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4-2

 競馬の知識が増え始めると、部員たちの予想スタイルなるものに、違いがあることがわかってきた。

 月夜は、一般の人が手に入れることのできない、実家からの特別な情報に加えて、動物的な直感で勝負するスタイルのようだ。

「プレッシャーもなくて、めっちゃ楽しい気分のとき、外れる気がせえへんねん。頭の中と空がつながってる感覚になるんや」

 競馬の経験や知識の深さという意味では、部長たち以上のはずで、素人が適当に馬番を指しているのとは、持っている背景はまるで違うはずだが、実際、高配当が当たったあと、連続して、印のない馬を軸に的中させる姿を何度か見た。人は、得た知識をなかったことにできず、ビギナーズラックを自在に操ろうなどと、ある意味、衿奈より高い次元の能力かもしれない。

 部長の北原は完全にデータ派だ。

 すべての馬券のオッズをいつも気にしていて、売れ方に偏りがあると、その理由を探究したがる。数字が大好きらしく、車のナンバーを見て、その年にあった歴史的出来事や、その日生まれの芸能人を口にすることがよくあった。

 細谷は、以前に自身が話していた通り、関係者に知り合いがいるらしい。

 レースに出走する競走馬は、関西と関東に一つずつある、トレーニングセンターなる訓練場で、アスリートのように、日々、速く走るための練習をしている。訓練を指示する教官は調教師と呼ばれ、それを補佐する調教助手、さらには馬の世話をする厩務員といった数多くの人間が関わり、競馬は成り立っているのだ。

 細谷の知人は、美浦トレーニングセンター所属の調教助手だそうだ。自厩舎の情報として、1着を取るために目一杯仕上げた、だとか、久しぶりに走るから、勝ち負けにこだわっていない、といった内情を知ることができるのだそうだ。

 そして、個性的な人材の揃うこの部において、衿奈がもっとも不思議に思う人物は、二年の中野だった。

 部室で見るときは、いつもノートかスケッチブックを開き、無言でペンを走らせている。

 予想には一切関与しないのだと、長らくそう思っていたが、入部して二ヶ月した頃、それが間違いであることを知った。

 五月の、ある土曜日。午後のレースで、オーマにエントリーする買い目について、北原たちが悩んでいた。

「荒れそうなのは間違いないんだけど――。買い目が難しいよね」

 彼女のデータも、細谷も厩舎情報も、月夜の直感もなく、決め手にかけるらしい。

「いっそ二頭を軸にしようか」

「それやと三連複でも、結構な点数になりますしねえ」

 三人で頭を抱えていたが、やがて部長が中野に顔を向けた。

「麻里くんはどう思う?7番と12番。どっちがいい?」

 入部以降、彼女が競馬の話題に誘われる姿を初めて見た。

 いったい何と答えるのか、興味を引かれる。

 彼女は中継されているパドックの映像に目をやり、二周ほど眺めたあと、こう言った。

「黒鹿毛の子が元気ですね」

 中野の答えに、北原が表情を明るくした。

「そうか、助かったよ」

 そう言って、携帯に何かを打ち込んだ。どうやら軸が決まったらしい。

「クロカゲって何ですか?」

「馬の毛色のことな。全部で八種類やったかな。ちなみに、7番が黒鹿毛。12番は鹿毛(かげ)

 また覚えることが増えたと、うんざりしているうちに、レースが始まった。

 何度もレース映像を見ているうちに、帽子の色で目当ての馬を見分ける方法だけは身についている。

 7番に注目していたが、どうやら3着に入り、予想は的中したようだ。

「眉毛もたまには役に立つんだな」

 細谷が部員をあだ名で呼ぶことは、いつも通りだったが、なぜか中野のときだけは、どこか気遣っているような声調であることは、少し前から気づいていた。

 褒められたほうは、ペンを走らせているだけで、特に何の反応も見せない。細谷もそれっきり何も言わなかった。

 例の罰ゲームで、細谷の髪型が変わり、部長の北原が涙目になってはしゃいでいたときも、中野だけは、まるで関心を寄せる気配がなかったことを見ても、部の中で、この二人の人間関係は、かなり特異なのだと思う。

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