体育大会
就職し検討等で忙しかったので、1週間以上前のことを今更ながら書かせていただきました。
さて、『体育大会』『運動会』『体育祭』と、あらゆる名前で呼ばれる秋の名物。
その名物は、我が校も例外なくあるわけで……。
天気は快晴。青い空に、少し雲が浮かんでいる程度の気持ちのいい程の秋晴れだった。
そんななか、自分の通う学校のグラウンドに全校生徒、全教員が整列していた。
『これより、●●工業高校、体育大会を、開催します』
その一言から始まった開会式は、野球部キャプテンによる暑い掛け声の体操と諸注意、校長先生の長ったらしい話と選手宣誓で終わった。
みんながダラダラと各クラスの待機場所のビニールシートに歩いていく。そんな中に、俺も紛れ込んでいた。
俺が出る競技は100m走と、クラス対抗の綱引きである。100m走は、午前中の後半に『予選』という形で1回走り、午後の中盤で『決勝』という形になる。そして、午後の100m走決勝のすぐあとにクラス対抗の綱引きがある。
――どうせ、100mは本線にも行けないだろうし、綱引きもすぐに負けるだろう……。
我が校は工業高校というだけあって、クラスによって科も変わる。
自分がいるのは電気工学科であり、ほかには完全に体力、運動神経重視で男子ばかりの自動車科、機械科。男女比が一般高校に一番近い工業化学科と、ほぼ100%女子で構成される繊維デザイン科がある。
ついでに、競技場では女子は特別扱いとなり、繊維デザイン科は学年をまたいだ勝負が主。工業化学科は女子の入る競技のみに、他の科に対してハンデを課すことができる。
さて、繊維デザイン科を省いた状態での、我が電気工学科の戦力をまとめよう。
電気工学科は、頭脳重視であり、運動部所属の者も多いが、それと共に文化部の者も運動部所属者と同等の人数ほどいる。
そんな電気工学科3年生の戦力的順位は……
機械科>自動車科>工業化学科>電気工学科
となっているわけである。
「勝てるわけがない……」
一人でそう呟いていた。
俺も文化部の例に漏れず、電気関連の部活と、PC部を兼部している。
運動といえば、毎朝の自転車通学か体育の時間だけである。しかも、その体育の時間だけで筋肉痛になる始末である。しかも、たまに2日後にくることもある。まったくもってジジくさい高校生である。
ただし、自分はそれでも運動神経はいい(らしい)。『らしい』というのは、自覚がないのである。
自転車を毎朝そこそこ速く漕ぎ続けること30分。その時点で、ある程度の運動にはなっているわけだ。自覚はないのだが。
そして、それ以外にも高校生になってから気いたことがある。
俺は自分の体にかかった枷を、ある程度外せる。
聞いたことはないだろうか? 人間の筋力は、常人ですら自分の骨を折りかねない程の力があると。そして、それを脳がセーブすることによって、人間は現在のようにごくごく普通に過ごせるのだと。
俺の場合、そのセーブすべき脳が半分ニートになっているせいか、規格以上の力を出せるのだ。
高校1年生の時、運動からかけ離れていた俺は体力測定の立ち幅跳びで270cmという記録を叩き出した。その後1週間、足の筋を痛めた。おかげで椅子から立つだけで一苦労だったが、医者には行かなかった。
また、50m走を全力で走ったときに、6.08秒というクラスの文化部内で最高記録を出した。運動部の中でも、そこそこの上位だったらしい。代わりに、足が筋肉痛で数日間冗談や比喩ではなく悶え苦しんだ。
こんなことがあり、中二病満載と半分冗談で『限界突破』と名付けた。世間一般では『火事場の馬鹿力』と呼ぶそうだ。
そんな経緯もあり、運動はできるが体を痛めるのであまりやりたくないという状態になっている。
ついでに、運動は嫌いではない。むしろ好きだが、夢中になりすぎると文字通り自制が効かなくなるので、控えている。
クラスの待機場所に到着した俺は、そのまま挽かれているブルーシートの上にゆっくりと寝転がり、イヤホンを耳につけてからMP3プレイヤーの再生ボタンを押した。
そのままやることがなく1時間ほどが経過した。
そんな時、
『100m走、予選に参加する人は集合場所に来てください』
と放送が入ったので、ゆっくりと立ち上がる。
クラスの悪友が、後ろから『頑張ってこいよ』『カメラ回しといてやるよ』『負けたら承知しないぞー(やたらと高音)』と声援を送ってくる。
「まぁ、普通に負けてくるわ」
そう言って、俺は集合場所に向かう。
集合場所では既に何人かの選手が待っていた。
自分のクラスからはあと2人ほど100m走に出るが、まだ来ていないようだ。
トイレで用を足し、集合場所で待つこと数分、周りが『運動部です』というかの如くの体つきをした人達が増えてきた頃、自分のクラスの2人が来た。
仲がいいわけでもないので、話すこともなく待機場所で待ち続ける。
『お前らー、そろそろ移動するぞー』
と、メガホンで先生に言われて、スタート地点へと行く。
ついでに言っておこう。この間の描写があまりにサバサバしているのは記憶がほとんどないからだ。緊張ってものは、やはりどうしようもないのである。
そのまま、ずっとずっと待っていたのを覚えている。自分のクラスの2人が先に走り、真ん中くらいで凡退していったのを遠目に見たあと、自分に出番が来たと緊張が最高潮を迎える。
その時、
――……。
緊張感は残っていた。ただ、内心は数瞬前と違い、恐ろしい程静かに凪いでいた。
両手を地面につき、左足の膝をつく。
「位置についてー」
スターターが合図のピストルを持ち上げていく動作がひどくゆっくりに見える。
「よーい」
左足を浮かせ、次の音を……乾いた破裂音を、静かな心情で待つ。
パァン!
と、言ったとおりの乾いた音が聞こえた瞬間、俺は地面の砂を大きく跳ねさせていた。
周りの音が、何も聞こえない。ただ、今見ているものと、地面に触れるこの足だけが、世界の全てになった。
視界の端に、誰かが必死に振る手が見える。それに、何故か恐怖心を感じた俺は、逃げるようにさらに腕を早く動かす。
いったい何秒経っただろうか。加速した意識の中、少しずつゴールラインが近づいてくる。
視界の端に映る手は未だに消えない。それからひたすら逃げるように、俺は……、
「……ッ!!」
ゴールラインを、切った。
足を徐々に遅くし、そして止まって気づく。
ウオオオオオオオ!
と、歓声が聞こえてくる。
どこから?
それは、近くで応援していた数十人の男女からのものだった。
「予想外の伏兵だったな……」
「なんでそんな速いんだよ」
と、一緒に走った奴らが息を上げながら俺に向かって言ってくる。
――俺だって知りたいわ。
だなんて言えないので、
「偶然だよ」
とだけ言っておく。
結果は、第3学年の全走者中、最速タイムの12.5秒だった。
その後、決勝があったが、先述した『限界突破』の反動で足の筋を痛め、決勝戦では0.3秒もタイムを落とし、4位とギリギリで入賞を逃がす結果となってしまった。
人生で最後の、そして学生生活最後の体育大会でも、俺は特に目立つことはありませんでした。
けれど、いいことはありました。




