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番外編 魔緑迷宮(二)

 きっかけは席が隣になったことなんだと思う。たぶん……。


 金曜日の放課後。日直で遅くなってしまった私が、部活に行こうと慌てて荷物を詰めているところに蓮見徹は声をかけてきた。

 勉強も出来てスポーツ万能、その上生徒会長までやってのける多忙な人との接点など隙間家具的な、平たく言えば目立たない存在の私にはなかった。

 その彼が週末、図書館で一緒に勉強をしないかと言うのだ。


「……ダメかな」

 少しはにかむように笑ったその顔に私は釘づけになり、しかし、次の瞬間はっとして辺りを見回した。

 この人、私に言ったの?


 放課後の雑然とした雰囲気の中、三々五々、固まって話しているグループはあったが、私たちの席の近くには誰もいない。

「あの……私?」

 呆けた顔で問い返す私に、蓮見徹は失笑した。

「僕の前には夏原沙羅しかいないけど?」

 私は更にたじろぐ。でも、すぐに思い当って笑顔を作った。

「あ、夏夜ちゃんを誘いたいの? でも、彼女今バイトで忙しいみたいなんだよね」


 男の子みたいに髪を短く切って、すっかり雰囲気が変わった夏夜ちゃんは、来年高校を卒業したら自力で専門学校に通いたいと言って、学費稼ぎのバイトに明け暮れている。調理師になりたいんだって。すっかり吹っ切れた様子の彼女は、今までになかったくらい輝いている。告ってくる男子は以前よりも増えたらしいが、キャラ変更したネオ夏夜は、ばっさり切り捨てているようだ。はっきりものを言うようになったら、不思議なくらい女子の友達も増えたと笑っていた。


「なんで、妹尾(せのお)が出てくるんだ?」

 激しく瞬く蓮見徹に私は首を傾げた。違うの?

「じゃあ、なんで……」

 私なんかを誘うんだろうか?

「夏原と話してみたいなってずっと思ってたから……って理由じゃダメ?」

 突然目線の高さを合わせて覗きこむ蓮見徹に私は驚いて立ち上がった。立ち上がった拍子に椅子が倒れてガタンと景気の良い音をたてた。周囲の視線が集まる。

 うわぁぁぁ。周りの視線が痛いよ。

「ごめん、驚かせちゃったね」

 真っ赤になって固まる私とは逆に、周囲の視線に動ずることもなく蓮見徹は倒れた椅子を戻すとにっこりほほ笑んだ。

「じゃあ、明日、十時くらいに家まで迎えに行くよ。あ、良かったら君のパートナーの……月人だったっけ? 彼も連れてくれば? 僕のパートナーも紹介するよ」

 そう言い残すと、呆然としたままの私を残して蓮見徹は爽やかに消えて行った。


「なぁに? 沙羅。デート? いつの間に蓮見とそんなに仲良くなったのよ~。いいなー。いいなー。その席いいなー」

 放課後残ってしゃべっていた女子のグループに取り囲まれる。

「そんなんじゃないよ。だって、ほとんどしゃべったことなかったし……」

 さんざん冷やかされたり羨ましがられたりしたけど、実際のところは鳩豆状態で実感が湧かない。


 隣の席だから話しかけやすかっただけだよ。単にそれだけだ。OK 分かってる。

 そう何度も自分に言い聞かせたのに、その日のクラリネットの音は見事なまでに調子っぱずれになってしまった。


□■□


 今回の魔緑騒動で、実際のところかなり多くの人が亡くなっていた。死亡率は子どもよりも大人の方が高く、老人は更に高かった。生きようとする気力が強い人ほど生き残る率が高かったんじゃないかと思う。話を聞くと、パートナーの緑人は生きることを強く願った時に獲得できているようなのだ。諦めた人には現れなかったんだと思う。強く願っても現れなかった人もいるのかもしれないけれど、それはもう誰にも分からない。


 町内で先月合同葬儀が行われた。隣の老夫婦が住んでいた家は住む人がいなくなり、売り物件になっていたがまだ買い手はついていないようだ。今、そんな家が町内中で売りに出ていて、それはとりもなおさず、その家で魔緑による悲劇があったことを証明しているようなものだから買い手がつきにくいのは分かる気がした。


 バスから降りた道々、月人に蓮見徹との出来事を話した。私は、月人も一緒に行ってくれるんだとばかり思っていた。ついてくるなと言っても、どこにだって月人はついてきていたから。

「えーなんで? 月人も一緒に行こうよぉ。月人も誘われたんだし……私一人で行くなんて考えられないよ」

『だったら、行けないって断ればいいよ』

「連絡先知らないよ。明日迎えに来るって言うんだよ。来た時点で断るなんて、もっとできそうにないじゃん」

『じゃあ、一人で行くしかないね』

 取りつく島もない。

「月人ぉ、ねぇ、意地悪言ってないで一緒に行こうよぉ」

 家の前までそんな話をしながら歩いていると、突然、後ろから声がした。

「お沙羅、なに月人を困らしてるんだ?」

 私は瞬時に眉間にしわを寄せると、ぐるんと振り向いた。

「『お』付けんな、馬鹿拓兄ぃ」

「馬鹿とはなんだ馬鹿とは。俺は丁寧語にしてやったんだぞ? 感謝しなさい」


 筋向いの家の拓兄こと風早拓人(かぜはや たくと) は去年大学を卒業したばかりだ。ろくに就職活動をしていないと小母さんが嘆いていたと思ったら、友人と怪しげな会社を立ち上げたとかで、小母さんは更に嘆いていた。何をしているのか知らないけど、この一年ずっと家に帰らず顔を見かけていなかった。だけど都内に借りていた拓兄のオフィスが魔緑事件で使えなくなったので、当面、オフィスなしで自宅営業しているんだそうだ。ITの会社だから、ネットさえ繋がれば仕事はできるんだって。魔緑事件以来、すっかり気弱になってしまっていた拓兄んちの小母さんと小父さんは、困った困ったと言いつつ、一人息子が家に居ることが結構嬉しいようだ。


「しばらく見ないうちに、なんちゃって女子高生が板についたなぁ」

 拓兄はニヤニヤしながら私の制服姿をしげしげと眺めてから、頭をくしゃくしゃっと撫でまわした。

 ちょっとやめてよ。私はムッとしてその手を払いのける。


 濃紺のブレザーにチェック地のプリーツスカート、淡いブルーの線がアクセントで入っている制服は結構好評で、この制服に憧れてうちの高校に入学する子もいるらしい。だけど拓兄にそんなにやけた顔で見られるとなんだかムカついて、サンダル履きの素足を蹴りたくなった。それに……。

「なんちゃってじゃないよ。正真正銘女子高生だし。拓兄こそ、インチキ会社のなんちゃって社長じゃん。会社はまだ潰れてないの?」

「インチキじゃねぇ。ITの会社だ。ふふん、勝手なこと言ってろ。おまえが就職する頃には一部上場してるさ。んで、おまえが就職活動しに来ても追い返してやるんだ。んー、少しバストが足りないようですね~ってな。あ、少しじゃなかったか?」

 悪戯っぽい顔で覗きこむ拓兄の脛を私は思いっきり蹴り上げた。

「いてっ、何すんだ、このじゃじゃ馬め」

「セクハラエロ拓人、サイテー」

 私は拓兄と月人を置いてさっさと家に入った。


 拓兄は、私が生まれた時から傍に居る幼馴染だ。拓兄が六年生、私が一年生で、初めての遠足で手を繋いだ時以来、何かと面倒をみてくれる気のいいお兄ちゃん的存在。サラリとした黒髪にとおった鼻筋、顔立ちは男前なのに、いつも適当な格好をしているせいかプ―タローに見える。たまにはスーツでもぴしっと着こなしてれば、もう少し見直してやるのに……。私は心の中で悪態をつく。

 何につけ大ざっぱで気さくな性格で、だからいつも彼の周りには仲間の笑いが溢れていた。

 まぁ、それはともかく……。

 ――なにさITって、やっぱりIn Tiki会社じゃん。


 プリプリしながら家に入り、制服を着替えてリビングに降りてもまだ月人は家に入ってこなかった。玄関まで様子を見に行くと、拓兄と何か話こんでいる様子だ。何やら専門的な言葉が聞こえてくるので、仕事の話でもしているのだろう。最近、月人は拓兄の仕事の下請けを引き受けているらしかった。実は、拓兄にもパートナーの緑人がいて、私が拓兄を紹介するよりも先に、月人はその子を介して拓兄のことを知っていたらしい。どんな緑人なの? と聞いたら、月人は少し笑って、ちっちゃな可愛い感じの子だよと答えた。拓兄は頑なにその子を私に見せてくれないのだ。だけど、月人の返事で納得した。

 ――拓兄、ロリコンか。イタいやつ……。


 二人の立ち話は終わる気配が無いようなので、一人でおやつタイムに突入することにした。

 拓兄と同じで、月人もパソコンをいじるのが好きだ。ネットで情報を集めるのが得意だし、簡単なプログラミングならできると前に話していた。


 私はいつまでも月人が傍に居てくれると思っているけど、本来なら月人は学校なんかに行かずに、拓兄がやってるような会社で働いてる方が合ってるんじゃないだろうか。

 そう考えると少し気が滅入ってきて、私は敵を討つかのようにプリンにスプーンを突き立てた。

 いつまでも月人に頼ってちゃダメか。明日は一人で行こう。そうしよう。

 私は盛大なため息をついた。


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