夜の匂い。すべてを忘れられる、『静か』な時間。
深夜二時。そんな時間まで起きているのは、このあたりでは自分だけでなかろうか。
そう思うほどに静まり返ったある田舎。
風が畑にある鳥よけの空き缶を揺らし、カランカランと音が鳴る。田からは、カエルの鳴き声が絶えず聞こえる。
この時間になると、車なんてものは絶対といっていい程通らない。ただし、3時頃になれば、新聞配達でバイクが走ってくる。
静寂、というわけではない。生き物の声が聞こえて、確かにそこには音がある。
それでも、静かだと思える。それほどに、自分は騒がしい世界に生きているんだと、実感する。
ちょうどいい風が、窓から部屋の中に入ってくる。鼻で大きく息を吸い、肺に冷たい空気が入るのを感じる。鼻腔には、土と、青葉と、潮の入り混じった香りが届く。
毎晩、外の空気を吸っているが、匂いが日によって変わるからそれも楽しい。
時々、昼間に火を燃やした匂いが残っているが、それはそれで面白い。
生まれつき、鼻が利く自分は雨の前の湿った匂いを親に報告して、褒められたものだ。
その嗅覚も、いつの間にか使うことを忘れていた。
それを、つい最近思い出したばかりで、それから毎晩こんなふうにしている。しかし、こうしていると何故だか、気分がとても楽になる。
嫌なことを忘れるわけでもないし、憎しみもなくなるわけでもない。けれど、そんなことが関係なく、その時だけは何も考えないで済むのだ。それがなんだか気分がよくて。そして、自分は普段からこんなにも余裕なく生きているんだと思って。なんとも言い難い気分になるのである。




