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第八話 唯唯諾諾

(いいだくだく):人の意見に対して、なんでも「はいはい」と言って、言いなりにひたすらに従うさま


『ねぇ、沙羅ってさ、運動神経無いよね』

 相変わらずグルグル巻きにされた状態でゴロリと横たわった私を月人が見下ろす。


「思うにさ……いくらトレーニングしたって、多勢に無勢だと思うんだよ……」

 月人一体でさえこのありさまなのに、外に出た私はいったい何体の植物と闘わなければならないんだろうか。私は月人の蔓を切る気力もなくグルグルにされたままぐったりと目を閉じた。

 ――もうダメだぁ。私はもうこの家から出られないよ。絶対無理だし……。


 突然日が翳って月人が覆いかぶさってくる。よける間もなく口を塞がれた。

 ええええええええ~?

 月人の、作りものとは言え人とそっくりな唇に口を塞がれて私は硬直した。更に唇を割って何か冷たいものが口腔に流れ込んでくる。グルグル巻きにされた状態では、大した抵抗もできぬまま流れ込んだ液体を飲み下す。ほのかに甘い味がした。


「な、ななななななにするのよっ」

 グルグル巻きで転がったまま抗議する。なんとも情けない状態だが仕方がない。

『何って……まいってるみたいだから水分補給』

「って、なんで口移しなのよっ! 私の……私の……ファ」

 いやいやいやいや、ここでそんなことカミングアウトする必要ないよね。私のファーストキスがぁなんて言って、それがどうしたの? って訊かれても、どうもしないよ、としか言えないじゃん。


『だって、沙羅はそう言うのが好きなんでしょ? ほら、よく読んでた漫画に描いてあったじゃない。弱ってるヒロインに美形の男の子が口移しで飲ませてたよ。って言ってもその男の子が飲ませてたの、血だったけど……。ほらヴァンパイアの漫画のさ。でも今のは僕の樹液だから似たようなものでしょ?』

 嬉々として説明する月人に、私はぐったりと疲れ果て再び目を閉じた。


 お話と現実の区別をつけられない月人には、もう漫画は読ませない。何しでかすか分かったもんじゃない。エロ雑誌並の扱いでどこかに隠しておこう。そうしよう。


 あれ? でも……まてよ。今まで私、月人の行動パターンを誤解してなかったか? 私は植物たちの暴走の理由を考えてなかったんじゃないだろうか。


「ねぇ、月人。月人は私の為に色々してくれるけど、月人自身は何をしたいと思ってるの?」

 蔓を解いてもらいながら月人を見上げる。

『僕のやりたいこと? 僕は沙羅の望みを叶えたいんだよ。でも不思議だね。以前は夏夜の望みを叶えたかったのに、今では沙羅の望みを叶えたい』


 ――それって、傍にいる人間の影響を受けるってこと?


「……でも、それは私が叶えたいことでしょ? 月人の叶えたいことは?」

 そう言うと月人は沈黙した。長い長い沈黙の末、月人は困ったようにこう言った。


『……僕たち植物の望みは光をより多く浴びること、水不足にならないこと、それくらいだ。でも僕の場合、それらは沙羅の望みのお陰で既に叶ってる。僕は動けるようになって行きたい所に行けるから、浴びたいだけ光を浴びられるし、水も飲みたい時に飲みたいだけ飲める……』


 月人の説明では、それは月人特有の習性なのではなく、植物全般に言えることなのだという。傍にいて共感した人間の望みに寄り添ってしまうらしい。

 だったら何故……隣のおばあさんは苗床にされなければならなかったのか。おばあさんが苗床になりたいと望んだとは思えない。


 月人の説明を聞いて私は途方に暮れた。

 おばあさんは、心臓発作を起こしてしまったおじいさんの為に薬を求めて外に出たのだ。そこで、おばあさんは彼女の気持ちに共感した植物に閉じ込められた。植物は心臓発作の薬を作る為に、おばあさんを苗床にしたのだ。おばあさんを苗床にした植物は全草が心臓発作を鎮める薬草になっていたと、月人は言った。


「じゃあ、この街中を覆っている植物たちはなんなの? なぜこんな風に何もかも機能不全に追い込むまで生い茂っているの?」

『それは、そう望んだ人間の望みを植物たちが叶えているのさ』

 私は絶句する。


 ――植物は共感した人間の望みを唯唯諾諾と叶えてしまう?


 学校や会社が休みになればいいと望んだ人は、一体何人いただろうか。電車やバスや電気や水道まで止まってしまうことを望んだ人など本当にいたのだろうか。誰かを傷つけたいとか、ものを盗んだり壊したりしたいとか思った人がいたとしたら? あるいはもし、人を殺したいと思った人がいたとしたら……それは一体、どれくらい存在しただろうか。


 望んだことがそのまま叶った結果が、これなんだろうか。

「……じゃあ月人は? 月人はどうして暴走していないの? 私の願いを叶える為に見境なく茂ったりしていないじゃない」


『それは沙羅がそんなことを望んでいなかったからさ。君は寂しかった。お父さんもお母さんも忙しかったし、話し相手になってくれる兄弟もなかった。だから君の寂しさを埋めるために僕は存在しているんだよ。それが君の望みだったから……』

 確かに月人の言うとおりだ。私は寂しかった。


 家族で住んでいる家なのに、誰もいない部屋に鍵を使って入るのは心がシーンとする。一人で見るテレビはつまらない。勉強だって一人でするのは寂しい。一人で食事をするのが寂しいからスナック菓子で済ましてしまう。遅くまで友達と遊び歩く。真っ暗な部屋に一人で帰るのが嫌で嫌で仕方が無い、だから益々帰るのが遅くなる。その悪循環。

 それが、月人が来て一変した。


『沙羅、遅いよ』

 帰って電気を点けるなり月人が文句を言う。喉が渇いただの、もっと早く帰ってきて電気を点けろだの非常にやかましい。昼間、お日様を浴びたんだから夜は暗くてもいいはずだと私が反論すると、月人は涼しい声で、

『蛍光灯は別腹なんだ』と言った。


 基本的に、始めの頃の月人がやったのはそんなことだけだ。月人は世話の焼ける困った植物だった。お陰で私は月人の世話に明け暮れることになった。水やり、日光浴、植木鉢の植え替え。

 ――それが私の望んだこと?

 当初の私ならさっぱり分からなかったことだろう。でも、今なら分かる。


 自分を必要としてくれる誰か、傍に居て話を聞いてくれる誰か、そして自分のことを分かっていてくれる誰か、私にはそれが必要だったのだ。それがあるのと無いのとでは心の安定感が格段に違う。生活の張りが違う。そんな存在は煩わしいだけだと最初は思っていたけど、それは決して煩わしいだけではなかったのだと、今の私にはそれが良く分かる。


 実際、そんな風に月人が話しかけてくるようになってから、私は帰宅拒否症が治っていた。

「ごめん、家でペットが待ってるんだ。遅くなると機嫌が悪くなるから」

 そんな風に友達に別れを告げる時に感じたあの甘美な気持ちは、その証拠じゃないか。月人はそんな私の気持ちを敏感に感じ取り、それを過不足なく与えてくれたに違いなかった。


 そこまで考えてふと、夏夜ちゃんのことが思い出された。月人と同じ月下美人のシロと暮らしていた夏夜ちゃん。

 ――彼女は何を考え、何を望んだろうか。


 継父や父違いの弟妹たちとの暮らし、学校でのいじめ、それを放っていた不甲斐ない友人の私。こっそり月人を置きに来た彼女。暴走を始めた魔緑……。今この状態を彼女はどんな思いで見ているのだろう。

 ――シロはどのような形で彼女の望みを叶えるだろうか……。

 嫌な予感がした。


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