最後の仕事
「そいつさ、私の気持ち知っていながら影で私を笑ってたんだよ。いかにも友達だよってツラしてさ。これ以上の侮辱ってあるかな?」
…間違いなく私の事だ。宮里亜美はその言葉を聞いて確信した。しかし、ここで取り乱してはいけない。何故ならここは学生相談室、彩の心の闇を取り除いてあげなければならない。
「…もし、そう思ってるなら他にいい方法とかある?」
基本に忠実に、亜美は教わった言葉を言ったつもりだった。相手の言葉を否定しない、教えの一つである。ただ、その言葉は彩の心を逆撫でするだけであった。
「何?あなた学生相談員なんでしょ?私の悩みを解決してくれる立場なんでしょ?だったらあなたがどうしたらいいか考えてよ。」
確かに彩の言うと事もわかる。亜美はどうしたらいいのかわからない。ただでさえ初めての相談者、しかも相手は私に恨みを持つ友達
なのだ。経験豊富なあのカウンセラーの先生だったらそれなりの対応が出来たのかもしれない。色々な感情が入り混じる混沌とした中で、出来る限りの言葉を考えた。
「…もし私がこの部屋とは別の場所にいるのなら、彩に全身全霊を込めて謝るよ。でも、この学生相談室にいる限り、私は相談を聞く事しか出来ないの。わかって…」
しばらくの沈黙が続いた後、彩は静かに立ち上がり、おもむろに近くにあった花瓶を手に取った。その瞬間、亜美の身体を殺意が通った様に感じた。
「まあ、ここに来た目的は一つだけだから。最初から相談なんてする予定じゃなかったしね。」
そう言うと彩は持っていた花瓶を亜美目掛けて振り下ろした。
…鈍い音がした後、目の前が血の海と化しているのに気がつくまで、そう時間はかからなかった。意識が遠のいていく中亜美が見たものは、無言で部屋を出て行く彩の姿だった。
どれだけの時間が経ったのかわからないが、亜美が意識を取り戻したのは病院のベッドの上だった。目の前には両親、そして担当医らしき人がいた。目がかすれてよく見えないが、ホッとしている様子はうかがえた。どうやら命は取り留めたらしい。
(何も出来なかった…彩に謝る事も、相談員として救ってあげる事も…)
亜美は静かに泣いた。
「亜美、あなたが倒れている所をカウンセラーの先生が運んだのよ。後でお礼言っておきなさい。」
また違う形で先生に救われた。涙が止まらない。
「…でも、いきなりこんな事言うのもなんだけど、あなた誰かに殴られたみたいだって…一体誰がやったの?」
亜美は再び意識が遠のいていく中、
「わからない、何も…」
そうつぶやいて眠りについた。
相談員ですから。
最後まで読んでくれた方、ありがとうございました。
心より感謝致します。