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チートじゃなければ生きていけない、ハーレムじゃなきゃ生きていく資格がない

作者:瀬川凛太郎
強くなければ生きていけない、優しくなければ生きていく資格がない

――『プレイバック』(レイモンド・チャンドラー)
  『チートじゃなければ生きていけない、ハーレムじゃなきゃ生きていく資格がない』

 その日は、朝から雨が降っていた。十日ぶりの雨だった。
 この街であいつが泣いているんじゃないだろうか。
 窓を叩く雨に、ふっと過去が重なった。一人になってから五年。あいつの笑窪はまだ思い出せる。だが、誕生日はもう思い出せない。
 オーケー。それでいい。半分ほど残っていた煙草を灰皿に押しつけた。
「所長さっきから難しい顔してどうしたんですか? あの日ですか?」
 カレンダーの日付は二十日だった。私としたことが忘れていた。今日は事務所の家賃が引き落とされる日だ。七人の福沢諭吉に長いお別れを告げなければならない。
「大丈夫だ」
「それならいいんですけど……」
 時給八百円。君のバイト代ぐらいどうとでもなる。
 小さな探偵事務所だが、これでも経営は悪くない。収入の大半が浮気調査なのは気に入らないが、世知辛い時代だ。贅沢は言うまい。衣食住プラス日々のニコチン。それで十分だ。私みたいな人間が幸せを求めてはいけない。私はかつて取り返しのつかない過ちを犯した。銃と麻薬、そして嘘にまみれた日々は、もう遠い過去だ――。
「ところで塔子君」
「はい。何ですか?」
「さっきから何を読んでいるんだい? 君が本を読むなんて珍しいな」
 普段なら文明の機器――スマートフォン――と睨めっこしている塔子君が読書。雨でも降るんじゃないだろうか。――もう降っていたか。
「実はですね!」
 その質問いい加減待ってました、と言わんばかりに顔を上げたが、彼女は「あーでも、やっぱ恥ずかしいな」と頬を薔薇のように赤く染めた。
「……私、二十にして初めての彼氏が出来たんです」
「ほぉ。そいつはめでたいな」
 三年前。塔子君は、まだ花も恥じらう女子高校生だった。アルバイトの張り紙を手に、おどおどしていたのをよく覚えている。そんな彼女にも、とうとう男を知る日がやって来たか。
 オーケー。悪くない。不肖三十二歳、素直に祝福しよう。
「それで」
 続きを促す。
「はい。彼、凄くイケメンなんですけど……その、本を読むのが好きなんです」
 イケメンと読書の関係性についてはこの際置いておこう。本題はそこじゃない。
「所長も知っての通り、私、文学少女って柄じゃないじゃないですか?」
「そうだな。私が知る限りは」よくも悪くも現代っ子。松下塔子は普通の女子大生だ。
「それで彼、『これを機に塔子ちゃんも本を読んでみたらどうだい?』って」
 なるほど。彼は、塔子君を俺色に染めたいというわけか。思い上がりだと言えばそれまでだが、悪くない。私も覚えがある。今となっては思い返すだけで恥ずかしい。あれはそう。私がまだ台湾にいた頃――。
「最初は、え~って感じだったんですよ。彼のことは、その、好きですけど、私、本とか漫画ぐらいしか読んだことないから、あんまり難しいの勧められたらどうしようって」
「分からなくもない」
 男は気楽でいい。押しつけるばかりだから。その裏で女がいつも泣いているというのに……。私も若かった。あの頃のことは思い返すだけで(以下略)。
「だから私、『あまり難しいのは読めないよ』って言ったんです。そしたら、『じゃあ、こういうのはどう?』って」
 私は目を疑った。
 金髪の、いかにも気の強そうな目をした少女がキッチンで料理をしていた。作っているのは、おそらく卵焼きだろうか。だが、それは真っ黒になっていた。どうやら彼女は料理が苦手らしい。いや、それよりもだ。私を驚かせたのは、彼女の服装だった。
 胸元が大きく開いたドレス。
 ――痴女か?
 今時の若者は、彼女にフランス書院を勧めたりするのか。世代の違いを感じた。オーケー。君らのことを草食動物などと呼んで悪かった。君らは雄だ。立派な肉食獣だ。認識を改めよう。
「『彼女にこんなエロそうな本読ますの?』って思わず言っちゃったんですけど……でも、彼曰く『表紙はそこまで気にしなくてもいい』って」
 中身で勝負というわけか。自分の女にフランス書院を貸すだけはある。ああ言えばフォー・ユー。口も上手いようだ。
「それで、肝心の中身はどうなんだ?」
「それが……」
 塔子君の顔色がにわかに曇った。
「全然面白くないです」
 きっぱりと言った。
「全然面白くないのか」
「彼には悪いですけど、私にはちょっと……。あの人、何考えてんだろ……」
 男の考えが分からない。それもまた、少女が女になるため一度は通る道さ――野暮なことは言わずにおいた。賢い塔子君のことだ。いずれ気づくだろう。
「本、見せてもらっていいかな?」
「あ、はい。どうぞ」
 ポップなイラストで誤魔化しているとは言え、見れば見るほどフランス書院。オーケー。世の中は広い。受け入れよう。
「所長……読んでみます?」
「私が?」
 冗談は中国マフィアの裏切りだけにしてくれ、と言いそうになった。
「でも所長、ゆで卵とか好きでしょ?」
「確かにキン肉マンは嫌いじゃないが」
「えっと、そっちじゃなくて、いつか言ってたじゃないですか。堅くゆでた卵がウンタラカンタラ……あれ、何でしたっけ?」
「ハードボイルド」即答した。
「そう。それです! これ、一応ゆで卵の話とか出て来ますよ」
「何だと!」
「ひえっ!」
 このフランス書院もどきが実はハードボイルドだと!? 信じられない。
「それは本当なのか?」
「本当ですよ。でも私、そのゆで卵のシーンで切っちゃったんですけど……」
  『無職の俺が異世界で卵料理屋はじめました!』
 はじめタイトルの意味が分からなかった。が、しかしなるほど。この小説がハードボイルドだと聞いた後なら――ふむ。面白いじゃないか。
 ハードボイルドはそもそもロマンの文学。現実に生きる男達が、ここではないどこか、荒唐無稽とさえ言える夢を追い求める――つまり異世界。卵料理というのも、おそらくハードボイルドのメタファー。
 塔子君が戸惑うのも頷けた。男の世界というものは、ひどく癖があるものだからな。男を知ったばかりの彼女には、まだ早い。
「ふふ」
「所長。あの、さっきの軽い冗談ですから、無理に読まなくても――」
「いや、読ませてもらおう」
「へっ?」
「この雨だ。どうせ誰も来ないだろう。こいつを読ませてもらうよ」
「はぁ……」
  『無職の俺が異世界で卵料理屋はじめました!』
 ハードボイルドを私なりに料理しますよ、という作者の決意表明だとしたら――面白いじゃないか。怖いもの知らずな馬鹿は嫌いじゃない。
 それに探偵という仕事自体、依頼人が来なければ半ば無職みたいなものだ。
 これは案外掘り出し物かもしれない。
「塔子君。すまないが、ギムレットを一杯作ってくれないか?」
「そんなもの作れませんよ。それにまだお昼ですよ」
 時計の針は、二時を少し回ったところだった。
 オーケー。ギムレットには早すぎるようだ。

 【俺の名前は伊達雅彦。二十二歳。無職で童貞だ】
 ほぉ。いきなり伊達雅彦と来たか。『野獣死すべし』(大藪春彦)の主人公――伊達邦彦の一文字違い。いい先制パンチだ。
 開始早々、五ページに渡り、主人公は独白する。惨めな現状。社会への不満。ネットゲームにのめり込んでゆく自分を自虐的に、しかしどこか堕ちてゆくことに酔いしれているような――彼は、複雑な性格の持ち主だった。「彼女が欲しい」が口癖。そのくせ、暗く閉ざされた部屋から出ようとしない……。気持ちと行動の歯車が噛み合わないもどかしさ。日に日に肥大する自己愛。若者の描き方がなかなか上手い。筆のタッチがどことなく感傷的だ。どうやらこの作者、ハメットよりもチャンドラー派らしい。
 独白が終わり、腹を空かせた伊達は深夜のコンビニへ――ハードボイルドを背負った男は、夜にしか生きられないものだ。よく分かっている。
 と、安心していたのも束の間、物語は思いもよらぬ方向へ舵を切る。
 悲劇――伊達がトラックに轢かれてしまった。
 轢かれたというより、ミニスカートの女性に見惚れた彼がうっかり車道に出ただけだが。何とも間の抜けた話だ。しかし、これもまた一種のメタファーか。――女の色香は、男をいとも容易く狂わせる。
 【こんなのあんまりだ。俺、まだ童貞なんだけど!】
 童貞のまま死ぬのがよほど嫌らしい。死の淵を彷徨う男の叫びは悲痛だった。命の危機に瀕した時、人は性欲が高まると言うが、死して尚、性への拘りを捨てられないものなのか。普通なら親や友の顔が浮かぶだろうに、パソコンに保存した(口に出すのも憚られるような)画像の行末について心配するとは……さすが野獣。
 しかし、後悔や絶望も虚しく意識は徐々に薄れてゆく。
 【こうして俺、伊達雅彦は童貞のまま死んでしまった】
 私は言葉を失った。
 開始十ページでまさかこんな展開になるとは……。野獣が死んでしまった。
 作者が「死んでしまった」と書いた以上、伊達は死んでしまったのだろう。これから先、話をどう進めるつもりなのか。新しい。どこまでも挑戦的だ。
 一度深呼吸をしてから、私はページを捲った。
 【俺はどうやら、異世界に転生したらしい】
「ぶっ!」
 爽健美茶を噴き出してしまった。
「ど、どうしました?」
「何でもない。大丈夫だ。本にもかかってない」
「はぁ」
 何の脈絡もなく生まれ変わった野獣。しかも、それをさも当たり前のように受け入れている。現実と違う世界(たとえば喋る鶏であったり、空飛ぶ村人Aだったり)に戸惑うことなく、それどころか「これこそ俺が望んでいた世界だ!」と大喜びしていた。
 先ほどまで死にかけていた男だと思えない。頭を強く打ち過ぎたのか、あるいは元々肝が座っているのか……。
 そんなこんなで伊達は、村一番の美少女のヒ――お世話になるわけだが(「そんなこんな」は「そんなこんな」としか言いようがない)、文章から察するに、村一番の美少女は、表紙の「痴女」のようだった。年頃の、しかも一人暮らしの娘が、初対面の男を家に上げるだろうか? ……いや、野暮なことは言うまい。それだけ伊達という男が魅力的なのだ。少女が積極的になるのも無理ないか。
 【村長さんに頼まれたから、仕方なくなんだからね。別に、あんたのことなんか何とも思ってないんだから!】
 何とも思っていないのならば口を噤んでいればいいものも……だが、悪くない。ハードボイルドのヒロインたるもの、男にそう易々と屈服するようではいけない。若干幼過ぎる気がしないでもなかったが、ヒロインの造形自体は悪くなかった。
 そうして、何だかんだで愛を深めていく二人(何だかんだは何だかんだ、だ)。
 個人的にはもっと血で血を洗う展開を見たかったが(たとえば警官の頭を銃で撃ち抜くとか)、これもまた嵐の前の静けさか。愛の営み(※ただイチャイチャしているだけ)は、三十ページ強に渡った。
 読み進めていくうちに分かったことがある。どうやらこの世界の住人は、卵を主食にしているらしい。そのためか、作中鶏がやたらと出て来る。健康な鶏は高値で取引され、鶏の飼育員『バードさん』は村の人々から尊敬されていた。
 と、卵文明が発達しているというのに、一つ意外なことがあった。この世界ではどうやら卵に火を通すという概念がないようだった。
 生卵をジョッキに五つも六つも落としてゴクゴク飲むヒロインに、伊達は思わず突っ込む。【ロッキーか!?】私も同じことを思った。
 生卵の一気飲みをしたくない主人公は、ここで目玉焼きを作るわけだが、我々の世界の常識が、異世界のヒロインにはひどく野蛮な行為に思えたらしい。
 【え、ちょ、卵に火を通すとか何してんの? あんた馬鹿なの? それ目玉じゃない!】
 【平気平気。大丈夫だからお前は大人しく座ってろって】
 異世界に転生した当初は【え、あの、その、ンゴ】などとテンパっていたのに、彼はいつの間にか男らしくなっていた。成長を感じさせるエピソードはこれといってなかった。なのに、この男――性格どころか言葉遣いまで変わってしまっていた。
 不自然な豹変ぶりに作者の力量を疑いそうになったが、しかしこれは私の読み落としだった。伊達の男としての成長は、何らおかしくなかった。昔から言うではないか――男子三日会わざれば刮目して見よ、と。
 水浴びをしているヒロインに出くわすシーン。これが営みの前振りだとしたら、この章を境に伊達が男らしくなったのは……つまりはそういうことなんだろう。文字通り一皮剥けたというわけか。それをあえて書かなかった。
 なるほど。この小説はハードボイルドであり、ビルドゥングスロマンでもあるわけか。……オーケー。悪くない。
 【美味しい! あんた天才じゃない!】
 初めて火を通した卵――目玉焼き――を口にしたヒロインは、思わず手を叩き、絶賛。
 が、そこですぐに【ま……まぁまぁね】と言い直すところが巧みだった。ハードボイルドの世界において、本心を打ち明けるのは死が二人を別つ時だけだ。安易に流されたりしない。作者の不器用なまでのストイックさが伝わってきた。ハードボイルドを料理する、と大口を叩くだけのことはある。
 それから伊達は、オムレツ、卵焼き、ゆで卵と、日に日に料理のレパートリーを増やしていく。どうやら伊達は、料理において天才的な才能を持っていたらしい。唐突な覚醒も、実は祖父が天才料理人だった――かなり後付臭い設定だったが、細かいことにいちいち目くじらを立てるのも野暮ってものだ。オーケー。私は今、ありのままを受け入れた。
 ただ、伊達の「半熟ゆで卵」を至高とする考え方には、さすがの私も異を唱えたくなった。だが、これもまた一種のメタファーだとしたら……。彼はまだ異世界でよちよち歩きを始めたばかりの坊や。それに、男として、ハードボイルドの主人公として、伊達はまだまだ……はっ! そういうことだったか。
 私は膝を打った。塔子君がびくりと肩を震わせた。「すまない」私は謝った。
 あえて半熟ゆで卵。堅ゆで卵にしなかったのは、そういうことか。作者は、この何気ないシーンに、伊達がまだ「未完成」「半人前」であるというメッセージを込めたのか。
「くっ、やられた!」
「何にですか!?」
「こっちのことだ」
「はぁ……」
 卵料理のファンは日に日に増えていった。そうして伊達は、気前のいい友人(女)の出資で、卵料理屋をオープンさせた。
 店は初日から大盛況。ヒロインと二人じゃとても店を回し切れないからと、新たに雇った内気でちょっと抜けている眼鏡娘。セクシーな常連お姉様。主人公を目の敵にする和食屋の跡取り娘(のちに主人公が作った茶碗蒸しに感動して、恋心が芽生えた)。
 卵料理屋のオープンをきっかけに、伊達は男としてまた一段と魅力を増してゆく。彼に恋い焦がれ、涙を流した女は数知れず……。
 強い男というのは、つくづく罪づくりだ。無職で童貞だった彼は最早いない。そのことが少し寂しくもあった。いつしか私も、伊達という男にのめり込んでいた。
 しかし、夢はいつかは醒めてしまうもの。物語はフィナーレへ――
 何らかの事情があって(何らかの事情は何らかの事情だ)元の世界に戻らなくてはいけなくなった伊達に、ヒロインが卵焼きを作るラスト。伊達と過ごした日々を思い返しながら一生懸命作るのだが、料理下手なヒロインは、最後まで綺麗な卵焼きを作ることが出来なかった。黒焦げの卵焼きに、涙が一筋零れた。
 【最後なのに……あんたみたいに綺麗に焼けなくてごめん……】
 初めて心の扉を開いた彼女に、伊達は言った。
 【確かに黒焦げかもしれない。だからどうだと言うんだ】
 鳥肌が立った。
 未完成の主人公という新しいハードボイルドを描きながら、最後に伝説の台詞を持って来るとは。元祖ハードボイルド『マルタの鷹』。胸に込み上げてくるものがあった。
 その後、二人がどういう道を歩むことになるのか。それは知らぬが花だろう。――完璧だった。
 あとがきは、あえて読まなかった。作者のハードボイルドへの愛は十分に伝わった。これ以上の言葉はきっと無粋だ。
「……面白かったよ」
「うえ! 本当に読み切ったんですか?」
 塔子君は驚いていた。
「あぁ。この一冊にハードボイルドの新境地を見たよ」
「……所長、一体どんな読み方したんですか?」
「君もいずれ分かる日が来るさ」
「はぁ」
「いい男を選んだな、塔子君」
「ど、どうも……?」
 私は窓辺へ歩いた。熱く伝うものを、誰にも見られたくなかった。
 塔子君の彼には、いつか私のコレクションをあげよう。『男たちは北へ』(風間一輝)・『山猫の夏』(船戸与一)・『ダック・コール』(稲見一良)。ハードボイルド豪華三点セットだ。
「日本の将来は君達に任せた」
「…………分かりました」
 少し間があったのは気のせいだろうか。
 目元を拭ってから、私は振り向いた。
「ところで塔子君」
「はい」
 どうしてそんな憐れむような目で私を見上げるのだろう?
「この作者は、他にもこういった作品を出しているのかい?」
 読めるものなら、他の作品も読んでみたかった。
 しかも、思いがけない答えが返って来た。
「残念ですけど、この人、出している本これ一冊だけみたいですよ」
「何!?」
 確かにこのレベルの傑作はそう生み出せないだろうが、一作というのはいささか――
「未成年に手を出しちゃったそうですよ。グーグルでちょっと調べてみたんですけど……」
「そうか……」
 私は、ソファーに深々と腰を下ろした。
 骨の髄までハードボイルドに取り憑かれた、哀れな、そして誇り高き男のために、私は祈った。
 ――警官にさよならをいう方法はいまだに発見されていない。
「今日、友達をひとりなくした」
「……いつ友達になったんですか?」
 忘れてしまったよ――そう言いかけた時、雨音にノックが紛れ込んだ。
「こんな雨の中、お客さんみたいですよ」
「テリーかな」
「誰ですか、テリーって?」
「古い友人さ」
 ほんとのさよならはもういってしまったんだ。
「――どうぞ。こちらへおかけください」
 老婦人は、落ち着かないようだった。
 ふっくらとした顔。いかにも高価なネックレス。服のブランドは――
「コーヒーと紅茶、どちらになさいますか?」
「……紅茶を」
「塔子君、紅茶を一つ」
「はい。紅茶を一つですね」
 塔子君がキッチンへ消えた後も、婦人は落ち着かないようだった。――これは案外、わけありかもしれない。胸の高鳴りを感じた。
「探偵事務所は初めてですか?」
「え、えぇ。初めてです」
 ぎこちなく答え、彼女は私の顔をじっと見た。
「私の顔に何か?」
「いえ、あの、あなたがここの……探偵さんなのよね?」
「はい。私が探偵です。さっきの子はアルバイトです」
「そうなの……」
「あなたが考えていることは大体分かりますよ。同業者にも未だによく言われますから」
 口元に軽く笑みを浮かべて、私は言った。
「探偵は――女には向かない職業だって」

読んでいただきありがとうございます。
色々とツッコミどころ満載なお話でしたが……まぁ、はい。そういうことです(そういうことは、そういうことです)。
多少癖はありますけど、ハードボイルドって面白い世界ですよ。美学やロマンがあって。
『テロリストのパラソル』(藤原伊織)がハードボイルド入門編としておすすめかも(とにかく読みやすいんだな)。
日本ハードボイルド史に残る大傑作ですから是非!

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