第一話 魔緑暴走
空想科学祭FINAL参加作品です
全部無くなっちゃえばいい。
こんな世界なんてイラナイ。
リセット!
この世に残っていてほしい人なんか、自分も含めてもう誰もいないから……。
だから、こんな世界なんて壊して!
お願い……壊してよ……。
◆◇◆
強烈な日射し。蝉の声。夏休みの朝は既に気だるい。
目覚めたばかりの、未だぼんやりとした意識の中でさえため息をついてしまう。早起きしなくていいのは良いのだけれど、みんなが出て行った後の静まり返ったリビングに行くのは憂鬱だ。兄弟姉妹でもいたら賑やかでいいんだろうになぁ。
ベッドの上で埒の無いことを考えていると、サイドテーブルに置いてあったケータイが振動した。着信を見ると夏夜ちゃんからだ。
「……はい」
ショートボブの髪をぐしゃぐしゃとかき回しながら、私は片手で軽く伸びをする。
『沙羅ちゃん? まだ寝てた?』
少しオドオドっとしたか細い声。幼馴染の夏夜ちゃんの声はいつだって少し怯えているように聞こえる。別に私が虐めたからではない。
「ううん、今起きたとこ。何?」
『ニュース見て。今日は外に出ないで。部活にも塾にも行かないで』
「は?」
『ごめん、沙羅ちゃん。ごめん……ごめん』
「どうしたの?」
私の問いかけには一切応えず、夏夜ちゃんはか細い声で謝罪の言葉を何度も呟くと一方的に通話を切った。
夏夜ちゃんは小学校からの同級生だ。高校ではクラスこそ違うが塾も同じところに通っている。にもかかわらず、私はちょっと彼女が苦手だった。
――否、ちょっとじゃないか。凄く苦手だった。
ふわっふわの栗色の癖っ毛にぱっちりとした大きな瞳、肌は陶器のように滑らかで白い。綺麗な子なのだ。夏夜ちゃんと一緒に歩くと、一人でいる時には絶対に感じない視線をたくさん感じる。一緒に並びたくない人なのだ。誰かが守ってあげなくちゃと思うほどに頼りない華奢な彼女の体型は、中肉中背の私の容姿を実際よりデカく見せてしまうし……。
そのような美しい容姿を備えているにもかかわらず、夏夜ちゃんには何故か薄幸そうな雰囲気がいつも取り巻いていた。
立ち入ったことは訊いたことがなかったが、実際のところあまり幸せではなかったのかもしれない。お父さんを早くに亡くしていて、夏夜ちゃんによく似た美人なお母さんは彼女が小学校高学年の頃に再婚した。だから双子の弟と生まれたばかりの妹は、夏夜ちゃんとはお父さんが違うのだった。
元々少し風変わりなところがある子だったのだけれど、中学校に入ったあたりから、UFO(未確認飛行物体) を見たとかUMA(未確認生物) に出会ったとかそんな話ばかりを好んでするようになった。家で肩身の狭い思いをしているから、そんなことで気を紛らわせているのかもしれない。
――いや、まぁ単なる憶測だけどさ……。
階下に行くと共働きの両親は家を出た後で、ダイニングテーブルに朝食のフレンチトーストがラップを掛けられた状態で置いてあった。その横に、
『ごめーん、茶碗洗っといて ママより』というメモが乗せられている。
いつものことだけどね。私は小さくため息をつく。
これが私の日常。私だって午後から部活だし夜は塾。塾から帰れば、風呂だ、夕飯だと家族それぞれ忙しくて、最近あまり話をしていないなぁと思う。友人の大半は親と話すことなんてないよってよく言うけど、話せない状況にあれば話したいと思うのが人情ってもので……。まぁそのうち、時間がある時に話せばいいんだけどね。進路のこととか、この前の学校検診で視力が落ちてたこととか、最近駅前にできたケーキ屋がすごく美味しくて評判らしいとか、そんな重いことから軽いことまで、話したいことは結構あった。
フレンチトーストを頬張りながら、テレビのスイッチを入れる。夏夜ちゃんにはニュースを見ろと言われたけど、普通ならニュースなどやっている時間ではない。
しかしその日のテレビは一局を除いて、ニュースしかやっていなかった。
エコカーテンだ。しかも盛大な。桁違いの……。
テレビのモニターには無数の蔓が巻きついた東京タワーやスカイツリーが映しだされていた。都心の高層ビルやベイブリッジにいたるまで、建物という建物に無数の蔓が絡みつき深緑の葉がみっしりと茂っている。しかもその蔓は、まるで早送りの映像のように、未だうねうねと先端をうねらせながら蔓を伸ばしているのだった。植物が津波のように街を呑みこもうとしていた。
――緑の津波。
カメラは切り替わって通行人を映し出す。蔓は歩く人々の足にも容赦なく絡みついていた。ヒールに絡みつかれて動けなくなっている女性や、転倒する自転車。どの人も雪道で転んだ時のようにきまり悪げに苦笑しながら蔓をはぎ取っている。
『えー、こちら霞が関でも、本日、日の出とともに爆発的繁茂を始めた蔓性植物によって街中が覆われ、通勤中の車や人々は大混乱しております。ごらんください、庁舎の植え込みから伸び出した蔓性植物は、道路を覆うように広がり、庁舎の壁にも絡みつき、街はさながら緑のカーテンをかぶせられたような状態になっております。あ、また転倒者がでましたっ』
レポーターが転倒した歩行者にマイクを向ける。
『もっと歩きやすい靴をはいてくれば良かったです』
スーツを着たOL風の女性が笑いながら答える。
『何なんですかねぇ、これは……』
サラリーマン風の男性が顔を顰める。
誰もが困惑気味に、しかし少し苦笑しながらインタビューに応える。特に深刻な様子が見られないのは、雨や雪のように濡れて不快ということがないからからだろう。
スタジオではコメンテーターの人たちも困惑気味に、どうしたんでしょうねぇとか、突然ですよねぇ、何か予兆はなかったんでしょうかなどとコメントを口々に並べたてる。急きょスタジオに呼ばれた植物に詳しい大学の教授が繁茂している植物の種類や性質などをひとしきり説明した後、司会者が今年の夏は壮大なエコカーテンで涼しく過ごせそうだねぇなどとふざけて笑いをとったところでコマーシャルになった。
大学教授の説明によると、繁茂している植物は特定の一種類ではなく、様々な植物が同じような爆発的繁茂をしているということだった。中には強力に巻きついてターゲットを動けなくするタイプもあるようなので、外出はなるべく控えて、どうしても出なければならない場合には蔓をカットできるようなハサミやカッターなどを携行するようにと呼びかけていた。
夏夜ちゃんが言ってたのってこれか……。
どのチャンネルも、そんなニュースばかりを流している。
そんな事を聞けば、外がどうなっているのかを見てみたくなるというものだ。私は慌ててパジャマを着替えた。
外には出ない方がいいと言う月人 に、ちょっと見るだけだからっ、と言い捨てて玄関に向かう。
しかし、玄関のドアは開かなかった。外から何か強い力で押さえつけられているようで開かないのだ。慌てて、二階の窓から外を見てみる。
私は息を呑んだ。辺り一面、緑。どこもかしこも緑だ。一晩で町内がジャングルと化していた。この付近で家全体を蔓で覆われていないのはうちくらいだ。どの家もみっしりと茂った緑色の葉っぱに覆われて小山のようになっている。うちでさえ、玄関まで芝生のような植物に覆われている為に、ドアが開かないのだった。
もしかしてこれが、月人の言った、人間達に起こる良くないことなんだろうか……。私は呆然と窓の外を見ながら一週間前のことを思い出していた。
私には秘密があった。当初秘密にするつもりはなかったのだけれど、何しろ月人が、頑ななまでに私以外と口をきこうとしなかったので、秘密にならざるを得なかったのだ。
私は一年ほど前から月人と暮らしていた。