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3-7

 週明けに届けを提出し、正式に部員となった。

 インターハイの予選は、八月最後の週の二日間にわたって実施されるそうだ。

 馬を選ぶ過程はともかく、模擬投票は自力で行う必要があるため、それまでには、競馬に関する一通りの知識を身に付けなければならない。

 月夜からの指導は、これまで通り続けてもらえることになった。

 ただ、場所が部室になったせいで、初歩的な質問をしたときの反応が、一時的にうっとうしくなる、という弊害に直面することになる。

「勝馬投票券は、ネットでも買えるんだよね。競馬場に結構な人がいたと思うんだけど、あの人たちの目的は何なの?」

 月夜に向かって話していたにもかかわらず、答えは背中から飛んでくる。

「ライブの雰囲気を楽しみたいからに決まってるだろ。会社で上司に怒鳴られてる落ち目の連中ばっかりなんだ。土日くらい、ゴール前で叫びたいだろうが」

「偏見がひどすぎると思うんですけど……」

 そのくらいはまだましなほうだった。

「競馬新聞て、やたら細かい割に、大事な情報がないのはどうしてなんだろう」

「素人の考える大事な情報なんて、的外れに決まってる。例えば何だってんだ」

「気温とかです。夏に強い馬とかいるんですよね。予想のファクターとして、軽く扱えないと思うんですけど、そうでもないですか?」

 返事がなく、おそるおそるうしろに振り向くと、机に頬杖をつき、細谷は聞こえていない振りをしていた。どうやら、割と的を射ていたらしい。

 さらには、出走馬は、斤量といって、何キロを背負うかが規則で決められているのだが、北原たちが、わずか五百グラムの違いで、予想を変えていることに、疑問を感じたときのこと。

「馬の体重は五百キロ前後だよね。ペットボトル一本分のおもりを変えることに、意味ってあるの?」

 敬語でなかったことで、誰に向けての質問かは明らかなはずなのに、返事はまたしても不良からやってきた。

「ふん。このど素人が。一キロ違えば、一馬身差がつくってことわざがあるんだよ」

「そう、なんですか。でも、フン……じゃなくて、ボロを一回したら、それくらいの違いになりませんか?それに、元の体重が重いのと軽いのでも、感じる負担が違うように思うんですけど。そもそも、馬体重の計測が二キロ単位の大雑把さなのに、どうして――」

「ごちゃごちゃうるせえっ。だったらお前がJRRに勤めて規則を改訂しろっ」

 最後には、まるで子供のような捨て台詞をはき、ふてくされることが、しばしばあったのだ。

 もっとも、そんな放埒ぶりも週末までだった。

 日曜日に、罰ゲームが執行されたからだ。

 普段は最後まで残っているはずの、細谷と月夜がなぜか早めに帰宅したが、その理由が東京行きだった。

 月曜日、部室に入ると、見知らぬ女子と目が合う。目と耳が隠れる程度のショートヘアに、膝上のスカート。その姿をまじまじと見つめていると、相手は顔を赤くして、慌てたように視線をそらした。

 その隣で月夜が勝ち誇った表情だ。

「衿奈、うちのセンス、どう?」

「うるせえんだよ、関西弁。大阪に帰れ」

 口の悪さは元のままだったが、不良としての迫力は、どうやら、髪の長さとスカートの丈に比例するらしく、威圧感は九割方、なくなった。

 その日の部活の終わり。

 月夜と二人で廊下を歩いていたとき、彼女は部室のほうを一度振り返ったあと、衿奈の腕を取り、こう言った。

「これでもう、部室に怖いもん、なくなったやろ」

 いつものように軽口を言ったのかと思ったが、前を向いたまま、かすかに頬を桜色にしている。

「それだと、わたしのために細谷先輩の髪を切ったみたいに聞こえるから」

 わざと突き放して答えたのは、二人の距離が近くなりすぎた気がして、少し怖くなったからだ。

 それが月夜の打算だったはずはないだろうが、その日以降、競馬というよりは、部への忠誠心が高まったのは確かだった。

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