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3-3

 一度も経験していないのに、予想の真理に到達した気になって、土曜日を迎えた。

 朝六時半、高崎駅。

 待ち合わせのホームに降り立ったが、赤坂しかいない。

「あれ、先輩たちは?まさか来ないとか?」

「どうやろ。予想だけやったら、別に現地に行く必要もないし」

 眠そうにする彼女を見て、心苦しくなった。

 こんな時間に集まることになったのには、訳がある。

 前日、馬に話しかける手順を映像で確認していたときだ。

「ここがパドックな。これから走る馬をお披露目するところ。時間的には十分くらい回ってるから、その間に色々聞いてほしいねん」

「あのさ……。無理があるんじゃない?」

「何が?」

 どうやら大きなレースの録画だったようで、移動もままならないほどに、そのエリアは混雑していた。

 そもそも、意図して馬と意思疎通できるのかすら、未知数なのだ。

「周りに丸聞こえじゃない。今日は元気、とか話しかけて、ああ、そうなんだ、とか頷くんだよ?警備に連行されるよね」

「なるほどな……。慣れるまでは、人の少ない時間でないとダメってことか」

 その話し合いの結果が、この早朝の電車だ。

 乗り込んだ湘南新宿ライン。終着駅の表示は国府津だ。湘南の海岸まで、ずいぶんと長い旅をするのだなと、海なし県出身者が軽く感動する隣で、赤坂はガサガサとカラフルな紙面を広げ始めた。どうやら、競馬専門の新聞らしい。

「すごく字が細かいけど――もしかして、それも勉強しないといけないってこと?」

「半年くらいかけてゆっくりでええよ。ロジック半導体なみの情報密度やし、素人にはきついやろ」

 赤坂と話していて学んだことがある。関西人は、真顔でウソを言う悪いクセがある。

 赤ペンを手にした彼女は、それから自分だけの世界に没入した。視界の端に見える横顔が、いつになく真剣で、それが逆に愛らしい。

「やっぱり、自分で予想するのが楽しいんだよね」

「基本はそうや。ただ、大人が賭けるのは名誉やなくて、お金やしなあ。どんな手段を使ってでも、当てたいって思う人がいても不思議はないやろ」

 JRRの会員サイトの登録者数は五百万人を超え、レースは一年間に三千以上あるらしい。仮に他人の予想を頼るような競馬愛好家が一パーセントだったとしても、市場としての潜在的な需要は必要十分なのだと、商売人の顔になった。

 鴻巣駅を過ぎた頃、予想が終わったのだろう、彼女は新聞を畳み、しばらく何ごとか思案していたが、衿奈の耳元に口を寄せた。

「一個聞いてええ?自分、交通費とか、大丈夫やった?」

「え」

 競馬の話題かと油断していた。すぐに返事をできない。

 路線検索で、片道二千円かかると知ったときは、断ろうかと考えたのは確かだ。

「ほら、怪しいバイト探してたくらいやし。でも、衿奈の性格から考えて、そういうの、言い出せへんのと違うかなって」

 言い出せない性格とは、すなわち、見栄っ張りという意味だろうか。

 横目に見ると、それと気づいたのか、相手は目線をそらした。彼女自身も、どこか居心地の悪さを感じているようだ。

 同級生にもっとも知られたくない部類の内情だったが、その態度に気が変わる。

「赤坂さんだから正直に言うけど、今月はもう行けない。わたし、お小遣い、月五千円なんだ」

「そっか」

 鼻で笑われることはないと思っていたが、彼女が空を見ながら返した声は、さらに小さくなっていた。

 気まずいのとは少し違う、奇妙な沈黙。

 桶川駅で乗り込んだ体格の良い乗客が隣に座り、二人の物理的な距離が押し縮められる。

 間近で、彼女の顔が衿奈に向いた。

「ちなみに――そろそろ名前で呼んでくれへん?月夜って、できれば呼び捨てがええかな」

 そんなセリフを同級生から言われたのは初めてだ。同性なのに、胸がときめく。

「そうだね、次からそうするよ」

 声に感情が表れないよう、平静を装ったつもりだったが、成功しただろうか。

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