第4話 試験は碌なもんじゃない
柔らかい光に包まれ、何処か懐かしいような、それでもって少し違和感があるような鳥の囀りが聞こえる、閑寂な部屋。その平穏を覆すかのように、突然として部屋のドアが叩かれた。外では誰かが叫んでいるようだが、いま夢から覚めかけの僕には詳しく聞こえない。もう一度寝よう。
「おーい!起きてってば!」
生唯が二度寝を決め込んだ途端、人一倍大きな声が健やかなる惰眠の邪魔となった。しかし、生唯は意にも介さず狸寝入りをかました。
「もう、入るよ!」
マスターキーを持ってきた式先生と共に鍵を開け、ズカズカと部屋に入り込んでくる優絆。
「起きろ!早く!」
途端、机の上の花瓶の水を垂らした。
「うぁぁ!何するんだよ!」
文字通り寝耳に水の生唯は飛び起きた。
「ほら、早く着替えてよ!朝ごはんもうすぐ始まるよ!なんでまだ寝てるの?いくらなんでも寝すぎだって!」
優絆はそう捲し立てるが、僕は透かさず
「ほら、春眠暁を覚えずって言うでしょ。そういうことだよ。あと朝ごはんあんまお腹に入らんし。じゃ。」
と言い寝た。
瞬間、ゴンッ、という音とともに鈍い衝撃が容赦なく生唯を襲う!
「ゴフッ!」
目を開いてみると、優絆が正拳突きの構えで静止している。どうやら痺れを切らした優絆がボディにぶちかましたらしい。
「もいっぺんやってみな、次は鳩尾よ?」
コイツ…オカンかよ……
「皆さん、揃いましたね。それではいただきましょう。」
委員長の声とともにいただきますが食堂で響いた。
「さて、いただくか。」
優雅に朝食をいただく生唯。その傍らには朝食にがっつく優絆の姿がある。
本日の献立はっと、おぉ、結構ボリュームが有るね。パンとそれに塗ったり載せたりする具がたくさんあって、どれにするか迷うな。じゃあまずは、バターにベーコン、トマトにチーズ、あとは目玉焼きも載せよう。
出来たサンドは非常に分厚く、口に入り切らなそうだ。だが、生唯は気にせずかぶりついた。
うっま!焼き立てのパンなのか、ちょっとホカホカして小麦のいい匂いが立ち香るパンに、ジューシーでカリカリのベーコン、それに絡むようなチーズの濃厚さ、最後に口の中を綺麗さっぱりに塗り替えるトマトのフレッシュ感。このフレッシュ感が口をリセットするから、何度食べても飽きない。マジで美味しいなこれ。流石、宮殿で出てくるようなものは品質が高いねえ。じゃあ次は、サーモンっぽいやつとアボカドっぽいやつ、そしてクリームチーズにしよう。
パンにたっぷりのクリームチーズを塗りたくり、その上にアボカドっぽいものの輪切り、サーモンの切り身、あと生ハムっぽいもの、あと緑の変なスプレッド。これらを順にパンに盛り付け、某ト◯とジ◯リーばりの力でサンドイッチを押しつぶす。そうしてできたサンドイッチ.zipを口いっぱいに頬張る。
うまい、うますぎる。これこれ!こういうのでいいんだよ。全体的にクリーミーなんだけど、さっき塗った緑のやつがツーンとしていいアクセントになってるね。もしかしてこれわさびなのか?結構洋風なものが多いのにわさびって、なんであるんだろうか。まあいい、食べよう。
黙々と食べ続ける生唯を、優絆がジトっと見つめて言った。
「あれ〜、朝食は入らないんじゃなかったの?」
「記憶にございません。それより、今日は何するんだっけ?」
「あからさまに話題を変えたね。まあいいよ、もう。ていうか、昨日委員長の話を聞いてないの?夕食のときに明日の予定伝えられてたでしょ。」
「多分眠くて聞いてなかった。」
「はあ、なんで生唯はこうも欲求に忠実なのかな。今日はいよいよどんなことをするのか具体的な説明と座学、そして午後は実技訓練だよ。」
ほーん、訓練か。何をするのか気になるけど、怪我だけは避けたいな。だって怪我の治り遅いからなぁ。
「ありがとう。お礼にこれをあげよう。」
生唯は自身の作ったサンドイッチを少し切り分け、優絆に差し出した。
「ありがたくもらっておくけど、なにか変なの入れてないよね?」
「僕が食品で遊ぶとでも?」
「ごめんごめん、冗談だよ。」
優絆は少しの逡巡の後、サンドイッチに手を付けた。瞬間、ツーンとした強烈な感覚が鼻を襲った。生唯はゴホッ、ゴホッ、と咽る優絆を片目に見ながら優雅にお茶を飲み、食事を終えた。
「ちょっと、なんかわさびみたいなのたくさん入ってるじゃん!ひどいよ!」
「朝のお返しと言いたいところだけど、別にそんなに入れてないと思うけど。普通に意識してなかったし。」
よし、なんか知らんが復讐完了。さて、今日も頑張りますか。
食後、大ホールにクラス全員が集められた。ホールの中央には男女二人が立っている。男は背丈は190cm程で筋骨隆々、それでもって実用的な筋肉の持ち主であることが伺える佇まいで腕を組んでいる。そして冷然とした目でクラス全員を眺めている。隣の女は小柄ではあるものの、姿勢から体幹の良さが滲み出ている。アッシュブロンドのショートボブ、全体的に整った顔立ちをしているが、顔に斜め一文字の裂創が、顔の端から目にかけて大きく刻まれている。クラス全員が一通り静まり返った頃に、男が快活に話し始めた。
「えー、これからお前たち勇者の戦闘訓練を指導していくことになった、シュヴェートだ。どうぞよろしく。」
それに続けて隣の女も
「これから訓練の補佐を担当していくことになりました、トレーネです。どうぞよろしくお願いします。」
「こちらこそ、どうぞよろしくおねがいします。」
式先生がそう答えると、クラス全員もそれに続いた。
「では、俺の方から説明をさせてもらう。まず、今日やることだ。今日はとりあえず全員の身体能力や魔力、その他諸々の能力を見ていく。それを基に各人個別の特訓と全体の基礎訓練を行う。俺からは以上だ。」
「では私から、本日はこれからの話で終わりですが、明日からは午前にこの国や魔族、魔法など、理論や知識などを教えていきたいと思います。」
なるほど、知識は教えてくれるんだね、ありがたい。でも面倒そうだなぁ。特に実技。体育が苦手で、しかもステも良くないのに何をすればいいんだ。終わりやね。
そう軽く絶望していると、隣から脇腹を突かれた。顔を動かさずにちらりと視線を変えると、ニマニマと笑う優絆がいた。
「やーい、体力弱者。絶望してやんの。」
殴りたい、この笑顔。
「踏むよ?ガチ目に。」
「まあ冗談はおいておいて、どうするよ?」
「どうするって?」
生唯はその言葉の真意を知っているが、敢えてわからないふりをして尋ねた。
「そりゃあ、どうやって日々を過ごすかだよ。こんなにハードなスケジュールで、どうやってぐうたらしたらいいの?ぐうたらしないともう生きていけないよ!」
「えぇ、お前、そこぉ?」
「一番大事じゃん!」
断固として態度を変えない優絆に苦笑しつつも、あえて先程懸念したことには触れずに
「まあ大事だけど、なんとかなるって。ほら、まだ話してるんだから前向いて。」
と言った。
「は〜い。」
優絆はそう返事をし、襟を正して話を聞き始めた。そして生唯の方はというと、先程感じた懸念について思考を巡らせていた。
さて、方法によっては意味ないかもわからんが、実力は隠すべきなのかな?特に高いものは少し隠しておいたほうが良さそうだよね。特にMNDとかINTは、なんかの切り札にはなりそうだからね。まあ他のHPとかSTは隠しようもないけど…
生唯がそう考えている間に説明が終わったようで、みんなが移動を始めていた。
まあ、結局なるようにしかならないってことか。
生唯はそう思い、皆に倣いこの場をあとにした。
場所が移り、城の外、門を潜った兵士の訓練場へと、クラス一同は移動していた。そこでは兵士達が遠巻きに勇者一行の様子を見ており、一同は少しの緊張と一種の恥ずかしさを感じていた。その時、諸準備を終えたシュヴェートが皆に呼びかけた。
「では、これから能力測定を行っていく。種目は短距離疾走、持久走、腕立て伏せ、腹筋、魔導人形試験、そして最後に魔道具を用いた射撃訓練。今日はこれらの訓練を行う。では、早速始めよう。」
そう言うと、シュヴェートは遠方にいる兵士にハンドサインを送り、計測器のようなものを準備させた。
いよいよなのか…はしりたくないよぉ。
生唯は内心幼児退行し現を抜かしていた。しかし、無情にも五人横並びの列が形成され、一人一人列が進んでいく。現実は生唯に走ることをありありと突きつけていた。
あぁ、走るのか。もういい、やるっきゃないんだ。
いよいよ現実を直視した生唯の番になった。
本気を出すか!
クラウチングの姿勢を取り、息を深く吸う。そして、旗が上がると同時に強く地面を蹴った。いい走り出しで進んでいく。
行くぞ!やってやる!僕だってできるんだ!
そう思った途端、豪快な音を立てて生唯の世界がひっくり返った。
「いやー、大変だったね。大丈夫?怪我の方は。」
傍らで汗を拭う優絆が、心配そうに横たわる生唯に話しかけた。生唯はというと、足を冷やしてへばっている。なんと、駆け出した矢先にぬかるみに足が縺れ、足を挫いて派手に転倒したのだ。
「本当に災難だったよ。まあ、走ったり腹筋したりする必要がなくなったのは良かったけどね。」
いきなり転んだ僕を見たシュヴェートは、生唯は運動ができないだろうと考え体力面での測定を免除したのだった。いやー、実にありがたい。でも、その時なにか不穏なことを言っていたようにも感じたけど、まあ大丈夫か。
「それより、そっちはどんな調子なの?」
おそらく結果が良いであろうが、優絆に対して生唯は尋ねた。
「まあぼちぼち、ってとこかな?腹筋に至っては、シュヴェートさんも頷いてくれたし。」
ほう、軍人?のお墨付きをもらうとは。流石、体力面では群を抜いて優秀だな。
「流石、と言うしか無いようだね。ちなみに体力の方はバテてないの?」
「ちょっと疲れたレベルかな。」
化物かな?こわ。
そう考えていると、全員分の体力測定を終えたシュヴェートが歩み寄ってきた。
「おい、足の方は大丈夫か?」
「はい、もう大丈夫そうです。」
「ならいい。次は体力以外の物を測るから、お前も来るんだ。」
「わかりました。」
そう言い終わると、シュヴェートはまた元いた方へ帰っていった。
「僕達も行こうか。」
そう優絆に呼びかけ、次の測定場所へ向かった。




