白兎坂の幽霊
毎日おんなじような夢を見る。
その夢の中では雪が降っていて
見覚えのある坂を白く白く染めている。
その坂の中央には黒い髪の、氷色の着物を着た美しい女が
俺に何か言おうとしている。
涙を流す黒い目が俺を見る。
「 」
何を言っているのかは分からなんだが、俺はその女がどうしようもなく可愛く思えて、両腕を伸ばす...
なんてところで夢はさめる。
夢に出てくる風景は、見覚えがある気がするだけで俺の全く知らない風景だ。
黒髪の女も知らん。いつからその夢を見だしたかも覚えていない。
決して悪夢ではないし、むしろ美しい夢なのだろうけど
少しばかり気味が悪い。
「何だお前そんなことで悩んでいたのか」
このことを友人に相談したところ羨ましいなと呆れられてしまった
「白銀の世界に黒髪の美女。そんな夢毎日見ても飽きないね」
「真面目に取り合ってくれよ、こっちは真剣なんだぜ」
「おやおや、色男さんは夢の美女じゃ足りないかい」
友人はやれやれと言った顔で俺を見ていたが
ふと何かを思い出したように言った。
「そういえば俺の実家の近くに白兎坂という坂があるんだがな」
「白兎坂?」
何故か俺は、その名前を知っているような気がした。
「ああ。冬になると雪化粧が綺麗でなぁ結構有名な観光地らしいんだが...黒い髪の女幽霊が出るらしい」
「女の幽霊?」
「いつからだったかは忘れたが、観光客が見たっていう話が結構
あるんだ。なんでも季節を構わず辺が雪景色になって、綺麗だなぁって見ていると急に黒髪の女が出てきて何か言いながら泣いていたらしい」
友人の話を聞くとそれは、ほとんどあの夢と同じだった。
俺の夢となんの接点があるかはわからないが、行かなくてはならないという感情がふつふつと俺の胸に湧き上がってきた。
そして俺は友人に頼み込み、無理を言って白兎坂に連れて行ってもらえることになった。
そして行きの電車の中で友人はこんなことを言った。
「そういえばお前、俺の家にきたことあるよな」
「ああ、だいぶ昔の話だけどなぁ」
「おかしいなぁ、俺はお前に白兎坂を教えたきがするんだがなぁ」
俺は友人の話を聞いて初めて白兎坂を知ったはずなのだが、友人は何度も何度も、お前に教えたことなかったかなぁと言っていた。
白兎坂は友人の家のすぐそばにあった。
しばらく休んで行け、と友人に言われたが、俺は待ちきれずに
一人で白兎坂に足を運んだ。
不思議と、道を間違うことはなかった。
白兎坂は雪化粧こそしていなかったものの、夢で見たあのさかと
よく似ていた。
それにしてもよく似ているなぁ、と坂を上っていくと
だんだん寒くなってきて、息が白くなってきた。
雨でも降り始めたのだろうか?でもそれにしては寒すぎる。
ふと足を止めて上を見上げてみると、ちらちらと白いものが舞っている。
雪だ。
辺りを見回すと、坂は真っ白い雪化粧を施している。
これだ、これこそが夢で見た風景だ。
女、女はどこだろう。
背中にゾクリとしたものを感じて後ろを振り向く。
黒い髪の氷色の着物の女が、大きな目で俺を見ている。
小さな赤い唇が言葉を紡ぐ。
「あな、た」
そうか、そうだった。思い出した。
この女は、俺がここで殺した女だ。