10分で世界征服
「うぅ……! 右腕が疼く……!」
昼休み。また例の如くクラスメイトの田中が呻き出したので、俺たちはニヤニヤと彼の周りに集まった。田中は、包帯を巻いた右腕を押さえ、クネクネと体を踊らせながら、苦悶の表情を浮かべた。別に今に始まったことじゃない。今学期に入ってからもうずっとだ。この時間になると、田中は右腕が疼き出すのだ。
「眼が……眼がぁ!」
教室中に響き渡る声でそう叫ぶと、田中は勢い良く右眼の眼帯を毟り取った。その眼は……白眼が無く、黒黒としていて、瞳の奥は赤く、妖しく光っていた。
「始まったな」
清掃委員の橋本が、俺の隣で囃し立てた。田中が右腕の『封印』を解くと、包帯の向こうから爬虫類の鱗がびっしりと生えた、尖った硬い皮膚が姿を現す。前に一度触らせてもらった時には、指の腹を切ってしまいそうになった。鱗と鱗の間から、シュウシュウと、黒い煙が立ち昇り始めた。
「がぁあああ!」
田中がそう叫び、口から火を吹いた。だらし無くはみ出した舌は、肩……いや胸の辺りまで垂れ落ちていて、表面が蛇のようにてらてらと滑っている。別に今に始まったことじゃない。今学期に入ってからもうずっとだ。この時間になると、田中は悪魔の眼をして、全身に鱗を生やし、口から火を吹くのだ。
《ォオオオ……!》
田中が雄叫びを上げた。ガックリと肩を落としたかと思うと、
《オォ……ワレハ……ワレハ、シンリャクシャナリ……!》
まるで人が変わったように、地の底から響く冷たい低い声で、俺たちに語りかけた。今やその体躯は天井に届きそうなほどで、通常時の2倍3倍に膨らんでいる。その瞳は虚空を睨み……正確に言うと、右眼は教室の窓を睨み、左眼は廊下側の床を睨んでいた……蝿を見つめる蜥蜴のように、クルクルと忙しなく回転した。
《ワレハコノセカイヲホロボスモノナリ……!》
田中は耳が裂けんくらいの大きな口を開けてニタリ……と嗤い、背中から巨大な、蝙蝠のような翼を生やした。広げた翼に当たって、佐々木の机と椅子が床に転がった。
《ワレノホノオハ、セカイヲヤキツクス……10プンモアレバ……コノ惑星ゴトケシズミニシテクレヨウ……!》
ちょうどその時、チャイムがなった。
「静かに。授業を始めるぞー」
担任の村井がそう言って、はたと立ち止まった。
「なんだこの騒ぎは」
村井は散らばった机や椅子と、巨大化した田中を見比べて、何度か眼を瞬かせた。
「先生。田中君が……」
「田中君が世界を滅ぼそうとしてまーす」
「……あぁ、良い。せっかく素晴らしい教材があるんだ。このまま授業を始めよう」
村井はそう言って教壇に立った。俺たちは顔を見合わせた。仕方ないので、各々空いているスペースに立ち、教室の3分の2は埋め尽くした巨大蜥蜴がいる中、5限目の授業が始まった。
「教科書はもう要らないだろう。何度も復習してるからな。”この世界の侵略者について”」
村井がドラゴン田中をジロジロと眺めながらそう言った。
「皆も知っての通り……この世界はすでに数年前から地球外生命体の侵略を受けている。田中が良い例だ」
田中は鼻息荒く、教室を焼き尽くそうと、大きく息を吸い込んだところだった。
「彼らは遠い、別の銀河から旅してきて……いつの日かこの地球に辿り着いた。いつ頃だったかはまだ詳しく分かっていない。分かっているのは、彼らの文明は我ら人類をはるかに凌駕しているってことだ。銀河を渡れるほどに」
村井はどこか羨望の眼差しで怪物を眺めた。
「彼らは人類の体内に……地球語で言えば寄生虫のように……身をひそめ、その時を待っている。実に効率的だ。最初から違う惑星の環境に適応しようとするのではなく、元々そこに住んでいる生物の適応能力を利用しているんだ。解放された彼らの真の姿は、それはそれは恐ろしい。鱗は硬く。爪や牙は鋭く。彼らが本気を出せば、我々はなす術もなく一瞬で屠られるだろう。惜しむらくは……」
村井ががっかりした様子で正体を現した侵略者を見つめた。ちょうど田中が、世界を焼き尽くす炎を吐きださんと、その姿勢のまま、シュルシュルと萎んでいくところだった。俺たちはニヤニヤしながら、散らばった机や椅子を元に戻し始めた。
「……侵略者はこの地球で、10分しか活動できない点だ。惑星周期が違いすぎた。我々の24時間が、彼らにとっての10分間なのだ。さらに次に活動を再開するまで、人体の中で約24時間目無理続け、エネルギーを蓄えなくてはならない……嗚呼、それさえなければ、今頃この侵略者に世界征服されてたのになぁ」




