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8-2

 5Rは一つだけある新馬戦だ。

 全員の投票が終わり、モニターに状況が表示された。

 宝塚南はまた水上だろうか。2番人気からの三連複。ここから参加した習志野も、同じ2番人気からの三連複だ。もしここで二校が的中すれば、2位に入ることが困難になる。

 そんなうしろ向きな予感が、現実になる絵が頭に浮かんだとき、入り口の扉が開き、あの占い女子が姿を見せた。

「あら。初心者の子じゃない」

「はあ。渋川さんもですよね」

 思わずそう返すと、彼女は「そう言えなくもないわね」と、なぜか得意げな表情になった。

「自信がありそうですね」

「ここだけの話だけど、正直、どうでもいいの。新潟旅行にタダで来れるからついてきただけで」

 どうやらインターハイ参加にあたり、投票のやり方しか教えてもらっていないらしい。

 それを聞いて、さらに不安になった。

 当てたいだとか、目立ちたいだとか。そんな欲望渦巻くこの場所に、浄化された聖なる力を持った人間がただ一人いることになる。

 中学校の家庭科の時間を思い出した。

 気になる男子に食べさせたいというクラスメートが失敗続きだった隣で、衿奈はたんたんとレシピ通りに進め、教師から、売り物レベルだと褒められるシナモンパイを焼き上げたのだ。最後はその彼女の成果にしてやったが――今回、あれと同じことが起きる気がする。

 誰かより上になりたいという欲望は、目標達成のためには必要な要素だ。ただ、それはあくまで練習の、努力の段階での話なのだと思う。本番は、それまでの成果をただ発揮させることだけに注力すべきなのだ。

 運動部に入ったこともない人間が、そんな哲学者のような境地にたどり着いて間もなく、レースがスタートし、そして終わった。

 倉女は、中野が複勝を当てたが、水上と渋川が、ともに70倍を超える三連複を的中させた。しかも、渋川は200円ずつ買っていて、この段階で、習志野が2位以下を大きく引き離した。以下、新千歳、宝塚南と続き、倉女はついに4位に陥落だ。


1位 習志野 +44,490点

2位 新千歳 +18,860点

3位 宝塚南 +16,830点

4位 倉女  +15,310点


 渋川は結果を見てもまるで反応せず、無関心というのは本当のようだ。

 次の彼女の担当は、メインレースらしい。多少鼻につく性格ではあるが、一人で寂しく過ごすより、今は、話し相手がいることのほうがありがたい。

 しばらくして、昼食が運ばれてきた。

「お弁当、豪華よねえ。うちの高校の学食もこれくらいならいいのに」

「工業高校って、女子の割合はどれくらいなんですか」

「一割ちょっとかな。うちは平均よりは多いほうだと思う。っていうか、何でずっと敬語なの?私、一年だよ」

「そう……だよね。工業高校を選んだ理由とか、聞いてもいい?」

「そんなの、モテたいからに決まってるじゃない」

「え。それだけ?将来の目標とかが決まってたりするんじゃないの?」

「社会人になったら、毎日、仕事のことばっかり考えるようになるんだから。今からそんなこと気にしてどうするのよ」

「そういう考え方もある……のかな」

「私が相手によって話し方変えてるの、わかる?」

 そういえば、先輩相手のときには甘えた、というよりはむしろ――。

「男子は、少し媚びるくらいの女子が好きなのよ。あと、メガネにも萌えるんだって。コンタクトにしてないのはそれが理由」

 何の同人誌を見たらそんな結論になるんだ。

「周り、男子ばっかりで緊張とかしない?」

「まさか。毎朝、楊貴妃の気分よ。研究の成果もあって、うちの部の上級生、私のこと後輩じゃなくて女として見てるわ」

 前日のやり取りを思い出した。まるでそんな気配は感じなかったが――本人が満足しているのなら、何も言うまい。

 それから彼女は衿奈の目を真正面からとらえる。

「私、起きてる時間の八割は、男子のこと考えてるんだ」

 まるで環境問題を語っているかのような声調でそう言った。

「ちなみに、残りの二割は――」

「ご飯と、あとは旅行」

「すごい。欲望しかないね」

「倉賀野って、大学まで女子校なんでしょう?しかも、すっごい高い授業料払って。私に言わせれば、頭がおかしい人たちの集団よ。槍ヶ岳の山頂で採集した野草を食べて下痢するくらい、無駄な人生ね」

 とにかく、個性的な人間であることは理解した。

「そういえば、昨日、結局、占えなかったわよね。あなたの誕生日、教えなさい。今日の運勢を占ってあげるから」

 自分の生き方にまっすぐな人間が神々しく見え始めた頃、昼休みが終わった。

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