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7-6

 3Rの時間になり、再びパドックに立った。

 人気上位馬で順当に決まりそうな気配で、一つ目の蓄えもあり、1番人気の複勝を100円買った。

 担当がすべて終わると、プレミアムラウンジという、スタンドの最上階にある大広間へと移動する。

 中にいたのは、最初の部屋で見たのと、ほとんど同じメンバーだった。

 すっかりくつろいだ様子の篠塚に手を振られ、隣の席に腰かける。

「このレースはどんな感じ?」

「お賽銭です」

「それで十分だよね。ぶっちぎりなんだからさ」

「ありがとうございます。先輩も二戦二勝ですよね」

「あー知ってた?そうなんだよねえ」

 彼女は一度、そこで言葉を区切り、遠くにも聞こえるよう、声を大きくした。

「何かさ、偉そうに言ってたやつらが、全然当たってないみたいだよ」

 端のテーブルにいた男子たちの表情が険しくなるのが見えた。

 月夜のことを考えれば、これ以上敵を作ってほしくはなかったが、爽快感がないと言えば、ウソになるかもしれない。

 レースは、人気上位の馬たちが入線し、低めの配当で終わる。衿奈以外にも何校かが的中し、小さなポイントを加算したようだ。

 篠塚に騎手の写真を見せられているうちに、4Rの投票締め切り時間が過ぎ、人の数が増えた。

 その中に細谷を見つけた。彼女は2Rと4Rの担当だったが、すでに2Rは外している。

 彼女は衿奈たちを一瞥したあと、トラックに面したガラスのそばへと向かった。

 やがてレースが始まり、どうやらまた外したらしい。

 テーブルにやってくると、どすんと腰を下ろし、珍しく肩を落とした。

「生意気、悪い。せっかくプラスにしてくれたのに、あたいが減らしちゃったよ」

 彼女は恋人からの情報を元に予想している。ただ、関西からの馬も多い中で、その情報だけで的中させるのは難しいのだと、事前に聞いていた。

「渡瀬ちゃん、そのガラの悪い人、先輩?」

「はい。三年の細谷さんです。彼氏がトレセンの調教助手さんなんです」

「ええっ?!」

 そう言って立ち上がり、「彼氏がいるの?」と、目を見開いた。

「彼女がいるってなら、まだわかるけど」

「初対面なのに無礼なやつだな」

 そう言った口調は、怒っているときのそれではなかった。

 学年が違うはずの二人は、互いにため口で、だが、不思議と険悪になることなく会話が弾む。どうやら、気遣いが不要な人間同士の関係は、こんな雰囲気になるようだ。

「へえ。噂の天才は女子だったのか。それは意外な情報だな。で、どんなやつなんだ?」

「どんなって。普通に……少し変わってる」

 彼女が悩みながら出した答えに、細谷と目が合い、思わず吹き出した。

「普通に変わってるって、日本語おかしいだろ」

「だって、実際そうなんだもん」

 その生徒の名は敷島と言い、中学三年の頃からオーマに参加していて、入部前から名前は知られていたそうだ。

「一年が一人だけだったことも理由なんだと思うけど、三年の先輩たちがすごく気を使っててさ。最初に部室に来たとき、入ってくれてすごく光栄だよ、って言ったんだ。でも、そんなの半分以上は社交辞令じゃない。そしたら、あの子、何て返事したと思う?」

 天才少女は、何十回と告白されてきた恋の達人のような薄笑みを浮かべながら答えた。

「『本当にそうだと思いますよ。感謝して下さい』だってさ。普通、そんなことありません、の一択じゃない?あたし、まじで聞き間違いかと思ったもん」

 礼儀知らずとたしなめることもできず、それ以来、上級生たちは、本人のいないところで、天才さんと呼び、距離を置くようになったそうだ。部の中で女子は二人だけだが、篠塚も事務的な話題以外、ほとんど言葉を交わしたことがないのだという。

「どんな人なのか、すごく興味がわきました。今日はどのレースを担当するんですか?」

「当然、メインと最終だよ。明日もね。ちなみに、外見だけは普通だから。最初にみんなで集まったときも、まるでオーラとか出てなかったと思う」

 敷島の話題で盛り上がっている中、いかにも高級そうな弁当が運ばれてきた。木枠の入れ物に、お吸い物まで付いている。

 時間は十一時半を過ぎたばかりだが、5R開始まで、競馬場は早めの昼休みとのことだ。

「学校ごとにまとめられてるみたいだから、あたし、行くね」

 彼女がいなくなり、必然的に細谷と隣同士で食事をすることになった。彼女と二人きりの状況は――寮の部屋以来か。

 あのときの一件もあって、出会ったときから比べれば、衿奈に対する態度はずっとましにはなっていたが、それでもまるで緊張しない、というわけにはいかない。

 何を話そうか、気まずさに耐えていると、先に声を発したのは向こうだった。

「そういえば――例の件、その後、眉毛から聞いてるか?」

「麻里先輩のお母さんのことですか?いいえ、特には」

「そうか。実はあいつが寮のあたいの部屋に突然やってきたんだよ。あ、これ、内緒だぞ。喋ったってバレたら、間違いなく殺されるからな」

 大会の一週間ほど前のこと。彼女は隠し撮りした映像と音声を手に、両親を離婚させたいと、細谷の前で頭を床につけたのだという。衿奈から助言を受けたあと、名古屋の実家に戻り、必要な材料を集めていたらしい。あれだけ嫌っていた相手に、そこまでするとは、相当の覚悟があったのだろう。

 細谷はすぐに父親の人脈を使い、愛知県警に働きかけてくれたそうだ。

「とりあえず別居までは進んだみたいだ。その後のことは知らん」

 それ以前の雰囲気が悪すぎたせいで、どちらも仲直りしたことを、周囲に伝えていないらしいが、二人の関係が劇的に改善したことは確かなようだ。

「そうだったんですね――。ありがとうございました」

「何でお前から感謝されなきゃならんのだ。それはあたいのセリフだ」

「え。今、何て?」

「うるせえ。聞こえてただろうが」

 まさか細谷から感謝される日が来るなどと、入学初日からは想像もできなかった。

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