第3話
私は今とんでもなくピンチです。
勇者様とのラブイベント担当と思われる盗賊風のお姉さんに、路地裏に引きずってこられたのです。お姉さんは私の首根っこを手放してから、建物の壁に向かってぶつぶつと何かを呟いています。私の処刑方法を考えているのでしょうか。おお、恐ろしや。
いやもうこれマジでピンチですよ?重いボディーブローぐらいだったらともかく、それ以上の処刑方法を考え付いてしまったらどうしましょう……。わ、私無実なのに!
そこまで考えて思い出しました。そうです、殴られる前に私は勇者様とは何も関係がないという事を主張せねばなりません。むしろ勇者様に付きまとわれて迷惑をしているのです。その事実を盗賊風のお姉さんに伝えて、誤解を解いてもらわねば!モブとはいえ不当な暴力の前に屈してはならぬのです!
「あ、あのー……」
未だぶつぶつと言っている盗賊風のお姉さんに、恐る恐る声をかけてみました。すると、くるりと勢いよく私のほうに向き直りずいっと顔を寄せてきます。ぎゃー!美人!!
「お嬢さん、名前は?」
「は?……ええと、村人Aです」
唐突にそう質問されたので回答が一瞬遅れましたが、正直に答えます。まぁ、正直に答えたところで、お姉さんには私の名前は聞き取れないのですが。
やはり私の名前を聞き取れなかった様子の盗賊風のお姉さんは、最初きょとんとした顔をしましたが、何かを思い出したような顔つきなってああそうかと一人で納得しています。お姉さんはモブの縛りのことをご存知のようです。魔法使いのお兄さんが話をしたのかもしれません。
「へぇ、じゃあお嬢さんはホントにモブの子なのか。あれももうちょっとねぇ……」
そう言うと、盗賊風のお姉さんはまたぶつぶつと何かを呟き始めました。こここ怖ぇー!お姉さんの意図が全く読めないのが本当に怖すぎます。いつ重いボディーブローが襲ってくるのでしょうか。
ここは先手必勝です。私はもう一度勇気を出して盗賊風のお姉さんに声をかけることにしました。今度は一気に用件を告げます。
「あの、わ、私に何か御用で?ちなみに勇者様と私には何の関連性もありません。恋とか愛とかラブとかそんなの冗談じゃないです。むしろ今すぐ縁を完璧なまでに切りたい心持ちなのですが、い、いかがでしょう、か……?」
最後が疑問形になったのは、私が話していくうちにどんどん盗賊風のお姉さんの表情が険しくなっていったからです。美人の怒った顔って、ものすごく迫力あるんですね。
「縁を切りたい……?」
な、なんで私メンチ切られているんでしょうか。ライバル宣言どころか完全に白旗を揚げたのに、今すぐその腰に下げている円月刀でなます切りにされそうな勢いです。納得いかねぇー!
あ、ひょっとしてお姉さん、恋は障害があった方が燃えるというタイプの方なのでしょうか。恋愛は特に障害もなくつつがなくまとまる方が良いと思いますよお姉さん。そう思いますが、まさかそんなことを口に出すわけには行きません。なます切りにされるのを覚悟して、再度主張をします。
「あの、ホントに私は勇者様とはなんでもないので。お姉さんの恋のライバルとかそんなものではありませんので……」
半泣きになりつつなんとかそう訴えますと、盗賊風のお姉さんは目を見開いてぽかんとした表情をされました。やっと私がお姉さんの恋の障害物ではないということを分かってくださったのでしょうか。
次の瞬間、盗賊風のお姉さんはお腹を抱えて爆笑しました。
「あはははははは!ちょ、面白いなお嬢さん!!!」
いきなりの爆笑の訳が分からない私はうろたえるしかありません。何かツボにはまるようなことを言ったのでしょうか。それとも勝利の高笑いなのでしょうか。
おろおろとしていますと、盗賊風のお姉さんは涙をぬぐいつつ爆笑の訳を教えてくれました。お姉さん、まだひーひー笑っていますが。
「あんたが何をどう勘違いしたのかは知らないけどね、あたしとあれは姉弟なんだよ!」
あっはっはと豪快に笑っている盗賊風のお姉さんの横で、今度は私がぽかんとする番でした。衝撃の事実に思わず勇者様と盗賊風のお姉さんを頭に思い浮かべてみますが、全くこれっぽっちも似ていません。そもそも遺伝子が違いすぎます。勇者様は白い肌に色素の薄い金髪という典型的な北国の人の見た目ですが 、お姉さんは褐色の肌に白い髪という典型的な南国の人の見た目です。
私の信じられないオーラを読み取ったのか、盗賊風のお姉さんは笑いを押し殺しつつ家族構成などを教えてくれました。なんでも盗賊風のお姉さんと勇者様のご両親は、お父様が南国カーノの方で、お母様が北端のノインバッハの方なのだそうです。ですから、お姉さんは父親似で勇者様は母親似ということのよう です。しかしこれほどまでに血の混じっていない見た目になるとはある意味感心します。凄いです勇者様のご両親。ブラボー。
「昔っから似てない姉弟って言われてたからね。しかしあたしをあれの恋人だと思ったかー。ホントに面白いなぁ!」
依然笑っている盗賊風のお姉さんの横で、私は新たな疑問を抱えていました。とりあえず勇者様と盗賊風のお姉さんの遺伝子云々のことは理解しましたが、そうすると、私がこんな路地裏まで有無を言わせず連れてこられた意味が分かりません。私はてっきり重いボディーブローを勇者様に隠れて食らわせるために連れてこられたとばかり思っていたのです。
「じゃあ何で私をここまで連れてきたんですか?」
ようやく笑いを納めた盗賊風のお姉さんは私の疑問にあっさり答えてくれました。
「ああ、昨日のダンジョンの原因ってあの色ボケが言ってただろ?」
あの色ボケというのは魔法使いのお兄さんのことでしょう。確かにお兄さんはそんなことを言って私を盗賊風のお姉さんに紹介しました。
「その原因の子が見たくて仕方なかったんだよ。女同士で話したいこともあったしさ」
そう言われても、私には状況がさっぱり分かりません。事態を飲み込めていない私に、盗賊風のお姉さんはまぁお聞きよと話を続けます。
「いやー、あたしの弟、前からどうも色恋には疎い男でさ。見た目があれで勇者って肩書き持ってるから、いろんなところでいろんなお嬢さんに熱い視線向けられてたりするんだけど総スルー。ひょっとしてホモなのかと思ったけれどそういうわけでもないらしくて。とにかく朴念仁と言うかそれ以下と言うか、年頃の男なのにそんな状況だから凄く心配だったんだよ。けれどさぁ、昨日ここのダンジョン潜ってた間、始終そわそわしてんの。そんでいつもより明らかにハイペースで探索進めるわけよ。最初はどうしたんだって聞いても何も言わなかったんだけどさ、問い詰めてみたら『早くここを片付けて会いたい人がいる』って言うじゃない!更に聞きだしてみればお嬢さんに一目惚れしてたっぽくてさぁ!もうねぇ!私嬉しくって!」
本当に嬉しそうな笑顔ではしゃぐ盗賊風のお姉さんはとても可愛らしく、ずっと見ていたい気分だったのですが、それは一種の現実逃避だということに気付いてしまいました。
うん、村人Aに一目惚れとかありえないから。私の容姿はこの世界に色違いであと五人存在するんですよ!?なんでその色違いの方に惚れなかったんだ!?色味がまずかったのか!?勇者様はつまり色味フェチなのか!?それとも自分が美形で御一行の皆さんも美形だから、モブの平凡な顔が新鮮だったのか!?なんだそれブン殴るぞ!?……分からない!分からないぞ勇者ってやつは!
私は頭を抱えましたが、盗賊風のお姉さんは楽しそうな雰囲気のままです。
「で、あれの告白は受けたのかい?なんかやけに意気込んでたんだけど」
にやにやと楽しそうに笑って聞いてくるお姉さんには申し訳ないですが、私はきっぱりと本当のことを言いました。
「断固としてお断りさせていただきました。それでもやまない付きまとい行為に辟易しているところです」
「……ああ、お嬢さんはあれか、流行のツンデレかい?それとも古き良き、嫌よ嫌よも好きのうちタイプかい?」
眉間に皺を寄せて厳しい表情で答えた私とは裏腹に、盗賊風のお姉さんはきょとんとした表情で首をかしげてそう言いました。なんかものすごいポジティブ思考で返された気がします。ポジティブっつーか私の話聞いてないですよねお姉さん。
「いや、私と勇者様はそういう関係ではないです!」
「まぁたそんなこと言ってー!ぶっちゃけあの顔は嫌いじゃないだろ?そりゃ性格はちょっと地味かもしれないけど。見た目ばっかり爽やか路線かもしれないけど。一度決めたら人の話聞いてないときがあるかもしれないけど。それでちょっとむっつりかもしれないけど」
厳しい表情のまま私は全力で否定しましたが、それを軽ーくスルーして、盗賊風のお姉さんはどんどん言葉を続けます。なんだか後半は言っていることが酷くなっているような気がするんですが、私の気のせいでしょうか。
というかお姉さん、先程から笑顔なのですが、だんだん目がマジっぽくなってきています。どことなく血走ってきているような気さえします。これも私の気のせいか目の錯覚なんでしょうか。
「ねぇ、だからさぁ、嫌いじゃないなら可能性はあると思うんだよ。一度付き合ってみるってのも手だと思うんだ」
やはり気のせいではありません。盗賊風のお姉さんの目は、確かに血走っていました。だんだん熱が入ってきたのか、目がどうなっているかはっきり見えるまで、お姉さんの綺麗なお顔が私の目の前に迫ってきています。
「あたしに仲人やらせておくれよ。あたしそういうの大っ好きでさー、カップリング成功率九割三分七厘だよ?あたしに任せてくれれば絶対幸せになれるって。ね?」
心なしか息が上がってきたような盗賊風のお姉さんが私の両肩をがっちりホールドする寸前、私は脱兎の如くその場から逃げ出しました。
あれ、あれはまずいです。どう考えてもイッちゃってました。しかもあの目は間違いなく親戚中に一人はいる、やたらお見合いさせたがるオバちゃんの目です。あのまま肩をつかまれていたら、あれよあれよという間に勇者様との仲を取り持たれてしまいます。それだけはなんとしてでも阻止せねば!
後ろから盗賊風のお姉さんの『ちょいとお待ちよ!』という声が聞こえてきますが、いくら巨乳南国美人の言うことでも今回ばかりは聞けません。私は必死に走りましたが、後ろから物凄く気楽そうな声が聞こえてきました。
「ノインバッハの駿馬と謳われたあたしから逃げられると思ってるのかい!?」
自信に溢れた声と同時に盗賊風のお姉さんが走り出すと、あっという間に距離が縮んでしまいます。流石、駿馬と謳われる足を持っているだけのことはあります。しかしこちらもあっさり追いつかれるわけには行きません。追いかけてくる盗賊風のお姉さんをかく乱するため、私は路地裏をジグザグに走ってから表通りに出る作戦に出ました。ステータス的には圧倒的にお姉さんが有利ですが、地の利は私にあります。今回ばかりは何があっても生き延びねば……!私頑張れすごい頑張れ。
そう広くも無い村の路地裏を走ることしばし。ちらりと後ろを振り返ってみると、お姉さんの姿は完全に見えなくなってしました。ほっと息をついた途端、どすんと誰かとぶつかってしまいました。思わず体のバランスを崩してコケそうになりますが、その前にはっしと腕を掴まれて事なきを得ました。
「無事だったかー?お嬢ちゃん」
私がぶつかったのは魔法使いのお兄さんだったようです。反射的にぶつかったことに対する謝罪と支えてくれたことに対する御礼を述べようとしましたが、ふと先ほどのことが思い浮かびます。助けを求めた私に向けられたあの笑顔。あの笑顔は、盗賊風のお姉さんが私に危害を加えないということを分かった上、私と勇者様の仲を取り持ちたがっているということを知った上での笑顔だったのです。
すっかり私の味方だと思っていたのに、裏切られた気分です。いや、気分じゃなくてこれ確実に裏切られてますよね?間違いないですよね?そういうことなら話は別です。裏切り者には制裁を加えねばなりません。
「その様子だと、姐さんから逃げてきたみたいだな?」
私は、あははと軽く笑っている魔法使いのお兄さんとの間合いを素早く詰めると、お兄さんの顎に向かって思い切り頭突きをかましました。身長差があるため、殴るよりもこちらの方がダメージを与えられると予想できたからです。
「っ……!」
案の定、魔法使いのお兄さんは顎を抑えてうめき声を上げています。ふふん。モブだからといって甘く見ているとこういう目にあうのです。ああ、すっきりした。
久しぶりに爽快な気分を味わいましたが、今はそんな気分に浸っている場合ではありません。後ろからお見合いオバちゃんと化した盗賊風のお姉さんが追ってきているのです。
私は未だ苦悶の表情を浮かべている魔法使いのお兄さんの羽織っている黒い外套の下にもそもそと潜り込みました。だらっと長い上に大きなフードまでついているお兄さんの外套は、私一人が背中に潜んでいても前から見れば不自然には見えません。先ほどと同じように背中にくっつくと、やっと顎の痛みから解放されたらしいお兄さんが声を上げました。
「なにやってんだ!」
「お兄さん匿ってください!あのお姉さんめっちゃ怖い!」
ホントに冗談抜きで怖いです。私のモブの本能が、つかまったら最後ということを必死で訴えてきてい ます。そうです。つかまったら最後、ゲームシナリオの崩壊とクソゲーの烙印が待っているのです。しかもなんかさっきからどんどんそれが近づいてきているような気がしてなりません。私頑張れすごい頑張れ。
ところで謎なんですが、何故魔法使いの皆さんって揃いも揃って服の上にだらっと長い外套というかローブを着ているのでしょうか。勿論徒歩でこのRPG世界を旅する場合、風雨を凌ぐためにマントのような外套は必須でしょうが、ここまで判を押したように一緒だと気になってしまいます。もっとこう、軽装でアクティブな感じの魔法使いさんがいても良いと思うのですよ。よし、ここは本人に聞いてみよう。
ふとわきあがった疑問を解消すべく、私は魔法使いのお兄さんの外套から顔を出しました。が、次の瞬間目に入ってきた光景に、顔を出したことを激しく後悔しました。盗賊風のお姉さんはまだ私を見つけられていないのか、全く姿は見えません。代わりに、お姉さんへの恐怖ですっかり忘れていた存在が目の前にいたのです。
「なにをされているんですか?」
そうです。魔法使いのお兄さんの外套からひょこりと顔を出した私の目の前には、笑顔の勇者様がいました。しかも笑顔だけど全くもって目が笑っていません。マジ怖い!
「あ、あの……」
「再度お聞きします」
ド迫力の笑顔に完璧にビビった私が何か言うのを遮るように、勇者様は口を開きました。
「なにをなさっているんですか?」
にっこりとなんだか怖い笑顔を浮かべた勇者様は、魔法使いのお兄さんの外套の中に手を突っ込んで、私をずるりと引き出しました。魔法使いのお兄さんに視線で助けを求めますが、お兄さんは笑顔でスルーです。こいつもう一回シメよう、と心に強く誓ったところで、勇者様にがっちりと両手を繋がれてしまいます。
勇者様の温かい手が私の手をしっかりと握った感覚に冷や汗が一気に吹き出たころ、遠くの方から『やっと見つけたよ!』という盗賊風のお姉さんの声も聞こえてきました。
ひょっとして私、絶体絶命の大ピンチなのでしょうか。誰か、この哀れな村人Aを助けてください。マジお願いします。