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式が終わる頃には、月夜は元気を取り戻し、周囲の男子を掴まえては、頼まれてもいないのに、生徒手帳にサインしていた。
やがて会場の扉がすべて開け放たれる。部屋の気圧が下がった頃、衿奈の元に、敷島がやってきた。
「サッカー、行くと?」
「いやー……今日はやめとくよ。また、来年、ね」
「それはちょっと残念、ばい」
去って行く姿が少しだけ寂しげに見えた。その背中に鋭い視線を送りながら、篠塚が近づいてきた。
「渡瀬ちゃん、もしかしてお姫様と話してた?いつ、知り合ったの?」
「二日目の最終レースのとき、少し話しただけです。予選突破、おめでとうございました」
「ありがとね。そっちは惜しかったね。決勝は東京だけど、そのときどっかで会わない?連絡先、交換しよ」
彼女が姿を消すと、今度はMVPの盾を手にした渋川が貴婦人のように姿を見せた。
「優勝と個人賞、おめでとう」
「ごめんね。女としてだけじゃなくて、競馬でも勝っちゃって。でも、あなたも少しは可愛いから、気を落とすことないわよ」
その言葉を嫌味として感じなかったのは、心の成長というよりは、挫折を共有できる仲間がいることへの安心感からだと思う。




