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脱出 ~失われた記憶~  作者: 一津野
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01 脱出

 素晴らしい夢だった。それは確かに素晴らしい夢だった。

 それがどんな夢だったのか。僕はそれを覚えていない。しかしそれでも壮大な夢を見ていたように思う。

 僕はそんな夢を見ていたことを思いながら、目を覚ました。

 白い天井が目に飛び込む。ライトの光が反射して一瞬だけ目を閉じるが、再びゆっくりと目を開ける。すると天井のプラスチックが見え、それによって僕の違和感は呼び起こされる。

 ――ここはどこだ?

 僕は起き上がろうとして自分が不自由であることに気がついた。両手両足が何かで拘束されているのだ。

 それは鉄の拘束具で、手枷足枷と呼んで間違いない。僕はそれによって身動きが取れない状況にある。

 辺りを見渡すとそこは真っ白な部屋だ。手術室のようにも見える。しかし医者は一人もいない。僕はその手術台の上で横たわっているように思える。

 ――くそっ。外れろっ!

 僕はその拘束具に向けて無茶な注文を叩き付けた。もちろんそんなことをしても無駄だろうが、万が一と思って少し暴れると、カチャという音を立てて拘束具が外れる。同じように暴れると他の拘束具も外れていき、僕は急に自由の身となる。

 立ち上がって辺りを見渡すと、僕が寝ていたベッドの横に机が一つあり、他には出入り口と思わせるドアがあるだけだとわかる。机の上には百枚は超えるであろうレポート用紙の束と、一枚のレポート用紙がある。束の表紙には『超能力研究における考察』と書かれている。

 ――なんだこれ?

 僕は束になっていないレポート用紙にも目を通した。

 そこには一人の男の名前と超能力の簡単な概要が書かれていた。

 桂木優一。超能力は鍵開け。簡単な鍵ならば念じるだけで開けることができる。この力が成長すれば鍵以外のものにも影響を与えられるものと考えられる。現に彼は多少の兆しを見せ始めている。

 ――誰の名前だ?

 そう思うと急激に脳が痛んだ。僕の脳が何かの反応が起こしている。

 そうして僕は一つの事実に直面する。

「記憶が……ない」

 それは実にあっさりとした事実だった。記憶がないことが僕を焦らせることはなく、ただただ頭の中のどこを探っても記憶と呼べるものがなかったのだ。

 僕はあることに気が付き、ふと拘束具が気になり近寄って確かめた。

 鉄のような何かで作られていることは間違いない。しかし、僕が調べたいのはそういうことではなく、この拘束具が鍵によって開くものなのかどうかだ。

 拘束具を少し回転させるとすぐにその結果はわかった。拘束具の側面に鍵を差し込むであろう穴が開いている。

 この事実とレポート用紙に書かれていた内容を照合すれば、ある可能性が見えてくる。

 鍵のついた拘束具を開けたのが超能力によるものであると仮定すれば、桂木優一が僕だという可能性だ。それに机の上にわざわざ置いてあるのだ。別人のこととは思えない。おそらく間違いないはずだ。

 しかしここがどこかという肝心な謎の答えは出ない。状況としては僕が超能力を持っていて、それを研究する機関というのが妥当だろうか。だとすれば僕は囚われの身。逃げ出さなければいけないと状況が告げている。

 ドアは一つ。そこを通るしかない。鍵は――かかっていようがかかっていまいが関係ない。

 僕はドアに手をかけると、ドアはカチャと音を立てた。そしてスライドさせてドアを開けた。

 そこは廊下のようだ。天井に蛍光灯のような光があり、右手は行き止まりであることがわかる。左手はすぐそばでT字路のようになっていて、突き当たりの壁に地図のようなものが載っている。

 僕は辺りをよく確認しながらその地図に近づいた。誰かに見つかるというのはこの上なくまずいことだ。しかし、近くには人の気配はない。

 壁の地図からはここが建物の内部であることがわかる。現在位置を確認すると、僕がいる場所は地下一階のようで、左手にある階段を上れば一階に出られるようだ。一階に出てまっすぐ進み、とある箇所で右折をすれば出入り口にぶつかる。普通に考えればそこから出るべきだが、囚われの身である可能性を考えるとその選択は悪手だ。代わりに階段そばの非常口から外に出るほうが早い上に見つかりにくい。

 僕はその非常口の場所を念入りに確認して、階段を上った。

 階段を上りきって一階にたどりつくと、左手に進んですぐのところに非常口がある。

 少し見える限りでは外は暗いようだ。時間はわからないが、どちらにしろ逃げるなら今しかない。暗闇もどちらかと言えば僕に有利にはたらく。

 僕は慎重に辺りを窺いながらその場所に近づき、非常口のドアを開けた。

 すると突然建物の内部で警報が鳴り始めたのだ。

「侵入者あり。侵入者あり。係りの者は直ちに現場に向かってください」

 ――クソッ。僕のミスだ。

 可能性は確かにあった。これは大きな痛手だ。とにかく決断は迫られている。

 目の前には木々が生い茂っているのが見える。この道は暗いというだけで危険だ。できれば通りたくはない。かといって建物の周りを回って入り口のほうへ向かえばそれこそ意味がない。多少の危険は承知してでもここを抜け出す必要があるはずだ。他に逃げ出す経路はない。進む以外に道はないんだ。

 僕はその危険地帯へ進むことを覚悟して、森の中へ入って行った。

 欲を言えば僕が部屋からいなくなったことで初めて脱走に気づいてほしかった。それくらいの時間があれば悠々と逃げることができただろう。警報があるなんて――いや、よくよく考えれば当然のことだ。僕は悔やみながらも懸命に逃げた。

 不幸中の幸いは『侵入者』だとアナウンスが流れたことだろう。結果的に多少なりとも攪乱させているはずだ。しかしそれも時間の問題。僕があの部屋からいなくなったことなんて容易に気づくに違いない。だとすれば非常口の正面であるこの森に逃げ込んだのは間違いか――それでももう戻ることはできない。

「……っ」

 僕は何かを踏んだ痛みで足を見た。裸足だった。それもそのはずだ。よく思い出せばそんなことは当然の話だった。同時に服装も目に入った。とても見つかりやすいものを着ている。真っ白なシャツに真っ白なズボン。こんなわかりやすい服装では逃げたところでいつか捕まるだろう。おそらく僕の動きは相手と比べれば相当に遅い。ただ歩いているだけだからだ。相手に追いつかれるのも時間の問題であり、例えば人混みに紛れるためにはどこかで身支度を整える必要がある。幸いなことに僕には鍵を開ける力がある。心苦しいがある程度は許されてもいいはずだ。

 そう思いながらしばらく走ると開けた場所に出た。

 浜辺だった。

 最悪だ。せめて逆の方向に逃げていれば追いつめられることはなかったかもしれない。海より先に進むことはさすがにできない。

 僕は少し焦りつつ浜沿いを右へ進むことにした。右には小高い丘のようになっている場所が僅かに見える。そこから見下ろせばもう少しこの辺りについて何かがつかめるかもしれない。

 僕は息を切らしながら走ったり歩いたりしてその丘の頂上に到達した。僕は一度息を整えた。ひとまずの目標は今突き抜けてきた木々の向こう側だ。そこに何かが見えることを期待して僕は眺めた。

 そこには光が幾つも点在していた。おそらく家の灯りだろう。最悪の展開だけは免れたように思える。もし近くにあの施設しかなければ最悪だったが、これならばどうにかなるかもしれない。

 そしてもう一つのことにも気づく。丘を下った場所に一軒の家がある。光はうっすらと点いているように見える。

 あそこで服や靴を恵んでもらえるかもしれない。いざとなれば盗むということも――いやそうならないように努めよう。

 そう思って僕はその家を訪ねることにした。

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