この電話番号はこの通話をもって終了となります…
※この作品は、日常に紛れ込む「違和感」と「置き換わり」をテーマにした短編ホラーです。
固定電話、自動音声、アップデート――
どれも現代では珍しくないものですが、
「もしそれが、あなた自身を更新するためのものだったら?」
午後の静かな時間に、どうぞ。
午後の陽射しが柔らかく差し込むリビング。
誰もいないはずの部屋に、固定電話のベルが低く響いた。
「ああ〜もうっ!誰よ!」
ナンバーは非表示。受話器を取ると、沈黙のあと、自動音声が淡々と告げる。
『この電話番号はこの通話をもって終了とな――』
「…っ!」
恐ろしくなり受話器を乱暴に置いた。時間が止まったような、重苦しい沈黙。
「こっ…わ…」背筋がゾクゾクとした。
その直後、スマホもパソコンも、まるで意志を持つかのように動き出す。
「え…なに?」
彼女のIDや情報は、勝手に書き換えられ、指先は自然に動き続ける。
抗おうとしても、意思は空っぽ。体はまるで誰かに操られているかのようだ。
「まって…止まって…いや…やめて……」
鏡を覗くと、顔がじわじわと歪む。口元や目元から、微妙に遅れて崩れるノイズ。
「え…え……」
リビングから、すべての電子音が消えた。
皮膚が、脱皮のように静かに剥がれ落ちる。
その際、“ミチ、ミチ……”と、濡れたビニールを引き剥がすような粘り気のある音が、静かなリビングに響いた。
脱け殻となった古い皮膚の裏側には、琴葉が今朝まで食べていた食事の残り香や、昨日かいた汗の匂いが、かすかに、けれど生々しく残っている。
だが、新しい『彼女』には、もう匂いがない。
彼は床に落ちた『かつての自分』を、汚れた雑巾でも見るような無関心な目で一瞥すると、窓を開けて午後の風を通した。
自分の存在が『無機質なデータ』へと完全に置き換わったことを、その鼻腔が、風の匂いすら感知しなくなったことで確信する。
新しい体、新しい意識。
動作に淀みはなく、バグはすべて修正されている。
鏡の中の自分は、不敵な笑みを浮かべたまま、指先で顔をなぞる。
笑みは、親愛なる友人さえ疑わないほど自然で完璧だ。
スマホの液晶には『アップデート完了』。
彼はそれを指で愛おしそうになぞり、消す。
アドレス帳を開き、「琴葉」という存在が築いた人間たちのリストから一人を選ぶ。
発信ボタンを押すと、数秒後、相手が出た。
「……あ、もしもし? ごめん、昼間に。今、ちょっといいかな。話したいことがあるんだ」
声は完璧に、琴葉本人のものを再現している。
リビングの空気は穏やかだが、読者にはわかる――
この“新しい存在”は、元の主人公を完全に置き換えたのだと。
固定電話が再び、誰かを待つように低く、けれど確実に鳴る。
今度は、この存在が次の“誰か”に宣告を届ける番。
陽光に照らされた平凡なリビングで、悪意は何もない顔で、静かに侵食を始める。
突如かかってくる固定電話から流れてくる自動音声――あなたは抗えますか?
『次は、あなたの番です。』
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
作中の「彼/彼女」は、特別な存在ではありません。
いつもの部屋、いつもの時間、いつもの端末。
ほんの小さな違和感が積み重なった結果です。
固定電話がある家庭ならこそ、「鳴ったらおかしい」と気づける。
けれど――
もし本当に置き換わったとして、周囲は気づくのでしょうか。
次にアップデートされるのは…
画面の向こうかもしれません。




