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8-4

 来そうな馬はわかったが、上位人気だ。

 馬券の買い方をどうすべきだろう。

 メインレースはすでに終わっている。点差を見てから決めようと、ラウンジではなく、控え室に戻った。

 窓から見えるターフビジョン。着順掲示板に、月夜の買った馬の番号はなかった。

 大型スクリーンに、たった今終わったばかりのレース映像が再生される。

 最後の直線に入ったとき、人生で初めて衿奈のことを親友だと呼んでくれた相手が、絶望する顔が思い浮かんだ。

 現在の状況はこうだ。


1位 習志野 +40,990点

2位 新千歳 +16,180点

3位 宝塚南 + 3,350点

4位 倉女  - 3,280点


 月夜の大勝負で敗れた倉女は、順位こそ4位のままだったが、マイナスに落ちた。

 最終レースは100点までしか買うことができず、三連単は難しい。そもそも、上限300倍なのだから、おそらくは、お賽銭にするであろう、1位の習志野は確実に超えられない。

 2位に入るためには、19,460点差の新千歳に勝たなければならないが、ここも敷島が担当だ。さっきの様子を見ても、外れることは微塵も考えていないようだった。

「参ったな。決勝に行けないことが確定してるじゃない」

 それでも、新千歳が外れる可能性に期待して、三連単で勝負するしかない。

 マルチではなく、1着を固定にすれば、相手を増やすことはできる。

 タブレットを手にしたときだった。

 敷島の過去三度の予想が頭に思い浮かんだ。天才と呼ばれた彼女ですら、何度かマルチを選んでいた気がする。

 ゴールに入ったときの着差は、ハナだとか、クビ差が多い。すなわち、着順を完璧に予測できるほど、能力に圧倒的な差がある状況は少ないということだ。

「つまり、1着固定は相当に無謀ってことなんだ」

 点数を少しでも増やして当てることを重視するか、決勝に行ける可能性を追求すべきか。

 締め切り前のベルが鳴る。

 予想を打ち込む決断に導いたのは――あろうことか、渋川の占いだった。

「いつも通りがいい結果を生むって、そう出てるわよ」

 アプリを使っているのに、まるで自分の成果のように上から目線だった態度を思い出し、少しだけ肩の力が抜けた。

 結局、三連複のフォーメーションの15点買いで、各600円を買うことに決める。

 それが最後のエントリーだったのだろう、直後に全員の予想が公開された。

 予想通り、習志野はお賽銭で、敷島は三連単1頭軸のマルチだ。だが、彼女の軸馬は、衿奈が二番手だと思っていた馬だった。つまり、どちらか一方だけが当たる可能性がある。もちろん衿奈が外れることもあるだろうが、不思議と、そんな不安はなかった。

 全員が集まる部屋に移動しても良かったが――今は、孤独にレースを観戦したい気分だ。

 控え室のガラス窓に移動する。

 ダートの1200メートル。結果はほんの一分でやってくる。

 ゲートが開いた。

 軸にしていたのは、15頭立ての3番、黒の帽子。多頭数の内枠は、囲まれて不利になることがあると聞かされていたが、幸い、馬群がばらける展開のまま、あっという間に最終コーナーを回った。

 3番はコースの中央に進路を取り、先頭の馬を交わす勢いだ。3着までには入りそうだと思ったとき、外から二頭が猛烈な勢いで迫ってきた。

「そのまま行ってっ」

 吐息で曇ったガラスのはるか先で、外の一頭に抜かれたところがゴールだった。

 何の神様も信仰していなかったが、いつの間にか、両手を胸のあたりで組んでいた。

 勝ったのは、敷島の軸馬だった。

 衿奈の選んだ馬が2着。3着は二人とも相手に選んでいて、どちらも馬券は的中した。

 タラレバは無意味だが、1着固定なら外していたし、そもそも、三連単を一点で的中させ、上限を獲得できていたとしても、新千歳にはわずかに及ばない結果だった。

 配当に続けて最終順位がモニターに表示される。


1位 習志野 +40,890点

2位 新千歳 +26,910点

3位 倉女  + 8,180点

4位 宝塚南 - 6,550点


 1位は習志野のまま、2位も変わらず新千歳で、倉女は3位となった。

 プレミアムラウンジに移動すると、中は想像していたよりずっと静かだった。

 最後に大逆転劇が起きたわけでもなく、この結果は順当だったからだろう。

 倉女の四人は一つのテーブルにいた。北原と細谷は何ごとか小声で話していて、中野はスケッチブックにペンを走らせている。月夜は何かを見ているというよりは、宙をただぼんやりと見上げていたが、衿奈の入室に気づくと、作り笑顔を見せて立ち上がり、手を振った。

 その隣に座ろうとしたときだ。

 彼女は突然、両手で顔を覆って泣き出した。

「うちが……余計なことせえへんかったら、2位になれたのに……。メインも衿奈に代わってもらったら良かった……」

 慌てて肩を抱いたが、嗚咽が大きくなる。

 他校にも悔しがる生徒は多く、ほとんど目立つことはなかったが、倉女の三年の二人は、これまで見たことがないほどうろたえていた。

「違うよ。聞いて。あの点差だったから、最後の予想ができたんだ。2位になるのはどうやっても難しいって、開き直ったから。僅差だったら、たぶん、雑念で外してたと思う」

 それまでほとんど言葉を発さず、五人の中で、唯一冷静さを保っていた中野が、月夜の背中に立ち、そっと肩に手を置いた。

「お兄さんたちを越えるという目的は、果たしたのではないですか?」

 確かに、総合順位という意味では、他会場との比較次第だが、全国で十番以内には入れたはずだ。

 その穏やかな口調に、月夜は少しだけ、落ち着きを取り戻したように見えた。

「それは目標の二つ目っていうか、最低限ですし……」

「いちいち大げさなんだよなあ。お前らはあと二回もチャンスがあるんだから、何の問題ないだろ」

 どうやら、それが細谷にできる精一杯の気遣いのようだ。

 お話にならないレベルだったが、それが月夜の笑いを誘う。

 彼女の泣き笑顔に安堵したとき、そばの北原も同時に吐息をもらしていて、そのことに気づいた中野を含めた三人で、声を立てて笑った。

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