月は影から
「もし、そこの人、女難の相が現れてますぞよ。」
移香斎が、鶴姫の家を出て、いつもの修行場である山に
向かっている途中、占い師に声をかけられた。
「見料は要りません。」って言われ、これはますます
面白いと思い、じっくり聞くことにした。
「 今日は、一年に一度あるかないかの厄日になります。」
「 ふむ、ふむ、それで、颯殿。」
「 えつ、旦那には、かないませんな~。」
占い師は、心底、驚いた。
移香斎は、この占い師が、この前の鈴鹿衆の颯の
変装であることに、とっくに気が付いていたのであった。
「 怪我の具合は、どうじゃ。」
「 お蔭様で、殆ど回復いたしました。
拙者のことはともかく、移香斎様。
自分で言うのも何ですが、拙者、忍びの世界では
結構有名人でして、その拙者を打ち負かした相手を
やっつけた相手はどこの誰じゃって、凄い評判に
なっております。
そいつを倒して、名を上げようっていう輩の話を、
聞きました。蛇の道は、蛇ってやつですよ。
同業者の暗黙の了解で、詳しいことは言えませんが、
六つの星は昼間でも見えるってことだけ、言っておきます。
かなり、危険ですから。ご用心下さい。」
移香斎は、丁寧に礼を言って、山に向かった。
「助けて下さい、お侍様。」
早速、峠で町娘が、破落戸三人に
追われているのに、出くわした。
町娘は移香斎の右腕にしがみ付いて来た。
うら若き美しい娘であった。
男なら誰しも、お友達になりたいと思うし、
守ってあげたいと思える娘であった。
「その娘を、渡しやがれ。」
「怪我をしたくなければ、とっとと失せろ。」
「どてっぱらに、風穴が開くぜ。」
いかにも、悪党面でお決まりの台詞をはき、
長ドスを片手に三人が、移香斎を取り囲んだ。
移香斎が、破落戸に集中したその瞬間、
鋭い殺気を感じた。
弓矢がどこからか、破落戸すれすれに
移香斎めがけて、隼の如く、五本飛んで来た。
右手には、町娘がしがみついている。
かわしきれない。
「きゃあ~」
町娘の悲鳴が上がった。
弓矢は、五本とも、背中に突き刺さった。
そう、町娘の背中に。
そして、何故か、地に落ちた。
移香斎は、咄嗟に町娘を盾にしたのであった。
「ひえええ~!」
突然の惨劇に腰を抜かした破落戸どもは、
逃げ出した。
弓矢を射た五人の気配も、去っていた。
「 てめえ、それでも、侍か!
頭に刺さったら、どうするんだい。」
背中をさすりながら、町娘は獅子の如く吠えた。
「 鎖帷子を着こんでいるくノ一に、
言われたくないな。」
移香斎は、涼しげに答えた。
並みの剣術家なら、ハリネズミになっていたであろう。
恐ろしいほど見事な陽動作戦であった。
「 くそう~、見破られていたのか。
この月影姉さんを怒らせて、生き延びた奴はいねえ。
覚えていやがれ。」
月影と名乗る忍びは、捨て台詞を残して去って行った。
残りの五人は、どんな手で来るか。
移香斎は、ワクワクしながら、山道を急いだ。
確かに、太陽は登っているものの、空には月が見えていた。