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4話 探索

 ナイフを懐にしまい、ヘレナの案内に従い、城内の廊下を進む。辺りには薄暗い膜のようなものが蔓延り、居心地が悪い。

 少女もその雰囲気に思わず唾をのむ。…コートをそんなに握りしめないでほしいのだが。


「ちゃ、ちゃんと儂を護るのじゃぞ! そのために、お前は造ったのじゃからな!」


 …造られた、か。


 そろそろ、彼女が話すことを真に受ける必要があるのかもしれない。

 今までの、彼女が口に出してきた内容を、思い出すと少し違和感を覚えることがある。この少女は、一度も治したとは、言ったことがない。

 まあ考えようによっては、彼女にとって人の体を治すことは、損傷したところを造った、というイメージがあるのやもしれないが、結構無理やりな考え方な気がする。

 

 では、私は造られた存在なのだろうか。

 

 その考えは、正直杞憂であってほしいという思いがある。ただ、この子の本職はそういった、魔物を造ることだから、ありえる話、というか一番可能性があると思う。

 …つい渋い顔になってしまう。私の体の形は人であり、動くのに特に違和感を感じないせいか、そんな私が人造的に作られたものだと考えると、なんとも言えない変な違和感を感じてしまう。


「どうした、そんな苦い顔しよって。…まあ、気持ちはわからんでもないがの、いやな雰囲気じゃて。」


 的外れなことを言っているが、訂正するほどでもない。実際その通りだからだ。


 警戒をしつつ奥へと進む。廊下は埃まみれで、歩くたびこと、ことと自分たちの音が響く。

 人によっては無警戒とも思えるぐらいの、町中をぶらつくかのような歩き方。少し違うのは、ヘレナは腰を引かして私の腕にしがみつき、私は片手にナイフを持っているぐらいだ。

 

「ねえ先生、これからどこに行くの?」


 不安そうに呟く。あたりはとっくに日が暮れており、街道は昼間に比べ、静かにたたずんでいる。


「これから患者さんのところへ行くんだよ。でも、家で一人は寂しいだろ? ちょっとだけ、僕の友達のところで待っててね。」


 優しく諭すように説明する。少し泣きそうになりながらも、笑顔を作り、


「待ってる。」



「儂の顔をじっと見てどうしたのじゃ。何か付いておるのか?」


 意識が元に戻る。

 …今のは幻覚、か? 疲れている、のか?

 いや、体は軽い、疲れてはいないはずだ。顔を振り、気を取り直す。

 いかんいかん、今は目の前に集中しなければ。下手に混乱してしまうと、何かあったときに対処が難しくなってしまう。

 

 自然に、冷静に、ことを進めなければ。



 こうして集中して探索するうちに、玄関のような大きなドアを見つけた。…ここまで来るのに、何もないのか。少し肩をすかす。


「ふう…さて、お主が行きたがっていた、外への扉じゃぞ。…しかし開けてもよいが、外には大きな架け橋があっての。しかもその装置がある部屋が、王が管理するようになっている。つまり出ようと思っても、正直無理じゃな!」


 …なるほど。しかしそれなら、あの部屋に引きこもる理由はないのでは?

 と、書いた紙を見せると、ヘレナは苦い顔をした。


「そ、その、じゃな、それには、理由が…。」


 少女が話そうとした瞬間、顔が青ざめ固まった。どうしたと思い、体を動かそうとしたが、どういうことか動かない。体に視線を戻せば、


 無数の剣が体から覗いていた。


 口から黒いのが飛び出る。その液体が少女の頭にかかってしまった。ゆっくりと剣が引き抜かれ、貫いた剣の分だけ背中を切り裂かれた。


「お主!」


 倒れこむ自分の体を、ヘレナは受け止めた。

 あまりに急な出来事で、体が動かない。視線を動かせば、周りに視線を向けると、剣を持った男が三体取り囲んでいた。

 目は死んでおり、動きも少しゆらゆらしている。引き抜いたと思われる剣は、黒い血がぬったりとついていた。まるで操られているようだ。

 少女は血を防ごうと躍起になっている。…だめだ、それじゃ止まるはずがない、もはや手遅れだ。


「あ、ああ! いやじゃ、まってくれ! すぐに修復を…!」


 血と涙で顔がぐしゃぐしゃだ、きっとトラウマを刺激してしまっただろう。そんなヘレナを、優しく引きはがす。


「お、お主、何を…。」


 きっと伝わらないが、仕方がない。だが、まだあきらめるわけにはいかない。ゆっくりと立ち上がる。


「だ、な、何…を! そのままじゃ、魔術髄液がなくなってしまう…!」


 なるほど、痛みはないが、意識が少し朦朧としているのが理由か。

 ナイフをしっかり持ち、構える。…ああ、だめだ、力がうまく入らない、血のせいで手が滑る。

 

「お、お主……皆の者頼む、聞いてくれ!」


 少女は声を張り、両手を広げて前に立った。

 …そうか、ヘレナはこの城の王女だったな。こいつらの顔を見たことあるのだろう。しかしだ、


「皆の者、大儀である! こやつを儂をさらうさらい人かと思うたのじゃな! 大丈夫じゃ、こやつは儂の護衛用の魔物じゃ! じゃ、じゃから…。」


 死の剣士はゆっくりと剣を構える。…ああ、やはり、聞こえていないのか。きっと、死をつかさどる魔神、死神に操られているんだな。

 彼らから何か聞こえる。いや、聞こえるとは違うが、何かを感じるんだ。まるで死に瀕している人が、必死に生きようとしているかのような…。


 背筋をただす。ナイフを右手でぐっと握る。

 …私はこの人たちを助けなければならない。苦しみから解き放ち、安らぎを与えなければならないと勝手に思い始める。

 これはきっと偽善だろう。しかし、これ以外に救いはないのだろう。少なくとも私はそう思う。彼らは死者だ、よみがえることは無理と考えてもいい。しかも彼らは見えない寄生体に操られており、どこをどうすればいいかはわからず、確実に彼らを蝕んでいる。

 

 ならば


「…? お、お主?」


 ならば


「いかん、頼む動くな! 無理に動かせば体が…!」


 ならば、せめて安らかに。

 

 集中する。何も考えない。体から力を抜く。

 いつものように、自然に、彼らにとって悪い部分を取り除く、それだけだ。

 彼らの内部がモノクロで見えるが、一つが赤く表示されており、直感だがそれを取り除けばいいことがわかる。


 胸、心臓部分。そこを取り除く。臓器の部分ではあるが、これは臓器移植ではなく寄生体の摘出手術。クランケの望みは安楽死であり、よって寄生体に侵されている心臓部を取り除く。またクランケの生命機能はとっくに止まっており、その寄生体によって無理やり生きながらえている。延命治療は不可能と推定。予定通り、彼らを安楽死へと導く。

 

 クランケの胸を縦に切り開き、一度ナイフを離し両手で素早く開く。骨を素手で壊し、心臓部へと移行。対象の心臓は光る何かを発している。

 摘出開始。周りの管を切り裂く。何が起こったかわからないよう、一瞬にして切り裂き、取り除く。

 が、途中で何かが引っ掛かった。その原因は、光っているものから黒いチェーンのようなものがくっついているからだ。ナイフで切り裂こうとするも、当たったような感覚はなくすり抜ける。仕方がないため、無理やり引っ張って千切り取る。

 それを計三回繰り返す。気づけば、三体とも同時に倒れた。


 ナイフについた何かを自分の服で拭い、一呼吸。自分の体についた何かもできる限り払い、ヘレナに向き直る。彼女は、口を開いたまま私を見ていた。…?

 ヘレナに安心させようと気合を入れるが、体がぐらつきその場で倒れそうになる。そんな私を、戸惑いながらもヘレナはしっかりと受け止めた。


「ば、馬鹿者! お主何を無茶しとるんじゃ! お、お主までいなくなったら儂は、儂は!」


 …ああそうだな、すまない。知人が傷つくところを見るのは辛いだろう。しかし私だってつらいのだ。

 少しでも延命ができるよう、無数の傷を糸と針で塞ぐ。臓器も無数に傷ついて、もはや手遅れだろうが、それでも生き延びる可能性をかける。

 体に力が入らなず、うまく立ち上がれない。徐々に体から力が抜け、もはや寝る体制になってしまった。


「お、お主…どうしたのじゃ。な、何故立ち上がらんのじゃ? 儂を護ることを忘れたのか! 別れるには早すぎるのじゃ!」


 ヘレナの目から一滴、涙がこぼれた。


(うおー、生き返ったーーー!)

(まあ死んでるんだけどね! でも、確かに生き返ったように体が軽いわ。)

(うむ、確かに。このまま城を徘徊するだけの、泥のような何かになると思ったが、これで自由の身だ。)


 だめだ、なにも、考えられない…。


(あ、ちょ、隊長! 姫様の魔物やばいっすよ!)

(た、隊長、どうしましょう?)

(む、いかん。ここで倒れてもらっては、姫様の安否につながる。…ふむ、確か魔物は魔力で動くはず。よし、しばしの間あの魔物に力を貸すことにしよう。行くぞ!)

((はい!))


 幻聴が続いたまま、私の意識は暗転した。

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