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第六話 存在理由


 久々に月人の畑仕事を手伝って、すっかりくたびれて眠りにつこうとしている私の隣で、月人が小さく呟いた。

『今日は久しぶりに沙羅とたくさん話せて嬉しかった。あっちの僕ももっとしゃべりたいと思ってるはずなのにできてないようだ。これじゃあなかなか事態は収束しそうにないね』


 私はウトウトとしかけていた目をぱちりと覚ます。

「今なんて言った?」

『だからね、今日は久しぶりに……』

「その後っ!」

『後? 収束しそうにないってとこ?』

「その前っ! あっちの僕って何?」

 月人の話を聞いて呆然とする。


 私が最初に月人を見たのは、リビングの片隅だった。小さな素焼きの植木鉢にハイドロカルチャー用のセラミック砂が入っていて、そこに無造作に刺された一枚の葉っぱだった。それはもう随分長い間水をもらっていなかったようで、砂はカラッカラに乾いており葉っぱは萎びていた。大方、珍しモノ好きの母が買ってきて、そのまま放ったらかしているのだろうと思ったのだった。飲みかけの麦茶をかけてやったら次の日には元気になっていたので、気をよくした私は自室に持って行って世話をするようになった。立派に育てて母を驚かせてやろうと思ったのだ。


 だけど、驚かされたのは私の方だった。それは異常なほどの速度で大きくなって、ある日話しかけてきたからだ。

『沙羅、この植木鉢、狭いから植えかえて欲しいんだけど……』


 月人は母が買って来たものではないと、そう言った。


「じゃあ、月人はママに買われたんじゃなくて、夏夜ちゃんがうちに持って来て、こっそり置いて行ったものだったってことなの?」

『うん、そうだよ』

「なんで今まで黙ってたのよ……」

『聞かれなかったからさ』


 さらっと答える月人に私は唖然とする。私は、動物と植物の思考回路の違いをもっと考慮すべきなんだろう。気を取り直して質問を変える。


「でも、なんで夏夜ちゃんは月人をここに置いていったの?」

『夏夜はね、友達が欲しかったんだ。何でも話せる友達だよ』

 月人の本体だった月下美人もまた、夏夜と会話をすることができるのだと月人は言った。彼女はその秘密を私と共有する為に、遊びに来たように装ってこっそり月人をリビングの片隅に置いていったのだ。


 そう言われてみれば、半年ほど前から夏夜ちゃんはしょっちゅう私に何か変わったことはないかと聞いていたっけ。あれは、月人と会話をできるようになったかどうかを確認していたのか……。

 だけど、私は月人のことを誰にも話さなかった。


 月人は私以外と絶対に口をきこうとしなかったから、月人がしゃべるなんて誰も信じないと思ったし、誰に信じてもらわなくても特に不自由なことはなかったからだ。それに……白状すると、そんな話をして夏夜ちゃんみたいに変人のレッテルを貼られるのが怖かったからでもあった。


 夏夜ちゃんには変な子のレッテルが貼られていた。主だってそう言っていたのは女子だったと思う。UMAとかUFOとかの話ばかりする美人の変人。


 高校入学当初はそんな夏夜ちゃんの不思議話を面白がっていた友達も、だんだん飽きて興味を示さなくなり、そればかりか最近では彼女をシカトするゲームにハマっている女子のグループができていると噂で聞いていた。


 実は夏夜ちゃんは、小さい頃からいじめられっ子だった。だからその噂を聞いた時は、またかと思ったし、やっぱり彼女にはいじめられる資質があるんだろうなどと、勝手に納得していたほどだ。

 いじめられる資質。夏夜ちゃんには、確かにそれがあったと思う。

 そう思う理由を話すのはちょっと辛い。自分のコンプレックスに触れる話だからだ。


 高からず低からずの身長に凡庸な顔、とりえと言えば健康なことくらいの私に比べて、夏夜ちゃんは非凡で美し過ぎる容姿を持っていた。芸能人と比べてもその美しさは劣ることが無いと思う。


 他の人がどうなのか知らないが私に限って言えば、夏夜ちゃんといると損な役回りばかりを押し付けられることになるのだ。


 例えば、全然違う理由で夏夜ちゃんが泣いていても、おまえがいじめたんだろうと全く知らない男子に責められたり、自分がいいなと思って仲良くなったはずの男子はいつの間にか夏夜ちゃんを好きになっていたり、全然知らないおっさんに容姿を比較されて嫌な思いをしたりなど挙げたらキリが無かった。単なるやっかみじゃないかと言われればそれまでなのだが、その手の出来事は、年頃の女の子にとってはかなりダメージの大きな事なのだ。だから高校でクラスが分かれた時には、実はすごくホッとした。


 どれもこれも夏夜ちゃんが悪い訳じゃないのは分かっていたし、どうしようもないことも分かっていた。私だって夏夜ちゃん自身が特に嫌いなわけじゃない、一緒にいることで嫌な目に遭うことが嫌なだけだ。だから離れていること、それが私にとっては最も安易な対処方法だったのだ。


 私のことを普通だと即答した月人。夏夜ちゃんを見た後だったら納得がいく。

「月人は夏夜ちゃんを知ってたんだね。夏夜ちゃんを見た後なら、そりゃ私なんか普通だろうなぁ。月人はここに来てがっかりしたんじゃない? やっぱり月人も……綺麗な子の方がいいよね?」

『……普通でいることはとても良いことだ。僕は褒めたつもりだったんだけど……』

 少し困惑したように月人が言う。


「綺麗な方がいいに決まってる。花屋でも綺麗で豪華なバラの方が値段高いじゃん」

『バラね……。確かに売る人にとっては綺麗な方が良いんだろうね。高く売れるし買う人も多い。だけどそれだけだよ。花は手折られてしまえば、後は枯れるだけだ。美しくなくても手折られなければ、花は実を結ぶ。花にしてみれば実を結んだ方が良いとは思わないかい? 極めて美しいことは、極めて良いこととは限らないよ』

「……そう言っちゃえば、そうだけどさぁ」

 チヤホヤされたことが無い身としては、口ごもってしまうところだ。

『僕は普通な沙羅が大好きだし』

「そりゃ、どーも」

 私は苦笑する。


 そう言えば、夏夜ちゃんは男子にチヤホヤされる割には、そう言った話が全然なかった。彼でもいれば、彼女の気持ちを無視してチヤホヤする男子も減るだろうし、そうすれば煽りを受けて嫌な思いをする女子も減るだろうに……。


 それにしても、夏夜ちゃんが私に聞いてもらいたかったことって何なんだろう。


「ねぇ、話を戻すけどさ。夏夜ちゃんは何を私に話したかったの? UMAだのUFOだの、その手の話じゃないよね。そんなのならよく聞いてたし。そんな話ばかりしていないで、ちゃんと話してくれれば良かったのに……」

 私は不満げに文句を言う。


『夏夜は誰も信じられない状態にあったんだよ。でも誰かを信じたかった。夏夜が話すどんな滑稽な、あるいはどんなありえない話でも無条件に信じてくれる誰かが、必要だったんだ』

 私は月人の言葉に首を傾げる。ありえない話? 無条件に信じてくれる人が必要な話?

「……ねぇ、一体何があったの?」


 月人が語ってくれたことは、とても、とても、衝撃的な話だった。信じられない、というより、信じたくない話だ。


 ――どうして私は、彼女にもっと誠実に接してあげられなかったのだろう。


 私は夏夜ちゃんと居ることで自分が被る被害のことばかり考えていた。ただ距離をとることばかり考えていた。彼でも作ればいい、なんて無神経なことまで言った。


 自分が傷つくことばかり恐れて距離をとるだけだった私。サイテーだ。なのに、そんな私なんかのことを、どうして夏夜ちゃんは信じたかったの?


『夏夜は君のことが好きだったんだよ。いつも自分のせいで嫌な目に遭っているはずのに、それでも傍にいて欲しいと言えば一緒にいてくれる人なんだって、そんな心根の優しい人なんだって、夏夜はいつも言っていた。でも、それでもこの件については、相談する勇気がないと言った。夏夜は確証が欲しかったんだ。自分のことを信じてくれるかどうか。だから僕を沙羅の家に置いてくるようにと、僕が提案したんだ。僕自身、沙羅がどんな人か知りたかったから』


 私は呆然として月人を見上げる。私は心根の優しい人なんかじゃない。自分が傷つくのが怖いだけの、ただの臆病な八方美人だ。


 私はもっと本音で彼女と話すべきだったんだろう。夏夜ちゃんと居ることで嫌な目に遭ったのなら、きちんとそう言べきだったんだ。私がいつも逃げてばかりいたから、彼女と向き合わなかったから、彼女も向き合えなかったに違いない。


 彼女のせいじゃないなどと口では言いながら、自分の痛みにばかり敏感で、結局私は自分が嫌な思いをしたくないが為に、彼女に言われるがまま傍に居て、一方で距離をとって避けていた最低な人間だ。後悔の波が押し寄せる。


 そんな状況の彼女に、何をしてあげられたかなんて分からないけど、少なくとも一緒に考えることくらいはできた。一時的な緊急避難場所なら提供できた筈だった。

 ――こんなに時間が過ぎてから、月人の存在理由に気づくなんて……。

 私は唇を噛む。


『……夏夜に会いに行くかい?』

 頭を抱え込んで後悔する私に月人はそう言った。

「ここを出られるの? 夏夜ちゃんは無事なの?」

『もちろん夏夜は無事だよ。もう一人の僕がついてるから。でもそこに行くのは簡単じゃない。君には少しトレーニングをしてもらわなくちゃね』

「トレーニング?」

『うん、君が苗床にされない為のトレーニングだよ』


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