つなげ、伝言ゲーム
「でんごんゲームをしよう」
目の前にいる女の子――隣に住む、はるかちゃんが提案してくる。
「でんごんゲーム?」
「そう、しってるでしょ?」
伝言ゲーム。
数人から数十人で列を作り、先頭の人が言葉を次の人に伝えていき、伝えられた人はまた次の人へ……を繰り返していき、最後の人までいったら、その最後の人が先頭の人が何を言ったのか、答え合わせをする。
確かそんなゲームだった気がする。
「ふたりじゃむりじゃない?」
咄嗟にそんな台詞が出る。周りには、ぼくとはるかちゃん以外だれもいない。
だから伝言ゲームをしようにも出来ない、そうぼくは判断したのだが、
「そのでんごんゲームは、ひとりでもできるよ?」
「どうやるの?」
「あのね、でんごんするのは、みらいのじぶんにするの。なりたいじぶんをかみにかいて、みらいのじぶんと、こたえあわせするの」
はるかちゃんはタイムカプセルを例にして、ぼくに説明してくれる。
「おもしろそうだね、やろう!」
その時はちょうどやることもなかったので、ぼくは乗り気だった。
さっそく家から紙と鉛筆を持ってくると、将来の自分に要求を書いていく。
途中、ちらりと隣にいるはるかちゃんの方を覗くと手紙にして書いているようだった。
さっそく、このアイデアを頂戴して、ぼくも余ったスペースに手紙を書くことにする。
『みらいのぼくへ
ぼくは、はるかちゃんがだいすきです。
だから、はるかちゃんとけっこんしていますか?』
短い質問文。
それだけ付け足して、紙を折りたたんでしまう。
そして、はるかちゃんが持ってきた金属の空き箱にその紙を入れる。
「んじゃどこに、このはこをうめようか?」
「んとね、わたし、さくらのきがすきだから、ここにうめる!」
そう言って彼女が指したのは、公園にあった立派な桜の木の下だった。
根が浮き出ているところの、柔らかい土を掘り返し箱を埋める。
「いつとりだそう?」
「うんとね、それは――――」
その言葉は後半部分が風で消えてしまったけれど、ぼくはなんとなく頷いておいた。
これがぼくたちの最初の"伝言ゲーム"だった。
まさかこれが習慣化されるなんて、当時の俺は考えていなかっただろう。
思い出というのを大事にする俺は、それからちょくちょくと桜の木の下に埋まる伝言を毎年あの日に増やしていくことにしていた。
彼女は、もうすっかりそれを忘れているらしく桜の木について話しても、俺たちの"伝言ゲーム"を思い出してはくれなかった。
……一応忘れたからといって、一度も彼女の伝言を覗こうとはしなかったが。
そして、その"伝言ゲーム"が続くこと10年。
俺はもう大学生という、思春期真っ盛りの時期に突入していた。
俺の伝言、つまり未来の俺に対する欲求というのは毎年毎年変わっていった。
サッカー選手から、電車の車掌、あげくの果てに石油王まであった気がする。
けれど、一つだけ変わらないものがあった。
それはずっと先延ばしにしているもので。
あの頃から抱いていた淡い気持ちだった。
積りに積もって、書くスペースも次第に増えていって。
そして、今年もこの日がやってきた。
いつものように、彼女への愛を語るメッセージを抱えて桜の木のある公園へと向かう。
足が埋めた場所に吸い寄せられていく。
毎年掘り起こしていることもあり、周りと少し色の違う地面。
そこをまた、手で丁寧に掘り起こす。
そしたらあの錆びた金属の感触が指に当たる――――はずだった。
だがしかし、土をいくら掘り返してもその金属の触感が訪れない。
「なんでだっ!?」
思わず焦って声が出てしまう。
だが、それを気にする余裕もなく俺はひたすら土を払いのけていく。
ない。
ない。
ない。
見つからない。
積み重ねてきた思いが。
長年思い続けてきた、大切な思いが。
いままで受けたことのないほどの脱力感。
それが身体が襲ってきて幾分経っただろう?
抜け殻のようになった俺の身体は桜の木に背を預けて、そのまま動けずにいた。
――思えば逃げていただけかもしれない。
気付いては、いた。
"伝言ゲーム"を使って、未来に先送りしていることを。
結局勇気がなかっただけだった。
彼女に告白する勇気がなくて。
彼女に今は見向きもされないものに期待を寄せて。
自己嫌悪が俺の頭の中を駆け巡っているみたいだ。
「……考えるのやめよ」
言葉にすることで、いったん思考を断つ。
もう悩んでも仕方のないことだ。
なくなってしまったものは、簡単には戻ってこないものだし。
家路につくまでに、すっかり空の色は真っ赤に染まっていた。
ボーッとしていると時間が経つのは早いよなぁ、と思いながらゆったりと足を家の方に進める。
歩くこと数分。自分の家――ではなくその隣の家でふいに足が止まる。
家を見上げるだけで少しだけ動悸が速くなる。
呼吸がしづらい。時間が止まったかのように、俺の耳に音が聞こえなくなる。
視線が動かせない。瞬きが鬱陶しい。
「あああ、もうっ!!」
何かを振り切るように、思いっきり首を振る。
そうして、ようやく我を取り戻した時に俺は驚く事になる。
知らぬ間に、指が彼女の家のインターホンを押していたのだから。
『はーい、どちら様ぁ?』
おばさん――彼女の母親――の声が聞こえる。
もう引き返せない。こうなったら自棄だ。
開き直るしかないだろう。
「俺です、おばさん」
緊張でかすれた声が俺の口から発せられる。
『久しぶりじゃない、あの子に会いにきたの?』
楽しげな表情が思い浮かぶような、明るい声でおばさんの声が返ってくる。
『ごめんねぇ、あの子出かけてるのよぉ~』
と返す言葉に迷っている間におばさんが続ける。
「そうですか」
なんで、決心した時に限って、真っ先にそれが折れるようなことが起こるのだろうか。
『あぁ、そういえばね、あの子から伝言があったんだっけ』
「そうなんですか?」
『えぇ、確か――――』
がむしゃらに足で地面を蹴っていく。
最近の運動不足を解消するのにちょうどいいと考えてなきゃやってられないレベルだ。
おばさんから伝言を聞いてから今まで、俺はとにかく街を駈けていた。
昔、通っていた小学校、探検と称して駈けまわった林、暑い時には避暑地になった池……と、子供の頃に遊んでいたところを次々に回っていた。
彼女の母親から始まった伝言が、まさかここまで繋がっていたとは到底想像できまい。
伝言で言われた場所に向かってみると、まぁそこにはご丁寧に次の場所を記した紙が置いてあるわ、の繰り返しで、現在に至る。
そして、今度は今日の大半を落胆していて過ごした場所である公園であった。
たどり着いて早々、息切れした身体に限界が訪れる。
膝に手を置いて、息を整える。
幾分か呼吸を落ち着け、視線を前へと戻す。
目に入ってきたのは、うっすらと伸びる影。
ちょうど桜の木の辺りだろう。
汗が目に入るのを気にせず、ゆっくりと視線を挙げていく。
さやさやと風がなびく中、ひっそりと彼女――遥があの金属の箱を持って、木に寄り添っていた。
なんとも皮肉なもんだ。
自分が落胆していた場所にいるなんて。
すれ違いとは、拍子抜けもいいところだ。
自然と顔が緩む。
そしてゆっくりと彼女の方へと向かっていく。
――今度は……あの時から続く伝言を、果たすために。