第4話
今私は、勇者様と向かい合って両手を繋いでいる状態です。しかも何気に恋人つなぎです。いうなればアレだ、某石の首飾りが無いので浮いていないけど、シータとパズーな構図なワケです。こいつやっぱり侮れない相手だ……!と私が内心勇者様に恐れおののいている間に、盗賊風のお姉さんがこちらに辿り着きました。
「ヤダちょっと、ひょっとしてラブシーン!?」
目を輝かせているお姉さんには申し訳ないですが、これのどこがラブシーンに見えるのかと問い質したい気分で一杯です。勇者様は笑顔が怖いし、私は半泣き。いくら演技が下手なダメドラマでも、こんなラブシーンはありえないでしょう。
「黙っていてください姉さん。むしろどこかへ行ってください」
「こんな見ごたえのあるシーンでチャンネル代える馬鹿がいるかい」
勇者様の棘のある言葉もなんのその。お姉さんは私と勇者様の一挙手一投足に集中しきっている状態です。うう、なんだこの状況下。できることなら勇者様を撲殺してでも逃げおおせたいです。
自分の中のヤる気を再確認し、敵意も新たにしたところで、勇者様からの先制攻撃を受けました。そもそも、勇者パーティーが常に先制攻撃というその戦闘システムに納得がいかん……!
「何度も同じ質問をして申し訳ありません。あなたは、本当にそれの方がお好みなのですか?」
私がRPGの戦闘システムに意識を飛ばしている隙を突いて、勇者様はまたしてもその小奇麗な顔をずいと近づけてきました。この勇者フェロモンたっぷりの攻撃の威力は身に染みて分かっているので、私は思い切り顔を背けました。こんなに恐ろしい攻撃は未だかつて体験したことがありません。やっぱ勇者怖ぇー!もう嫌だー!
私が半泣きになって勇者様の相手をしているというのに、相変わらず魔法使いのお兄さんは傍観者に徹していますし、きらきらと目を輝かせてこちらを見つめていた盗賊風のお姉さんは、一瞬何かに気付いたような表情をし、次にはとんでもないことを言い出しました。
「あらやだ。お嬢さんはこっちの色好みのほうがいいのかい?」
「いや、別にどっちもどうでもいいですから」
すかさず否定したのですが、このお姉さんは本当に話を聞いていないのか、きりっとした目を最大限に見開いてとても驚いた表情をしました。そしてなんだかよくわからない方向へ暴走を始めてしまったのです。
「まぁまぁまぁ!あたしとしたことがくっつける相手を見誤るなんて!」
なんてぇこったい!と叫んだお姉さんは、私と勇者様の恋人つなぎの両手をささっと解くと、私の身体をくるりと反転させて、魔法使いのお兄さんと向かい合うようにしました。こっちだったんだね?というお姉さんの言葉に私は真っ青になりました。勇者様とくっつけられるのは無論お断りしたいのですが、魔法使いのお兄さんとくっつけられるのも正直願い下げです。カレー味のアレとアレ味のカレーどっちがいい?という究極の選択より更に難易度の高い選択です。むしろ選択したくないんだよそんなことはよ!
そんな私の心の叫びを知っているはずなのに、魔法使いのお兄さんは、俺も罪な男だよねぇとかなんとか適当なことをおぬかし遊ばしています。やっぱこいつ殴ろう!とりあえず殴る!
勇者様の恋人つなぎから開放されて自由になった右の拳に力を入れたところで、横にいた盗賊風のお姉さんが一方的に肩を組んできます。うう、豊かな胸の感触にドキドキします。こんな状況でもお姉さんの胸に意識のいく私の中の男子中学生根性に乾杯!
「あたしの眼力も落ちたものだねお嬢さん……。いや、確かにこれはこれでモテるんだよ。こういう女にソツの無いタイプってのは一定以上の人気は持ってるもんなんだ。でもね、ウチの弟も悪くないと思うんだよね!?」
この一方的に肩を組まれる状況、気弱な学生がクラスのヤンキーに金を要求されているような図ですよね……。そのまま私も勇者様とくっつくことを強要されるのかと身構えていましたら、お姉さんは先ほどまでの勢いが嘘のように消えうせ、がっくりと肩を落として大きな溜息を一つ。
「でもまぁ、好いた相手がいるというのならば、その相手と添わせてやるのがあたしの役目さね。それをまぁ、好いた相手を見抜けないとは……あたしもうダメかもしれないね」
勝手に暴走を始めたお姉さんが勝手に大後悔を始めてしまい、どうしようもなくなった私をさすがに哀れと思ったのか、魔法使いのお兄さんがお姉さんをそっと剥がしてくれました。私という支えを失った盗賊風のお姉さんは地面に四つん這いになって大後悔を続けています。慌ててお姉さんを起こそうとした私の両肩を後ろから掴んで止めたお兄さんに驚きの視線を向けると、ぼそりと訳を話してくれました。
「姐さんは一度凹むととことん凹むんだ。そのうち復活するから、そっとしておいてくれ。正直、俺らもどうにもできん」
ぽんぽん、と両肩を軽く叩いてから魔法使いのお兄さんは真後ろの勇者様に向き直りました。そこには、ごそごそとアイテム袋をあさっている勇者様がいたのです。
「ところでおまえ、さっきからやけに静かだけれど何やってんだ?」
そういえば、勇者様と手を離してから全く声が聞こえてきませんでした。ぶっちゃけ忘れていた感がありました。勇者様、見た目は美形で勇者なのに、たまーに本当に地味で不安になります。周りがこれだけ濃いのに、やっていけているのでしょうか……。
私はいらん心配を抱きましたが、どうやら勇者様と魔法使いのお兄さんの間では別に珍しいことではないようで、淡々と会話が進んでいきます。
「装備のチェックだ」
「何で急に?この村出るのか?この状況で?」
この村を出る、という嬉しい言葉にいらん心配を思い切り投げ捨てて勇者様に向き直りましたが、私の小さな希望は勇者様の簡単な答えに見事断ち切られました。
「いや」
ふるふると首を横に振った勇者様は、何故かにっこりと魔法使いのお兄さんに笑いかけました。お兄さんと私がどういう心境の変化かといぶかしみ、勇者様の行動と何か関係があるのかと首をかしげたところで勇者様は気楽に一言。
「お前を倒すことにした」
「……は?」
予想外の言葉にお兄さん共々ぽかんとしている間にも、勇者様はてきぱきと装備を整えながら話を進めて行きます。
「お前がよく言っていただろう。恋愛というものは、基本は駆け引き。押してダメなら引いてみろ。さらにダメなら略奪愛、と」
「ちょ、待て。まぁ待て。とりあえず武器から手を離せ。しかもおまえいつの間にか装備変わってんじゃねぇか!もったいないからって仕舞っておいた伝説の剣取り出してんじゃねぇよ!」
我に返った魔法使いのお兄さんが絶叫したところで、勇者様は腰の剣をすらりと抜きました。見事な長剣が、日の光を受けてきらりと光ります。その長剣の剣先を明らかな殺気を持って魔法使いのお兄さんに向けた勇者様ですが、その表情はあくまで笑顔。見事なまでの勇者スマイルです。ただ、目がマジです。殺気でぎらぎらしています。
「ほら。いくぞ。イベントバトル扱いになるから、待ったは無し。負けても死なないから安心しろ」
「そういう問題じゃないだろ!?」
真っ青になって喚いている魔法使いのお兄さんからさっさと顔を背けた勇者様は、呆然としている私の方に向き直ってにこりと笑いました。その表情からは、殺気だけが見事に抜け落ちています。
「というわけで、今から略奪愛に移行させていただきます。よろしくお願いします」
勇者様の笑顔は相変わらずフェロモン全開のいい笑顔ですが、ぶっちゃけ何がよろしくなのかサッパリ分かりません。むしろよろしくされても困ります。勇者様は略奪愛とか言っていますが、そもそも私と魔法使いのお兄さんの間に愛は存在しません。よって略奪愛も成立しないはずなのですが、ほんとにこの姉弟人の話聞いてねぇな……!
あまりの急展開についていけない私がパクパクと口をあけることしかできなかった間に、本当に目の前で勇者様対魔法使いのお兄さんの戦闘が始まってしまいました。なんということでしょうか。
状況としては勇者様が大分有利に見えます。何しろ戦闘開始直後から、魔法使いのお兄さんに本気で切りかかっています。どう見てもヤル気です。剣技と足技の間に小さく入る魔法が、嫌な感じで効果を発揮しています。対する魔法使いのお兄さんは、最初は腰が引けていましたが、勇者様に何度か本気で切りかかられて命の危機を実感したようです。先ほどから派手な演出のつく上級魔法を連発しています。お互い、手加減という文字をすっかり忘れているようです。
私はこういう戦闘を目の前で拝めるタイプのモブではないので、思わず勇者様と魔法使いのお兄さんのバトルに見入ってしまいました。勇者様の剣技はスマートなものの力強く美しいものでしたし、魔法使いのお兄さんの魔法は、なにしろ派手で目を疑うようなものばかりだったのです。
しばらく見入っていたのでしょうか。勇者様も魔法使いのお兄さんもHPが残り少なくなってきているので、かなりの時間が経っていたのでしょう。視線を少し動かせば、勇者様とお兄さんが死闘を繰り広げている奥で、相変わらず盗賊風のお姉さんが大後悔をしています。魔法使いのお兄さんの言うとおり、凹むときはとことん凹む方のようです。
そんなカオスな状況に、最早顔を引きつらせた笑いしかできない私が現実から目を背けようと横に視線を移しますと、また私の日常からはかけ離れたものが目に飛び込んできました。真横に、見知らぬ人が立っていたのです。それも、もんのすごい美人さんが。
盗賊風のお姉さんも美女といって差し支えない美人さんですが、こちらの美人さんも負けてはいません。お姉さんのような気風の良いアクティブな感じの美人さんではなく、正に清楚という感じの、たおやかな美人さんです。胸まで伸びた銀髪はつやつやと煌めいていますし、白い肌は磁器のような滑らかさで、頬はバラ色。小さく可愛らしい唇は桜色に染まって、大きな目は宝石のような紫。なにより、どこか少女めいたところを感じさせる雰囲気が独特の艶を加えていて、一層華やかな印象を受けます。まぁ、私の陳腐な表現ではイマイチ表しきれていませんが、あれです。ド美女です。
ただこの謎の美人さん、輝く銀髪の上に同じくらい輝きまくっている金細工の王冠のような髪留めをし、その身を包んでいるのは上等の繻子のドレスだったのです。ええ、そうですね。このベタな世界でこのベタな服装。間違いありませんね。どこのどなたかは存じませんが、間違いなくお姫様です。
お姫様という方は、このRPG世界においては珍しくはありません。むしろ必ず一人は王族の方がいるものです。王族が全く一人も出てこないRPGなんて存在しないのです。そう言い切れるくらいメジャーな存在です。ですが、私のような村人Aとの接点は全くないはずなのです。なのに何故ここにどう見てもお姫様としか思えない方がいらっしゃるのでしょうか。私、疲れて白昼夢でも見ているのでしょうか。
そもそも宿屋と道具屋と民家が二軒、それに奥の洞窟のダンジョン以外何も無いこの辺境の村に、お姫様という単語が似合いません。さらに言うなら存在そのものが浮いています。いや、お姫様が浮いていると言うより、背景の村が霞んでいます。可愛いは正義なので、可愛くない我が村は悪なのです。つまり悪いのはしょぼい我がルルトの村なのです。
軽く混乱してしまいましたが、とにかく、そんないきなりのセレブな方の登場に私が思わず一歩引いた瞬間、そのお姫様は穏やかだった顔を豹変させ、腰に手を当てて大声で叫びました。
「あなたたち!何をやっていますの!?」
正に鈴を転がすような可愛らしい声でしたが、その音量はとんでもないものでした。真横に居た私は思わず耳を塞ぎ、死闘を繰り広げていた勇者様と魔法使いのお兄さんの動きもぴたりと止まりました。
下々の者である私がこんなことを言うと不敬罪で首が飛ぶのかもれませんが、頭の中に『人間スピーカー』という文字が浮かびました。ありえない音量です。鼓膜のピンチを感じたのは私の生涯初めての経験だったかもしれません。
そんな状況下でも、盗賊風のお姉さんだけは奥で相変わらず大後悔の真っ最中でしたが。なんて肝の据わった人なんだお姉さん……。
私が盗賊風のお姉さんに変な感動を覚えている間に、銀のお姫様はつかつかと勇者様と魔法使いのお兄さんの方へ詰め寄っていきました。ぜぇぜぇと荒い息をついている魔法使いのお兄さんを見事にスルーして、勇者様の目の前に仁王立ちになります。
「どういうことですの、勇者様!?」
「コルシエの姫君……」
お姫様の強い調子にも驚きましたが、勇者様のややうんざりとしたような声にも驚きました。あの勇者様があんな風に拒否の感情を表に出すとは思っていなかったのです。というより、あんな美人にあんなつれない態度、普通の男だったらできないはずです。私が男だったとしてもできないよ!?ていうか女の今でさえできない!本当に、勇者というのは底が知れません。
そんな思いを抱えつつ、睨み合った勇者様とお姫様の側からずるずると私の側まで後退してきた魔法使いのお兄さんにあのお姫様の正体を聞きましたら、やはり正真正銘のお姫様でした。我がルルトの村から北西の方角にある、コルシエというお城のお姫様だったのです。
「で、一応ヒロインってことだから、あいつのお相手ってことになるな」
ヒロイン。魔法使いのお兄さんがさらりと言ったその言葉に、私は雷に打たれたような衝撃を受けました。ヒロイン、ですよ!?ヒ、ロ、イ、ン!!
衝撃でぶるぶると震えだした私に驚いたのか、心配そうに覗き込んできた魔法使いのお兄さんの胸倉をがっしと掴むと、私は幾分据わった目でお兄さんを睨みつけます。
「お兄さん。確認させてください」
「ど、どうしたお嬢ちゃん?」
私の迫力に押されたのか締め上げている胸倉が苦しいのか、お兄さんはひきつった表情です。そういえば先程まで勇者様と死闘を繰り広げていたのでいたるところボロボロですが、それを気遣っている場合ではありません。緊張でさらにお兄さんの胸倉を掴む手に力が入りますが、それもまぁ、どうでもよいことです。
「あのお姫様はヒロインキャラで、勇者様とのラブイベントの担当の方で、最終的には勇者様とくっつく方なんですよね!?」
「う、うーん?」
「どうなんですか!?隠し立てするとろくな事になりませんよ!?」
「そうだよ!その通り!だからちょっと放してくれって!」
そうです。私はその言葉を聴きたかったのです。
……私の希望というか全世界の希望、キターーー!!!!
心の中でガッツポーズを決め、絶叫した私を誰も責められないと思います。勇者様とくっつく予定の方の降臨です。天の助けともいえます。神という名のシナリオライター様は、私を見放さなかった……!ありがとう生みの親!ありがとう育ての親!!許すことならワールドカップで決勝点を決めたサッカー選手くらいの勢いで神に感謝したいです。ああ、生きていて良かったってこういうときに使うべき言葉だったんですね!?
浅草サンバカーニバルにすら負けない勢いで喜びに身体を震わせる私を、魔法使いのお兄さんが怪訝そうな顔で見やっています。でもそんなの関係ねぇ!ついに私が本来の職である村人Aとして心穏やかに過ごせるチャンスがやってきたのです。とうとう私に運が向いてきたということなのでしょうか。本当に、人生って捨てたものじゃありませんよね。
私はこの先の自分の人生の平穏を感じ取り、ものすごくいい笑顔で勇者様とお姫様の方に向き直りました。ああ、これから私の人生、バラ色モブ街道が待っているのですね!