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村人Aの婚約  作者: 加藤有楽
7/10

第7話


 お姫様と盗賊風のお姉さんを連れて自宅に帰還しました。いえ、訂正します。お姫様とお姉さんに自宅に連行されました。

 勇者様と魔法使いのお兄さんは全力で放置してきてしまったのですが、大丈夫なのでしょうか。まぁ、お兄さんがいれば勇者様の面倒はあれこれ見てくれそうなので大丈夫だとは思いますが。

 それよりも今、私の目の前ではすごい光景が繰り広げられています。場所はつい昨夜、魔法使いのお兄さんを通したダイニングテーブルです。いらっしゃる方はお姫様と盗賊風のお姉さん。お二人は今、ベロンベロンに酔っ払っていました。

「あー、やっぱりこの村の酒は美味しいねぇ」

「かなりまろやかな口当たりですわねー」

 ころころと鈴の転がるような笑い声を上げて、お姫様とお姉さんは何回目かわからない乾杯をしています。

 今からしばし前に自宅にたどり着いたのですが、気づけばもう夕方。朝から勇者様ご一行に追い掛け回されたり戦闘に巻き込まれたりしていた私は、朝食をとってから何も口にしていませんでした。話を聞けば、お姫様とお姉さんも似たり寄ったりの状況。そこで急遽、お二人に夕食を振舞うことになったのです。

 ぶっちゃけ我が家にはロイヤルな方に出せるようなものはないのですが、とりあえず朝に焼いた黒パンと煮崩れるほど煮込んだ蕪のスープ。分厚く切ったハムステーキとじゃがいもの付け合せに、マッシュルームのパイとレンズ豆の炒め物。香草のサラダに塩漬けのニシンとチーズ。村の地酒とミルクを使ったお茶。たいしたものはありませんが、とにかくすぐに対応できるものをお出ししました。庶民料理なことこの上なしの献立でしたが、お姫様も盗賊風のお姉さんもお腹が減っていたのか、喜んで食べてくださいました。

 私も後からテーブルにご一緒させてもらい、やっとお腹が落ち着いてきた所で、料理と一緒にお出しした地酒が猛威を振るい始めたのです。

 盗賊風のお姉さんからのリクエストでお出しした、我がルルトの村の地酒。実はこの地酒、口当たりが良くてフルーティーな味わいとは裏腹にアルコール度数が滅法高く、慣れない人間がカップ一杯一気飲みをすると、間違いなく急性アルコール中毒であの世に行けるという代物なのです。私も特に注意をしなかったのがいけなかったのですが、いつの間にやらお姫様とお姉さんは杯を重ね、私が空になったお皿を片付け終わったときにはベロンベロンに酔っ払っていらっしゃいました。

「あ、あのー……」

 恐る恐る声を掛けますと、お姫様の視線がこちらへ向きます。だいぶ酔いが回っているのかばら色の頬はうっすらと上気し、目元もほんのりと朱が差し、その朱に縁取られたアメジストの瞳は瑞々しく潤んでより大きく見えます。ひぇぇぇぇ!色っぽさ三割増しです。その綺麗なお顔でじっと私の顔を見ると、思い出したように手を叩いて、横に座る盗賊風のお姉さんの肩をがくがくと揺さぶりました。

「そうですわ!美味しいお食事に夢中になってしまいましたけど、がーるずとーくですわよ、お姉様!が、あ、る、ず、と、お、く!」

「ああー、そうだそうだ。お嬢ちゃんとコイバナで徹底的に語り合うんだったねぇ」

 そう言って、お二人の視線が一斉にこちらへ向きます。いやいやいや、語り合うようなことなんては特にありませんよ。あれ?これひょっとして、私今からこの美しすぎる酔っ払いに絡まれるんですか?二人がかりで?この逃げ場のない状況下で?

 知らぬ間に窮地に立たされていたことに今更ながら青くなっておりますと、お姫様がカップを横に除けて、向かい合わせに座っていた私の顔を覗き込みます。

「で、どうなのかしら実際」

「……というと?」

「しらばっくれちゃってー!うちの弟の話だよ!」

 いつの間にか手帳を取り出してページをめくっている盗賊風のお姉さんに、ばしばしと肩を叩かれます。うう、酔っ払いは力加減が出来ないから地味に痛い……。

「どうなんだいどうなんだい?さっきは女の子同士もいいかって思ったんだけど、別に姫さんは同性愛の趣味は無いし、お嬢ちゃんもないだろう?」

 お姉さんの問いかけに、びっくりしつつも首を縦に振りますと、お姫様がころころと鈴の転がるような笑い声を上げ、ほら、やっぱりそうですわお姉様、とお姉さんに視線を向けました。

「女性として可愛いものは大好きですけれども、恋愛は別ですわ。ねぇ?」

 お姫様のおっしゃるとおりです。モブではありますが、私も一応女子。乙女です。可愛いものや綺麗なものは好きですし憧れます。カワイイは正義!なので、お姉さんの巨乳だってお姫様の白い太腿だって、エロい意味で興味があるわけではないのです!いやいやマジで!必死とか言うな!

「それに私には、確固たる殿方のタイプがありますわ」

 ふふん、と誇らしげに胸を張るお姫様のお言葉に若干の違和感を覚えました。その言い方と勇者様への態度を考えるに、お姫様のタイプはどうやら勇者様ではないようです。ひょっとして、他に好意を寄せてらっしゃる方がいるのでしょうか。よしんば他に好きな方がいらっしゃったとしても、お姫様はあくまでお姫様で、勇者様以外とくっつくシナリオというのは用意されているはずがありません。それはお姫様自身、百も承知のことだと思うのですが、そのような葛藤を抱えているようには見えませんので、私は思わずお姫様に確認を取ってしまいました。

「お姫様は、ヒロインなんですよね?」

「ええ、そうですわ。私は勇者とくっつく役回りのお姫様。でもあの勇者様は願い下げね!欲しい方がいらっしゃるなら、今すぐにでも熨斗つけて差し上げますわ!」

 あまりに堂々としたその発言に、思わずぽかんとしてしまいます。すげぇ、流石ロイヤルな方は言うことが違います。ゲームシナリオくそくらえってことですよね今の発言。私のようなモブにはそんな発言できません。凄い。凄すぎますお姫様。

 良く分からない感動に襲われて思わずお姫様をまじまじと眺めておりますと、はた、とお姫様の横に座っている盗賊風のお姉さんが手を打ちました。

「あぁ、ひょっとしてそれを気にしてたのかい?」

 納得した、というように頷くお姉さん。しかし全く意味が分かりません。きょとんとしてお姉さんに視線を移せば、お姉さんは一人腕を組んで感慨にふけっていました。

「いやー、シナリオ上とはいえ、一応うちのとくっつく予定のお姫さんの立場を慮って、身を引いたわけか。いいねぇいいねぇ、そういう奥ゆかしい子には是非とも幸せを掴んでほしいもんだねぇ!」

「は!?」

 いつの間にか盗賊風のお姉さんの脳内では、私が『勇者様のことは好きだけれど、あの方にはもう婚約者が……!』という健気キャラになっていました。今のお姫様とのやり取りを聞いて、何故その様な結論が出るのか意味不明です。そんな要素が欠片もありましたか!?

 そもそも勇者様との件に関しては、常に視界から消え去る勢いで身を引いておりますが。例えるならば、エンジン全開フルスロットル。但しギアはバック固定。そんな心持ちなのですが。

「あらやだ、そうなの!?なんて可愛らしい方なのかしら!」

「いやいやいやいやいや」

 しかしそんな私の心情は完全にシカトで、お姉さんのお話にお姫様も物凄い勢いで乗ってきました。何を言っているんだこの人たちは。酔っ払いの話の通じなさに半泣きになりながらも、否定の意を表しますが、お二人は全く気にしてくれません。

「うふふー。でもね、安心してくださいな」

「いや、そうでなくてですね」

 なんとかその妄想というべき考えを打ち砕こうとお姫様に果敢に食いつこうとした私を振り切って、お姫様はガンガン話を進めていきます。

「わたくし、殿方は十五歳までしか存在を認めておりませんの」

 にっこりと、蕾がほころびるようなすばらしく魅力的な笑顔と共に発せられたお姫様の言葉に、思わず口をあけて固まってしまいました。横では盗賊風のお姉さんが、なんだい、その趣味は相変わらずかい、とか言いながら地酒をあおっています。その様子からして、お姫様は以前からその様な主張をかなり真剣にされてきたと思われます。酔っ払いのたわ言ではなく、かなりマジな発言の様です。

「……十五、ですか?」

「十五までがギリギリセーフですわね。それ以降の殿方には存在価値が認められませんわ」

 そう言い放ったお姫様にはまさしく王者の風格が漂っておりましたが、その堂々たる姿にふさわしい発言だったのかは甚だ謎です。

「まぁ、十五は上限の歳ですから、ベストは十代前半ですわね。あ、別に一桁でも全然構いませんのよ!?ただ、ペドフィリアとは一緒にされたくないですわ。そこまで人の道は失っておりません」

 思わず微妙な表情を浮かべてしまっていたのか、お姫様から追加の解説をいただきましたが、正直五十歩百歩としか思えませんでしたすみません。

 しかしここまで堂々と己の性癖をカミングアウトできるとは、流石ロイヤルな方は格が違います。もし私が自分の秘密をカミングアウトするとして、アルコールの力を借りても、ここまで堂々とした態度にはなれない気がします。先程のシナリオくそくらえ発言に続き、変な尊敬の眼差しを送ってしまいそうになります。凄い。お姫様凄い。

「そもそも、この勇者様は中途半端なのですわ!そこがまず気に入りませんの!」

 私の意味不明な感動なんぞもちろんご存じないお姫様は、なにやらヒートアップし始め、勢いよく立ち上がってそう声高に叫びました。ゴン、と力強くテーブルの上に置かれたお姫様のカップに、お姉さんがすかさず地酒を注ぎます。

「ここまでベタなRPGなのですから、勇者様だってきちんとタイプ通りの方がいいに決まっていますのに!シナリオライターは分かっていませんわ!!」

 熱心に主張しながら、地酒がなみなみと注がれたカップを手にすると、お姫様は手を腰に当てて一気に酒をあおりました。うああああ、この強い地酒をあんな風に……!お姫様の飲みっぷりを半ば茫然と眺めながら、お姫様のおっしゃった勇者のタイプについて思いを巡らせました。確かに、このベタなRPG世界において『勇者』というのはおおまかに二種類に分けられます。

 まずは、普通の男の子が(何らかの形で王族や勇者の血を引いていることが多いですが)ある日突然勇者として旅立つことになる場合。これは伝説の剣を抜いてしまったとか、言い伝えで旅に出なければならないとかのパターン。勇者様のビジュアルは黒や茶の髪の元気っ子少年系になる確率が高いです。元気っ子少年系というくくりにあるとおり、ローティーンの男の子が多いでしょうか。

 もうひとつは、ある程度の身分や名声を得ている方が勇者になる場合。国に仕える騎士だとか、どこかの王子様だとかで、身元がしっかりしているパターンです。こちらの場合ですと、勇者様のビジュアルはクールな美青年風になる確率が高めです。年齢は前者の勇者様より上がって、ハイティーンの男の子から、青年と呼ばれるような歳の方まで。

 以上の定義をふまえると、我らが勇者様は、設定は前者ですが、ビジュアルは後者のミックスのパターンなのです。

「片田舎の町で伝説の剣に選ばれた勇者が旅立った、なんて聞いたら、茶髪のハキハキ系元気っ子を想像するに決まっていますわ!勇者様がどのように戦ってきたかの戦歴を聞きながら、茶髪のハキハキ系元気っ子がどんな冒険をしてわたくしの元へ向かっているかともう一日千秋の思いで勇者様をお待ちしていましたのに、いざ対面してみたらあの始末!なんなのかしら、もう!」

 頬をふくらませて怒るお姫様は大変可愛らしいのですが、正直もうツッコミきれないところまで振り切れている発言です。

「そう思わなくて!?」

「え……そ、そうですね?」

 かなりの勢いで同意を求められました。正直私にはショタ趣味というのは無いのですが、酔っ払いに逆らっても無駄です。とりあえず相槌を打ってみましたが、お姫様はまだご不満なご様子。今度は盗賊風のお姉さんに、ねぇ、お姉さまもそう思わなくて!?と噛み付いていらっしゃいます。

 一瞬でも標的がそれたことに安堵の息を吐いておりますと、テーブルの上に三本転がっている酒瓶のうち、二本が空なことに気が付きました。残りの一本も半分も残っていません。私はお茶しか飲んでいないので、お姫様とお姉さんの二人で約三本空けたということになります。えええ、このお二人とんでもないザルですがな!

 大虎に化けたお二人にまたしばらく絡まれるかと思うと、鬱々とした気分になりましたが、ふと一計を思いついた私は、席から立ち上がって買い物籠を手にしました。テーブルの上に転がっている空瓶を引っつかむと、その籠に素早く突っ込みます。

「あの、お酒無くなってしまったようなので、ちょっと買ってきますね」

 そう早口にまくし立てると、私はその籠片手に自宅を飛び出しました。後ろからお姫様の十五歳までの男児にかける熱い語りと、お姉さんの、くっつけるのはいいけど、あたしの趣味ではないわー、という声が聞こえてきますが、お二人とも私が外へ出たことまで気が回ってない様子。なんとか窮地より脱出しました。まぁ、脱出した所で、自宅なので帰らなきゃいけないんですけれどね!?

 とりあえず、お姫様とお姉さんが酔いつぶれて寝てしまうのを期待しつつ、酒場に向かいましょう。あー、私が帰るまでに酔いつぶれて眠ってくださるといいのですが。



 かなり遠回りをして宿屋に併設された酒場にたどり着きました。店の外からでも、店内の喧騒が聞こえます。我がルルトの村はしょぼい村ですが、地酒は名産品なので、村の住人や近郊の村の人々のほかにも、わざわざ地酒を目的に村に立ち寄る旅人も多いのです。

 ドアを開けると、喧騒はより大きくなります。談笑する声、乾杯の音頭とカップ同士がぶつかる音、酔っ払いの調子外れの歌、地酒と一緒に食事を楽しむ人たちの食器の音、厨房からもれる鍋をあおる音やリズミカルな包丁の音。店の奥にあるピアノの横では、看板娘でもある酒場のご主人の娘さんが明るい曲調の民謡を歌っています。

 そんなざわざわした店内に足を踏み入れ、端にあるカウンターに近づき、ご主人に地酒を買いに来た旨を伝えます。空の瓶を渡して地酒を入れてもらう間に、ふと店内の様子を眺めていると、カウンターの端に見覚えのある藍色の髪が見えました。魔法使いのお兄さんです。そちらも私に気付いたのか、笑顔を見せると手招きをします。全力でシカトするわけにもいかないので、とりあえずお兄さんの横に行くと、にこにこと笑顔で隣の椅子を勧めてくれました。お兄さんの前には地酒の入ったカップ。昼間太陽光の下で見てもあまり血色の良くない頬が少し赤くなっている所を見ると、魔法使いのお兄さんもそれなりに酔っ払っているようです。

「お嬢ちゃん。姐さんとお姫さん、迷惑かけてない?」

 そう聞いた後、私が手にした籠に気付いたお兄さんは、どうやら迷惑かけてるっぽいねーと苦笑しました。そのまま手を伸ばして、私の頭の上にぽんと手を置きます。

「昨日の晩からごめんね、こんなことばっかりで。疲れてるだろ?」

 そのまま、わしわしと頭を撫でてくれます。一体どうしたことでしょう。お兄さんがマトモな事を言っています。いつもならニヤニヤと事態を引っ掻き回す発言及び行動が多いのに、酔っ払うとまともになるってなんなんだ一体。ニュータイプの酔っ払いか!?

 先程お兄さんの姿を認識したときは、昼間の復讐をしようと一瞬物凄い殺意が湧き上がったのですが、こんなまともな人を昼間の報復と称してフルボッコにしたら、まず間違いなく私に非があることになりそうです。ていうか、こんな人目のある所でモブの私が勇者様ご一行である魔法使いのお兄さんをブン殴るわけにはいきません。

 若干の悔しさをかみ締めながら隣に座るお兄さんの顔を見上げておりますと、お兄さんは唐突に話し始めました。

「あいつもねー、悪いやつじゃないんだよ?ちょっと回りが見えてないだけで」

 前振りが全く無かったので確証は持てませんが、話題はどうやら勇者様のことのようです。飲んでいる割にはしっかりしていると思いましたが、やはり酔っ払いです。会話が成り立っているようであまり成り立っていません。自宅での酔っ払いの扱いに窮して脱出してみれば、こっちでも結局酔っ払いの相手をしなければならないのですね……。

 思わず重い溜息をついた私を全く気にすることなく、魔法使いのお兄さんは話を進めています。

「何しろ、あの歳で初恋だからねー。どうも勇者様勇者様って持ち上げられるのがあんまり好きじゃないみたいでさ。お嬢ちゃんみたいな、自分に興味が薄い相手に惹かれちゃったのかねぇ」

 それってどうなのでしょうか。しかもお前あの歳で初恋って。小学生か。ていうか、勇者様は私が勇者様にあまり興味を示さなかったから好意をよせてくれたというわけですか?それ、相手をする方はかなり面倒くさい男ではないですか。

 うへぇ、という私の率直な感想が顔に出てしまったのか、魔法使いのお兄さんは喉の奥で少し笑っています。いや、だって、ねぇ!?相当面倒くさくないですか!?横で見ている分には面白いかもしれませんが、当事者になったら面倒くさいことこの上ない状況ですよ!?現在進行形で当事者の私が言うんだから間違いない。

「お嬢ちゃんは、別にあいつが嫌いなわけじゃないよね?」

 小首をかしげて聞いてくるお兄さんに、しばし己を顧みてみます。

 私にとって今現在勇者様はある種の脅威ではありますが、実際彼個人がどうこうというわけではありません。恨みも別にないですし、嫌いかどうかときかれたら「いいえ」という答えになります。

「別に、勇者様のことが嫌いなわけではないですよ。何しろ主役ですし、マイナスの感情はありません」

 でも、特に『きゃー!勇者様ー!』みたいなプラスの感情も無いだろ?と続けてきた魔法使いのお兄さんに、素直に頷きます。あのイケメンっぷりを見れば、うわー、すげぇ!イケメンすげぇ!という衝撃はありますが、別にそれだけというかなんというか。完璧に別世界の生き物を見る目というかなんというか。

「うん、それが逆にツボっちゃんたんだろ」

 私の答えを聞いたお兄さんは、げらげらと笑いながら地酒のおかわりを頼んでいます。おかわりを持ってきた酒場の奥さんに聞けば、お兄さんはこれで四回目のおかわりだそうです。これはかなり酔っ払っていると踏んでよさそうですね。

 いつまでの酔っ払いの相手なんぞしていられません。そろそろ酒瓶の用意もすんでいることでしょう。席を立とうとすると、お兄さんにがっしと腕を掴まれました。何ぞ?と思って再度着席すれば、真顔でこんな事を言い出しました。

「姐さんみたいなこと言うけど、実際お嬢ちゃんとしてはどうよ?」

 たった数十分前に聞いたような質問を、魔法使いのお兄さんが投げかけてきました。ていうかこの人たち他に気になる事が無いのでしょうか。これから救わなくちゃいけない世界についてとかラスボスの魔王についてとか、最強装備の入手方法とか隠しダンジョンの存在とか、今後リメイクされて携帯機で発売される可能性とか、そのリメイクが酷くて袋叩きに合うメーカーの窮状とか、それならばとベタ移植に踏み切ればそれはそれで激怒するファンの存在とか、某国の経済破綻とか基地問題とか。世界には気になる事柄で溢れているというのに。

 メインキャラクターの皆様の意識の逸れっぷりにやや不安を抱きましたが、返事をしないと手を離してくれなさそうな雰囲気が漂っています。これだから酔っ払いの相手は嫌なんだ!

「そうですねー……追っかけまわされたおかげで、今は敵という認識ですかね」

 本音と建前を使い分けることすら面倒になり素直に内心を吐露すると、お兄さんは一瞬の間の後、盛大に噴出しました。そのままごほごほと咳き込み、大爆笑に発展します。え、なにこの予想外のリアクション。私なにか面白いこと言いましたか?ひょっとしてこの人笑い上戸か。箸を転がしてもおかしい年頃に戻ってしまうタイプの酔っ払いなのか。

「お嬢ちゃんは素直な子だなぁ」

 ひーひー笑いながら、また頭をわしわしと撫でられます。私は飼い犬かなんかですか。度が過ぎた愛犬家に『よーしよしよし』と過剰な愛情を注がれて迷惑そうな顔をしている犬の気持ちが良く分かります。先日見かけた犬よ、今こそお前に心から同情するよ……。

 あまりのうんざりさ加減に、しばらくされるがままになっておりましたが、こんな風に時間を無駄にしているわけにもいきません。自宅に放置してきてしまったお姫様と盗賊風のお姉さんの様子もそろそろ気になります。

「お兄さん、私もう帰りますけど」

 飽きもせずにわしわしと頭を撫でているお兄さんに声を掛ければ、えー、もうーとかふざけた返事が返ってきました。一声かけた以上もう遠慮することもありませんので、頭上のお兄さんの手を掴んでぺっと投げ打ちます。ブーブーと可愛くないブーイングが起こりますが、知ったことではありません。

 籠を手に持ち席を立つと、ブーイングをやめたお兄さんがまたしても質問を投げかけてきました。

「なぁ、お嬢ちゃん。嫌いじゃないんだよな?」

 もういい加減にしろこの野郎。話題のループは酔っ払いの性とはいえ、相手をするこっちの身にもなって頂きたいものです。正直もうお腹いっぱいです。

「ええ、嫌いじゃありませんよ」

 そう答えると、魔法使いのお兄さんはにっこり笑って頷きました。それから手を振って別れの挨拶をしてくれます。そうして、ようやっと私は酔っ払いから解放されたのでした。



 たった酒瓶二本分の地酒を買うのに、かなり時間がかかってしまいました。

 魔法使いのお兄さんと喋ったのはたいした時間ではなかったのですが、お兄さんと別れ、酒瓶に入れてもらっていた地酒を取りに行ったところで、話し好きな酒場のご主人にあれやこれやと勇者様ご一行の事をツッコまれまくったからです。

 そりゃあ、レアアイテム取得のダンジョン以外何も無い村に勇者様ご一行が長居したり、おまけにお姫様まで登場したりする異常事態ですから、他の村人も気になるに決まっています。私はさっきも魔法使いのお兄さんと話をしていた上、飼い犬の如く頭を撫でまくられていましたし、昼間には村中追い掛け回されたりしていましたしね!お前ら気になってたんなら助けろよ!と心の底から思いますが、何しろ我らは村人という名のモブ。勇者様ご一行が家に来れば無抵抗でドアを開けますし、アイテムをパクられても文句は言えないモブたちなのです。あー、泣きたくなってきた。

 とにかく、酒場のご主人の質問攻めを、知らぬ存ぜぬ私は無実だの一点張りで退け、酒瓶を抱えて酒場を脱出してきた私は、とぼとぼと歩きながら盛大なため息をつきました。

 先程の魔法使いのお兄さんとの話で、勇者様が私に好意を持った理由と、その好意がどうやら限りなくマジらしいということはなんとなく分かりましたが、分かったところで私の主張を譲れるわけがありません。おまけに自分自身の勇者様へのスタンスを再認識したお陰で、より一層相手をするのが面倒になっただけです。どれだけ真剣に思われても、私モブですから!そこはこちとら真剣に譲れないわけですよ!モブとくっつくとかダメだろどう考えてもゲーム的に。お姫様のようにシナリオくそくらえとか言えるワケないじゃないですか。私はモブであることを愛する村人Aなのです。

 ああ、面倒すぎる。勇者様面倒すぎる。面倒くさすぎて憂鬱になってきました。マジで勇者様どこかに行ってくれないかな……。それが無理なら、私がここからいなくなればいいのか。あー、それがいいそれがいい。勇者様のいないどこかへいければそれでいい。ていうかそれって楽園じゃね?パラディーソじゃね?

 そんな事を考えつつ、来たときと同じようにかなり遠回りをしながら帰路についておりますと、突如、木の陰から月明かりでも十分白いと分かる手が伸びてきて、がっしと右手首をつかまれました。

「あの」

「おぅわぁ!!!!!」

 なななな何事!?確かにここからいなくなりたいとは思いましたが、別にあの世に行きたいとかそんなことは微塵も思っていません。確かに昨今のホラーゲームは半泣きどころではなく怖いものがあるのは知っていますが、こんなベタなRPGにホラー要素いらないだろ!?二兎追うものは一兎も得ずということわざを知らないのか演出担当!

 思わず出た悲鳴と共に一瞬でそこまで思考が巡りますが、私の手首を掴んだ白い手の主が木の陰から出てきたことで、演出担当者への呪詛は一旦止まりました。木の陰から出てきたのは、淡い金髪が月明かりに眩しく煌めく、我らが勇者様だったのです。

「驚かせてしまって、申し訳ありません……」

 白い手の主が地獄からの使者でなかったのには心底安堵しましたが、その安堵も一瞬のこと。勇者様に手首をつかまれたまま、私は思わず周りを見渡しました。

 場所は、村の外れにある野菜畑の脇。酒場や宿屋がある場所からはだいぶ離れているどころか、民家が集まっている箇所からも少し離れています。ていうか農具を入れておく物置ぐらいしか建築物が無いような場所です。私の自宅はこの野菜畑を抜けた先、村の入り口の近くですが、やはり少々距離があります。この時間では通行人は皆無。当然ながら、先程まで酒場でご一緒だった魔法使いのお兄さんも、我が家でベロンベロンになっているであろう盗賊風のお姉さんとお姫様もいらっしゃらない。つまり、今、限りなく勇者様と二人きりの状況下なわけです。

 ……うおおおおお、こんな超絶ぼっちなところでタイマン勝負を仕掛けてくるとは!恐ろしい!勇者恐ろしい!!まるでぼっちになったところを狙ったかの様なタイミングでの攻撃!やはりこいつは敵だ!間違いない!!

「あなたとどうしても二人きりになりたくて……」

 私の内心の慄きを知ってか知らずか、そう言いながら、私の目をひたと見据えてくる勇者様の碧眼は限りなく真剣です。昼間に見た殺気こそありませんが、月光の下の勇者様は陽光の下の勇者様とはかなり印象が異なりました。陽光を反射する明るいキラキラっぷりではなく、どこか陰のある妖しげな煌めきを放っています。

「少し、お時間よろしいでしょうか?」

 微笑が添えられた言葉でしたが、はいそうですかと簡単に頷けるような状況ではありません。できることならばこいつを殴り倒してでもこの場から逃げおおせたいです。ていうか怖い!勇者怖いよ!!誰かー!誰か来てマジで今すぐ!!村人ピンチなう!!!



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