テスト期間
――――――階下から音は…………聞こえないな…………。再度進行を開始する。
普段なら気に止めることもないような自分の仕草が、吐息が、衣擦れが、自分の一挙一動が何よりも大きな音に思える。それほどに周囲は静寂に包まれており、俺は嫌でも緊張する。
階下から、何かが動く音が聞こえた。その瞬間、俺は動きを止める。息を殺し、全神経を階下に向ける。
数秒後、階下からの音が聞こえなくなった。再び進行を始める。
いつもは、もっと短いと思っている距離が、たった10mほどの距離が、こんなにも遠く、険しい道に思える。
ギシリ
自分の足元から響く音に、全身をこわばらせる。家鳴りだ。階下からの音は………ない……か?
さて、こんな大仰な書き出しなんだが、俺がしようとしていることは、録画したアニメを見ること。
たかがそれだけのためにとも思うだろう。そうかもしれない。確かにそうだ。馬鹿馬鹿しいと思うかもしれない。だが、今は状況が状況だ。
『テスト期間』
学生が、自分の自由と楽しみを投げ打って、ただひたすらに問題を解く。そのための期間。その期間中に、ささやかな反抗として、アニメを見ようとしているわけだ。自分の欲求のため。押しつぶしてきた『自分』という存在の証明。これは、テスト期間で毎度おなじみのことであり、一度は必ず見つかってしまう。これは、日常生活中の任務では最高難易度に属する。
部屋にいなければ、勉強していないことがバレる。下手な物音でも不振に思われ、当然バレる。
そして、親に見つかると、説教、ため息、ただひたすらな無言。精神ダメージのオンパレード。
そんなリスクがあっても、欲望には負けてしまう。そして見つかってしまう。
そして今日も………
「圭介ぇ………………?」
背後から底冷えした声が聞こえる。
油を注していないロボットのように、首をギギギギと後ろに向ける。
振り返ると、暴力など振るわれないはずなのに、悪鬼、羅刹、修羅、どれとも言えないような恐ろしさを兼ね備えた顔をした母がいた。その背後には、今なら黒いオーラか、赤い炎が見えそうだ。
あぁ、もう嫌だ……
この後、フルコースを食らって色々とオワってしまいました(笑)




