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文化祭前夜

 一年に一度の大行事、学校生活での数少ない楽しみ。心躍る文化祭――――――その前夜。

 先に言っておこう。現在の僕は2年生だが、1年生の頃はどうだったかって?露店を経営する側になって、始まる前は楽しみだった。だが、露店は忙しく、休憩時間など無く、気になっていた出し物を見ることもできずに泣く泣く幕を閉じた。そんな光景が今でも目に浮かぶ。

 ――――――今年こそは…………。

 今年も露店を経営するが、交代がある。その交代時間までに、僕はどれだけ満喫できるのか………。

 しかし、いくら心が踊ったってまだ前日だ。何もできない。いや、準備はあるのだが………、もう色々と疲れていた。午前午後で買出しに3回も行かされ、テントを立て、展示の折り紙を折る。

 そして今、僕は図書室にいた。

 ――――――疲れたな………。

 図書室の机の上には、読書の本の代わりに、色とりどりの厚紙が置かれていた。そう、折り紙を折っているのがこの図書室なのだ。その机では、何人かが厚紙とにらめっこをして、何人かが紙を折ったり開いたりをしている。

 そんな中、僕は作品は『一応』完成していたので、一部の人のサポートにまわったり、あるいは、サボっていた。

 それが既に夕方………4時20分程であった。

 ――――――腹減ったし、そろそろなんか欲しいな…………。揚げ物だと少なくても腹が膨れそうなんだがなぁ………。………そうか!

 そこで僕は思い至った。近くに行きつけ………と言うほどではないが、なかなかの頻度でお世話になっている肉屋さんがあるじゃないか……。串かつと、男爵コロッケが74円と、安い目の値段でいつでもサクサクホカホカの揚げ物が食べれるおすすめのお店だ。まぁ、名前を出せば住んでいる所をかなり割り出されるからあえて伏せるが……。そうだ!ついでに、お金にも余裕があるし、友達にもあげよう。

 そう思って、事情を作業中の少年少女、司書の先生に話をしたら、買ってきてもいい。と、あっさりと許可が出た。むしろ、全員分なら、金を出す。とのことだ。さすが、司書の先生太っ腹!

 僕は作業中の友達に声をかけて、1人を巻き込んでその肉屋さんに行った。

 肉が揚がるのを待つ間、自分の学校の文化祭のことについて聞かれた。それにある程度のことを教えて、来てくれるように紹介だけして、揚げてもらった串かつとコロッケを貰って、その友達と歩き出す。

 しかし、この店で使っている油はいいものなのか、袋では抑えられない良い香りが鼻腔をくすぐり、腹の虫がぐぅと鳴る。先に自分たちが食べるわけにもいかずに、友達と一緒にダッシュで学校に戻った。その間も、僕の腹は猛抗議してきたが、耐え続けた。

 その買ってきた串かつやコロッケをみんなで図書室のすぐ外にあるベランダで食べる。

 僕は串かつだが、この串かつも絶妙な味なのだ。噛みごたえなのだ。

 一口目、歯を立てたら、サクッっといい音を立てて衣を前歯が貫いて、中にあるジューシーな肉に当たる。そのまま肉を噛みちぎって、咀嚼する。サクサクな衣が、肉の周りから少しずつ剥がれて、中の肉が少しずつその姿を現す。肉と脂身。その2つが絶妙なバランスで口の中に程よい塩味が広がる。そして、何度も思っていることを今一度思い直す。――――この串かつに、ソースなんて必要ない。こいつは、ありのままがいい。

 そんな、ある意味で厨二病なことを思うほどにそれは美味しかった。

 そんな美味しいものは、どんどんと食べてしまうもので、1本が、あっという間に一口に変わってしまう。

 その一口を名残惜しげに友だちとほぼ同時に口の中に放り込む。そして、ゆったりと咀嚼し、飲み込んだ。

 最後の最後、その味の余韻を楽しむかのごとく、僕は目を閉じる。その味も、少しずつ、少しずつ薄くなっていく。


 僕は、友達と一緒にベランダの手すりにもたれていた。

 そして、下を楽しそうに歩いていく学生を見て友達が、

「やっぱり、日常って良いもんだな……」

と、感慨深げに言った。それに対して僕は

「非日常ばっかり憧れるのは、やっぱり、疲れるからな」

そう言いながら僕は中で作業をしている人たちに目を向ける。ほとんど無表情だったり、会話も少ないが、その皆の姿が楽しそうに見えた。

「そうだな。こんな日常も、悪くはないな」

そう言って、友達は黙った。

 僕もすることが無くなったので、空になったであろう入れ物を見た……。が、空ではなかった。

 コロッケが、そこにポツンと取り残されていた。

「なぁ、これ………」

と、僕は友達に問いかける。

「ん…………?」

友達も僕の言いたいことが分かったらしい。

「………………」

「………………」

 それを見た僕と友達は、中で作業に戻っていった数名に声をかける。

「おーい、コロッケ余っているけど、欲しい奴いるかー?」

と、言った僕に対して、作業があまり進んでいないであろう人はそのまま無言で作業に戻っていったが、一人だけ、

「おい、それは俺に『食欲に貪欲になれ』と言いたいのか?」

と、聞いてきた。だから、それに対して友達が、

「こういう時くらいは従順になっても良いんですよ。」

と、言った。すると、その人………まぁ、僕の先輩にあたる人が、嬉々とした表情でベランダに戻ってきた。

 参加者、3名。2人とも、コロッケを食いたい。腹が減った。そう言った目をしていた。

 そして、無言で近づいて、

「ジャンケンで決めるか……」

そう言った僕に、賛成してくる。

そこに、先生が、見届けるかのごとく近づいてきた。そして、その先生の

「では、始め!」

と、言う声と共に、僕らは拳を突き出した。そして、僕が掛け声をかける。

「最初はグー、じゃんけんッ!」

そこで、僕はパーを出していた。特に考えなしの、咄嗟に頭に思い浮かんだ手の形。結果は―――?

 僕、パー。先輩、パー。友達、チョキ。

 友達の一人勝ちである。

 僕はその場で膝をついて、地にひれ伏した。

 どれだけ時間が経ったかわからない。一瞬だった気も、10分ほどそうしていた気もする。そう思うほどに、僕はそのコロッケを食べたかった。食べたくて仕方がなかった。

 先輩も、その友達にコロッケを渡した後で、ガックリと膝をついていた。そうか、あんたもか……。そんな共感を覚えながら、僕は立ち上がる。

 手持ち無沙汰になった僕は、空を見上げる。


 そこには、きれいに半分に割れた月が浮かんでいた。

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