第一話
幼い頃に、大規模な事故があったことを覚えている。近所で、爆発が起きた。近所の家が幾つも火災にあって、俺の家も焼けてなくなって、家族も死んだ。悲しいことに、家族のことは殆ど覚えていない。爆発だけが記憶に残って、それ以外は全部忘れてしまった。
生憎なことに、俺を引き取ってくれる親戚はおらず、俺は孤児院に行くことになった。俺だけじゃなく、他にもあの事故で家族を亡くしたであろう子供たちが大勢、同じ車に乗っていたことを覚えている。
「君が、司くんだね?こんにちは」
だが、結局、俺は孤児院で生活することは一日とて無かった。何と、初日、入院の前に、俺を引き取ると名乗り出た者がいたという。
「…誰?」
当然、幼少期の俺でさえ訝しんでしまうほどの出来事だった。俺はきっと、憮然とした表情で、その男に尋ねた。
「僕か?僕は冷泉逢魔」
その問いに、男は答えた。それは、幼少期の俺でさえ信じがたい内容で。
「僕はね、少しだけ、未来を見ることが出来るんだ」
その癖、何でもないように、平然と彼は言ってのけた。
実際、彼の言ったことに嘘はなかった。彼が未来を見る不思議な目を持っていたのは確かだったし、何なら、それ以上に不思議な能力を持つ集団の一員でもあった。
【管理局】、それが、彼の属する集団の名だった。曰く、紀元前より世界を守ってきたとか、これまた本気で言っているのか冗談で言っているのか分からない説明ではあったけれど、それも事実だったことに、俺は数年を掛けてじっくりと納得することになる。
「…師匠、なんで俺をここにつれてきたの?」
俺はそう、冷泉に聞いた。管理局の本部に連れてこられたころには既に俺は彼に心を開いていて、彼のことを師匠と呼ぶようになっていた。家族と呼ぶには気恥ずかしくとも、最大限の信頼を込めて。
「なんで、って、何がだい?」
「だって、俺、あの人たちとは、違うよ」
管理局に所属する幹部たちは皆、特別な力、異能を持っていた。師匠の未来視の様に。幹部どころか、俺と似た境遇の、二つ上の女の子さえ、異能を持っていた。だから、異能を持っていない俺が何で、ここに連れてこられたのか、全く分からなかった。
「はは、何だそんなことを気にしてたのか」
「そんなことって」
「大丈夫だよ、司」
抗議しようとした俺の頭を、師匠は撫でながら。
「お前の素晴らしき未来は、既に見えているんだから」
励ましではなく、希望的観測でもなく、確信を持って、そう言った。
*
それから数年後、俺が十歳になった頃の話だ。異能を習得し、覇王流と呼ぶ、対異能に特化した拳法を会得した俺は、遂に、初めての実戦に出向くことになった。
実戦と言っても、そこまで大仰な物ではない。現人神として崇め奉られている少女の救出。…嫌、充分大仰だな。殆どの時間を、常識外れな世界で過ごしているので、俺の中の常識も大分狂っている。
まあ、それでも、他に異能持ちがいる訳じゃないというし、何より師匠がついてきてくれる。俺はあくまで師匠の補佐、というより脇にいて経験を積む立場だ。リスクヘッジは師匠に任せればいい。
「…なんか、不気味だな」
そんな風に、気楽に考えていたはずなのに、いざその場についた時、俺はそう呟いてしまった。弱音と言うほどではないが、明確な不安。口にしてから後悔するも、師匠は少しだけ笑った。
「気持ちはわかる。想定とは違うが、どうやら、本物のようだな」
本物、その言葉に思わず息を呑む。話には聞いていたが、異能よりも更に上の能力、神格者と呼ばれる存在なのか、その女の子は。
驚きつつも、これ以上気を緩めてはいられない。集中しなおして、俺は師匠の後を追った。
信徒たちから身を隠しつつ、息を潜めながら、俺たちはその少女を探した。探した、と言っても、師匠の未来視で、ある程度の当てはついている。スムーズに俺たちは先へと進んでいった。
「ストップだ、司」
そう言って、俺を制止する、師匠。その言葉に従って立ち止まると、進行先から何者かの話声が聞こえてきた。
「少し、様子を見てくる。ここで待っていてくれ」
そう言って向かって行った、師匠の後ろ姿を見送って、俺はほ、と一息吐いた。安心できる状況じゃないのは分かってる、それでも、緊張続きだった任務の中に訪れた、つかの間の休憩。気を休めずには入られない。
「―敵さん、見いつけた」
だから、急な敵襲に反応が遅れる。なんだ、これは、腕?伸びた腕が、鞭のように波打って、俺に襲いかかってくる。その射線上に辛うじて作った一本の剣の盾。そんなものでは止めきれず、俺は吹き飛ばされた。
「反応早っ、ガキの癖にやりおるわ」
何者だ?ノイズさんからの情報じゃ、信者たちに異能持ちはいなかったはず。だけど、この威力は、あんな風に伸びる腕は間違いなく、異能のそれだ。俺は訝しみながら、立ち上がった。
「…てめえも大して齢変わらねえだろ」
「しかも意識まであるんか。面白く、なってきたわ!」
再度、襲いかかる、奴の右腕。馬鹿が、来ると分かってりゃ、この程度。
「破!」
「うおっ!」「ちぃ!」
訳ない、はずなのに!俺の拳と奴の腕が互いに相手に衝撃を与え、吹き飛ばした。
何が起こった?覇王流の破は相手の異能をその通り破壊する技術なのに、いくら俺が未熟とは言え、効果自体が発動しなかったとは思えないが。
「成る程な、お前のそれは、破壊の右腕ってところか」
「…何のこと?」
関西弁野郎が。惚けようが、お前の異能は分かった。覇王流の破と同じ、嫌それよりは範囲が上だろうな。異能のみならず、全てを破壊する右腕ってわけだ。
「なら、こいつで!」
「危なっ!」
俺は剣を奴に投げつけた。当然、防がれるがそれでいい。こいつの長所は伸びる右腕で制圧してくる中距離戦、リーチが届かない長距離や長い腕を生かせない近距離戦に持ち込んでやればそう恐れる程じゃない。
「鉄壊!」
「クソっ!」
身体の硬度を高めて連打、奴は対応しきれず後退していく。だが、しかし、どこか奇妙だ。頑なに奴は、左腕を使わない。右腕だけで捌いてくる。なんだ?奴はまだ何か隠し持っている。疑念が生まれて、攻撃の手が緩む。緩んで。
「う、わ!」
俺は転んだ。クソ、なんでだ?なんでこんな何もない場所で。そんなことを疑問に思ってる場合じゃない。一刻も早く立たないと、追撃が来る前に。
すぐに立ち上がって、拳を構える俺。だが、しかし、奴はそんな俺に構いもせず、俺の背後に目を向けていた。
「…君、誰?」
剣呑な雰囲気を漂わせた関西弁の視線の先に、俺も視線を向けた。
そこには、俺らとそう変わらないくらいの年齢の、少女がいた。こんな場所には似つかわしくない、ゴシックファッションで現れたそいつは、くすくすと笑っていた。
「誰?あ、は、は、ははははは」
声を上げて笑い始めた少女は、関西弁に視線を向けてから、線が切れた様に笑みを止めた。
「姫相手に、頭が高いんだよ」
関西弁に向かって、女が何かを投げつけた。あれは、何だ?枯れた、薔薇?何かは分からないが、間違いなく異能の類。俺は屈みながら、その射線上から逃れた。
ふと、狙いがずれた薔薇が一本、俺の靴に付着した。次の瞬間、その靴が朽ち始めた。まるで、今の一瞬で何十年もの時を経た様に、灰色に変色して、崩れ落ちたのだ。もし、俺の肌に触れていたら。ぞっとしない可能性を頭の隅に置きながら、俺は薔薇の行く末に目を向けた。
「…あかんわ」
それは、関西弁の左腕に突き刺さっていた。だというのに、奴は何一つ変わらず、平気な顔をしてその場に立っていた。少女も、俺も、恐らく同じく、不可解な表情をしていたはずだ。そんな俺らの顔を見て、奴は少しだけ笑った。
「あかんわ、こんなとこで見せる気なかったんやけどなあ。ま、ええわ。二人ともぶっ倒せばええだけやもんな」
「言ってろよ、クソ野郎」
正体は分からんが予想は出来る。何らかの防御系、あるいは回復系のどっちかだ。さっき左腕を使わなかったのは、能力を隠したかったって訳だ。そして、それでも俺を倒せると踏んでた訳だ、舐めやがって、絶対に借りは返す。
「あんたもだ。さっき、俺に目も向けなかったな。転ばせたくらいで、舐めてんじゃねえぞ」
「…?ちょっと待ってよ、姫は」
俺が睨みつけると、女は不思議そうな顔をして、胸に手を当てて、何か言いたげにした。
「はい、そこまで」
だが、彼女が全て言い終える前に横やりが入った。師匠、と、もう一人隣に誰かいる。
「亜肚、何しとんねん。その子、身内やで」
「何しとんねんて、普通こんなとこいたら敵かと思いますわ」
そう言って、俺に視線を向けてくる関西弁、亜肚を睨みつけながら、俺はもう一人の方、王害さんへ目を向けた。
「君が司くんか。その歳でナンバー候補やろ?俺らより有望やね」
「今の面子は全員、王害さんが候補だった頃より若いですからね」
「反転以来やなあ、ここまで若いのは」
彼は元管理局のメンバーで、師匠の先輩だったらしい。今は独立して、西の方で対異能組織を指揮しているのだとか。察するにあの、亜肚って奴もその一員だろう。
「ナンバー候補?それってすごいん?」
「すごいよ。負けてる気しないけど」
隣で呑気に会話してる、二人に俺は目を向けた。男の方は分かった、だが、あんたは何者だ?
「姫?姫は姫だよ」
全く話にならん。知らねえよ、誰だよお前。
「その子は十刻院姫薔薇、十刻院宗家の次男。先ほど、十刻の当主殿が僕に預けていった。経験を積ませたいと言ってね」
「ほんと、余計なお世話だよねえ。姫は姫であるだけで最強なのに」
随分、不遜な奴だ。しかし、それが羨ましくもある。それだけ自分に自信があるって言うのは、単純にな。
…ん?ちょっと待て、その前に師匠がなんか、違和感のある言葉を言ったような。
「お前、男かよ!」
「姫は姫だもーん。姫がもっとも輝ける姿でいるだけだよ」
「この子濃いわぁ」
余りにブレない姫薔薇に、亜肚が感心したように頷いていた。
しかし、どっちにしろ、さっきこいつに因縁を売ってしまったのは誤りだったな。思えば、最初に転ばせたのも、こいつなりのサポートだったんだろう。俺は亜肚の左腕に意識を取られて、思うように動けていなかった。
「悪かった、姫薔薇。さっき絡んで」
「良いよん。てかむしろ、気に入ったよ、君のこと」
こいつが何考えてるのかはさっぱり分からんが、どうやら俺は気に入られたらしい。ここは喜んでおくとしよう、長い付き合いにもなりそうだしな。
「司くん、僕には謝ってくれんの?」
「勘違いで襲って来た奴になんで俺が謝る必要あんだ?ああ?」
「すごい正論」
舐めてんじゃねえぞボケ、これでも優しく言ってやった方だ。こいつとも長く付き合う羽目になりそうだ、謝ってほしい訳じゃないが、こっちに落ち度はない。なら、それなりに毅然な対応をしておくのが妥当なところだろう。対等な相手としては。
「仲良くするのは良いが、話はその辺にしておこうか」
もう少し話していたかったが、そこで俺らの会話にストップが掛けられた。
「お嬢さんの場所は割れとる、見張りの信者も既に無力化しとる。後は連れ出すだけや。はよ終わらせて帰ろうや」
王害さんの言葉に従って、俺たちは彼らの後を追った。
後を追う俺たちには、明らかに緊張感が薄らいでいた。先導する二人は経験豊かな実力者であり、共に歩く同年代の二人はその身で才能を実感している。それに加え、見張りはもういないと来ている。後は女の子を連れて帰るだけ。そう、安心していたんだ。
「…なんだよ、これ」
だから、女の子がいる部屋に入った時、誰かが呟いたそんな一言は、俺たちに再度緊張感を与えた。与えすぎたと言って良い程に。
何が俺たちにそうさせたのか、彼女の姿がそうさせた。彼女の姿は、余りに、異様だったのだ。
その女の子には、四肢の全てが無かった。そして、それが、後天的に、誰かによって、信者たちによってもがれたものだと言うことを、俺たちは後に知った。最も、この時点ですら、想定はしていた。何故なら、彼女の隣には、もがれたのであろう両腕両脚が、ガラスのケースに飾られていたからだ。
そんな残虐な目にあった彼女は、何でもないように、小さく寝息を立てながら、眠りについていた。
皆が口を噤んでいた。皆が一瞬、何も出来ないでいた。それは彼女に対する仕打ちへの嫌悪感か、それとも哀れみか、或いは憎悪でもあったのかもしれない。それが当然だ。それだけのことを、彼女はされていた。
(綺麗だ…)
それなのに俺は、彼女に見惚れてしまっていた。こんな姿の彼女にそんな感情を抱いてしまうなんて、俺は信者たちと同じ貉だったのかもしれない。それでも、そんな姿であっても、彼女は、美しかった。
「…あ」
彼女が目を覚ました。そして、俺と目が合った。彼女は信者ではない俺たちの姿を見て一瞬だけ困惑したようだったが、それからすぐに微笑んで。
「ありがとう」
そう、か細い声で、礼を言った。
そして、俺は自覚した。この気持ちが恋だと言うことを。今正に、初恋をしたんだということを。
そして、それから六年後、今の俺は。




