかもしれないが、とにかく今を脱出だ。集中する。
加速の中でも全力でヘレナのもとへ走りぬき、さらうようにヘレナを救出する。あとは簡単、集中の続く限り走り抜けるのみだ。
「ぬォおおオオおおオオおおーーー!」
ヘレナの声と兵士が、私の体から置いて行かれた。
「バカ! お主のバカ! もっとましなやり方あったじゃろ!」
ぷんぷんとばかりに、ヘレナは机に向かいに何かを作っていながら怒っている。
「確かに増援の気配はあった。しかし敵を巻いた後は普通に逃げればよかったのに、なぜ魔力が切れるまで走り続けたのじゃ! ここまで来るのにわしがお主を運ぶ羽目になったのではないか!」
まったくと言い残し、何かできたのか液体の入った注射器を持ち、席を立つ。
「ふんっ!」
注射器を全力で私の眉間を刺して何かを注入し始めた。…痛みは感じないがビビるものはビビる。思わず息を吸った。
「お主は人としての意識をもって魔物になったから、少しは優しくしてやろうと思ったのじゃが、流石に堪忍袋の緒が切れそうじゃ。次変なことをしたら絶対命令の魔法陣を焼き入れるからのう?」
顔があと少しで当たりそうなぐらいの距離で、私を脅し始めた。…守ったのにひどくないか?
少し時間を置いたら、動かなかった体が徐々に動くようになった。なるほど、あの注射器に入っている液体は魔力が濃密に入っているらしい。
作り方が気になりつつも、ここはどこなのか紙に書いてヘレナに渡す。彼女は少し怪訝そうな顔をしつつ、「周りを見てみればわかると思うのじゃが…?」と促してきた。それぐらい教えてもらってもと思いつつ、周りを調べる。
まず目につくのは驚くほどの書類の山。その中身を拝見すると、上の人などの報告書も多いが、なにより実験結果などをまとめたものが大量だ。その山をかきわけると大きな扉があり、その先に魔法陣が真ん中の大きな魔法陣を囲むように書かれてある部屋を見つけた。
…なんだこれは。実験室とか研究所とかそういうための場所なのはなんとなくわかるが、どういった過程で、そして何を作っていたのかがわからない。いや、予想はできる。ここがこの魔人たちの主戦力になっていた、魔物を造るための施設なのだろう。
それにしても、何というか、あまりいい感覚がしない。少しじめっとしたなんだかいやな気配が漂っている。ここで長居をするのは、正直気が引ける。
「ふむ、やはりここは落ち着くのう。しばらくここで休んでいたいほどじゃ。」
…好みは人それぞれだな、うん。
「さて、実はお主を直すついでにいろいろと物資を確保したくての。ここじゃったら近くに倉庫もあるし、設備も生き残っているものも少しある。必要なだけ持っていくつもりじゃ。」
てきぱきと、ヘレナは必要なものを倉庫にあったカバンに詰めていく。まるで小さい子が荷造りしているようだ。
彼女の荷造りの手伝いをしつつ、今までのことを一回整理しよう。流石に、いろんなことがありすぎた。
まず、私の体について。わかっていることはこの城の姫であるヘレナに体を造ってもらい、私という意識が宿っているということ。あとその体が魔物という、相手の魂を食らって力をつけるといった特性があるぐらいだ。
次に現在の状況について。城内にいた人々は全員動く死体になり果てており、正常な人がいる可能性は絶望的と考えていいだろう。何よりその動く死体になるといったパンデミックは、この城が発生源なのだ。0%と言っても過言ではない。
では、そのうえで私たちは何をすべきか。
…生き残ることは最前提だとして、外を把握すること、自分たちはいったい何ができるのかを知ること、この2点か。
生きるために引きこもるにしては、この状況を作った一人であるヘレナとしては無責任すぎるし、何より城内部がこの状態では長くはもたない。ならば解決に向かうため努力すべきだろう。
目標はできた、あとはそれに向かって努力すべし。結果が何であれ満足できればそれでよしだ。
「…のう、お主。」
思考を停止し、ヘレナの声に意識を向ける。この少女とはこれからの相棒のようなものだ。意識を共有するのは大切になるだろう。
「私は、城内をこのような惨状に至らしめたものの一人じゃ。責任を感じておるのじゃ。お主を造ったのは、わしの護衛目的もあるが、寂しくて造ってしまったというのもあっての。お主を戦力として造ったわけでじゃない。予想外に強いがの。じゃがどうか、お主の力を貸してはくれぬだろうか? いやじゃったらいいんじゃ。契約を破棄すれば、お主は辛い目にあわず永い眠りにつける。全部終わった後に起こすこともできるのじゃ、じゃが…。」
…泣きそうになりながらも、ヘレナは私をすがるように見上げる。
まったく、こうも見くびられていたとは少々予想外だ。紙を破りでかでかとアホと書きなぐり、自分の意思を書きつなげる。
それをヘレナに見せれば、見る見るうちに顔がゆがみ始め、私に体当たりをし泣き始めた。…思えばこの子はまだ十代、いくら何でも荷が重く、頼りになるものが私を抜かせば誰もいないか。
まあ、なんだ、これからもよろしくな、相棒。