第三話
しばらく、というか家族を失ってこの方、殆どの時期を俺は師匠と生活してきたが、中学に入ってからは寮暮らしをさせてもらっている。
特段、これといった理由があるわけじゃないが、師匠は意外と若い。まだギリ二十代だったはず、三十だっけ?どっちにしろ、俺はあの人の二十代の時期を殆ど奪ってしまったことになる。今からでもいいから、少しでも時間を取り戻してほしい。そう思って、寮暮らしを始めた。
「ただいま」
「遅かったな、司」
同室の友人に声を掛けつつ、俺は部屋に入った。こいつは八司院九朗、院に属する家の人間だ。だから、俺の事情は大体話してるし、理解もしてる。
ていうか、そもそもこの高校自体が院の人間の運営だし、生徒たちもまた、異能持ちか、或いは異能と言う概念を熟知してる連中だ。そう言う高校に俺は通ってる。
「ああ、面倒な相手だったもんでな」
そう返して、俺は部屋の中の冷蔵庫を開けた。昨日、はしゃぎちゃんから貰ったプリンがある。都内の百貨店から買ってきてくれた、結構お高めの奴だ。ありがたいことこの上ない。わくわくしながら冷蔵庫を開けて、俺はすぐに気づいた。そのプリンがないことに。
「九朗、てめえ、俺のプリン食ったろ!」
「共用の冷蔵庫に入れてんだから、名前くらい書けよ。だから食われるんだ」
「この部屋、俺とお前しかいねえだろうが!」
絶対許さん、てめえの家金持ちなんだからてめえで買えや。
「純愛―」
「すまない、お邪魔するよ」
俺が異能を発動しようとした瞬間、そんな緩い声と共に、ドアが開かれた。
「悪いな、美月ちゃん。司が騒がしくて」
「てめえ、どの口で…」
後で絶対殺す。覚えとけよ。
まあ、それは置いといて、今は美月が何の用なのか、聞いた方が良いか。
「うん。二人とも、この手紙を見てくれないかな」
俺が尋ねると、美月はポケットから一枚の手紙、というよりは綺麗に畳まれた一枚の紙を取り出した。
「何だこりゃ、悪趣味だな」
中身を開いた瞬間、九朗が顔をしかめた。俺も同様に。まるで脅迫状のように新聞や雑誌を継ぎ接ぎして作られた文章があり、その内容もまた、脅迫状染みていた。
「一週間後までに、お前が学校から出なければ、生徒も教師も皆殺しにする、か。とても、本気とは思えねえが」
「美月ちゃん、心当たりは?」
「残念だが無いね」
美月は何でもないようにそう言うが、実のところ、無いことはない。
紫城美月、俺が彼女と出会って、六年の月日が流れた。その間、彼女について分かったこと、知ったことは幾つもある。例えば、生まれ育った環境に反して、美月が普通の女の子だったということ。そして、その普通さに反して、彼女の異能は異常に強大な物だったと言うこと。
神格者、文字通り神の如き異能を持つ者をそう言う。世界を滅ぼせる程の、或いは世界の規定を書き換える程の異能を持つ者を、そう呼ぶ。美月も、その内の一人。
「美月ちゃんの能力で出したやつ探せたりしねえの?」
「征服者かい?残念だけど、あれの範囲はそう広くないからね」
その美月の発言は誤りではないが、真実でもない。
【征服者】、それが美月の異能の名だ。支配し、操る能力。そして、その能力に上限はない。制限時間も、射程範囲も、何も存在しない。安易に使えば、世界を滅ぼしかねない。杞憂かもしれないが、実際に世界を滅ぼしかけた前例が、他の神格者にはいる。
故に美月は、その能力を、自らの義手義足と、乗っている車椅子以外には使用しないと決めている。
(竜の顎か、或いは収集家か。後でまた、夏織ちゃんに相談してみるか)
そして、そんな強大な力の持ち主を利用しようとする組織は少なからずいる。俺はその脅迫状の差出人にある程度当たりをつけて、捜査しようと考えていた。
「おっと、忘れるとこだった。司、今日俺戻んねえから、適当に鍵閉めておいてくれよ」
「なんかあんのか?」
「ああ、急に響香姉から呼び出されてよ」
そう言って、九朗はバッグを背負って、立ち上がった。珍しい、こいつが実家に戻るなんて、入学して以来初めてじゃないか?
「あ、美月ちゃん、俺のベッド使っていいからな」
九朗はドアを開ける直前、振り返って言った。何言ってんだこいつ、バカか?
「遠慮しておくよ。私は司のベッドで寝るからね」
良かった、バカは一人じゃなかった。良くねえよ。
「え、マジ?そんなに進んでたの?」
「うるせえよ、んなわけねえだろ、さっさと行けよ」
俺はまだ下らねえ会話を続けようとする九朗を追いだして、ベッドに座った。
「どうしよ、本当に泊って行っちゃおうかな」
「お前さあ、もう少しシリアスになれよ」
真面目に考えてる俺の方がバカみたいじゃないか。そんな俺を見て、美月はくすりと笑って。
「所詮は脅迫状、だからね。問答無用じゃないし、何より一週間の猶予がある。甘いなんて物じゃないよ」
「…まあ、そりゃそうかもしれんが」
確かに、言われてみれば、脅迫ってのは危害を与えるのが目的なわけじゃない。目的を達成するために、危害をちらつかせるものだ。危害をちらつかせるのが目的という可能性もあるにはあるが、いずれにせよ、美月の言った通り、時間はある。本当に皆殺しにするなんて息巻いてても、一週間の間に対応策を練れば済むだけの話だ。それだけの異能が、この学校にはある。
「…司くん!美月ちゃん!いる!?」
「うお、びっくりした」
夏織ちゃんが血相変えて走ってやってきた。で、玄関のところでぜえぜえ、肩で息してた。何年ぶりの全力疾走だったんだろう、なんて、下らないことを思いながら俺は彼女に水を持っていった。
「私が、九窓院のネットワークから外された」
「…何?」
水を一息で飲み干した後に言った彼女の言葉に、俺は思わず眉をひそめた。
九窓院、それが夏織ちゃんの苗字。彼女は、姫薔薇や九朗と同じ、院の一員だ。
九窓院は、情報収集の一家。日本全国を観測し、独自の通信網を構築し、即座に情報をやり取り出来る仕組みを構築している。
「これは、笑ってられる状況じゃなくなってきたね」
美月の発言に俺は同意する。九窓の次期当主の刃羽さんが師匠と親しい仲で、その縁で機関と九窓は協力体制を敷いて、互いに構成員を派遣してきた。夏織ちゃんはその、機関に派遣された九窓の人間だ。主な役割は、同い年の俺のサポート。美月とも仲が良い。
そんな彼女が、ネットワークから外された?それが意味することは一つ、九窓は、院は、俺たちを切り捨てた。
思えば都冴の件だって、今回に限って、姫薔薇が回収しに来た。今日に限って、九朗は実家に呼ばれて行った。院の俺の友人が二人とも、学校から遠ざけられた。夏織ちゃんは直接戦闘力はない。九窓のネットワークを扱う限りでは素晴らしい腕だが、それを断たれた今、危険性は極めて薄い。
恐らく、目的は美月だ。そうとしか考えられない。それだけの力を、あいつは持ってる。なんで、今になって、とか、どういう理由で、とか、考えたいことは幾らでもある。だが、今は動機を推測してる場合じゃない。
「今すぐ出るぞ。四角の支部まで行けば、端末が使えるだろ」
どこからどこまでが敵なのかは分からない。だが、少なくとも、院は殆ど全てを敵だと判断して動いた方が良いのは確かだ。下手すると、支部の端末まで破壊されてるかもしれない。だが、行動しないのは一番まずい。拙速だとしても、まずはここから動かなければ。
「!」
俺たちが寮の外へ出ようとした瞬間、入り口のドアが蹴破られた。
「あは、ラッキー。二人とも、揃ってるね」
「七ツ星、はてな…!」
読み違えていた。敵は、院だけではない。管理局も、だった!
「…夏織ちゃん、行け」
俺は即座に頭を回して、そう、彼女に告げた。
「行け、って、二人を置いてなんて―」
「二人とも守れる保障がねえんだよ。少なくとも、夏織ちゃんには手、出さねえだろ。だから」
七ツ星を睨みつけると、彼女は頷いて入り口を指し示した。夏織ちゃんは迷って、部屋を出る直前、心配そうな表情で振り返った。俺は頷いて、夏織ちゃんは去っていった。
「あーあ、派手に壊してくれやがって。校長怒るぞ、こんなの」
「そうかもね。でも、これは正義の行いだから、ちゃんと話せば分かってくれるよ」
…良し、これで少なくとも、校長が積極的に関与していないことは分かった。なら、姫薔薇がこっちについてくれる可能性はある。
「しかし、良くもまあ、話がまとまったもんだ。揉めたろ」
「まあね。ノイズさんはブチ切れてたし、小神さんと破虎さんなんて殴り合いまで始めちゃうんだからもう、大変で大変で―」
「七ツ星、喋りすぎだ」
思う通りに情報を吐き出してくれた七ツ星を静止しながら現れた、もう一人の女性。
「よう、サン。子守りも大変だな」
「変わってみる?」
「いいや、遠慮しておく」
俺と同じナンバー候補、サン・ド・レアール。新参者で即ナンバーを与えられた七ツ星とは違い、こいつとは付き合いが長い。だから、戦い方も、手の内も、好き嫌いも、プライベートも、何もかもを互いに知っている。
「や、サンちゃん」
「…美月」
彼女は美月のことも知っている。美月を救出して管理局に連れて行った時、サンは彼女の面倒を積極的に見てくれた。幾ら上の指令とは言え、迷いはあるはず。
「サン先輩、今更迷ってるとか、無いですよね?」
一瞬、だけ迷いを見せたサンに、七ツ星が彼女を煽るように言った。
「誰に物を言っている?」
「…ごめんなさーい」
そんな彼女に浴びせられる、物凄い圧力。サンの威圧感に一歩下がりつつも、軽い態度で謝罪して、七ツ星は頭の後ろで手を組んだ。
…ふん、成る程な、あいつが連れてこられてるのは、サンに火をつけるためか。サンは七ツ星の抜擢に不満を抱いている候補組の中でも殊更、怒っていた。そんな彼女に煽られてしまえば、サンも冷静な判断が出来なくなるか。
「七ツ星よぉ、悪いがお前は」
決めた。まずはうざったい邪魔者から崩す。
「眼中にねえんだよ」
俺は無数の剣を放って、七ツ星に全て直撃させた。
純愛剣の射出。純愛剣で生み出せる剣は一本だけじゃない。出そうと思えば幾らでも出せる。出せば出す程、一本ごとの動きは単純になるが、この場合は単純で問題ない。
「いったぁ!」
「七ツ星!」
流石にこれだけじゃ倒せないか。腐っても、異能一本でナンバー入りしただけはある。だが、一瞬でも隙を作っちまえば、こっちのもんだ。
「純愛剣、大壁!」
「しまっ―」
俺たちと七ツ星とサンの間に、視界が覆われる程の無数の剣を生み出して、それを壁にした。七ツ星は大火力に溜めが必要なタイプだし、サンは壁をぶち抜いてくるようなタイプじゃない。少なくとも時間稼ぎにはなる。
「あばよ!」
俺たちは窓をぶち破って、外に出た。だけど、俺たちはどこに逃げればいいんだ?敵だらけの、この街で。




