2話 世界と魔法
王歴。人は、魔王軍率いる魔人たちとの戦争を続けていた。
人は魔人を殺すため、自然から力に変える魔術を研究し、魔人は人を殺すため、生体兵器『魔物』を生み出していった。
血で血を洗う戦争を繰り返し、いつしか戦争の理由を忘れ、互いに種の存続のため、敵の種を滅ぼすために戦うようになり、市民や農民すら虐殺されるようになった。
やがて、双方にあらゆるものを破壊する、究極魔法と魔神が作り出された。
大地を焼きはらい、あらゆる生命を奪い、破壊する究極魔法と魔神。
しかし、その力は制御をなくし、究極魔法は使用者を死に至らしめ、魔神は敵味方関係なしに攻撃を始めた。
国として成り立たなくなり、世界中に魔物が跋扈し、世はもはや、滅ぶのを待つのみである。
「とまあこのように、外の世界は混沌としてるのじゃ! 外に出てはいかん!」
紙に下手な絵を描きつつ、小さい娘はどうだとばかりに迫真な顔で言い放った。
なんとも信じられない話であるが、少なくとも彼女の顔からして本当だ。理由は目線と迷いのなさ。
もしかするとアホだからどっかからの噂話を信じてしまっている可能性があるが、そこまで考える事態馬鹿らしい。信じた方が話が早いしな。
なぜこんな話になったかというと、私が外を見てみたいと、ドアを探し始めたからである。なぜか悟られてしまったが。
あの後落ち着きをなくした私は、いったん冷静になるために疑問に思うことを一旦全て忘れた。そこに至るまでにかなりの時間を費やしたが、何か目の前で騒ぐ小さい娘を見ているうちにゆっくりと落ち着いていった。耳がないため聞き取りづらいことをなんとなしにわかった私は、ナイフで耳掃除をするようにそれっぽいところを刺し入れ掻きだし、血っぽいものを垂れ流しながら読めない本を読みつつ、外はどうなっているかこれまたなんとなしに思い、いろんなところを歩き回った結果少女に妨害され、少女との攻防戦を体感時間で小一時間行い、力で説得が無理だと悟ったのか、少女は黒板を引っ張り出し今外で何が起こっているのかを説明し始め、終わったとこである。
ふむ、なるほど。…つまり、私たちは生き残りなのか? 私たち以外はどうなったのだろうか? いろいろと質問したいのだが。
「んむおあうむ。」
「フっ、しゃべろうとしたとて無駄じゃ。何せ、貴様の口は縫われているからな!」
なんという暴挙か。この少女私の口を縫ったのである。もちろん抵抗したのだが、涙目で訴えられたら断ろうにも断れん。
まあ、痛みを感じないからいいだろう。口を触りつつ、これからについて考える。まず何をした方がいいか。
…棚には大量の本。意思疎通をするのに口は動かない。時間は余りに余っている。
私はまだ言葉を知らない。いや、概念が分かるのだが、文字が浮かばないのである。わかりやすく言えば親とたくさん会話をし、流暢に話すことはできるが、、
まったく教育を受けていない状態と一緒だろう。
少し悔しいが、この子に教えてもらおう。手を鳴らし、こちらに注目してもらう。
「む? なんじゃお主、急に拍手し始めよって。」
指を本棚のほうにむける。
「…もしや、本が読みたいのかえ?」
頭を縦に振る。
「なんじゃ、勝手に読めばいいじゃろ。」
何と冷たいことか。最近の女の子はこうも冷えきっているのか。
頭を横に振り、読めないことを主張する。
「…? 何なのじゃ…。」
少女はすごすごと本棚のほうへ歩を進める。よし、伝わったか。
適当に選んだのかすぐにこっちへもってきて、ポンっと渡してきた。
それに満足したのか、ふいと声を出しつつ、元の席へドカっと座り手元の本を読み始めた。
…。
「…ん? なんじゃ本を読みたかったのじゃろう?…な、何じゃ無言で近づいてくるんじゃない。そんな顔でわしを見るな怖いわ! や、やめるのじゃあ!!」
「んで、狼は小さな娘とおばあさんに叩きまくられた挙句、ぐつぐつのシチューに煮込まれ、村人たちに食べられたのでした。しまいじゃ。」
…壮絶だな。絵本はこういったものばっかりだったか? 読んだ子ども固まるのではないのだろうか…。
さて、あの後取っ組み合いの喧嘩となり、成人男性が負けることもなくこうして絵本を読んでもらうこととなった。本人は不服そうだがな。成果としては…
何も書いていない紙に付けペンを使い、感謝の意を書く。…ん? どうやって表すのだったか…。
「…ん? 『ありがとう』?…お主、言葉を覚えたのか?」
ちょいちょいわからないところを止めて教えてもらったかいがあった。ある程度簡単な言葉は覚えたぞ…!
今度は自分で本棚から適当なものを選び、本を取り出す。
「も、もう読めるのか!?」
…む、ここはなんて読むんだ? わからないところを指さし、見せつける。
「あ、ああ…さすがに無理かの。…しょうがないわい、もうちょっと付きおうてやろう。」
…ふむふむ、なるほど。つまり、これがこうで…。
こうして時間をつぶしていくにつれ、読んだことがない本がなくなるのは時間の問題だった。
ぺら、ぺら…。
周囲は本のめくる音と、少女が椅子を傾ける音しか聞こえてこなく、静かな時間が流れていく。…なんとも居心地がいい。
ちなみにこの本の題名は魔法学初級本である。すべての魔法分野における基礎が書いており、まるで辞書のように分厚い。
分類は大きく分かれて『一般』、『専門』で別れている。一ページ目に書かれている通り『すべての魔法使いはこの本に通ずる』というのも、あながち間違いではないのだろう。
ふむ…気になるものは『専門』にある『クリエイティブスレッド』ぐらいか。彼女の服の修繕に使えるだろう。腕白そうな子だ、けがも多いだろう。
「なんか変なこと考えてないかお主。」
察しがよくて結構。
呪文を覚えるために、髪を用意し読みつつ紙に乱雑に書く。少女の視線がじとっとしている気がするが、気のせいだろう。
にしても、魔法か…。なんというか、大きなところで信じていない自分がいる。なぜかはよくわからないが。
とにかく、このクリエイティブスレッドは必要だろう。パッとしないと自分で選んでおいて思ったが、身だしなみは大切だ。しかし…必要だと思うが、それ以上になぜかどうしても覚えたいと思ってしまう。病的なまでに。なぜだ?
「せーんせ!」
少女とは違う声に驚き、ばッと横を振り向く。
そこには見慣れた少女がいるだけだった。
…時々こういった幻聴を聞こえる。ふとした瞬間、何かを集中しているときとか、だ。
正直心臓に悪い。どこか聞いたことがある声が突然聞こえるのだ。結構怖い。
ふう、と一つため息。少し精神が不安定になっているのだろう。そういう時は、温かいコーヒー等があるというのだが。
自分の口に縫い付けてある糸をいじりつつ、少女をじっと見る。
「…な、なんじゃ、魔法を唱えたいからって、ほどく気はないぞ?」
…なるほど、魔法は声に出さないといけないのか。
ただ何か飲めたらと思い、ほどいてもらいたかったのだが、まあいいヒントが手に入れることができたので、良しとしよう。
しかし困った。使えないとなると覚えたことが無駄になる。何とか使えないものか…。
「まあ、一応無詠唱というものがあるのじゃが…しょうがないの。」
そういいつつ、元気よく椅子から飛び出す。
「よいか、魔法とはイメージじゃ。血が沸騰しそうになるほど、頭が擦り切れるほど、強いイメージを持つのじゃ!」
ばばんと元気よく指をさす。…ああ、感覚派なのか。脳筋なのか。なぜそんな簡単なものができないとか言っちゃうタイプか。
ちょっとむかついたので頭を両方からぐりぐりする。
「ぎにゃああああ!」
少女の悲鳴を環境音として、思考を巡らせる。
なぜ無詠唱でのやり方があるのか、逆になぜ詠唱があるのか…。
そうか、反復練習か。
詠唱とはつまり、文字による力の具現化。一種の言霊のようなものだ。
この魔法学初級本によると、魔法を使うことによって体の中にある魔力、『マナ』が減るらしい。つまりそのマナが使われる過程を覚えることで、無詠唱を達成できるということなのだろう。
とりあえず紙で書いて当たってるかどうか聞いてみたが、
「?」
という顔をされたので思いっきり少女の頬をぶにぶにする。
「ほへほへ~!」
うむ、少し脂肪が足りないが栄養は足りているな。ちゃんとご飯を食べている証拠だ。
はぁ…とにかく予想してやるしかあるまい。
魔法書には、基本練習として魔力を練るといったものがある。量を増やすことは難しいが、質を上げることは可能らしい。魔法を練るスピードが上がれば上がるほど、詠唱や無詠唱でも早く魔法を放つことができるようだ。
両手を合わせ、その間に魔力を練るイメージをする。
…集中だ、集中。少し顔をしかめる。
すると、どことなしに手の間に何か淡いものが見え始めた。それはうごめき、周り、一つの固形となろうとしている。
なるほど、これが魔力か。見えるものなんだなと勝手に感心し、さらに練る。
徐々にその光がはっきりし始めた。もっとだ、もっと…。
魔力の塊はまばゆく光り、一つの丸い球となった。
よし、このまま真っ二つにして、レンコンのようにしよう。ゆっくりと手を離す。
シュルシュルと響く音がする。手のひらには、無数の見えないくらい細い糸が出てきた。
片方の魔力の塊を回転させ、一つの人にしていく。徐々に糸を伸ばし、頑丈なものを作り出す。
…ここまで作っておいてなんだが、巻きつけるものがない。どこか似ないのか周りを見ていたら、少女が糸スプールを持ってきていた。…少女が唖然とした顔をしているのだが、まあ無視だ。
それに巻き付けていく。…急いでやると絡まってしまうな。ゆっくりやろう。