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2兄と妹



 目覚めれば朝だった。絡み付く腕の感触を、ふれあう肌が暖まって行ったのを明確に覚えていた。


 兄は殆ど何も発さずに私を明け方まで抱いた。縋りつくような強さに、私はされるがままに流されていった。


 起き上がれば兄のベッドの上にただ一人、何も身に付けていなかった。それも当たり前か。

 つうっと触れられた唇を人差し指でなぞる。陶酔するような感覚が心を満たして、けれど相手の重大さにそんな感情も霧散した。


 ひたひたと後悔が満ち満ちる。


 それでも一日が始まって、私は身支度を整えた。




 少し緊張して私は耳を澄ませた。…兄は、いないようだ。


 少しほっとしながらも当たり前だと思う。他人であってもあんなことがあったら気まずい。ましてや兄妹なんて………。


 ぞっとした。


 気まずいどころの話ではない。私たちは、血の繋がった兄妹なのだ。あんなことをして良いわけがない。

 夢から覚めたように、動悸がする。


 私がこんなに忌避感を感じている事象なら、兄はもっと思い詰めているに違いない。そして昨日の兄は明らかに尋常でなかった。


 どこかで泣いていないだろうか。どこかで絶望していないだろうか。


 震える足をどうにか進めて玄関で靴を履いて、ドアの鍵が開いていることに気がついた。不用心で、いつもなら絶対にこんなことはしないのに。


 不安は募って、泣いてしまいそうだ。



 ドアが引かれた。引いたのは、私ではない。


「あれ?どうしたの、そんな青い顔して」


 玄関に入ってきて能天気に話しかけられて、ほっとして力が抜ける。

 良かったと譫言のように呟き続ける私に困った顔をした兄は言った。


「なんか、心配かけた?ちょっとパンを買いにいってただけだから。好きでしょ?この店」


 軽く持ち上げられた袋のロゴは確かに私の好きな店で、今までの不安感なんてさっぱりぬぐい去ってしまった。


「うん。一緒に食べよ」




「好きだよ」


 ブランチになったパンを食べていた私は、口に入れようとしていたひとかけらを食べ損ねて皿の上に落とした。


「は?兄さ…な………」


 日本語を話せなくなっている。私は今、混乱している。混乱。理解できない。


「だから、好きだよって」


 私によく似た、でも数段上の顔面を微笑ませて、兄は私に爆弾を投げた。


「兄さん………」


 正気かどうか。私は兄の顔を見て、まさかと思った。表情は、声色は、いつもとなんら変わりはなかったから。でも、兄の瞳を見つめてぞっとした。


 深い闇に染まっていた。昨日と同じか、もしくは昨日よりも、絶望していて。


 兄が少しでも救われたら良いと私は願ったのに。そんなのひとかけらも。


「おまえのことが、好きだよ」


 墜ちていこうと、兄が誘っている。昨日以上に、深く。そして、真っ暗な深淵に。兄はもうきっと、深くまで墜ちているのだ。だから途中で見かけた私を、せめてと道連れにしようとしていて。


 私が応えなければ、兄はきっとひとりぼっちだ。


 禁忌だと罪悪感が身体中をさいなむけれど、私の中の優先順位はとうに決まっている。兄が、一番。


 私が応えなければ、兄はきっと死んでしまう。そんな真っ暗な瞳が私に問いかける。見捨てるの?と。


 罪悪感を振り切る。

 大切なものを天秤にかける。モラル?家族愛?それとも一個の命?


「いいよ、兄さん。私も兄さんが好き」


 大切な言葉を紡ぎだした。




 兄は私がはじめてでなかったことに驚いているみたいだった。私だってそういう機会がない訳じゃないのに、兄は自分のことを棚上げする。


 寝物語にそんな話をしながら、私たちは啄むようなキスをした。


 段々行為に夢中になって、体の熱さにばかり思考が行ってしまう。兄はたぶん上手いのだと思う。どこでそれを覚えてきたのだろうかと思うと、酷く心中複雑だが。


 嬌声を堪えて、今度は深いキスをして、矯声を堪えられなくなって―――。


 私たちは夜が更けてもそうやって求めあった。




 兄の帰宅は基本的に私よりも随分遅い。夕食を作りながら私は最近気持ちを塞いでいることについて考える。


 もうやめよう、と何度言おうとしただろう。何度言いかけたのだろう。その度に兄の唇に塞がれて、その真っ暗な瞳が躊躇させる。私のせいで兄が死んでしまうのではないかと恐怖する。


 行為に浸る間も、快楽に流されて何も言えなくなる。


 それでも、澱のように日々、私の心をよどませる兄の全て。


 あの日から、しばらくたったように思う。それだけの日々があれば、あんなことをしなくなると思った。

 それなのにまだ、続いている。


 おかしい。私たちは兄妹だ。紛れもなく同じ両親の血を継いでいて、同じように育った兄妹。あんなことをする余地なんかないはずなのに。


 早く止めなければいけない。


 分かっているのに。


 油が跳ねて、手のひらにかかった。

 痛い。耳たぶに手をやって、堪える。


 痛みが少し考え事を遠やる。


 ほっとした。このままじゃ、私まで押し潰されてしまいそうだったから。


 フライパンに蓋をする。


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