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ご都合主義の裏側で~幸せのレシピ~

作者: あぷりこーぷ

薄ら汚れた路地の裏。生きる最低限の気力しか残されていない人のたまり場。

気まぐれから少年は目が濁った少女に声をかけた。

「お前、うちに来るか?」

言葉とともに少女の目の前で運命の糸が絡まり溶け合い広がった。





私の朝は早い。ただそれでも早すぎるなんてこともない。基本的に早く起きるのは朝一でお店が開くに合わせて街へ繰り出すためであり、すなわち買い物のため。つまりは早すぎると店が閉まっているということで。

「おばちゃん、おはようございます」

「相変わらずヤンちゃんの時は開店丁度に来るねえ」

とこうなるように起きるのが日課だ。だいたい屋敷で2番目に早起き。それが私の朝である。

このやり取りだって数えきれないくらいした仲でお互いに慣れたものだ。鼻歌を軽く歌いながら食材を選んでいく。前日の夜に運び込まれたであろう野菜の色を見たり、肉の傷みを気にしながら袋に入れていく。

「おや、今日はご機嫌だね。鼻歌なんて歌っちゃってさ」

「今日は料理人のジャックさんがお休みなんですよ。だから朝はセフィー姉さん、昼はイルル姉さん、夜は私がご飯を作ることになっているんです」

今日は久しぶりに屋敷の料理人が休みを取ったので住み込みのメイドの3人で料理を作ることにしたのだ。姉さんといっても実の姉ではないし、メイドとしての先輩というわけでもなかったりする。ご主人様が言うには『妹キャラ』?というものに萌えるそうなので姉さんにたちに協力してもらっているのだ。

「お得意の創作料理かい?」

「はい」

「そうかい。創作かい。お手柔らかに頼むねえ」

明日は領主様お休みかねえと小さくつぶやく肉屋のおばちゃん相手にぷくりと頬を膨らませる。

皆が私のことを料理下手だと思っているのは知っている。確かに味付けは少しばかり苦手だ。でも、それはご主人様のためを思って作っているだけというだけだ。実際にご主人様はうれし涙を流しながら食べてくれる。

「今回は事前に味見をしてもらいましたから。自信作です」

「……もしかして自警団の詰め所で振る舞ったかい?」

「どうしてお分かりで?」

どおりでうちのが……と額に手を当てながらつぶやくおばちゃんにもう一度軽めに頬を膨らませる。彼らも嬉し涙を流しながら食べていたのだ。疲れのせいかその後に眠ってしまったが。やはりおいしいご飯を食べると眠くなってしまうらしい。

「本当にお手柔らかに頼むねえ」

「……はい」

3度目についに肩を落としてうなずいた。

わかってはいたが信用がない。お金を払い、袋を腰に取りつける。

「では、また明日」

「はいよ、また明日ね」

八百屋のおばちゃんと挨拶を交わし館に戻る道につく。


街道沿いに歩いているその頃には街も起きだしている。

きらきら光る宝石のような朝日を浴びながら少しずつ活気を取り戻していく街は近隣の街から奇跡の再生を成し遂げたと結構有名だったりする。

そして、その奇跡の立役者は若くて優秀な領主様ということになっている。

それが少しだけ悔しい。

……だって、優秀で天才で好青年でイケメンできりっとしてて冷徹ででもところどころ優しくて道端の取るに足りない一人一人の感情を考えるくらい人間味があってついでにイケメンというところが抜けているのだ。

本当に領主様もといご主人様は天才だ。

若くして両親に先立たれた後もめげることなく『NAISEIだー』と叫びながら新しい技術を次々に思いつき領地を富ませている。数年前には人も少なくどこかさびれた風景の街が今では活気にあふれて……そのせいでいろいろ問題も起きているけれど……それもご主人様がいれば解決すると思わせてくれる。そんな魅力にあふれた人なのだ。

そんなご主人様の許に使えることができるなんて幸福の極み。

やはりご主人様は素晴らしい。







買い出しを終えれば家に戻り、寝坊助を起こす準備に取り掛かる。

朝が弱いイルル姉さんと朝は鍛錬に充てているセフィー姉さんはやりたがらない仕事だ。こんなご主人様の寝顔を堪能できる役得しかない仕事をやりたがらないとは。もっとも私にとってはライバルが増えなくて万歳なのだが。

「はーい、ご主人様。起きてください」

「むにゃむにゃ、もう食べられない」

寝返りをうって私に背中を向けている人がご主人様である。布団を頭にかぶりなおしながら耳をふさぐ様子は駄々っ子のように見える。もちろんそんな様子もかわいいのだが。

「その寝言は古いと教えてくれたのはご主人様ですよ」

「あと10分」

「そんな時間の単位はないですよ」

「じゃあ、あと1刻」

1刻程度なら問題ないかと一瞬思ってしまうがかぶりを振る。どうして早く起こしてくれなかったのと言われてしまうのだ。

「お着換えの用意もできてますよ」

「そこに置いといて」

「そんな器用な反応できるのでしたら起きてください。ご飯はもう出来ています」

「……ヤンが作ったの?」

眼だけを布団の外にのぞかせる様子は殻にこもったキガントタートスのよう。

ギガントタートスの討伐方法のセオリーは餌を食べるときに一気に決めてしまうこと。おびき出すために優しく声をかける。

「残念ながら私ではなくセフィー姉さんです。私は夜ですので楽しみにしておいてください。今日のために考え抜いたスペシャルなメニューです」

「そうか。タノシミニシテル。じゃあ、あと1刻したらもう一回来てくれ。その頃には起きているから」

目を開けているのにのそのそと未練たらしく起き上がらないご主人様に甘やかしたくなる心がむくりと起き上がるがそれを気合と根性とあふれんばかりの愛情で抑え込む。これもご主人様のため。苦渋の決断というやつだ。

「ご主人様はお疲れの様子。仕方がありません今日は久しぶりに私めがご着替えを」

するりとご主人様の服を持ちながら布団に潜り込む。背後を取り間髪入れずに背中から胸に手を伸ばしボタンを上から外す。

「わっちょやめろって」

残念ながら二つ目のボタンに手をかけたところでご主人様が抜け出してしまった。

最後までできずに残念無念……いえ、さすがご主人様はメイドの手すら煩わせないような勤労意識の塊。私ももっと見習わなければ。

「急に布団に潜り込んでくるなって言ってるだろ!?」

「昔は一緒に寝た仲だというのにヤンは悲しいです」

「何歳の時の話だああ!!」

ご主人様が慌てる様子も様になっていて素敵だ。ちなみに件の出来事は6歳の時の話である。






ご主人様の朝は遅い。

私が起こしに行くまで寝台から起きてくることもないからというのが最も大きな理由である。

もっともそれでも問題が起きるような時間まで寝ていることはないのだからちゃんとしたものだ。さすがご主人様。

そんなご主人様の1日の日課は朝ご飯をメイドと一緒にとることから始まる

「朝から肉とはさすがに重いのじゃ」

のろのろと寝ぼけ眼で席についてエルフ訛りのある言葉を話しているのはイルル姉さん。屋敷の中では一番の新参者だが一番年上。頭脳明晰でご主人様の斬新なアイディアを実現する陰の立役者。エルフ系にあるまじき乳の大きさはご主人様曰くけしからんと。

その体形も出生というか種族にかかわるのであまり親の仇のように見るのはやめておけと言われているので親の仇のように見るのはやめておく。

これもご主人様の言いつけを守るため仕方がないこと。

まったく、なぜ栄養は体の隅々ではなく届ける場所に偏りがあるのか、それが人ごとに違うのか天におわす方々に問い詰めたい。

「肉は体を作る素でござる。本来は鍛錬のあとで食すのが一番でござるが」

皿を並べながらこの騎士言葉まるだしで話しているのが竜人のセフィー姉さん。ご主人様曰くプロテイン信者。プロテインって何だろうと思うが筋肉がつくものらしい。確かに鍛えられているセフィー姉さんの体は出るところは出ているくせして引っ込むべきところは引っ込んでいてうらやましい。少しだけだが。もちろんほんの少しだけだが。

「竜人は肉しか食わんから馬鹿になるのじゃ。もう少し野菜も食わぬか」

「エルフは野菜鹿食べないから軟弱なのでござるよ」

やはり栄養が体に巡る順番が違うのだろうか。そんなことはないはずなのだが。同族の獣人たちの平均はボンキュッボンなナイスバデーだったりするし。

とりあえず、これは責任問題ではなかろうか。

「脳筋」

「もやし」

体の一部の差異にすこし物悲しい気持ちになりながらもだんだんと低俗になっていくBGMを断ち切るべくため息をつき口を開いて

「あるものを食べられるだけで十分幸せですよ。ね?ご主人様?」

とご主人様のほうをうかがう。なんだかんだと文句を言いながらも二人はご主人様の言葉はよく聞くのだ。これもご主人様の人徳である。

「ああ、そうだな。食べることが出来るものってだけで十分すぎるよ。文句を言ってはいけないよイルル」

「若が言うなら」

と叱られてうれしいのかかすかに顔を赤らめるエルフという種の血に反逆したハーフエルフ。

「作ってくれてありがとうなセフィー」

「マスターの御心のままにでござる」

毅然と顔を作りながらも口元がにやける筋肉を信奉しすぎてしまった竜人。

そんな2人を種族単位の問題児すら包み込むほどの包容力を持つ偉大で素敵なご主人様が調停することでようやく食事の用意が整う。

「「いただきます」」

そうしてご主人様曰く感謝をささげる挨拶をささげて朝食は始まった。





メイドの仕事は意外と暇である。

……正確には私の仕事は意外と暇である。

ベットを整え、服を洗い、屋敷を軽くふく。

屋敷といっても質素を主とするご主人様の判断でそんなに大きくないのだ。すぐに終わる。

いつもならここでセフィー姉さんとご主人様の鍛錬でも眺めに行くところだが、今日はもう一つやっておくことがある。

料理場から包丁を二本抜いて腰に指す。もちろんあぶないので鞘に入れて。

「イルル姉さん、入ってもいいですか?」

「ヤンかの。勝手に入ればよいぞ」

いたる場所に人形や魔術用の材料が散らかった部屋。メイドたるもの自分の部屋ぐらい整理や掃除をするべきなのだと思うのだがイルル姉さんの仕事は家事でないのだから問題はない。

セフィー姉さんがご主人様に訓練を施すようにイルル姉さんはご主人様の思い付きを形にする仕事をしているのだ。

何しろ人形趣味のイルル姉さんはこれでも魔術師のなかでも世界最高の称号大魔導士≪アークマギ≫を持つ一人なのだから世の中わからないものだ。本人は人形好きが高じた結果と言っていたが。

「夜に使いたいので包丁にエンチャントお願いできますか?」

「めんどくさいのう。やらなきゃ……ダメか?」

いつもは眠そうに細められた目を開き斜め下からのぞき込むように見上げる。両手を組む過程の動きによって絹のような銀髪が肩をなで、はだけた服からは両手によって押された胸の谷間がのぞく。異性には効果的な方法だろう。

つまるところだ。同性の私にはイラッとしか感じない。

「ふむ若が言うとおりにしたのじゃが効き目がないようじゃの」

「ご主人様にはあとでやんわりと意見をするとしましょう。重要なことですのでお願いします」

「いつものでよいのか?」

「はい、いつものでお願いします」

渡された包丁を無造作に鞘から抜きじっくりと眺めた後に、イルル姉さんは部屋を漁って杖を2本探し出して並べた。その後もよくわからないウロコや爪を包丁の周りに乱雑に並べ始める。

「ところで若はこのことを知っているのかの?」

そして、並べながら何でもないことのように口を開いた。

「いいえ、知りませんよ」

「やっぱり言ったほうがいいと思うのじゃが」

「……イルル姉さんの人形趣味をご主人様にばらしてよいのでしたら」

一瞬だけ考えてそうそうにさっくり切り札を切る。

「まだ……その……若にカミングアウトするにはまだ早いと思うのじゃあ」

作業を止めて振り向き人差し指つんつんとつつきながら顔を赤らめるイルル姉さん。異性ならともかくやはり私は同性である。端的に言うと胸やけがする。

「つまりはそういうことですよ。イルル姉さんの趣味をご主人様に隠すことに協力しているのですから、私にも協力してください」

そういうことかのうとつぶやきながらもイルル姉さんは手を動かし始めた。何やかんやとめんどくさいと言いながらも仕事だけはきっちりする人だ。それこそ話しながらでも。そしていくら本来の得意な魔法と違うといっても大魔導士≪アークマギ≫の称号を持っているイルル姉さんにとってはこの程度のこと文字通り片手間なことである。

魔法の素養がない私にも空中にテンポよく絵柄が浮かんでは包丁に映しこまれていく様子が異常ということぐらいは分かっているのだ。

まあそのぐらいできないと偉大なるご主人様の魔術の講師を務められないのだからご主人様の偉大さがわかるものだ。さすがご主人様。

「ほうれ、完成じゃ」

イルル姉さんから差し出されたうすく淡い紫色の燐光を放つ包丁を受け取る。

「どうもありがとうございます。夜を楽しみにしてください」

「……ほんとめんどくさいのう」

どこか肩を落とすイルル姉さんを背に部屋を出た。




ご主人様が午前中の鍛錬の汗を流し終えたころ昼食である。

本日の昼食はテーブルの中央にある丸ごと一斤のパンに様々な野菜が盛り付けられたサラダ……だけだ。残念ながら本当にそれだけだ。

イルル姉さんがめんどくさがったのはわかるがさすがにめんどくさがりすぎであろう。手間で言うと半刻もかからなかったのではなかろうか。

本人もつまみ食いだけで十分だと言って昼寝に入ったので文句も言えない。

まあ、実際のところご主人様が発明したマヨネーズをサラダにかけてから切ったパンで挟み込んでかぶりつくのはシンプルであるが別にまずくはないのだ。好意的に言えば素材の味を生かした料理である。もう少し素材の種類は増やしてほしかったが。

それにこのマヨネーズ、そのものだけでは何か一味足りないような気もする。いや、別にご主人様の発明品にケチをつけるわけではないのだ。だが、そうまるで……ご主人様に寄り添う私のような、完全で欠落のない存在をもう一段高みに導くような何か。

例えば濃い色合いの甘みと酸味の感じられる調味料か何かが。

「やはり足りないのはブルーベリージャムでしょうか……」

「何を考えているかわからないがそれはやめたほうがいいと思う」

ご主人様に止められた。きっと深い考えがあるはずなので革新的な料理の一つをあきらめるとする。行けると思うんだけどな。

「そういえばでござるが」

マヨネーズを塗りたくったパンをというよりはマヨネーズのついでにパンを食べながらセフィー姉さんが口を開く。

「先ほど自警団の見回り部隊が全滅したとさっき報告を受けたでござるが」

「え、なんでその報告俺のところに来ないの!?理由は!?」

突っ込みしながらも聞くべきところをきっちり聞くご主人様素敵です。

「昨日の夕食を食べてから団員が全員体調不良みたいでござる。報告に来た団長さんも眠そうにしていたでござるよ」

しばらく真剣な顔で何か考えた後に徐にご主人様が右手を額に当てた。

「……なあ、ヤン」

「何でございましょうか?」

「もしかして自警団で料理作った?」

「どうしてお分かりになったのですか?」

ご主人様は読心魔術が出来たのか。さすがだ。

「一応聞くけど今夜予定した献立とは違うものをふるまったんだよな?」

「はい、今夜のものは昨日の試作品をさらに調整を施したスペシャルなものの予定です」

「……タノシミニシテル」

照れ隠しにご主人様はパンにガブリと噛みついた。

「拙者は今夜腹痛の予定でござるよ。さて、マスター?今夜外出許可をいただけるでござるか?」

「一人でどうにかなるのか?最近物騒だろ?」

「セラフィー姉さんなら大丈夫だと思いますよご主人様。竜人最強の勇者に敵う人なんてこのあたりにはほとんどいません。しいていうなら、感知の範囲外から多人数に不意打ちされたら問題ですけれど」

ご主人様を見ていた目線を一瞬だけパンに落として、そして横目でセフィー姉さんに目配せをする。

「確かにそうでござるなあ。まっ、もやしでも担いでいくでござるよ。魔法で索敵させれば問題ないでござろう。いざとなったら屋敷まで逃げるでござるし、その時になってから応援呼んでも遅くはないでござらんか」

「やっぱり心配だな。やっぱり俺も行こうか」

「マスターのお手を煩わせるまでもないでござるよ。拙者一人で十分でござる。それともマスターは拙者のことを信用してないでござるか?」

いつも姿勢よく張っていた背と肩を落としてまるで体が一回り小さくなったかのようにみえる。エンシェントドラゴンのような覇気が掻き消えてまるで子猫のような印象すら受けるのだ。

そんな傷ついた様子を見せたらお優しいご主人様は……

「いっいや、信用してる!!すっごくしてる!!」

ほら、やっぱり。そして、ご主人様のその様子を確認したセフィー姉さんは先ほどの態度がうそのかのように姿勢を戻してそしてパンをがぶりと一口噛んでから口を開いた。

「じゃ、大丈夫でござるな」

この脳筋のくせに演技派な姉さんめ。それにしてもご主人様は甘すぎる。あとで釘差しに行こうかな。

「ああ、そういえば忘れていたでござるがヤンはしばらく自警団の厨房に出入り禁止と団長殿が言っていたでござるな」

「……はい」






メイドの最も重要な仕事はというと来客のもてなしである。

人を見るなら靴を見よという格言があるけれど、家を見るならメイドを見るものなのだ。

ご主人様が来客を迎えるのは午後からなので私の最も重要な仕事も午後からだ。

もちろん午後というのは緊急でない限り午後ということであって重要な事案は朝一だろうがいつであろうが報告されることになっている。

……おかしいな、なんで自警団が全員体調不良で休む報告が昼前に来るんだろう。

その報告は朝一に来ると思っていたのだが。まあ、セフィー姉さんが今夜代わりに巡回してくれるのだから問題はないだろう。

あの人は敬愛するご主人様の師であり、竜人の里では勇者、飛び出したあとはお隣の帝国で指南役をやっていたほどに剣がうまい。

恵まれた竜人の力から繰り出される絶妙な大剣の技は誇張なく一騎当千と言っても信じられる技だ。

……問題ないならいいか。

それはさておいて、メイドは屋敷の顔である。お客様には最高のもてなしをしなければならない。それはどんなに嫌味なお客様でも……なのである。

「いらっしゃいませ、エインドス様。ご主人様が執務室でお待ちです」

「自ら出迎えないとはあの小僧も偉くなったものだな」

ご主人様は忙しいのだ。それがわからないのかこのハゲデブイボガエルのクソおやじ……とはもちろん口にも表情にも出さずに無言で先導をする。

「護衛の方は執務室の外でお持ちいただいてもよろしいですか?」

「二人とも立っていろ」

護衛は二人。顔に大きな傷がある男性はしばらく前からエインドスの護衛に入った方、深くフードを被った小柄な……子供は今日初めて見る方だ。扉を封鎖せずに、声がかかればいつでも飛び出せるように立つふるまいを見るになかなかに優秀な方々だ。目を伏せてセフィー姉さんとイルル姉さんがちゃんと中にいることを確認してばれないようほっと息をつき、扉を閉めた。

セフィー姉さんのように護衛として戦力にならず、イルル姉さんのように書記や契約魔法に詳しくない私は過不足なくもてなすことこそが仕事なのだ。

お茶を入れるのは≪・≫得意なんだなとご主人に褒められた腕前を披露するときである。



「ここ最近出没している夜盗が帝国の息が掛かっておるやつだって噂もあるじゃないか!!これは領主の責任問題じゃないのかね!?」

相も変わらずイボガエルがゲコゲコ言っているがそんなイボガエルもお客様である以上丁重なおもてなしを受ける権利がある。雑巾のしぼり汁なんて全く入ってない紅茶を机の上に置くと無言でフードの子供にイボガエルの手から渡された。

私の茶が飲めないのか……というわけではない。毒味だ。こういうところからも人を信用しないところが見える。

子供が一口飲んでからうなずくとハゲデブ親父はようやく口をつけてその汚い口を開いた。

「領主様とやらの弁明はないのかね!?」

口を開くとこれである。本当にお茶に何か混ぜてやればよかった。

「帝国兵の証言は取れてないので公式には抗議ができないんですよ。国のほうもあまり帝国を刺激したくなくてですね。自警団の見回りを増やして対抗しようかと思ってます」

でも、ご主人様はそんな罵声にも穏やかに返している。さすがご主人様お優しい。

「今晩はどうするのかね?今晩自警団は病欠多数で活動しないんだろう?困るじゃないか」

「セフィーを送ります。今までの規模からしてそんなに多くないですから十分かと。それともセフィーじゃ不足ですか?」

ご主人様の声にセフィー姉さんは一つお辞儀をする。セフィー姉さんの強さは町中に知られている。ハゲデブ親父はふんと鼻を鳴らした。

「……ならいいんだ。だが、それも根本的解決じゃない。くれぐれもちゃんと対策してくれたまえ」

このイボガエル黒いうわさも絶えないが言っていることは正しいのだ。言っていることだけは。

「さて、帰るとする。わしだって忙しいからな」

そう言い捨てておいてイボガエルはおもむろに立ち上がった。

続けて護衛の二人が続く。私はあわてて、でもその感情が顔に現れないようにさりげなく3人の前に出ると門まで先導した。

「またのお越しを」

しなくていいですとは当然つけない。顔に感情を出さないことができれば心の中でどう思ってようと読心魔法使われない限り人が何を考えるのは自由なのだ。

「はあ、つかれた」

聞こえてきたご主人様の本当に精根尽きかけた声であのハゲデブイボガエル親父は絶対に許さないとあらためて決心した。



そして、夜が更け私は……夕食?

夕食についての説明は一言で終わる。

私の作った夕食をご主人様だけがうれし涙を流しながらすべてを食べた後、すぐにお眠りになった。

ただそれだけだ。


洗い終わった皿を棚に立てかけながら厨房を出る。

いつもならばここで仕事は終わり。明日に備えて寝るだけ。でも、今日だけはもう一つやらなければならないことがある。

扉を閉め壁に背を預けて虚空を見あげる。









そして私の瞳はどろりと濁りもう一つの世界が目の前に広がった。









昔から運命というものが見えた。人の関わりは糸の絡まりとして、生死は糸の枝分かれとして。

それは焦点をこの世界から外せば外すほどに意味をなさず、すなわち未来は確定されていない、もしくは人に理解できるようになっていないことだけが分かる。

だから見るべきは薄皮一枚分だけ向こうの世界。

『糸』をたどる。玄関から一本、ご主人様の部屋から一本。ご主人様の部屋から延びる一本は問題がないだろう。細さや絡まりから類推する『確率』からするとほぼ確実といったところ。問題は少ない。

玄関からの1本は少々まずい。半々だろう。そう認識してゆっくりと玄関に向かうと決める。

メイド服を着替えることもせずに一度厨房によって昼に準備した包丁を握りしめる。

イルル姉さんにエンチャントしてもらったものだ。

邪毒、即効性が低いが解除がしにくい状態異常が付与されたそれを握って玄関に向かう。

『予想』通りに通路の中央に立っていくらも時間がしないうちに扉が音もなく開いた。

現れたのは昼にも見た顔に傷のある男。

今思えば昼のあれは間取りを確認する意味もあったのだと。

まったく、あの時に気が付かなかったのは不覚だ。『能力』だけに頼らずに『能力』以外のことを学ばなければご主人様の役には立てない。

もっともそれもこれを乗り切らなければならないのだが。

「いらっしゃいませ。夜分遅くに当家に何か御用でしょうか?」

焦点を半分だけ向こうにずらしたまま一礼をする。メイドは家の顔であることは何も昼の話だけではない。

ご主人様曰く『MEIDO』は不意のお客様にも満足できるように十分なおもてなしをするものなのだから。

「夜分遅くにすみませんがね。ちいと昼間に忘れ物をしましてねえ。だまってそこを通しちゃくれませんかね?」

言われてほんの少しだけ焦点をもどして見てみれば輪郭がその分はっきりする。昼にも見た顔に傷がある男、たしかハゲの護衛の男のほう名前は……聞いていなかった。

「残念ながら当家のメイドは客を放ってもてなさないような教育を受けていませんので。夜も遅いですしもうお帰りになられてはいかがでしょうか。忘れ物は明日こちらからお届けに上がりますよ?」

「そいつはおいらも残念至極。せめてもてなしとやらを受けるとしようかい」

君が死ぬ前に。男は声を出さずに口を動かすだけで伝えてくる。

「足りない技量は道具で補うような未熟者ですがどうぞ精一杯のもてなしをお受けくださいませ」

焦点をさらに絞りながら邪毒のエンチャントがかかった包丁を一度掲げて相手に示してから構える。

相手も禍々しい黒い光で何のエンチャントがかかっているか分かっただろう。

しかし、男は何でもないかのように背中に背負った刀を抜いて重心を左右に幾度か揺らす。その移動に合わせて微妙に包丁の向きを変える。

幾度の重心の往復の後に男は踏み込むと、そして私の間合いの直前で大きく後ろに飛び退った。

……想定通りに気が付かれたか。

「どうしたのですか?」

「いんやあ、お嬢さんの腕がおいら以上だったのかおいらの腕が鈍ったのか。相打ちを狙う程度じゃひっくり返らない差たあ思ってたんですがね。読みの鋭さで対抗されるとは面白いものを見させてもらいやしたなあ」

そりゃ重心ではなく相手が死ぬ運命に合わせているのだから読みあいも何もない。ただ、自分の運命を気にする余裕がなくて相打ち以上にはならないのだからやはり昼にも思ったようにこの人はとても強いのだ。だから正直のところかなりきつい。

「お気に召したのなら幸いです。お客様一人も満足させずに追い返したとなれば当家の沽券にかかわりますゆえ」

だが、それでも私は表情を崩すことはない。内心を隠すのは得意だ。

「いやはや困った困った。『狂剣』がいない今なら敵は『人形姫』だけと思ってみればとんだ隠し玉があるじゃねえか。こりゃ追加手当をもらわなけりゃ割に合わねえな」

やれやれと首を振る男と会話を続けながらもさりげなく重心を移し、合わせる。油断も隙もありはしない。もっともこう来ることは『見えて』はいたのだが。

「そんなにお急ぎにならず、ごゆっくりお寛ぎください」

こうして私は膠着状態によって敵を一人封じ込めた。


どのぐらい時間が過ぎただろうか。おもむろに男はびくりと身を震わせた。

「時間切れか」

剣を鞘に戻して頭をかく男を見ても気は抜かないし動かない。未だに死の運命は私に絡みついたままで、気を抜いた瞬間に私が死ぬところが『見えた』。

ただ「そのようですね」と答える。

「あーくそ、口封じもできなかったとなりゃどやされんなあ」

「陽動だったのですから問題はなかったのではないでしょうか?」

気が付かれるまでがお仕事でしょう……と声を出さず口の動きだけで伝える。意趣返しだ。

「分かっていて出てくるとは人形姫は後衛かねえ。ああ、やだやだ。俺もなめられたもんだ」

「この配置が一番だと判断しました」

「封じられた身としちゃなんも言えねえな」

男は剣を大きく一度振ってから背を向けた。ここで駆け出すわけにもいかない。隙だらけのように見えるだけでその実私がどう動いても対応できるように『見える』。

だから「またのお越しを」とだけ言っておいた。

そういうと本当にくるぜ?とおどけたように言って男が扉から出ていき闇に紛れる。

その様子を見届けて……私は受け身も取らずに床に倒れこんだ。

目を細めて天井を見やる。床に汗を染み込ませながら荒い息で胸を上下させる。全身から力が抜けて立つこともできない。

『確率』は悪くはなかった。細いながらも『糸』は繋がっていた。

だが、それでも死ぬ可能性はあった。彼が相打ち覚悟で踏み込むか、そもそもとしてブラフと判断されて機能しなかったか、相手が自らの力を過信するか。そのどの道筋でもそうなれば目的を達成しても私の命が失われることになっただろう。

私が死ぬことは大した問題ではない。ただ、今ここで私が死ぬとご主人様はほぼ確実に5年以内に死ぬ。

理由はある程度の見当しかつかない。

私に見えるのはただ運命の太さと絡まり。原因は推測しかできない。

だから、私は生きなければならない。ご主人様の死因を判別し、排除し、都合のいい世界を作り上げる。

それこそが私が自らに科した使命。

ご主人様を、悪意のある未来を都合のいい未来まで導き続ける。

それさえできれば彼の隣に立っているのは別に私でなくても構わない。




「おや、こちらも修羅場でござったか」

「ああ、セラフィー姉さん。おかえりなさいませ。先ほど無礼な客が訪ねてきましたが丁重にお帰り願えました」

「ん、なかなかの残り香でござるな。こちらと死合いしたかったでござるよ」

鼻を空中に向けて2,3度すんすんと鳴らしてからセラフィー姉さんが肩を落とした。

「そちらは雑魚ばかりでしたか。残念でしたね」

「分かっていて送り出したくせによく言うでござるなあ」

その通りではある。だがそれも『狂剣』の二つ名を持つセラフィー姉さんだから出る感想で、自警団の巡邏がかち合うとどうしようもない相手。腐っても向こうは正規兵なのだ。

そう、セフィー姉さんの二つ名は『狂剣』。弟子を育て上げそしてある程度強くなったら自らと死合いさせて殺す剣狂い。ご主人様に仕えているのだってご主人様の剣の素質が自らに届くと思っているからだろう。なお、5年以内にご主人様の命を脅かす候補その1。

そんな帝国で剣の指南役をしていた時に弟子全員を切り殺した悪名とどろく剣狂いに襲われた帝国正規兵は恐怖だったであろう。

もちろん、ご主人様に逆らうような人……いやゴミクズに同情などの感情はないのだが。

もし、私が何もしなかったらちょうどかち合うはずだった自警団の運が悪い人は口封じに死んでいた。|ご主人様の≪・・・・≫自警団の団員がである。もっともその『死相』が見えた相手の巡邏ルートから居場所を割り出せたのだ。その弱さに文句は言うまい。

無駄死にしろとも巡邏をやめろとも言えないので私の料理で全員ダウンしてもらった。あれはご主人様に食べさせた深く短い眠りを誘発するものではなく浅く長く眠りが誘発される特別性なのだ。……私だっていつもの料理はまずいだけで殺人的な威力まではない。たぶん。

大きく肺まで吸って息を整える。セフィー姉さんが差し出した手を引っ張ってのろのろ立ち上がった。

「イルル姉さんは?」

「あのはげの屋敷を通りかかった時にはもう気配はせなんだからもう部屋で寝ているでござろうな」

「……仕事はきっちりする人だからきっとやることはやったのでしょう」

ええ、もう戻ったとなれば玄関のにらみ合いに気が付かなかったとは思えない。つまり、めんどくさがって無視しやがったということ。明日クッキーを差し入れに行こう。そのクッキーは不幸にも塩と砂糖が間違って入れられる運命が見えるね。確実に。

「こんなはげはコレクションに要らないと言いながらきっちり最後まで仕事をする姿が見えるでござるな。あれはあれで義理堅いでござるからな」

「さすがに処分するのはもったいなすぎますよ。あれにはこれからも内憂をまとめてもらわなければならないのですから」

ピンチはチャンスでチャンスはピンチ。エインドスが消極的に敵対していることは分かっていたしそろそろ運命のうねりが起きることも分かっていた。だが、帝国の手引きしている人が彼だと特定した頃には相手も守りを固めていた。あの傷の男はイルル姉さんじゃどうしようもない、相性が悪いのだ。そして、排除するにしてもセフィー姉さんは派手であり確実にばれてしまうだからこそ相手が攻めに転じる瞬間を待たざるを得なかった。

ともかく、これではげ親父もイルル姉さんの人形の一体だ。それも人形にされた本人すら自分が人形だと気が付かないぐらいに精巧な。禁忌の域にまで到達した精神操作魔法と固定魔法が専門な大魔導士『人形姫』。ハーフとはいえどエルフの森から王族が追い出されるほどの問題を起こした化物。気に入った物や者を永遠に保存するために人形にしたがる人形偏愛者≪ピグマリオンコンプレックス≫。そして5年以内にご主人様の命を脅かす候補その2。

そんな技術のある狂人が邪魔もなしに仕事を行えば万に一つも問題がない。

彼は自らが人形と化しているなんて気が付けないだろうから今までと同じようにご主人様の足を引っ張ろうと行動するだろうがその情報はすべてこちらに筒抜けになる。なまじ有力者であるため帝国も一度の失敗程度で彼との縁を切ろうとはしないはずだろう。

つまりはこれから帝国が彼を見限るまでは致命的な策略を防ぎやすくなるということでもある。

「見えていた中では最上の結果ですね」

ぐうっと一つ伸びをする。今晩の結果でしばらくは大丈夫だろう。あまり過信はできないが情報源も増えたことだし状況は間違いなく好転している。

そんな気の抜けた私を見てセフィー姉さんは首を傾げた。

「それで、もう一つの気配は無視してもいいのでござるか?」

「あれなら問題はないですよ。明日の朝の楽しみに取っておきましょう」

セフィー姉さんの問いにおざなりに答えてあくびをかみ殺す。

寝よう。私の朝は早いのだ。




運命が見える。便利で優秀な力だ。だが、それは絶望でもある。未来というのは見えないからこそ希望たり得るのだ。

昔の昔のそのまた昔、一人の少女は齢5つにして自らの運命を悟る。

どう生きるとしても自分は6つの年を数えることはできないと。

だから今その少女は自らの運命を打ち砕いた少年に仕えている。

運命の糸が絡まり溶け合い広がったあの瞬間を心にとどめながら。

この物語はただその一幕。




私の朝は早い。

買い物をこなしてご主人様を起こすために部屋に入ったところ珍しくご主人様はもう起きていた。

私が部屋に入ると慌てて何かに布団をかぶせようとする。ふむ。

「えーと、これは何と言いますかーそのー」

ご主人様の布団に白髪の女の子が潜り込んでいるという│予想通り≪・・・・≫の光景。

女の子であるところは『予想』ではなく予想というところだ。昨日の昼間に潜り込んでいたフードの護衛が昨夜ご主人様の部屋に潜り込んでそれをご主人様が仲間にするまでは『予想』。それを踏まえて考えても女の子であるところは確率的に半分であり、それがこんな美少女であるならばそれはもう奇跡的な話だ。何しろ美しければそれ用の施設に送られる。容姿から言って、ただの暗殺者の来歴ではなく訳アリと言っているようなものだ。

だが、なぜだろう。私を含めてこの屋敷で働く癖しかない女性を見ているとこのことが必然のような気がしてくるのは。

……私が必然なんて言葉を使うなんて冗談にもならないか。

「ふう……」

私のため息にびくりとご主人様は肩を震わせた。いや、怒ってはいないのだ。わかっていたことだし、何より誘導したことでもある。ご主人様ならきっと昨夜に見たあの細い糸をからめとってしまわれるのだろうと。

「メイドの教育を施す方向でいいですね?」

「あっああ、頼むよ」

これで駒が一つ増えたと考えたほうがいいだろう。さて、君の特性はなんだろう。

白い少女に向けた目が一瞬濁りそうになる。いや、濁ったのかもしれない。怯えるだけだった少女がかすかに殺気を漂わせている。

……勘がいいうまく手綱をとれば中々優秀な駒になりそうだ。

ほっとしたまま何も気が付いていないご主人様を回り込むように元暗殺者の少女の目をのぞき込む。まずは性能把握からだ。その次にリスクを考える。それが終わったらおおまかな使い道。それも終わったら直近における具体的な活用法。余裕があれば切り捨てるタイミングまで。

「ねえ、あなたのお名前はなんて言うの?」

さあ、考えよう。都合のいい世界が破たんするまで。

私が死ぬまで。可能ならば死んだ後でさえ。私は選ぶべき可能性を考え続けるのだ。


マヨネーズサラダサンドはレンジで少しあぶって塩コショウ降ると意外とおいしいです。

でも、普通に作ったほうがもっとおいしいと思います。

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