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5-2

 その日の夜、月夜に連絡した。

「ステラホワイトって、そう言うてた?」

「うん、聞き間違いじゃなければ」

「それ、たぶんうちのパパの馬や。行く行く。会いたい」

「ちなみに、わたしが話した感触だと、もし恩を売れたとしても、生徒会長が折れる気配はなかったな。お姉さんのほうは優しそうだったけど」

「まあ、そのときは、あきらめてこっそり参加するしかないな。優勝さえできたら、さすがにひどい処分はされへんやろうし」

 いったいどんな展開になるのか、まるで予測できないまま、次の日、授業のあと、彼女とともに、待ち合わせの場所に向かった。

 最初に月夜を紹介する。

「どーもです。めっちゃおきれいですねえ」

 生徒会長とは初対面のはずだったが、彼女は物怖じするどころか、相手の手をぎゅっと握り、笑顔を見せた。

 その様子を見て、なぜか心がざわつく。

 いつもながらの超人的なコミュニケーション能力に嫉妬した、というわけではないと思う。

 相手が、驚いたような表情をしただけで、文句を言わなかったからだろうか。

 態度に出したつもりはまるでなかったが、月夜はまるで衿奈の機嫌を取るかのように、楽しげに腕を絡ませてきた。

「さ、行こか」

 大学の馬場は、正門から徒歩で十五分ほどのところにあった。

 道中、月夜は大学生の姉にも、ためらいなく話しかけた。

「ステラホワイトって、十三歳で芦毛(あしげ)の牝馬です?」

「え?どうして知ってるの?」

「やっぱり。うちのパパが元のオーナーやったんですよ」

「ええっ。それってつまり、キミのお父さん、馬主さんってこと?」

「そうなんですよお」

 跳ねるように歩く彼女を、生徒会長はずっと苦々しげに見つめていたが、そのやり取りのあと、緊迫していた空気は、幾分和らいだ気がする。

 馬房についた頃には、少なくとも月夜と花穂は、古くからの友達のような関係になっていた。

「この子よ。最近、食欲もなくて、機嫌も悪いの。ケガはしてないみたいだし、内臓系かと思ったんだけど、獣医さんは問題ないって」

「あの……できれば二人だけにしてもらえませんか?五分でいいので」

「どうして?見られたら困るようなこと、するんじゃないでしょうね」

 姉に向かって頼んだにもかかわらず、妹が目を吊り上げた。

 入学して以来、気の強い人間にしか当たってない。いったい何の呪いなのだろう。

「まあまあ。あとで説明しますから。ちょっとこちらへ」

 幸い、月夜が強引に二人の手を引き、連れ出してくれた。三人の気配が遠くに消える。

「さて、と。こんにちは。少し、お喋りしてもいいかな」

 顎のあたりをそっと撫でると、目と耳が弛緩したのがわかった。どうやら、警戒心を解いてくれたらしい。

「どこか、調子悪いのかな」

 すぐに返事があった。

 大前たちのところに戻ったのは、ほんの一分ほどあとのことだ。

「右前脚の爪が痛いみたいです」

「ええっ。それ、本当?!」

 花穂は目を見開き、すぐに駆け出した。馬を馬房から出し、日の光の当たる場所へと移動する。

 膝をつき、前脚を手で確かめるそのうしろから、月夜が顔を覗かせた。

裂蹄(れってい)してますね。その先っちょのとこ」

「あー……。この小さい傷?こういう模様かと思ってた」

「たぶん、前にも同じところ、割れたんと違います?治ったあと、また再発したんやないかな。人間でも、ちょっとしたささくれが気になって仕方ないとき、ありますもんね」

 彼女は馬の首に手を回し、「気づかずにごめんね」と頬ずりした。

「とりあえず、ありがとう。不調の理由がこれだけかはわからないけど――少なくとも、私たちが気づかなかったのは確かだし、助かったよ。それにしても、どうしてわかったの?」

 どう答えるべきか、月夜と視線が交差する。

「えーっと。馬の気持ちが――わかるんです」

「そっか。そう言ってたもんね」

 花穂は、それ以上は追求せず、明るく笑った。

 彼女は馬のそばに残ると言い、生徒会長と月夜の三人で、学校へ戻ることになる。

 しばらくして、何も聞いていないにもかかわらず、前を行く大前は口を尖らせた。

「あの程度で借りを作ったなんて、思ってないから」

 再び月夜と目が合う。彼女は何のためらいもなく、生徒会長の隣に移動して、その腕を取った。

「そんなあ、お姉様。少しは優しくして下さいよお」

「は、はあ?誰がお姉様よ」

 あんなに気の強い女の胸元に飛び込むとは――。怖いもの知らずもここまでくれば、講座を開けそうだ。

 そして、不機嫌そうだった相手の、その頬がかすかに赤くなったように思えた。もしかして、まんざらでもないのだろうか。

「ところで――。うちら、大会出場の申請書を六月の終わりに出したはずなんですけど。受け取ってもらってなかったですか?」

 その話題を持ち出すなら、今だったと思う。だが、相手は足を止めると、月夜の正面に回り、腰に手を当てた。

「何よそれ。私がウソをついてるとでも言いたいわけっ?」

 強い口調で言った態度は、心から不快そうだった。

 読心術などなくても、不備があったのは部の側だったことがわかる。

 つまり――この騒動のきっかけを作ったのは、中野ということだ。

「そうやなくて――。えっと、これから出しますから、こっそり受け取ってもらえません?」

「あなたたち、生徒会の運営で、一番大切な要素って何かわかる?公平性よ。他の部に示しがつかないでしょう。そもそも、私は高校生が賭け事に関わることを良しとしないの」

 小学生のときから、ずっと学級委員をやっていたと思わせる言い様だった。この手の女子を、正攻法で陥落させることは難しい気がする。だが、月夜にも諦める気配はない。一度放した腕をもう一度掴んだ。

「大学生のお姉さん、今後も馬術、続けはるんですよね。オリンピック目指して」

 お姉さんという単語に里瀬は反応し、一呼吸の間をおいて、声調を一段下げた。

「だったら――どうなの?」

「ステラホワイトちゃん、気難しいんですよね。困ったとき、うちの衿奈が役に立つと思いますけどねえ」

 横目に衿奈を見た大前に、月夜はさらにたたみかける。

「馬の獣医さんって、そんなに数多くないの、知ってます?うちのパパは、この業界に顔が広いのが取り柄なんですよお」

「人の弱みにつけ込むとか、感心しないわね」

「お姉様、持ちつ持たれつ、なんて言葉もあるやないですか。なあ、衿奈」

「そ、そうですね。ただの人脈です」

 以前に細谷が話していた言葉を思い出し、咄嗟に口にすると、彼女はきゅっと口を結んだ。

 それから月夜の腕をそっと離し、両手を背中のあたりで組む。そのまましばらく思案していたが、やがて周囲を見回した。

「あなた、寮生だったわよね。今日中に、私の部屋に書類を持ってきなさい。頼みごとを聞くのはこれっきりよ。それと、今回のことをあの不良には絶対言わないで。それが絶対条件よ。わかった?」

 どうやら彼女にとって、姉の動向は重要な関心事のようだ。月夜の人脈が功を奏したということだろう。あるいは、単純に、お姉様と呼んだ効果かもしれない。

 理由はともかく、その日の夜、インターハイへの障害は取り除かれることになった。

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